144話 Strike back
「私は、何をやっているのだろうな」
地に伏す、ラヴィーネリッターの中、シャルロッテは呟いた。
「ここまでか……」
『もう体も動かないか、潔く散る、それもまた美しい』
「悔しいな……。私も、鍛錬を怠ったつもりはないのだがな」
悔しいと思う、ずっとたゆまぬ鍛錬を続けてきた。それでも勝てないものがある。
ずっとこの国を守るために強くなろうと戦い続けた自分が、後から来たコテツにあっさりと役目を奪われたのも、気にくわない。
そのコテツが、自分の意志で以てそれを奪ったわけではなかった事だも、気にくわない。
ただ、流されて、その場その場で戦って、結果的にその強さを見せつけ、認められ。
自分が心より求めても手に入らないものを持っている男は、誇りを持たず、自らの意思を持たず、思想を伴わない。
(負け惜しみに過ぎない、か)
彼に言った言葉を思い出して、彼女は自嘲気味に笑った。
「なぜ、あんなにも違うのだろうな」
何故コテツはあんなにも強いのか。
どうして自分は、こんなにも弱いのか。
『では、これにておさらばだ、シャルロッテ殿!』
敵が、剣を突き立てようと振りかぶっている。
(上には上がいるということなのだろうか)
それでいいのだろうか。
そんな言葉で片づけていいのだろうか。
諦めかけた心が鎌首をもたげて疑問をぶつける。
そんなどうしようもない言い訳みたいな言葉に、これまでの全てを否定されていいのか。
(いい訳が、ない)
そんな簡単に、片づけられたくない。
これまでの努力を、鍛錬を、有らん限りの全てを捧げて戦ってきた人生を。
(何故、私は弱いんだ。鍛錬を怠ったことはない、最年少で騎士団長にも任命された。強いはずだ、強いはずなんだ)
強くなければいけない。
だが、思いに反して、勝てない。
体が動かない。動くはずだ。指一本動かせないほど打ちのめされてはいないはずだ。疲弊していないはずだ。
しかし、心が折れてしまったのだろうか。
どうしても、操縦桿に手が伸ばせない。
(せめて、潔く。みっともない真似はせずに……)
シャルロッテが覚悟を決めた、その時だった。
『――俺は、変わったぞ。変わっていたんだ』
それは、コテツの声だった。
「……コテツ?」
その通信は、どうやらコテツの意図したものではなく、勝手に送られたものらしかった。
シャルロッテからコテツに声は届かず、コテツはアマルベルガに向かって語りかけている。
これは、エーポスのお節介だろうか。
『俺は俺の意志で君を迎えに行く。君の命令は聞かない。誰の意見も聞かない』
相手の動きが止まる。
『通信の声が、漏れ聞こえているが……。コテツということは、エトランジェかな? 最期の通信、託す想い。それもまた、美しい』
振り上げたまま、通信が終わるのを待つつもりのようだ。
そんな中、コテツの力強い声が響く。
『待っていろ、すぐに行く』
妙な説得力を持って、その言葉は耳に届いた。
きっとそうだ。彼は言った通りにアマルベルガの元に辿り着くのだろう。
あらゆる障害を排除し、打ち破り、進んでいく。
(羨ましい)
そんな確信があった。
そうだ。いつだってそうだった。
(私とて、そのように強くありたかった)
彼は、当然のように言葉にして、当然のように実行する。
できると言った事は必ずできて、すると言った事は必ず実行される。
どこまでも、言ったことを実行するだけで、そこに強い、弱いなどという概念など存在しないように。
(私は、見栄を張り、強くなければいけないと、意地を張って……、今、無様を晒している)
そこで、はたと気付く。
「強いとか、弱いとか……、そうだ、今はどうでもいいはずだ」
いつだって、できることをできると言っているだけのコテツ。
騎士団長だから、強くなければならないと必死で見栄を張る自分。
どこが違う、何が違う。
何かが掴めそうな気がした。
「勝たねば……。強くなりたいんじゃない。強くなって、コテツのように、アマルベルガ様を守りたいんだ」
コテツは強くあろうとなんてしていない。
コテツがコテツであるだけで強いのだ。
ならば、騎士団長だから、強くなければならないと肩書きに引き摺られ、もがき苦しむ自分は――。
『さ、今度こそこれにて』
敵の振り上げた剣に、力が篭る。
今にも振り下ろされんという瞬間、シャルロッテは呟いた。
「強者を装うから、いつまでも弱者のままか――」
体に、妙な熱が灯る。
機体が動く。
無様に地を転がって、突き立てられた剣を避けていた。
『……何を無駄なことを。それはダメだ、美しくない』
心に、コテツの駆るディステルガイストを思い浮かべる。
あれは強い。遠い背中だ。
その背に、少しでも追いつくように。
力強く、立ち上がる。
「私は、騎士団長となって、調子に乗っていたらしい。強いつもりだった、強くなったはずだった。どうやらそうでもないらしいな」
自分の弱さを認める。それは如何ほど苦痛が伴うかと思えば、そんなことはない。
心地よいくらいだ。騎士団長である、と。国で一番強く誇り高く、負けてはならないと。
解放された。誇り高くなくてもいい。上を見上げれば上はいくらでも居る。
負けてもいい。
だが、負けたくない。
勝つ。それだけに全てが集約されていく。騎士の誇りとか、気高くとか、潔くとか、そんなものは必要ない。
騎士団長だとか、地位だとか、そんな重い服は脱ぎ捨ててしまえ。
必要なのは、勝つという堅牢な意志の鎧だ。
「そんな私はさし当たって――」
剣を肩にのせて、ラヴィーネリッターが目の前の敵を指差す。
そして彼女は、にやりと苦っぽく笑った。
「お前を倒す。それくらいなら私でもできるさ」
ラヴィーネリッターが踏み込んだ。
『ぬっ!』
振り下ろしを、敵は剣で防ぐ。
更に、斬撃は続いた。
何度も何度も連続し、滅多矢鱈に斬撃が降り注ぐ。
『こんな剣戟、美しくないぞ!』
「知ったことか!!」
技を尽くした剣ではない。技を捨てた、シンプルな滅多打ち。
『このような剣に破れる僕ではない!!』
大きく剣を振って、ロレンスがシャルロッテの刃を弾いた。
ラヴィーネリッターの剣が、宙に舞う。
『そこだ!!』
それを狙っての突き。
「それだ」
瞬間、ロレンスの機体の顔面向けて、拳が唸った。
鈍く貫く衝撃。最初からあんな剣戟など囮に過ぎない。
『ぐあ!? 拳!? 騎士が拳に頼るなど……!』
相手の態勢が後ろに傾ぐ。
「それを見逃してやれるほど私は強くないぞ」
その隙に向けて放つのは蹴りだ。
もう一度顔面に一発。
止まない、止めない。
一撃、二撃、三撃。
鞭のようにしなる足刀が、ロレンスの機体を打ち据える。
『ぐ、が、ああ!』
そして、最後に一発。
一旦足を引いて、力を込めて放たれた足が、胴体を打ち抜いた。
大きく、地面を滑るようにロレンスは後退し、地面に手を着いた。
『剣戟こそ騎士の華! 騎士の誇りはどうしたんだ! 騎士の剣は! 美しく散る華は!』
「そんなものは犬に食わせた!」
騎士団長として、騎士として、誇りある剣技で正々堂々。
それで華麗に負けるより、無様で良いから勝ちたい。
「守ると決めた人がいる! 守れるなら誇りの全てを捨てて踏みにじっても構わない!!」
ロレンスが立ち上がり、油断なく、シャルロッテは拳を構えた。
『くっ……、もうあんな手は通用しないぞ! その場凌ぎの奇策や奇襲はもう受けない!』
「いいだろう、さあ、来い!! 全て受け止めてやる!」
『うぉおおお! 行くぞッ!!』
ロレンスの機体が駆けた。
姿勢低く、全力で前進する。
敵は剣を持ち、こちらは素手。
勝てる見込みはあまりないだろう。
近づいてくる。剣術は向こうが上。素手なら尚更差が出てくる。
『ぉおおおおおおおお!!』
だが。
「コール。地を砂へ」
『ぉおおお……、え?』
ロレンスの機体が、傾いだ。
シャルロッテまで、後二歩か三歩という所で、何かに足を取られて、大きくバランスを崩してしまった。
『地属性の魔術!? え、そんな! そんな馬鹿な!!』
ロレンスの足元を文字通り掬ったのは、こっそりと放っておいた魔術だ。ロレンスが喚いている間に準備をしていた。
地面の材質を変える魔術で作り出したのは、即席の落とし穴である。
所詮バランスを崩すぐらいしかできないが、それだけできれば十分だ。
突き刺さる。
渾身のアッパーが閃いた。
『うわあああ! なんて卑怯な!! 受け止めると言ったのは嘘だったのか!』
「そうだな。嘘だ」
首が変な方向を向き、もげかかったその頭部。
『それで勝っていいのか! それで嬉しいのか!!』
次は、ボディーブロー。
「コテツの言葉を聞いていると、たまに体制側が言うには些かダーティ過ぎやしないかと思うときがあるのだが、せっかくだ、今日は肖ろう」
回し蹴り。
「勝てばいいんだ。負けて死ねば栄光も汚名もありはしない」
次は、剣を持つ腕へと関節を極める。
ぐぐ、と力を込め、そして、絡みつく腕が、抵抗する腕をもぎ取った。
「借りるぞ」
その手を剣から引き剥がして、腕は投げ捨てる。
剣は、ラヴィーネリッターが握る。
ロレンスの機体が、尻餅を突いてそれを見上げていた。
『ま、待つんだ! この通り、僕は無手だ!! ここは騎士らしく、お互い剣を持って仕切りなおそうじゃないか!!』
残った掌を向けて、制止するロレンス。
「そうだな、誇り高く強き騎士は、須らくそうするだろう」
その言葉に、ほっとロレンスが息を漏らした。
だが。
「弱い私は、手段を選べない」
シャルロッテは皮肉気に、この上ない程、口端を歪めて言い放った。
「いやはや、残念だ」
『や、やめ――!』
「誇り高く散ってくれ、騎士殿」
「皆さん、大丈夫でしょうかね」
コクピットで、あざみが呟いた。
「シャルロッテさんは多分大丈夫だと思いますけど……。本当にいいんですか?」
「何がだ」
「アルベールさんの援護とか」
あざみの把握している限り、アルベールは敵の大物と当たっている。
そして、それはコテツも知っているはずだ。
識別反応からして、アルベールが前回負けた相手だということもだ。
だから、不安が残る。
アルベールは決して弱くはない。弱くはないのだが、結局どの技能も一流に一歩及ばない。
応用力や適応力は目を見張るものがあるが、それは便利なのであって強い訳ではない。
だから、あざみは不安だったのだが。
「問題ない」
彼女の主は短くそう断じた。
「何故です? 悪く言うわけじゃありませんが、アルベールさんがそんなに強いとは……」
「確かに、彼は強くはない」
機体を通して繋がる心が、確かな信頼を感じている。
だが、この主は理由もなく、希望的観測で人を信頼するような人ではない。
「苦手分野が特になく、ほぼ全てがやや得意。対応力に優れるが、一つ一つの技能が一流には敵わない。それがアルの一般的な評価だが。彼の真価はそこではない」
あざみは、黙ってその言葉の続きを待つ。
コテツは、いつもの調子で言葉を続けた。
「その程度なのだとしたら、逆に問わねばならない。彼がどうして今日まで生きていられたかを」
「どうして、ですか?」
「格上と対峙したのは今回だけではないはずだ。冒険者時代には一度パーティごと壊滅したとも聞いている。そんな中、どうしてアルは生存しているのか」
確かに、コテツと戦った時も、いくらディステルガイストが出力を下げていたとは言え、妙にしぶとかった記憶がある。
「彼が優れているのは、――危機回避能力だ。どこが危険か、直感で分かっている。倒すだけなら簡単だが、殺すことに限って言えば、俺でも梃子摺る」
なんとなく分からないでもない。
ひたすらにしぶとく、死に難い、どんな状況でも、なんだかんだと生き残る。そんな空気がある。
「普段は、逃げることにばかりベクトルが向いているようだが、もしもアルに退く気がないのであれば」
つまり、勝てるか負けるかはさておいて、絶対に死ぬことはないと。
「その一点において、彼はエース級だ」
「これは……、どういうことだ」
操縦席でセルゲイは呟いた。
目前には、シャルフスマラクトが立っている。
そう、立っているのだ。
「なぜ、倒れない……!!」
攻撃が当たらない訳ではない。
むしろ、いくつも、幾度となく火球が、雷撃が装甲と衝突し、焦げ痕を残している。
機体はまさにぼろぼろで、美しい深緑色は見る影もなく、無様に焦がされ、満身創痍。
そして、そのシャルフスマラクトに、今一度火球が直撃する。
あまりにもしぶといため、普段の数倍の魔力を込めた一撃だった。
シャルフスマラクトの胴体に迫る程に膨張した火球が、爆発する。
アルベールのシャルフスマラクトは、大きく仰け反り。
だがしかし。
「何故倒れん!!」
倒れない。仰け反った上体が戻る。
背を丸め、だらりとナイフを持った腕を垂らす。
まるで、幽鬼のようにそこに立つ。
いくら打ち据えても倒れないそれは、まるでこの世のものではないように。
(気圧されているっ? 私が!? アルベールごときにだと!?)
魔力が尽きかけている。高威力の魔術はもう撃てないだろう。
依然としてこちらが有利なはずだ。
落ち着いて処理すればいいはずだ。
だがしかし、セルゲイは追い詰められていた。
相も変わらず状況は悪い。
どうすれば勝てるのかも分からない。
それでも見たのだ。
祈るように見上げた空に飛ぶ、モノクロの巨人の姿を。
『あれは……、ザトーが失敗したのか。アルベール、貴様に構っている暇はなくなったらしい。すぐに消えろ』
確かに目があったのだ。不器用で強い、上官と。
気のせいではない、ディステルガイストはこちらを見ていた。
視線は交錯した。だが、それでも尚、ディステルガイストはアルベールを捨て置いて飛翔を続けた。
声すら掛けない。ただ、一瞥して飛んでいっただけだ。
それが――、嬉しかったのだ。
「いかせねーよ」
それはまるで信頼のようで。
信じてくれているようで。
酷く、勝ちたくなった。
状況は悪い。
勝ち筋が見えない。
「……でも、勝ちたいだろ」
心のどこかで、負け犬が吠えていた。
ここまでだ。さあ早く尻尾を巻いて逃げろと。
「勝ちてぇんだよぉ……!」
負け続けの人生で幾度と無く吠えてきた負け犬。
それが、ひっきりなしに危険を吠え立てる。
不利を知り、引き際を教えてくる。
これまでアルベールは、ずっとその声に従ってきた。
その声に従うことが生き延びる道だった。従わずに、諦めて退いていなかったら死んでいた場面は腐るほどある。
だから、いつものように退けば生き延びられる。
代わりに、負ける。
「それでも……、勝ちてぇんだよぉッ!!」
負け犬が吠え立てる。
『何故だ。いつものように尻尾を巻いて逃げろ。生き延びるために無様を晒せ。それだけがお前の価値じゃないか、アルベール!』
不吉を前に、鳴いている。
もう本当に限界だと、次の瞬間には死ぬと、吠える。
そうだ、限界だ。
どれだけ攻撃を受けただろうか。
酷く機体にシェイクされて意識が飛びそうだ。
精神は疲労していて、今にも眠ってしまいたい。
耳鳴りが酷い。ガンガンと頭痛がする。
『何故だ! 何故倒れん!!』
張り詰めたような音が頭の中でがなり立てる。
頭がおかしくなるような耳鳴りだ。
だが、しかし。
「いつだって負けて悔しくて、勝ちたくて、勝利に憧れて、でも負けてばっかで。俺だって勝ちたいんだ。勝ちたいんだよ。生きてりゃなんだっていいなんて訳あるかよ馬鹿野郎。確かに諦めかけてた。こんなもんだと思ってたさ。今はそれでも勝ちたい! 勝ちたくて仕方ない。もう、負けたくない。そう思ってるんだ。……そうさ、こんなにも勝ちたいと思ってるんだぜ?」
故にこそ。
だからこそ。
「これで勝てなきゃ嘘だろうッ!!」
『らしくも無いな……、アル! そんな無謀な突撃!! 貴様はもっと冷めていた、いつもどんな時も。そのはずだ!』
ナイフを片手に突撃を。
それをいなされてつんのめっても、転ばされて泥を浴びても。
いつの間にか、ナイフも手にはない。
「そーだね。そーだった」
『ふざけるなよ。お前に許されたのは尻尾を巻いて逃げ出すことだけだ!』
「心の中の俺も、そー言ってるだろうよ。いっつもそうさ。負け犬がうるさいんだ。でも、まぁ、今日は――」
負け犬が吠えている。警鐘が鳴り響く。
お前にゃ無理だと、自分自身が囁いている。
そんな自分に、彼は笑った。
「――耳鳴りが酷くて、何も聞こえねぇや」
呆れたように、溜息でも吐く様に笑った。
「絶対、退かねぇ」
もう、何も聞こえない。
犬の遠吠えも、自分の弱音も、何もかも。
「絶対、負けねぇ!!」
立ち上がる。
敵が剣を振り上げる。
前進。力の入っていない内側で剣を受けたことにより、損傷は軽微。
次は、魔術が、雷撃が装甲を叩く。
二度三度でなく、幾つもの雷撃が装甲を剥がし、機体は破壊され、左足が半ばでもぎ取れる。
傾ぐ機体。今に前に倒れようとする。
それを、相手の機体の肩を持つことでどうにか耐える。
『死ぬ気か……!?』
口からは、獣のような荒い吐息が漏れ出た。
そして、アルベールは敵を睨み付ける。
「ふーッ! 操縦席さえ無事なら……、他は全部どうでもいい……!! 手足全部捨てても、勝てばどうでもいい!!」
歯を見せたのは、笑みか、それとも牙を剥いたのか。
「機体が動けばいい。勝てるなら、この命だってどうなってもいいッ!!」
放ったのは頭突き。
『ぬぉあッ! くっ、メインカメラが……!?』
敵機の顔に当たったそれが、メインカメラをひしゃげさせる。
「はは、ビンゴ。じゃあ、行こうかッ!!」
片手で、敵の肩を掴んでバランスを取り、拳を放つ。
もうこうなったらマニピュレータが壊れようがどうなろうが構わない。
例え腕がスクラップになろうが、もう殴るしかない。
『……調子に、乗るなよ!』
がっしりと、敵機がシャルフスマラクトの腕を掴んだ。
『メインカメラが死んだ以上、もう絶対に離さん! 見失って負け犬に逃げられては困るからな!! 地面に横たわる哀れな負け犬の姿は見物だろう!』
敵は、剣の柄を持ってシャルフスマラクトを叩く。
装甲を叩く音が響き、機体が揺れる。
「誰が離すかよ……! こっちだって絶対に離さねぇ!!」
それでも、シャルフスマラクトもまた掴んで離さず、殴るのをやめない。
もしも離れて倒れたら最後、立ち上がることは難しい。
そして、相手もまた、カメラやセンサー類が集約された頭部を破壊され、離れたら再度捕捉するのは難しい。
機体ならまだしも、機体を捨ててアルベールが逃げ出せば、尚更追いきれないだろう。
ならばもう、このまま殴りあう以外の選択肢は無い。
そうして、まるで子供の喧嘩のような殴り合いが続き、やがて。
シャルフスマラクトの足が限界を向かえた。
酷使に耐えられなくなった足の関節部が力を失い、曲がっていく。
バランスを取れなくなった身体が、後ろへと傾ぐ。
『ぬぉおお!!』
だが、倒れたのはアルベールだけではない。
シャルフスマラクトに寄りかかられて、倒れまいと踏ん張っていた敵機もまた、過重の消滅に対し前へとつんのめる。
そこから、二機はもつれ合う様に地面に転がった。
そして、それは偶然か。
「勝ちたい!」
それとも執念か。
状況はアルベールに味方した。馬乗りになって敵機の上から、更に拳を放つ。
少しずつ、装甲の形が変わっていく。
『調子に……、乗るな!!』
と、そこで攻守が逆転した。
魔力による強化、上体を跳ね上げての一撃。それがシャルフスマラクトを跳ね飛ばす。
上下が入れ替わり、今度は敵機が殴り始める。
機体が揺れる。衝撃で今にも気絶しそうになる。
それでも何とか、相手を突き飛ばした。
よろけて尻餅を付く敵機。
地面を這う、シャルフスマラクト。
どちらも、動きは緩慢で迫力もない。
そんな中、先手を制したのはセルゲイの方だった。
落とした剣を拾い、立ち上がると、コクピットハッチが開く。
『そこか……』
そこまでの損傷を受けることはないだろうという自信だったのか、サブカメラを積んでいなかったのだろう。
目視によってアルベールの位置取りを把握したセルゲイは機体をシャルフスマラクトの真上に立たせると、剣を逆手に持って振り上げる。
アルベールには、機体を仰向けにさせるのが、精一杯だった。
『これで終わりだッ! アルベールっ!!』
そして、それは振り下ろされる。
為す術なし。鉄がひしゃげる轟音が耳に響く。
鋭い刃が、シャルフスマラクトの胸に突き立つ。
アルベールは身じろぎ一つできなかった。
――否。身じろぎ一つしなかった。
睨む。直情の敵を鋭く見据えて、その目に諦めはなく。
視線一つ逸らさなかった。
例え、すぐ横を巨大な鉄の刃が通り過ぎて行ったとしても――。
『な……』
鉄がひしゃげる。操縦席に細かな部品がぶちまけられ、アルベールの身体を傷付けた。
それでも視線を外さない。
『何故生きている!!』
睨み付けて離さない。
――もう勝利しか見えない。
何かを手繰るように伸ばしていた、シャルフスマラクトの左腕は、落としたはずのナイフを掴んでいた。
『アルベェールっ!』
その時初めて、下ばかり見ていた負け犬が。
勝利の味を知らず、俯いて吠えるばかりの負け犬が。
「がっ、あああぁあああああああッ!!」
天へと向かって吼え立てた。
渾身を振り絞ったナイフが、銀の軌跡を残して開いたコクピットへと突き刺さる。
左手で掴み、馬鹿になったマニピュレーターの掌で柄尻を押し込むように、貫いた。
だらり、と敵機の腕が力なく垂れ下がる。
『……お前の勝ちだ、アルベール』
口端から血を流し、セルゲイが呟いた。
『何故だろうな。昔からずっとそうだ。弱いくせに、私よりも才能がなく、弱くて、魔術も使えない癖に……、気がつけば、お前は……。私よりも、いい所にいる』
そして、咳き込み、血の塊を吐き出しながら、彼はにやりと微笑んだ。
『そんなお前が、羨ましくて大嫌いだったよ。アルベール』
「俺もだよ、セルゲイ。俺より才気に溢れて、どんなに努力しても追いつけない、嫌みったらしいお前が大ッ嫌いで、羨ましかった」
アルベールもまた、微笑み返す。
『もう一度言おう。お前の勝ちだ……、アルベール』
大嫌いだった。訓練中も、いつもいつも突っかかってきては涼しい顔でアルベールの上を行く。
何故、自分などに構うのかと卑屈になったこともある。
実戦訓練で、力を合わせたこともある。
そんな彼が、羨ましくて大嫌いだった。
『誇れよ』
「……ああ」
アルベールは、コクピットハッチを開けて、這うように操縦席を出た。
傷だらけになった体で、ふらふらと、外に立つと、ただ一人。
敵を貫いたままの機体を背後に空を見上げて、彼は。
胸の裡から湧き出るままに、ただただ、吼え立てた。
シャルロッテがグレました。
危機回避能力
つまるところ、主人公補正。
この作品内では、観測できるあらゆる情報に経験を加味して、無意識的に危険を避ける能力。
作中で言うところのエースのよく当たる勘。
エースには大体標準装備。
探偵モノのお約束、爆弾の赤と青のコードの二択で、犯人の手口や傾向、果ては最近の天気や風向きに至るまでを感じ取り、犯人に与える影響を読み取った上で、切ったコードが正解になる能力。