13話 紅色スカイダイブ
戦場は、唐突な攻守の変化に浮き足立っていた。
圧倒的機動を見せ付ける、赤い機体に、全員が異様なものを感じていた。
そして、その視線の只中で、コテツは機体を動かす。
「こ、こんな技術を隠し持っていたと言うのですかっ! コテツ・モチヅキ!!」
「君以外にも言ったのだが、この動かし方は褒められたものではない」
山の下へと向けて、シュティールフランメが駆ける。
片足だけで、跳ねるように。
「半ば、今回の戦闘で壊すつもりで動いていると言って良い」
腕も足も一本しかないと言うのに、コテツの胸中にあるのは、生半ではない全能感。
コテツが今、この機体の主導権を握っている。機体の限界を見て動かすのではない。コテツの限界に、機体を合わせている。
だから、飛び交う弾丸の渦中でも、負ける気はしない。
「別に訓練も手を抜いている訳ではない。機体に負担を掛けないもっとも効率的な操縦を模索している」
今まで、訓練で本気を出さなかった理由は、そこだ。
今の操縦法の肝は、コテツが機体に合わせないことにある。
機体に振り回されるのではなく、機体を振り回す。そうすることで、戦力は強引に底上げされる。
だが、それには問題点も一つある。部品の損耗が著しく激しいのだ。
今とて、繊細な操作によって完璧な角度で行われるはずの強引な着地が、操縦系統の悪さにより大雑把な判定で行われることとなり、衝撃が損耗に繋がっている。
無論、十全なメンテナンスを受ければまったく問題ないのだが、常に万全であるとは限らないのが戦場。
「だが。今この時においては数分持てば問題ない!!」
大剣を振るう。
弾丸を弾き、そして、勢いのままに機体は大剣を追うかのように飛び上がる。
更に大剣を振るう。遠心力で勢いを横に殺して着地。
そしてまた跳ぶ。
『止めろ!!』
「止まらん!!」
眼前に現れた敵が、両断される。
シュティールフランメはそのまま前へとすり抜けた。
更に二体前に出て、銃撃を行う。
コテツは、フットペダルを大きく踏み込む。
機体が、再び空へと舞い上がる。
それは、大剣を下に、滑空するようにしつつ銃弾を弾いた。
そして。
コテツは、前方の空を睨み付けた。
宙に浮かぶのは、白と黒の機体。ディステルガイスト。
コテツは、相棒に向かって叫ぶ。
「あざみっ、来い!」
『はい!!』
シュティールフランメは――、ここまででいい。
背後からの弾丸を、振り向きもせず逆手で後ろに回した大剣で受け止める。
右へ、左へと細かくステップを踏みながら前へ。
そして。
背後から今一度迫る大口径の狙撃の弾丸。
「行くぞ、クラリッサ。舌を噛むなよ……!?」
「え?」
背後に斜めに突き刺す大剣。
シュティールフランメはその大剣に足を掛ける。
弾丸は――。
その大剣に直撃した。
『ご主人様!!』
「ぉおッ」
大剣の反動も受けて、機体が、空へと舞い上がる。
背後から、いくつもの弾丸が迫る。
避けるための、防ぐための大剣はない。
しかし、否、だからこそ機体はまっすぐに昇っていく。
空に浮かぶモノクロの機体へ。
この世界で、相棒となったディステルガイストの元へ。
「ディステルガイストッ!」
「はい!!」
ディステルガイストとシュティールフランメの影が重なる。
同時に、コテツはコクピットハッチを開いた。
自ら目視する視界の向こうには、既にコクピットハッチを開けたディステルガイストがいる。
「おぉおおおおおおおッ!!」
――跳躍。
「きゃあああああああああああ!!」
抱え上げたクラリッサの悲鳴と共に、コテツはコクピットから跳んだ。
一瞬にして風の抵抗を受ける体。
眼下には、緑の景色。
そして――、目前には相棒のコクピットが見えた。
「おかえりなさい、ご主人様!」
「ああ」
そこには、あざみが待っていた。
着地、成功。
コテツは、すぐさまシートに座る。
ディステルガイストのコクピットは複座であるため、ある程度広い。
クラリッサは右後方へ。
「……救出完了」
操縦桿を握り、コテツは眼下を見つめる。
下では、シャルロッテが敵と戦闘を繰り広げている。
クラリッサが無事に救出されたため、積極的に踏み込んでいた。
コテツも、援護せねばなるまい。
「では行くか――!!」
――やきもきしていた。
今、隣にいる男に、クラリッサはずっと、そんな気持ちを抱いていたのだ。
ソムニウムのSH乗りなら誰でも憧れるエトランジェ。
呼び出されたのは、死んだような目の男だった。
しかして、その男、SH乗りの憧れは。
大勢の期待と羨望を胸にやってきた彼は――、
弱かった。
だが、そんなことは構わないのだ。最初は誰だって弱い。クラリッサだってそうだった。
問題なのは、強くなろうとしなかったこと。
まるで何もかも諦めたようなその目。
クラリッサは、嫌な目だと思った。
どこか、クラリッサを見上げる者達の視線に似ている気がした。
同期は、異例の若さで副団長にまで出世したクラリッサを羨ましがる。
『羨ましい』『才能がある奴はいいな』『天才は素晴らしい、と』
(違う、私は努力してきた……)
同期の言葉が嫌いだった。
クラリッサは、努力しているつもりだった。真面目に訓練し、時には半日以上SHに乗り続けたこともあった。
強くなりたくて、ずっと訓練を続けた。
だから、クラリッサはそういう目が嫌いだった。
上を見上げるくせに、そこへ向かおうともしない目。
ただ、彼らはそれでも構わないのだ。その目を向けられるほうは厄介だが、向ける側としてはまったく問題ない。回りも何も言わないだろう
しかし、コテツはどうだろうか。わかりきっている。コテツは誰かに見られ続ける。
そして評価を下される。『今回のエトランジェは役立たずだ』と。
ただ、実際にそうなってもコテツは動じなかった。上も見ず、下も見ず、ただ前を見ていた。
だが、思う。愉快な訳がない。その状況が好きなわけがない。
だから、やきもきした。苛々したのだ。
深く考えていたわけではない。悪役になろうだとか思っていたわけでもない。
ただ、クラリッサにとっても、エトランジェは憧れだったのだ。
だから、弱い上に上を見ようとしないコテツを、どうにか動かしてやりたいと思ったのだ。
この、独活の大木を。
だが。
今、この時を見てみればどうだ。
(こんな、生き生きとして……)
まさに、状況は圧倒的。
クラリッサを気遣ってか、機体の動きは酷く緩慢だ。
なのに、当たらない。ふらり、ふらりと弾丸を避ける。
まるで、幽霊のように。
幽鬼のように。
『ひっ……、』
「手遅れだ」
そして、ふらりと接近し、するりと斬る。
『うわあああああ!!』
それだけで、周囲に敵影はいなくなった。
今、今斬ったのが最後から二番目。
そこで、コテツは山の上へと呼びかけた。
「さて、残りは狙撃手、お前だけだが、どうする?」
そして、一歩、前に出る。
次の瞬間、ディステルガイストが首を逸らし、そこを弾丸が駆け抜けていく。
「……面白い」
機体が、走り出す。
右へ、左へ、避けるたびに弾丸が駆け抜ける。
(相手も……、上手いですね……!)
当たれば、できるだけダメージが大きくなるように相手は撃ってきている。
対するコテツは。
(楽しそう……)
いつもと同じ仏頂面が、どこか楽しそうだった。
そして、そんな時、声が響いてくる。
相手の、狙撃主の声だ。
『あー、くそ、アンタ上手いな』
「お互い様だ」
『ひょいひょい避けてくるような奴に、言われたかぁ、ないね』
軽そうな、男の声だった。まるで、苦笑しているかのような。
二人とも、妙技を披露したままだというのに、妙に軽い。
そして、走る足が唐突に速度を落とす。
「さて、着くぞ」
冷たく響いた声に、やっぱり返ってきたのは軽薄な声だった。
『知ってる』
瞬間、緑の機体が山の木々の中から身を現した。
緑のシートがはらりと落ちたところを見るに、シートを被ってうつ伏せに隠れていたのだ。
そして、起きるなり、緑の機体は逆手に持ったナイフをディステルガイストへと振るう。
『行くぜっ、こっちも負けられねーんでね!』
「あざみ、あの機体は一体なんだかわかるか」
「私にもわかりません。ただ、どうも接近戦用カスタマイズを受けた機体のようです。気をつけて」
「わかった」
会話をしながらコテツが刀でナイフを弾くと、すぐに相手は拳を戻して今一度刃を放つ。
また受ける。
放つ、受ける。
高速の連打と、防御が始まった。
「やるな」
『どーも。アンタ、名前は?』
「名乗らなければ駄目か?」
『どういうこったよ』
「名乗るとか、騎士のそういう感覚には馴染めん」
『同感。だけど、アンタの名前は知りたい』
「コテツ・モチヅキ。これでいいか?」
『わかった。覚えておく』
そこでやっと、ナイフの連打が止んだ……、と、思ったら次は蹴りだ。
コテツは横から顔面付近へ迫る足を、腕を立てて受け止める。
「……そちらは名乗らないのか」
『問われて名乗るもおこがましいが……、アルベール・ドニ。機体はシャルフ・スマラクト。しがない盗賊だ』
その隙に、コテツは左手の刀を振り下ろす。
即座に、アルベールは機体を後ろに引かせた。
「良い腕だ。騎士になろうとは?」
『憧れたこともあったがね。俺にゃ馴染めねぇや。魔術も使えねぇしな』
「それで、山賊に?」
振られる刃を、アルベールはダッキングを用いてかわす。
『そんなわけないだろ。俺とて元冒険者だぜ?』
「なら何故?」
今度はアルベールがナイフを振るい、コテツは二歩下がって間合いの外に出る。
『昔、仲間と一緒にとある依頼を受けてな。ボコボコにのされて打ち捨てられたのさ。そのまま死ぬはずだったが、救助を受けて俺はこうして生きてる……、っつうわけだっ』
更に踏み込み。逆手持ちから順手に変わり、鋭い突き。
身を半身にして回避。
「その救助者が山賊だったのか」
『いや? 俺を助けたのは、何の変哲もない村の奴らだった。村のガキが俺を見つけて、だ。その時俺達は冒険者をやめて、その村で生きることを決めた』
「ふむ」
『問題は、その後その村が焼けたことさ。唐突に盗賊がやってきて、村はどうしようもなくなった、村民は困るよな。隣村に助けを求めてみたが、結局受け入れの余裕はない。そうなりゃ、生き残りは後は野となれ山となれ、だ』
ナイフを刀で受け止めつつ、コテツは呟いた。
「ただの村民が山賊に、か」
『俺たち救われた冒険者が盗賊をどうにか追い返したのが生き残りの多さにつながったが、その生き残りの多さが受け入れられないという結果に繋がった訳だ。残念だ』
クラリッサとしては、聞いてて耳が痛い問題だ。
盗賊の退治も、その後の被害の責任も、国の管轄内である。
誰が怠慢だったのか。地方領主かもしれないし、クラリッサだったのかもしれないし、もっと別の誰かかもしれない。
顔をしかめてみるが、状況はどうあっても変わらない。ただ、クラリッサは黙って苦虫を噛み締めたような顔をする。
「なるほど、大体わかった」
『幸いだったのは、俺たち救助された冒険者がいた事だろ。皆SH持ちだ。だから山賊やってられる』
(なるほど、それでこんな数を揃えて策を用いるのですね……!)
と、そこでクラリッサはやっと納得した。
やけにSHが多いことと、盗賊や山賊にしては高度な戦術を用いることに。
大半が元冒険者で構成されているなら、こういった戦術を取ることもあり得る。
『あー、くそ……、上手いなアンタ。だが、俺も負けらんねぇ。行くぜ!!』
振るわれる拳。煌く刃。
「甘いっ」
打ち返す刀。
ナイフと刀は、刀が、勝った。
刀が相手のナイフを捉え、弾く。
ナイフが手を離れ、後方へと飛んでいった。
(やった……!)
クラリッサがそう思ったのも束の間。
「罠か……!」
ナイフを弾いたと言うのに、拳はそのまま迫ってきているではないか!
『キマった!!』
拳は刀の刃を捉えた。
(弾かれる! そしたら、体勢が崩れて無防備に――)
そんな中、クラリッサはコテツが操縦桿を握る手を緩めたのが、見えた。
弾き飛ばされる刀。
だが、ディステルガイストはそのまま拳を振るうことに成功していた。
『んなっ!』
相手が、前のめりになりながら、避ける。
そして、二機は、大きく距離を取った。
『……やるねぇ。楽しいよ、アンタ』
「気が合うな――」
敵らしい敵がやっと出てきました。
次回、戦闘決着です。
しかし、今回は戦闘パートが長すぎた気がしますね。もっとテンポよく行きたいです。反省点が増えました。