142話 The opening
「ふむ、参考になったな」
ぽつり、とコテツは呟いた。
ザトーの動きは、最小限の力、身体能力で、身体的な格上と戦うためのものだった。
それは、コテツが上手く動かない普通のSHで戦う時に通ずるものがある。
「……さて」
目の前に倒れ付すザトーは二度と立ち上がることはないだろう。
コテツは、出口へと向き直る。
「待てよ、コテツ……」
そんなコテツへと、ルイスが声を掛けた。
「ルイスか。なんだ、手短に頼む」
踵を返して、コテツは言った。
そんなコテツへと、不安げに、怯えた顔で彼女は呟く。
「な、なぁ。多分さ、今から向かってもキツイんじゃねぇかな」
何を言っているんだ、と、口にしかけて、彼は止めた。
「三十分だろ、多分、無理だろ、な? だから、ここでさ、待ってても良いだろ?」
ルイスの手が、震えているのが見えたからだ。
「怖いのか」
図星を指されて、ルイスがびくり、と肩を震わせた。
「そ、そうだよ! 悪いかよ!!」
「ドミトリーの時は随分勇敢だったと思ったが」
「あの時はカッとなってたんだよ。今になって、震えが止まんねぇんだ……。さっきも、もしお前に見捨てられてたら、あの爺さんに殺されてたかもしれねぇ。そう、思うと怖くて、仕方なくなる」
そうだ。ルイスもまた、ただの少女に過ぎない。
戦場に立ったことのない、ただの少女なのだ。
「なあ、お前、やりたいこともないって言ってたよな。だったら、無理して行かなくてもいいだろ? アタシを、守ってくれよ……! 全部終わったらうちに連れてってやる。うちの国でもそれなりの待遇を約束するから……!」
「俺は」
コテツは、深く、染み込ませるようにつぶやいた。
「行きたいんだ」
そう、コテツは焦っている。
「未だに五里霧中の人生だが、それでも行きたいんだ」
言葉にすれば、それは余りに簡単で、あっさりと収まった。
迷いはなく、誰にも止められる気はない。
力強く言い切ったコテツに、ルイスが言葉をなくした。
アマルベルガの元に行くのは既に規定事項だ。
そして、その為にはあざみ達の力がいるだろう。
「俺はこれからエーポスと合流し、反撃を行なう」
「でも、どうすんだよ。武器もねぇくせに」
ルイスの絞り出すような声。
確かに、コテツの手に武器はない。
「どうだろうな」
違和感の塊だった腰元の剣は、既になければ違和感を覚える。
こちらに来てずっと、コテツの左腰にあったのだ。
それと同じように、彼女らはいた。
エーポス達はいつもコテツの傍らにいて、共に戦ってくれた。
(いつの間にか、当たり前になっていたのか)
当然のようにあって、当然のようにあり続けた。
その当然が、今はない。
「だが、問題ない」
ただ待つのは性に合わない。
そして、彼女らの献身を待つだけの自分も好ましくない。
彼女らがコテツを望むように、コテツもまた、彼女らを求めている。
初めてコテツは自覚的に彼女等を求める。
いつだって彼女らはひたむきに応えてくれた。
いつだって彼女らはコテツの危機に駆けつけて、戦うための力を貸した。
今度は、コテツが応える番なのだろう。
手を伸ばす。
初めて自覚的に、心からあざみ達を求めて。
(……なるほど)
その手の中には、使い慣れたバルディッシュがあった。
そして、大剣が虚空から現れ、落下しようとするそれをコテツは空いている手で掴み取った。
(俺と彼女たちの繋がりというのは)
繋がった。そういう確信があった。
エーポスとその操縦士の繋がりは、エーポスからの一方的な繋がりではない。
求め合って、両方が手を伸ばして初めて繋がるのだと、ここに来て、理解する。
離れたはずの距離を、今は感じない。
通いなれた道を行くように、行きつけの店に向かうように、長年住んだ家に帰るように、彼女等の元に辿り着ける。
そういう確信があった。
「死にたくなければ、着いて来い」
「……あ」
コテツの言葉に、ルイスが目を丸くする。
彼は、大剣を腰に、バルディッシュを背に背負うとそのまま、踵を返し外へ向かって歩き始めた。
「ま、待てよ!」
ルイスがその背に声を掛ける。
「なんだ」
立ち止まらずにコテツが問うた。
ルイスは、走ってその背を追いながら、呟く。
「王家の名の下に、その力を顕現せよ」
手を、引かれる。
何をしているのかと、首を横に、そこから視線だけでルイスの方を見れば、彼女の手が光っていた。
その光はと言えば、徐に、コテツの中へと入っていく。
そして、その光が収まって、ルイスはコテツの手を離した。
握った拳が、熱を持つ。
「……前にも見せたろ。王家に伝わる身体強化魔術。本当は、こうやって自分じゃなくて従者を強化するものなんだ」
自分で強化魔術を使ったときよりは劣るが、それでも大きな力の高まりを感じる。
「あたしら王族にしか使えない代わりに、効果だけはお墨付きだ」
「助かる」
ルイスは顔を伏せると呟いた。
「どこにでも行っちまえ」
そして、彼女は上向いて、その白い歯を覗かせて、やんちゃに微笑んだ。
「そん代わり、アタシもついてく。いいだろ?」
コテツは、今一度前を向いて言う。
「了解」
「また、ぞろぞろと! あああ、もう、鬱陶しいですねぇ!」
魔術による光の弾丸を、怒濤の如く並みいる敵にぶつけながら、あざみは苛立たしげに叫んだ。
「一刻も早くご主人様の元へ辿り着かないといけないのに!」
あざみを含めた、エーポスの三人は、切り立った崖を背に、次々と迫り来る集団を相手取っていた。
普段は人一人おらず、生い茂る草だけが揺れるはずの王都の外れは、人間で溢れかえっている。
「……堅い」
ぽつりと、隣で障壁を保つソフィアが言う。
そう、迫る人数もさることながら、相手の装備が問題だった。
外見をみればただの騎士甲冑なのだが、魔術への抵抗が高い。
あざみが得意の光弾をぶつけようが、ノエルが手を変え品を変え、火や雷、氷と様々な手を試そうが、体勢は大きく揺らがない。
鎧だけで防げるほどエーポスの魔術は甘くないが、それでも確実にダメージは減衰し、一撃一撃の重みが薄れている。
一人一撃で倒していけない以上、時間が掛かる。
「しかも、人数が多い上に……!」
「私達を倒すつもりがないようです」
わずかに目を細め、ノエルが呟いた。
そう、相手はひたすら防御に徹しつつじわじわと包囲を狭めようとするだけで、攻めに出る気配もない。
ひたすらに、足止めに徹する。
確かに、あざみ達を釘付けにするには有効な手だ。
「ああもう!」
そして、あざみの苛立ちが頂点に達しようと言うその時。
どくん、と胸が高鳴った。
「あ……?」
繋がる。
向こうから、手が伸ばされている。
まるで強引に手をつかまれるように。
「ふ、ふふ」
求められている。
同じことを感じて、他の二人も、表情を変えた。
「ふひっ、おっと、ヒロインにあるまじき声が」
あざみが笑みを漏らし、ソフィアが呟く。
「繋がった」
「そのようですね。主様を強く感じます」
「ちぇ、お姉さまたちも一緒ですか。私だけなら良かったのに、なんて」
先程の苛立ちはどこへやら、あざみは喜色満面で言った。
「ああもう、最高ですよ、ご主人様」
強く求められている。それが嬉しくて仕方がない。
これがあるべきエーポスと主の関係なのだろう。
主を決めなかったあざみにとっては、初めての経験。
「んっ、強引ですね、ご主人様……!」
主が武器を欲している。そう感じて、素直にあざみはバルディッシュをコテツの元に送る。
果てしなく正確にコテツの位置取りを把握できる今ならば、格納している全てをコテツの元に出すことができるだろう。
自分を彼の元へ出せないのが歯がゆい程だ。
「さて、ではもう一頑張りしましょうかね」
上機嫌であざみが言う。
彼女はコテツが動き出したのを感じていた。
とてつもない速さで、彼がこちらへと向かっている。
話が進まないのでもう一話出します。
コテツの技コピーについて。
またの名を"見れば大体分かる"。
どちらかと言えばコテツの得意分野は操縦に順ずる精密動作。
機体に乗ってればサクサクコピーする上に、完成度が120%になったりする。
機体に乗ってない場合、ある程度以上の技は体が付いてこないため完成度が保証されない。
ただし、今回は使われた技が速いどころか動きそのものは緩慢とすら言えるレベルで力も使わないように設計された技だったので、相性が非常に良かった。




