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異世界エース  作者: 兄二
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148/195

141話 All in

 コテツの背に衝撃が走る。

 投げられた。その事実を認識する前にコテツは立ち上がった。


「ほっ、流石反応の早い」


 そして、跳躍じみた一歩でザトーへと最接近するなり蹴りを放つ。

 だが。


「しかし甘いのう」


 放たれた足に、ザトーの手が添えられる。

 あくまで添えるように、力は込めず、流れに逆らわずにその手が動く。

 まるで、雲でも蹴る様な――。


(……手応えが無い)


 瞬間、視界が回転する。

 そして、木製の床が鈍い音を発し、背に衝撃が走る。

 投げられた。


「巧いこと受け身を取りよる……」


 余裕の笑みを崩さずザトーは言った。

 既に、コテツは数度投げられている。

 威力は、必殺と呼ぶには余りに弱く、今の所、ほぼダメージにはなっていない。

 しかし、時間稼ぎと呼ぶには十分すぎる。


(その上、少しずつ威力が上がってきている。俺の動きに慣れてきているのか)


 再び立ち上がり、コテツは油断なくザトーを見据えた。

 一旦立ち止まり、攻撃を止める。


「ふふ、力押しでは勝てんよ。さて、諦めたかの。この年寄りとお茶でも飲もうか?」


 こんな所で手間取っている暇はない。

 アマルベルガの元へ辿り着くのに三十分という時間は長くはない。

 そう、こんな老兵に苦戦している様な暇はないのだ。

 コテツは、苛立ちを覚え、拳を握り込む。


(俺は一体なにをやっている……)


 ザトーの顎に向かって拳を振るう。

 ザトーがそれを肘の上で流す。

 即座に引き戻し、左の拳。

 しかし今度は掌で流される。

 そして、掴まれる前にコテツは拳を引き戻す。

 動きをコンパクトに、隙を与えず動く。

 ザトーに強引にコテツを投げる力はない。

 だが、同時に、コテツにも決め手が欠けた。

 幾度か拳が放たれ、流され、そして、引き戻した瞬間コテツは唐突に顎から狙いを変え、ザトーの腹部へと拳を放った。


「ほっ! 危ないのう」


 それすら、半身になってかわされる。

 だが、ザトーの反応は少しだけいつもと違っていた。

 このまま隙を与えず、逆に隙を窺っていけば倒せるかもしれない。

 勝ち筋が、見えて来る。


(だが、それを俺は選びたくないと思っている)


 このまま、お互いの隙を窺い続ける状況であれば、コテツの方が有利だ。

 集中力が切れ、一度ミスをすればザトーはただそれだけで命取りになる。

 逆にコテツは、一撃では倒せない。

 要するに、ザトーのミスを待てばいいだけだ。

 しかし。コテツはそれを選ぶことに抵抗を覚えている。

 どれほど時間がかかるか分からないからだ。

 相も変わらず拳を交わしながら、コテツは考える。

 そう、時間がかかる。

 最悪、アマルベルガを救うに間に合わない。

 だが、それがどうしたというのか。

 一番確実な手があるのだからそれを実行すればよい。

 駄目だったらそれで構わないだろう。

 彼女本人は、コテツの助けを拒否している。

 そして、コテツに助ける理由はない。

 やはり、このまま攻防を続けるのが最も安定の策のはずだ。

 だが。


「俺は……」


 だがしかしコテツがそれを選べないのは。

 それを選ばないのは。

 それは、半ば無意識にこぼれた。


「――焦っているのか」


 がちり、と何かが嵌った気がした。

 ぴたりと、拳が止まる。

 拳が来ると思って後ろに跳んだザトーが怪訝そうな顔をして動きを止める。

 そして、コテツは。

 その顔に珍しく笑みを浮かべた。


「ふ、くく、そうか……。俺は」


 顔を押さえて、彼は笑みを漏らす。


「焦っているんだな」


 口にした瞬間、すっと胸に入ってきた。

 つかえていたものが取れるように。

 喉まで出掛かっているのに、思い出せなかったことを思い出す様に。

 するりと、コテツの中で何かが収まった。

 顔から手を離して、コテツはザトーをもう一度見据えた。


「そこを退け。どうやら俺は今、焦っているらしい」


 そうだ。コテツは別に助けにこなくていいと、アマルベルガから言われている。

 そして、コテツが生きる地はどうしてもソムニウムである必要性はない。

 つまり、アマルベルガを見捨てて逃げる道があった。

 ソムニウムを見捨てるならば、ルイスを気遣う必要もない。

 ザトーを無視してここを出ればいい。

 エーポスも、全員とは言わずとも、誰かは着いてきてくれるだろう。

 どこか遠く、平和な所で再スタートしてもいい。

 むしろ、これから泥沼へと向かうという、ソムニウムにいるよりも、生き方を探すならば賢い選択だろう。


「焦っているからなんだというのかの? なにが、変わるのかね」


 解っている。解っているにも関わらず。

 ドミトリーに襲われてから、今の今まで、迷い一つ浮かんでいない。

 そうだ、最初から、迷いなどなかったのだ。まるでそれがたった一つの選択肢であるかのように。当然のように、意識の端にも上らないほどにあっさりと戦うことが選ばれたのは。

 ここに来て、未だ尚、迷いの一つも浮かんでこないのは。


「君に有無を言わせる気はないという事だ……!!」


 コテツが踏み込む。 


「速いっ……。この男、この期に及んで速く!」


 与える間は一瞬。

 コテツは、まっすぐに拳を放った。


「じゃが、甘い!」


 その腕に掌を合わせ、ザトーが投げる。

 コテツは、なす術なく宙を舞った。

 コテツの予測通りに、コテツの理想的な形で。









「向こうは大変なことになってるみたいだねぇ」


 アカデミーの格納庫で、カーペンターは呟いた。


「ん……、そなの?」


 ターニャが首を傾げて問い返す。


「テロリストがわんさかだって。ついでに、そっちの方の森から本隊かな?」

「ふーん?」


 格納庫の壁を、カーペンターは指差した。

 その壁の向こうのしばらく先には、確かに広い森がある。


「ちなみに、整備は終わってるよ?」


 そして、彼女はその指を、ポーキュパインへと向けた。


「うん、ありがと」

「行かないのかな?」


 にっこりと笑って、カーペンターは問う。


「どうしよっかな」

「国、落ちちゃうかもよ?」

「だいじょーぶだよ。コテツがいるもん」

「んー……、確かに、あの人すごい強いけど、今妹達に乗れてないっぽいんだよね」


 カーペンターの下に届く情報から読み取れる戦場は、あまり芳しくない。

 表向き呑気に構えてこそいるが、本当に国が落ちるかもしれない瀬戸際だ。


(かといって操縦士もいない私がじたばたしたってねぇ……)


 だが、ターニャはいつもと変わらずにへら、と緊張感のない笑みを浮かべた。


「私たちの世界で、今までこんなことがなかったと思う?」

「んー? どういうことかなー」

「いつでも万全の状態でコクピットにいられるような世界じゃなかったよ」


 ターニャが、ポーキュパインの下へと歩き出す。


「私が何もしなくても、コテツは勝つよ。だって、コテツだもん。状況とか、戦力差とか、そんなのは関係ないよ」


 そして、歩いていくターニャが、振り返って口にした。


「でも、コテツにいっぱいよしよしして欲しいから、行ってくるね」








 コテツ・モチヅキは膠着状態を崩し、一気に勝負を決めようとした。

 それは、迎え撃つザトーにとって願ってもないことであった。

 コテツは想像以上に化物じみて硬い。

 あのままでは決定打を打てなかったことだろう。

 しかし、コテツは自ら焦っていると口にし、勝負を決めに来た。

 冷静さを欠いた方が負ける。この業界、いつだってそうだった。

 コテツの速度にも慣れてきている。

 そろそろ、最大威力で地面に叩きつけられるはずだ。

 そうすれば、いかにコテツといえども、無傷では済むまい。

 そして、放たれた拳は想像以上に速く、しかし、反応できない程ではなく。

 相手の動く力を受け流して、そのまま叩きつける力に変えるザトーの投げにしてみれば、格好の的。

 速ければ速いほど威力が上がり、あまりに速いコテツの攻撃は彼への致命打となるはずだった。

 だが。

 印象としては、すっぽ抜けた、という所だろうか。


(手が滑ったか!? 否、今更わしがしくじるものかよ!)


 地面に叩きつけるはずだった一撃は、ザトーの意志を離れ、コテツは軽やかにテーブルの上を滑る。


(元より当てるつもりがなかった。投げさせるつもりだった。本当に投げられる瞬間、自分から跳んで勢いを付けて、わしの計算を狂わせた!)


 自分のミスではあり得ない。この土壇場でザトーがミスをするはずがない。

 ならばコテツだ。思惑がある。あえて投げられて見せたのだ。

 一体何を。そう思った瞬間だった。


(これかっ!)


 鈍い音と共にテーブルが飛んだ。

 テーブルの上を背で滑り、向こう側に着地したコテツが、そのままくるりと一回転してテーブルを蹴り飛ばしたのだ。

 重力が嘘であるかのようにあっさりと真横になったテーブルが飛来する。


「悪くない策じゃが、まだ足りんの」


 ザトーは、テーブルに対し、真っ直ぐに両腕を伸ばして掌を向けた。

 テーブルと掌が衝突する。

 瞬間、ザトーは腕をバネのようにたわませた。

 勢いを失い、ザトーの眼前で一瞬、テーブルが完全に停止する。


(このまま投げ返してやろう。生兵法には怪我で教えてやらんと、の!)


 ザトーは曲げた腕を再び伸ばすつもりだった。

 勢い良く跳ね返し、コテツの出鼻を挫く心積もりだった。

 だが、そう思った瞬間。

 ――眼前のテーブルが、派手に砕け散った。


「ぐぉおッ!?」


 手に激しい衝撃。

 テーブルは囮だった。

 テーブルを目眩しに、そのテーブルを蹴り砕きながら、破城槌のような蹴りが迫る。

 それを避けられたのは偶然だった。

 もう一度やれば確実に直撃する。

 本当に偶然。眼前へと迫っていた蹴りを、首を反らして回避することができた。


「これが狙いじゃったかッ!」


 風が頬を凪ぎ、心臓が早鐘を打つ。少しでも反応が遅ければ、直撃していた。

 少しでも狙いがずれていれば、助からなかった。

 だが、それでも避けられた。


「ツイとるわい!」


 蹴りの衝撃を受けて、ザトーは押されるように数歩後ろに下がっている。

 これは、コテツの攻撃範囲外。つまり、仕切り直しの距離だ。

 コテツの奇襲は失敗した。後はまた、振り出しに戻る、だ。

 それに、同じ手は二度も通用させない。

 奇策の一手を減らした状況で、戦闘ができる。

 ザトーは数手先を考えて、今だ有利な状況の揺るがぬことに笑みを漏らした。

 ――だから、コテツという人間を見誤った。

 コテツは、ザトーの考えている数手先の事まで考えていない。

 元より、ここでザトーを生かすつもりなど、毛頭なかったのだ。


「むっ!?」


 テーブルが砕け散り、破片が地へと落ちて、クリアになった視界。

 既にコテツが、前に飛び込んでいた。

 腕が届く距離ではなかった。足が届く距離ではなかった。

 だが、前に飛び込んで手を付いたコテツ。

 その勢いのまま前転。

 ザトーは、まだ勢いに押され、立ち直し切れていない。

 瞬間。

 前転の途中でコテツの体が伸びきった。


「っ!?」


 踵。

 上方から振り下ろされる一撃。

 飛び込みと全身を使った一撃が、二人の距離を零にした。


「ぬぐ、ぉおおおっ!」


 一瞬が、永遠に引き伸ばされる。

 避けなければならない。死神の鎌のように迫る足を躱さねば。

 全てがスローに動く。迫るコテツの足も遅い。

 だが、自分の身体も、遅かった。


「があああっ!!」


 直撃しなかったのは、奇跡に近い。

 その、コテツ渾身の踵落としは、鎖骨の辺りを掠めるに留まる。

 だが、それでも、鎖骨を砕くには十分すぎる威力があった。

 鈍い音と共に、激痛が走る。

 これは不味い類の怪我だ。

 怪我を負えば動きが鈍る。動きが鈍れば更なる怪我を負う。

 元々余裕のあった相手ではない。

 この怪我は、致命傷になる。

 だが。


(くく、はは、だがツイとる! だがワシはツイておる!!)


 後ろによろめきながらザトーは笑った。

 生きている。体は動く。

 対するコテツは地面に寝そべるような死に体だ。


(ここで止めを刺す。ここが最後の好機じゃろうて……ッ!!)


 怪我を負った今、ここでこれ以上に調子が上がることはない。

 もう、ここで殺すしか、残された手はない。

 痛む身体に無理をさせてザトーが走る。


(一撃で喉を潰す! それで終わりじゃ)


 袖の口から、太い針が姿を現した。

 後はその針で喉を貫くのみ。

 しかし。


「……化物め」


 思わず、呟いた。

 コテツの踵落としから反撃に転じるまで、秒があったわけではない。

 ほんの数瞬があっただけだ。

 なのに、目の前の男は立ち上がっている。


「よく言われる」


 筋力にものを言わせ、腕力で無理矢理に、コマ送りの途中の駒を抜き去ったかのように。

 正に跳ね起きた、というべきだろう。

 その身体能力は流石というしかない。素直に、脱帽だ。

 しかしそれでも、コテツの態勢は完全に整ったわけではない。


(まだ、まだ行けるはず……!)


 十全に拳を打つ体制が整っている訳ではない。蹴りを打つには不安定すぎる。

 そして、不安定な拳なら、受け流す自信がある。

 それならば、貫けるはず。

 祈るように、ザトーは真っ直ぐに握りこんだ針を突き出した――。


「ふむ」


 対するコテツが行ったのは、防御でも、反撃でもなかった。

 ザトーの腕に、手が、添えられる。


「これは……、ワシのッ!!」


 あくまで優しく、まるで、雲を貫くような実体のない感覚で。

 くるり、と回る視界。

 反転した世界。その世界が、少しずつ加速していく中で。

 目が合った。


「あれだけ投げられれば、嫌でも覚える」


 ザトーの全身を、極大の衝撃が貫いた。





何が坂道を転がり落ちるだけってつまり、敵がなんですけどね。


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