145話 Over Dose
祖父の亡霊を前に、頭は酷く冷静だった。
「意外に、肝が据わっている。冷静だな、アマルベルガ」
その姿は、まさに若かりし頃の祖父そのもので。
「あなたは一体何者なのかしらね」
衝撃よりも、何よりも、この目の前の存在が何なのかが問題だ。
アマルベルガの問いに、ルードヴィヒはわずかに笑って答えた。
「お前の祖父だ」
「死んだわよ」
「そうとも。死んだ。どうしようもない愚物として私は死んだ。だが、自分で言うのもなんだが……、後の人々にとって私の才は惜しかったらしい」
確かに祖父は愚王などと呼ばれていた。
しかし、それは最愛の人を失い、生きる希望を失ってからであり、それまでの祖父は父以上に優秀だった。
「君の父が老いるに従い、国内では不安が持ち上がった。王家には男子がいない。そして、凡百の女子に過ぎぬアマルベルガに国を率いることができるのかと。そう思った人間が創った」
その祖父を名乗る男は、そうして、静かに告げた。
「君の祖父を模した人造人間。それが私だ」
ぞくり、と背筋が粟だった。
自分の知らない所で、そのような研究が行われていたとは。
「全く愚かな事だな。君の祖父の記憶を持つ私を、幼少より教育し、思想を教育すれば優秀な王が手に入ると。愚かだと思わないか」
こうして目の前の男が立ちはだかっていることを考えれば、確かに言うとおりなのだろう。
「それで、何がどうなって、こうなるのかしらね」
「教育と称して亜人を侮辱され続けた君の祖父がどうなるか。想像に難くないと思うがね」
「確かにね」
祖父の記憶を持つ子供、という認識が間違いだったのだろう。
子供と思うべきではなかった。
「記憶と精神は別物だが、干渉しないわけではない。私はこの国より逃亡し、亜人を救う事に決めた」
「……そう」
「これは私の選択だが、君の祖父の答えでもある」
表情を険しく、ルードヴィヒは言った。
「あのまま生きていれば君の祖父もこの国を滅ぼしたいと思っていただろう!」
「お爺さまは優しい人だったわ」
「確かに。それもまた真理。それ故に、できれば、お前にはおとなしく国を渡して欲しかった。私は、会った事もないはずのお前を殺す事に罪悪を覚えている」
表情も、所作も、まるで祖父のようで、しかし違う。
「君が祖父を優しかったというのならば、私はifだ。優しくなかった君の祖父の道を辿る。故に、私はお前を殺すよ」
優しげに、祖父の顔で彼は笑った。
慈しむように、愛するように。
「――アミィ」
瞬間、何もかもを投げ出していた。
全てを祖父に委ねていた。
少し前までのアマルベルガなら、だが。
「その名前で呼ばないでもらえるかしら」
父が死んだばかりのアマルベルガなら、一も二もなく泣きついたはずだ。
コテツがくる前のアマルベルガなら、迷いはあっても、きっと諦めただろう。
「強気だな、アマルベルガ」
「逆にあなたはそんなに強気でいいのかしら」
今は別だ。
「ほう? 強がりもそこまで来ると見上げたものだ」
胸を張って、アマルベルガは言い放つ。
「舐めないで、私のエトランジェは最強よ」
強がりも、見栄を張るのももうやめにする。
自分にはコテツが必要だ。
そして、彼は戦わなくてもいいと言っても尚、戦ってくれる。
なら答えは一つだ。この国を全力で平和にする。
すべては、その後でいい。
「エトランジェが、辿り着くと? それは早計だアマルベルガ。私は用心深くてね。エーポス達を飛ばした先からここにいたるまでは特に多く味方を配置している。魔物が700に、空中戦用SH54機だ。そう簡単には、突破できまいよ」
コテツがこの国を選んでくれるというのならば。
安心して道を探せるソムニウムを創るのがアマルベルガの仕事だ。
「私のエトランジェが来ると言ったのよ」
今アマルベルガにできるのは、信じて待つしかない。
戦闘は、信頼するものに任せればいい。アマルベルガの役割はその後だ。
(あなたが武で、私が政。それでいいのよね、私と、あなたは)
彼の武に並び立つには些か遠いが、それでも王とエトランジェ。
(頼るわ。その分頼らせてあげる。まだ、あなたの働きにはつりあわないけど、それでも、待っててくれるなら)
「彼は来ると言ったら必ず来るわ。そんな優しい嘘が吐けるほど器用じゃないもの。あらゆる障害を排除して、道理を捻じ曲げてでも、絶対来る。そういう人なの。知ってるわ」
残り時間、13分。
そう長い時間ではない。
「健気だな。だが現実的ではない」
まったく、そうなのだろう。
現実的に考えれば、大群を振り切ってここまで来ることは不可能に思える。
だが、それでも尚、アマルベルガは揺らがない。
胸を張って、挑戦的に笑って、彼女は大見得を切った。
「真打ちはね、通例的に遅れてくるものよ――」
のだが。
『――来たぞ』
アマルベルガが精一杯格好付けた割に、それは間抜けにやってきた。
ルードヴィヒが、間抜けな顔で空を見上げる。
そしてそれは、そのままルードヴィヒの上に着地して、アマルベルガの前に立った。
血の痕はない。ルードヴィヒは寸前で転移に成功したのだろうか。
「……あのね」
『なんだ』
当然の様に白黒の巨人が、その影をアマルベルガの元に落としている。
「二流の劇でももうちょっと引っ張るわよ」
『すまん。所詮三流役者だ』
「でも、悲劇よりはコメディの方がマシね」
アマルベルガが、ディステルガイストへと笑いかけた。
「ごめんね、ありがとう」
『問題ない』
「あなたのこと、戦わせるわ。また、戦争に引きずり込むの」
『それも、問題ない』
「お願い。私にあげられる物なら何でもあげるから。私と一緒に、地獄までついてきて」
今まで、隠し通してきた弱音。
誰かに頼りたかった、助けて欲しかった。
それを、立場が許さなかった。
いつだって、強がって見栄を張って。
『君の意見は聞かないと言ったばかりだ』
そんな彼女は、初めて素直に手を伸ばした。
『嫌だと言っても、着いていく』
至極真面目な顔で、彼はそう口にした。
「いいの? あげれるものなら何でもあげたいけど、きっとたいした物はなにもないわよ?」
『俺は、どうやら君に死んで欲しくないと思っているらしい。そして、そこに見返りは求めていない。推測するに』
そう、至極真面目な顔で、何かを勘違いしつつ。
『つまり、これが愛だろう』
「え」
ちょっとだけ、空気が凍った。
突然とんでもない事を言い始めた。
いきなり変なことを言うものだから、心臓が飛び跳ねる。
頬が熱くなっていくのが分かる。
『俺は何か間違ったことを言ったのだろうか』
素朴な疑問のように、コテツが問う。
(何がどうしてコテツの中でこうなったのかしら)
ひしひしと、友愛や親愛が伝わってくるのだが、決定的に何かが間違っている。
明らかにラブではなくライクの方なのだが、言うに事欠いて、愛と来たものだ。
(ああもう、この人馬鹿なのかしら……)
顔を赤くして、アマルベルガはディステルガイストを見上げた。
アマルベルガの好きと、コテツの愛は違う。
コテツのそれは親愛の情の類だろうし、何かを勘違いしている節もある。
だが、もう、この際。
「え、ええ、そうね。私も愛してるわ、コテツ」
彼の愛も自分の好きも混ざってしまえと、口にした。
熱くなった首元に手を当てながら、視線もそらしながら、目一杯照れながらの言葉だった。
「でも、他の女の子に言ったら駄目よ? 誤解を生むから」
そして、このくらいは役得と言うことにしておこう。
『了解。君がそう言うのであれば、そうするべきなのだろう』
良き助言者的なポジションが功を奏した結果である。
コテツの声に紛れてあざみが騒ぐような声も聞こえてきたが、それを努めて無視する。
『……さて。そろそろ来たようだ』
そして、コテツが呟くと、どこかに転移していたルードヴィヒから通信が届く。
『貴様、一体どうやってここまで……!』
『どうやって、と言われてもな。普通に突破したまでだが』
コテツの機体のスピーカーを通し、ルードヴィヒの声だけがアマルベルガの元にも響いてくるが、その声に先ほどまでの余裕は感じられない。
『全て振り切ってきたというのか!』
『振り切ったわけでもない』
なんでもないことかのようにコテツは言い切った。
『障害は排除した』
『排除だと……!?』
『切って捨てたまでだ』
『有り得ん! こんな短時間で……!』
取り乱すルードヴィヒに、今度はあざみが軽い調子で声を掛けた。
『わりかしマジですからねぇ、今日のご主人様は。一体一秒かけなければそこそこで着きますよ』
『それで、辿り着いたのだから、ゲームは終わりだな』
『そう簡単には退けんよ! 遊びではない!! 戦争なのだ、これは! 私の始めた、戦争だっ!』
天へと、巨大な魔法陣が現れる。
それは、くるくると緩やかに回転し、その中から、巨大な何かが現れた。
「ワイバーン……!」
天を見上げ、アマルベルガは呟いた。
現れたのは、前足を持たない、翼竜。コウモリのような巨大な翼が空気を掴み、うねりを作り出す。
龍にこそ及ばないがその戦闘力は災害級。竜が伝説上の災厄ならば、翼竜は現実に存在しうる災害と言えた。
咆哮。SHを悠に超える巨体。頭だけでSH一機分はあろうかという身体から放たれた大音響が、地面を震えさせる。
この災害を討伐するには、最精鋭と、一軍が必要だ。それでも暴れに暴れて、被害は甚大だろう。
だが、ディステルガイストは、アマルベルガから背を向け、翼竜を見上げると、その巨体からこんな声を響かせた。
『戦争か。いいだろう。俺も、ゲームよりはそちらの方が得意分野だ……!』
ディステルガイストが飛翔する。
「ご主人様、来ますよ」
「ああ」
一度の咆哮。
翼竜が放ったのは、魔術だった。
翼竜の背に大量の魔法陣が展開されると同時に、大量の炎の帯が放たれる。
それは、まるでレーザーの様に照射され、一本一本が違う動きをして襲いかかる。
「口から火を吐くのではないのだな」
「そりゃ、口から火の玉でるくらいじゃ誰も困りません。これが災害と呼ばれる所以です」
合計三十の動き回るレーザーを回避しながら、コテツは翼竜へと接近した。
「うーん、大きいですねぇ」
「大きいだけなら機動要塞と変わらん」
対空放火をくぐり抜けて、ディステルガイストが腰部バインダーから刀を抜いた。
一閃。
すれ違う様に、ディステルガイストは翼竜の首に傷を付けた。
「……む」
だが、翼竜は全く意に介していない。
どころか、斬ったはずの箇所の赤い線がすっと消えていくではないか。
「あちゃぁ……! 伯爵級ですよ、アレは!」
「どういうことだ」
「ワイバーンって一口に言ってもピンキリで、飛んでるでかいトカゲレベルから、龍一歩手前までいるんですよ。で、アレはかなり上位です。手持ちの魔力でアホみたいに致命傷すら再生してくれますよ」
それを聞きながら、コテツは機体を反転させると、徐に翼竜の眼球へと刀を突き立てた。
一瞬の硬い感触を連動型操縦桿が伝え、突き抜ける。
流石の翼竜も、苦悶の叫び声を上げた。
それと同時に、コテツは刀から手を離し、暴れる翼竜から距離を取る。
「刺しておけば再生はできんらしいな」
「容赦ないですね」
「聞いた限りだと、造血も行なっているのだろう。ならば、何本武器を突き立て出血したままにすれば衰弱死する?」
「わお。それ、一人でヤる気ですね。軍一個失う覚悟でやる仕事ですよ」
「問題ない」
「そーでしょうとも。でも、私も活躍したいんでその作戦はなしで」
コテツは、黙って次の言葉を待った。
あざみは無意味にコテツの邪魔をすることはない。
止めるというなら、何かあるのだろう。
「一瞬でアレの首をぶった切る武器があります。代わりに、転送に時間が掛かります。ついでに、転送した場所からほぼ動かせません」
「誘い込めばいいのか」
「オーライです。今から指定するタイミングと座標に翼竜の首を置いてもらえれば、スパッと」
「了解」
翼竜は左目を失い、歯牙にもかけていなかったコテツを見つめる。
「まずは、注意をこちらに向ける」
翼竜を見据えながらコテツはそう呟いた。
確かに、敵の目的がアマルベルガである以上できるだけ引き離した方がいいだろう。
コテツは、翼竜の魔術をひらりと避けると、翼の付け根へと刀を振るった。
人間と巨木の様なスケールだったが、刃が半分も入れば十分だった。
翼の運動に耐えきれずにひしゃげる様に折れる。
それと同時に、翼竜は重量に引かれ落下していく。
「そもそもあの程度の翼で浮力が確保できるような体ではないと思うのだが」
そして、轟音。
翼竜は、闘技場の手前に墜落した。
「中途半端に物理法則に左右されるものだな」
呟きながら、低空へ。
(しかし、どうするか)
恨みがましく翼竜に睨みつけられながら、コテツは考える。
ここから離れればアマルベルガに対する翼竜の脅威は薄れるが、別部隊からの脅威が増す。
離れなければコテツと翼竜の戦いに巻き込まれたり、突如として翼竜がアマルベルガに標的を変える可能性もある。
ギリギリのラインの攻防を制する必要があるか、と考えた所で、不意に通信が入ってきた。
『コテツ、聞こえるか。私だ』
それは、シャルロッテの声だった。
『少し遅れたが、私もアマルベルガ様の元に到達した! これからアマルベルガ様の護衛に入る!』
『うーっす、俺もいるぜダンナ。シャルフは逝ったから敵のSH奪ってきた』
割り込んで来たのは、アルベールだ。
怪我をしている様に見受けられるが、元気そうではある。
そんな彼は、黒い敵のSHに乗って、闘技場に立っている。
『まあ、そういうことだ。行ってこい。今更もう、文句は言わん。ただ、後ろは任せろ。だからお前は攻めてアマルベルガ様を守ってくれ!』
「了解」
これで、後顧の憂いが立たれた。
フットペダルを踏み込むと、機体が速度を上げて低空を飛行する。
翼竜が、墜落した巨体をもたげると、それを追いかけて走り出した。
通りを縫うようにディステルガイストが飛翔し、家屋を片翼で擦り、壊しながら翼竜が迫る。
そして、十分引き付けると、今度は高く飛翔する。
翼が再生しつつあるも、まだ完璧ではない翼竜は追う事ができない。
上空で、コテツは闘技場へと向かう敵影を見る。
『っ……、コテツ・モチヅキ……!』
敵機は三。シャルロッテ達の下まで通すつもりはない。
「あざみ、鎖鎌を頼む」
「はーい、行きますよー」
敵機の射撃をひらりとかわし、コテツは銃剣と鎖の付いた二丁拳銃の片割れを投擲。
鎖は敵へと向かって行きつつ、コテツが手に持つそれから放たれた弾丸に弾かれ、軌道を変えた。
『う、わっ、動けな……』
鎖が巻き付き、相手を拘束すると同時、ディステルガイストが鎖を掴んだ腕を振り抜いた。
『お、おい、来るなぁああッ!』
『うわあぁあっ!』
SH同士が衝突する轟音。鉄がひしゃげ、ねじ切れる耳障りな音を立て、二機が落ちていく。
そして、最後の一機へとコテツが迫る。
『う、うぉおおお!』
裂帛の気合いと共に、敵がその手のランスを突き出した。
コテツはそれを、穂先をずらして左腕で受けた。
ランスが、火花を散らしながら腕を滑っていく。
ディステルガイストは、そのまま零距離へ。
そして、右手で敵機の肩を掴むと、ひらりと敵機の後ろへと回った。
『あ……』
その日、戦場に来た兵士達は、十中八九勝てる戦だと、聞かされていた。
電撃作戦で、残りは三十分耐えられればいいと。
「くそ、第一部隊とも連絡が取れない!」
しかしその短いはずの三十分は、彼等にとって地獄のように長い時間となった。
「第三もか! 嘘だろ? あそこは精鋭揃いだったはずだ!」
数分前から、異様な速度で味方の反応が消えて行っている。
まるで、大嵐が過ぎ去るかのようにごっそりと、レーダーの光点がなくなるのだ。
「一体向こうで何が起きているんだよ!」
その流れは闘技場の方へと向かい、辿り着いたかと思えば再び移動を始めた。
彼は必死で機体を走らせる。
『味方の反応が半分まで減ってるぞ……! なんだこりゃ、戦場に悪魔でもいるってぇのか!』
同じ部隊の同僚達も機体を走らせていた。
モニタに移る顔は焦りの色が濃い。
「あぁ……! マズい」
なぜならば、レーダーに映る何か。
根こそぎ味方を消していくそれが。
『来た、来た来た! どこだ!』
すぐ背後まで迫っているからだ。
「――追いつかれた」
今、自分たちは嵐の中心部にいる。
敵はどこか、仲間達が360度警戒を行う。
そして、不意に、上を見上げた仲間が何かを発見した。
『ん? あれは味方の』
肉眼で視認された、味方の機体が、こちらへと向かっている。
『こちらデルタ3、そちらで何が起こっている?』
仲間の一人が、その機体へと通信を試みた。
『返事がないぞ。故障しているのか?』
『そもそもこっちに降りてきてるってことは戦闘続行できないくらいやられたってことだろ。降りてきたら外で話を聞くぞ』
謎の何かに刈り取られていく中の生き残りが、機体の損傷を受けて合流を望んでいるのだろう。
話を聞こうと、周囲が着地を待つ中、違和感に気づく。
「待て……」
もう目前まで迫っているというのに、味方の機体が速度を落とす兆候がない。
「避けろ!!」
瞬間、その味方機と同僚が衝突した。
豪快に同僚を地面に引きずり倒しがりがりと音を立てながら地を滑る。
同僚達が恐れおののく中、その中心部にそれは立っていた。
「ディステル、ガイスト……」
味方機に気を取られ、レーダーの確認を怠っていた。背中に乗っていたディステルガイストに気付かなかった。
飛行可能機体の長大な翼型のブースターに隠れた敵機を発見できなかった。
「い、行くぞ! こっちは囲んでいるんだ!! 不用意に飛び込んだのは向こうだ!」
味方と自分を奮い立たせ、彼は銃を構える。
だが、遅かったのだ。
味方に乗って地を滑るディステルガイストが、唐突にスピンした。
そこから吐き出された弾丸の嵐は、まるで嵐の様だったと言うほかない。
恐ろしいほど正確に放たれた弾丸が、同僚達の腕を、足をもいでいく。
良くて戦闘不能。悪くて、――戦死。
七機居た味方が全てそうなり、唯一、一番遠くに居た彼だけが残った。
目が、合う。
煌々と光るカメラアイが、しかと、彼を見据えていた。
飛翔。足蹴にしていた味方機だったものを置き去りに、こちらへと向かってくる。
喉の奥が鳴る。
(銃相手にあえて接近戦を挑む、その傲慢が命取りだ!!)
反逆の意志を込めて、そのぶれない視線を睨み返す。
そして、手の中の銃が、ディステルガイストへと向かって弾丸を放った。
右へ、左へ。ディステルガイストが回避する。
(引き付けろ、引き付けて、引き付けて……)
少しずつ近づいていく二機。
モニタに映る照準がぶれる。
(これは、機体の震えか、それとも俺が震えているのか)
なんとなく、彼は歯を剥き出しに笑った。
目前、照準と、ディステルガイストが重なる。
「当たれッ!!」
確信を持って、引き金を引いた。
弾丸が真っ直ぐにディステルガイストへと向かっていく。
軌跡が見えるほど、やけにそれが、スローに見えた。
生涯で最高の射撃だった。訓練でもここまで思ったように弾丸が飛んで行ったことなどない。
生涯最高で、もう二度と撃てないだろう一撃。
しかしそれは、簡単に一刀の元に切り伏せられた。
「あぁ、まあ、そう上手くは行かないか……」
下からの切り上げが、簡単に弾丸を切って捨てた。
距離が、零に縮まる。
目前でディステルガイストが直立状態になって制止し、胸部装甲が擦れあうような近距離で、再び視線が交錯した。
そして。
ディステルガイストは唐突に上へと飛翔し、遠くへと飛翔していく。
狐に化かされたように、彼はそれを見上げていた。
「……あ? 助かった、のか……?」
すぐ背後で大口を開けているワイバーンに、彼は最期まで気付かなかった。
コテツが本気を出しすぎるとギャグになるという一例。
いよいよ終盤戦です。