140話 キングサイド・キャスリング
『これから、僭越にも国政を独占したアマルベルガの処刑を執り行う』
ソムニウム王家の血縁と名乗る男。オープン回線で届くルードヴィヒの言葉を、アルベールはシャルフスマラクトの操縦席で聞いていた。
格納庫で待機していたアルベールには祭殿の状況は掴めなかったが、周囲の状況はよくわかった。
「おいおい……、こりゃねぇんじゃねぇの?」
呟いたのは、ルードヴィヒの言葉に対してか、それとも――。
――レーダーに映る敵影に対してか。
『そこで、余興だ。処刑には準備が必要だ。三十分程頂こう。その間に、アマルベルガの元に辿り着いて見せるといい。三十分後、王都中央の闘技場で処刑は執り行われる』
無数の魔物と敵機が王都中を、闊歩している。
彼らは、何もない所から唐突に現れた。
現実とは思えない、まるで悪夢のように、だ。
「百や二百じゃきかねぇ……! 大型魔獣がわんさかいやがる。フリードの爺さんの時以上だぜ、こりゃ」
ごくり、と勝手に喉が鳴った。
アマルベルガの処刑まで残り三十分。相手が指定したその時間は、本来戴冠式を放映するはずの通信設備を掌握するまでの時間だろう。
言い逃れできないよう、全国民に届く形で、彼らはアマルベルガを処刑しようとしているのだ。
「ダンナが出てこねぇってこた、嬢ちゃん達かダンナになにかあったってことか……」
エーポスがいればすぐさま呼び出されるはずのアルトの姿がない以上、コテツ達に何らかのトラブルがあったということだ。
「こいつぁ分が悪ぃかなぁ」
ふと、犬が鳴いた気がした。心の奥底に住む、負け犬だ。
今回ばかりはヤバイ、死ぬ前に早く逃げろと。
「動けるのは俺だけかぁ……」
レーダーに映る無数の点。
闘技場に行くまでにどれほどの敵が待つか。弾は間に合うのか、近接武器でどこまでいけるか。
それでも。
アルベールは操縦桿を強く握り締めた。
「俺が行くしか、ねぇよな……!」
片膝を付いていたシャルフスマラクトが立ち上がる。
スピーカーをオンにして、彼は告げた。
「こちらアルベール。お姫様を救いに行く! シャルフスマラクト、出るぜ!!」
格納庫から、深緑の機体が飛び出す。
「……闘技場まで、三十分、か」
レーダーとマップを睨みつけながら、アルベールはシャルフスマラクトを走らせた。
戦闘は避けたい。ありったけの武器を積み込んでも、それでも尚、この包囲を抜けてアマルベルガに辿り着くには不安と言えた。
「流石に戦闘なしとはいかねぇよなぁ……!」
できるだけ敵の少ないルートを進みつつも、やはり敵は立ちはだかる。
魔獣だ。岩のような肌に、巨大な体躯。
灰色の巨人が前方に映る。
アルベールはシャルフスマラクトを走らせながら、肩から無反動砲を手に取った。
砲口付近で筒状に太くなった弾頭が露出した方針が、魔獣へと向けられる。
「当たり所がよければ一発……」
大型の魔獣などは、通常SHで囲んで処理するべき相手だ。
「高いんだぜ?」
だがしかし、たとえ特別な機体でなくとも、倒しても割りにあわないくらいの高価な兵器を、一発で急所に直撃させられれば単機でも倒すことは十分に可能。
「当たってくれよ……!?」
アルベールは、操縦桿のトリガーを押し込んだ。
発射される弾頭。
砲身後部より勢い良く爆風が放たれ、反動を殺しながら、弾頭が押し出される。
解き放たれた弾頭は自前の推進装置から炎を吹き出しながら飛翔した。
その速度は決して遅くはないが、兵器の中では決して速いとは言えない。
撃ってからでも避けられてしまう可能性はある。
つまるところ、高い癖に命中精度は高くない。一介の冒険者が手を出せるものではない。
「冒険者やってたら絶対使ってねぇな……」
呟いた瞬間、着弾。
敵の固い肌に触れ、弾頭は爆発を起こした。
直撃したのは狙った頭をずれ、胸。
大きく後ろによろめくが、致命傷ではない。
「外したか! でもなぁ」
それを確認した瞬間、シャルフスマラクトが持っていた無反動砲を投げ捨てた。
「気兼ねなくぶっ放せるってのは悪くないね!」
そして肩越しに掴んで向けるのは――、もう一本の無反動砲。
アルベールは出撃前にありったけの武装を積んできた。
無反動砲について言えば四本。撃った一本、構えている一本を除いて残り二本。
冒険者時代なら勿体無くて買ったとしても使えなかっただろうそれを、迷いなくアルベールは放つ。
「よっしゃビンゴ!」
今度の直撃は頭。魔獣の頭が吹き飛ぶ。
倒れていく魔獣には目もくれず前へ。
緑の機体が通りを駆け抜ける。
魔獣の死体とすれ違い、そして細い路地とすれ違おうとした瞬間、その向こうの敵機と目があった。
「しまっ……!?」
魔獣に気を取られ、反応を見逃していた。
失敗に気付くと同時に敵からの射撃。
即座の反応、回避運動、前へと跳躍。
掠めた弾丸が装甲を浅く削る。
「っぶねぇ!! っとぉ!」
前転しながらシャルフスマラクトが態勢を立て直す。
そして、背後を振り向くと、敵機が飛び出してくると同時に腰部ハードポイントに装備されたオートマチックのハンドガンを引き抜いた。
「そらよっ」
狙いもそこそこに発砲。
必ずしも当てる必要はない。牽制だ。
敵が襲い来る銃弾にたたらを踏む。
いくらか当たるが貫通力が足りず、敵機を痙攣させる程度でしかない。
だが、それくらいの隙があれば十分でもあった。
「まあ、ディステルガイストみてーにいいハンドガンでもねぇし、ダンナみたいに関節狙って当てられるわけでもねぇけど」
弾倉が空になってスライドが後退したままのハンドガンを投げ捨てると、その手には狙撃用のライフルがあった。
「ほいよっと」
ハンドガンとは有効射程も、威力も違う。
ライフル弾が、容赦なく敵機の胴を貫いた。
「よっしっ!」
危なげなく敵機を無力化し、アルベールは喜びの声を上げる。
「ってちょ、マジかよ!!」
が、しかし、その瞬間、横道から今しがた破壊した敵機の元に二機、増援が駆けつける。
味方の反応が消えればそこに集まってくる。当然と言えば当然の結果だ。
既に敵は銃を構えている。
「くっ、のぉ!!」
発砲と同時、シャルフスマラクトが後方に跳んだ。
寝そべるように、地面擦れ擦れを滑るような跳躍。
弾丸が直上を駆け抜けていく。
「当たれよ!?」
そこから胸から上だけを起こし、まだ宙にいる状態でのライフルの二連射。
外したら寝た状態の無防備なままで銃撃に晒される。
祈るように放たれた弾丸は、願ったままに飛翔してくれた。
当てたのは頭部。二機の頭が弾けるように消失する。
コクピット周りの装甲は厚い。
余裕のある状況ならともかく、二機同時、無理な体勢ともなれば、当たりこそすれ、角度によっては弾かれたり、装甲を滑ってしまう可能性もある。
それならば目を潰したほうがマシだ。
メインカメラを失った敵はアルベールを見失ったように滅茶苦茶に弾丸を放つが、当たらない。
「……早くここから離れねぇとな」
態勢を立て直したアルベールが、そこから離れようと再び走り出す。
果たして敵のレーダーは如何ほどか。範囲は、更新間隔は、精度はどうか。
場合によっては地の果てまで追ってくることもありえる。
逆に、範囲が狭くて、数秒に一回しか情報更新されないような新人冒険者の好むような安物を使っていれば、目眩しさえできれば逃げ切れる可能性が十分にある。
「あちらさんはスゲー技術の宝庫だと思ってたケド、そうでもねぇのかな……?」
地上戦艦を造ったり、魔物を操る装置を作ったり、転移する技術を開発したり、と数年先、もしかしたら数十年先を行く技術力を持っているかに見える敵だったが、ここに来て敵として立ちはだかるのは冒険者の使うような、見かける頻度の高い機体だった。
ブラウンのごつごつしたシルエットに、赤い単眼のビーランダーという機体だ。
信頼性が高く、割りに安く、愛用者の多い機体だが、決して極端な高性能さはない。
安定策であるといえば、確かにそうなのだが。
「技術の一個一個は凄いけど、金がねぇってことか?」
そう、アルベールは推測する。
技術力はある。一品一品はとんでもないものが存在している。
だが、全体的な総力に劣ってしまう。
それもそうだ。国でもないテロリストが戦争をするに当たって、最新鋭の装備を好きなだけ行き渡らせるなどというのは難しいことである。
利権が絡めば他国のゲリラを支援することは珍しくないが、彼らはあまりにも敵に回した国が多すぎる。
簡単に支援する国もないだろう。
そう考えてみれば、魔物を操るのは足りない戦力を補うための、元手の掛からない有効な手段である。
転移も、寡兵での電撃戦を行なうならば非常に優秀だ。
ならば、地上戦艦は、SHの行軍のコストを減らす意味合いか。
通常SHの行軍は一機一機が歩き、補給を行いつつ行なうが、その一機一機への補給のコストが結構な額となる。
地上戦艦の建造にどれほど掛かるか分からないが、一機ずつの補給より、戦艦にまとめて積み込んだ方が安く済む可能性はある。
「っていうかその状況を解決したいからこその国盗りか」
とにかくそっくりそのまま一国を頂いてとにかく軍備を補強したいのが見て取れる。
いくら技術があろうと、あちこちの国に正面切って挑んでいては絶対に疲弊して倒れることとなる。
その点、ソムニウムは大国ではないが大陸の端の国だ。
東西南北から袋叩きに合う可能性はほとんどない。それでも西方に面する国はあるが、二つや三つくらいなら相手にできる自信があるのか。
それとも、元々ソムニウムと関係のよくないジルエットとはなんらかの密約でも交わしているのか。
「考えてる場合じゃねぇか!」
前方に、再び魔物が立ちはだかる。
大きい。シャルフスマラクトの二倍はあろうか。
獅子の顔に、筋骨隆々の身体。足は茶の毛むくじゃら。
それが、シャルフスマラクトに気付き、見下ろしてくる。
アルベールは、背中の無反動砲を構えると、よく狙って引き金を引いた。
発射される弾頭。
だが。
「やべっ!」
発射に少し遅れて放たれたのは、獅子の口から迸る炎だ。
辺りを焼き尽くすような業火。
それが、発射されて間もない弾頭へと直撃する。
即座にアルベールは発射機を捨てると、横道へと飛び込んで伏せの姿勢を取った。
瞬間、近くで爆発が起こる。
爆風で、機体が揺れた。
だが、それでも横道に入った分機体にダメージはない。
それに、その爆発によって、魔獣はアルベールを見失ったようだった。
無理に倒そうという必要もない。
そのままアルベールは横道を抜けて闘技場へ向かう。
「後もうちっとだな……!」
そろそろ、闘技場が見えてくる。
敵の少ない道をひた走ったおかげで、大量に街をうろつく敵に対し異常に少ない戦闘数でここまでたどり着くことが出来た。
このまま行けば、余裕を持って到着することができる。
――だが。
『お前が一番に来ると思っていたよ、アルベール』
声が響く。
忘れもしない、あの声だ。
「……セルゲイ」
『こそこそ逃げ回るのは大の得意だからな。お前は』
「うるせぇよ。そこ退きな」
『これでも誉めているんだぞ。ちょっとやそっとじゃ抜けられない数を用意したはずだが……』
その言葉を無視して、アルベールは無反動砲の最後の一本をセルゲイへと放つ。
今は時間がない。喋っている時間も惜しい。
発射、そして着弾。
爆発が、敵の姿を覆い隠す。
セルゲイの乗機は赤と黒の細身の機体だ。
外見から察するに装甲は厚くない。直撃すれば一撃のはずだ。
『少しは礼儀に気を遣ったらどうだ。アルベール』
しかし、健在。
淡い緑に色濃く染まった壁が、隔たっている。
やっぱりか、とアルベールは歯噛みした。
そもそも、何故魔術が仕えなければ騎士になれないのか。
それは、見栄や外聞だけではない。
名だたる騎士、特に国で一、二を争う騎士ならば、必ず強固な障壁が使える。
それが、厄介だ。魔力を注ぎ込めば強度を増すその壁は、その魔力量次第で全てを遮る壁と化すのは、シュタルクシルトを見れば分かるだろう。
そして、その壁を破るには、やはり魔術なのだ。
『何を黙っている、アルベール。勝てないと、自覚してしまったか?』
大量に魔力を注ぎこんだ魔術を当てるのが、正しいやり方。
アルベールが持つ全ての武器は、定格以上の出力を出してはくれない。
長年連れ添った、相棒すらもだ。
魔力を機体に注ぎ込んで、性能を強引に引き上げることすら、できない。
ライフルを構えて、撃つ。撃つ、撃つ。
弾が切れるまで撃ち続けて尚、敵機へ傷を付けるどころか、障壁を破ることもできない。
(これが、向こうと俺の実力差……!)
セルゲイは、アルベールにとって強さを鼻にかけた嫌な奴、というものであるが、しかし、本当にそれだけの実力を持っているということも知っている。
「お前はそういう奴だよ。同期のころから一番強かった……!」
訓練生とは呼べない程にあの中でセルゲイは強かった。
あれから時を経て、更に強くなった彼は、シャルロッテに迫るだろうか。
「なのになんだって俺なんぞに絡んできやがって……。いつもウゼェって思ってたよ!!」
アルベールは全ての兵装を解き放った。
アサルトライフルを。担いでいたミサイルランチャーを。
腰元の予備のハンドガン、高威力の手榴弾を。
穿ち、爆発し、派手に土煙が上がる。
油断なくアルベールは、その奥を見つめていた。
晴れていく煙。その奥に、影が映る。
『必死だな、アルベール』
「そのニヤケ面、やめろよ」
苛立ちのまま、アルベールは吐き捨てる。
『では、そろそろ兎狩りと行こう』
余裕のまま、セルゲイは言った。
彼の機体の背後に、光が宿る。
『魔術、展開』
合計七の光が飛ぶ。
「クソっ!」
全部を一度に当てる気がない、絶対にどれかが引っかかるように放つ弾幕。
大きく横っ飛びに避けるが、二発ほど、手足に掠める。
損傷は軽微。軽く装甲が焦げただけだ。
『浅いか。ではもう一度』
同じように魔術が放たれる。
今度は、三発掠める。
直撃したとしても、一撃で装甲を貫くことはないだろうが、連続してもらうとまずい。
『次は強めに行くぞ。耐えて見せろ』
相手は、溜めに入る。
好機だ。相手は大技を放つために少しの間行動を止める。
だが、障壁は張られたままだし、何より、その前段階の光の弾で距離が離れすぎている。
『事象を確定、雷撃、放出』
天に突き出した手を、セルゲイはアルベールへと向けた。
瞬間、光が迸る。
真横に走る、極大の雷撃。
直撃すれば、あっさりと消し炭になるだろう。
「くっ!!」
それを、アルベールは大きく跳んで躱す。
『避けるか。相変わらず勘のいい。ではこちらだ』
また、光の弾が飛んでくる。
アルベールはそれを避けながら、横の路地へと逃げ込んだ。
家屋に背を預け、一時的に弾幕から逃れ、そこでやっと彼は一息つくことができた。
「あー……、くそ、敵わねぇなぁ……。勝てる気がしねぇ。やべぇよなぁ」
碌な武器が既にない。
弾が残っているのが、予備のハンドガンの弾倉一つ。
後はナイフがあるだけ。
心のどこかが囁く。もうダメだ、と。
「逃げたほうが、いいよなぁ……」
心のどこかの負け犬が、吠えた気がした。
転移、というものは初めての経験だったが、一瞬、視界が白に染まったと思った瞬間、コテツはどこかの酒場の中に立っていた。
体に異常はない。意識、視界、共にクリアだ。
だが、手が軽すぎる。胸元にあるはずのずしりとした感触もだ。
銃と剣がない。
(……なるほど、意地でも掴んで離さなかったのはそういうことか)
転移してくるとき、ドミトリーもザトーも服を着ていたし、剣も持っていた。
つまり、そういった装備も本人と一塊にされて転移されるのだろう。
だが、果たしてその境界線はどうなのか。
あの瞬間、どこからどこまでがコテツで、どこからどこまでがドミトリーだったのか。
単純に触れている面積だけではないのかもしれない。
だが、今となってはそんなことはどうでもいい。
問題なのは、転移の瞬間ロングソードと銃はドミトリーに持っていかれ、コテツが現状において全くの丸腰であるということだ。
「ようこそ、エトランジェ殿」
そして、声が響く。
橙の明かりが照らすだけで窓がない、薄暗い酒場。
その暗がりの奥のテーブルに、ザトーが座っていた。
「余計なものもついてきてしまったようではあるが、今となってはそれも都合がいいか、の?」
そう言ってザトーが目をやったのは、コテツから少し離れてへたり込んでいるルイスの姿だった。
あの時、頭に血が上って飛び込んできた彼女も、コテツと共に転移させられてしまったらしい。
「さて、時間がないので手短に言わせてもらおう」
すっと、ザトーが立ち上がる。
「三十分、差し上げる。それまでに貴殿は外れの闘技場にいる王女の元に辿り着かれよ」
老人とは思えない堅い声でザトーは宣言した。
「それを過ぎれば、あの王女は哀れ、処刑されることとなる!」
「……なるほど、了解した」
コテツが答えると、ザトーが雰囲気を変え、笑う。
「それに際し、エトランジェ殿にはわしと戦ってもらおうかのう」
「付き合う必要があるのか?」
半分意味のない問いとわかっていながら問う。
窓のない酒場で、扉はザトーの向こう側にある。
「いかにこの老体と言えども、簡単には通さぬし……、丁度良くそこにお嬢さんがおる」
ルイスが唐突に指さされ、息を呑む音が響く。
「っ、あ、アタシ……!?」
「お主が逃げたら、悲しくてワシ、殺っちゃうかも?」
粘つくような、不快な殺気をまき散らしながら老人が笑う。
「まあ、どちらにせよ、そこのお嬢さんにも利用価値があるでな。最終的に攫うか殺すかするつもりじゃったのではあるが。この上なく丁度良い」
「こ、コテツ……!」
ルイスが、怯えたようにコテツを見た。
「……ふむ、やるしかない、ということだな」
時間がないというのに、とコテツは心中でこぼしつつ、拳を握った。
そう簡単に逃げ切れる程、前方の老人は弱くはない。
そして、ルイスを見捨てて逃げれば、国際問題になることだろう。
最悪、戦争にさえ発展する。
(一息に片付け、アマルベルガの元に急ぐ)
国の今後か、アマルベルガの安全か。
天秤にかけて、コテツは両方を選んだ。
どちらにせよ、まったく戦わずに逃げることもできない。
全力で片付けて行くしかないだろう。
「そういうことじゃな」
コテツがザトーへと向けて歩き出す。
その歩みは少しずつ速度を上げ。
そして、疾駆に変わった。
「ぬう、速い……」
酒場の端から端までの距離は、あまりに短い。
テーブルとテーブルの間を駆け抜け、コテツはザトーへと、打ち砕くような拳を放った。
「……じゃが」
『甘いですよ! シャルロッテ殿!!』
「くっ……!」
王都の一角で、シャルロッテは苦戦を強いられていた。
(私は何をやっているんだ……!)
自らを叱咤した所で、状況は好転しない。
(このままでは、騎士団の皆に申し訳が立たん!)
白を貴重としたカラーリングに金の装飾。
その胸には、騎士の紋章。頭には金のポニーテールが煌く。
目の前の流麗な騎士と、シャルロッテはたった一人で戦っていた。
『しかし、我が剣の冴え渡りようは疑うべくもないが、貴女も中々だ! 僕は貴女に敬意を払う!』
最初の内、シャルロッテは騎士団を指揮し、アマルベルガの下へと向かっていた。
その騎士団の精鋭たちは、優勢に魔物や敵機を押し返してはいたが、しかし、シャルロッテの求める速度に対し、あまりに遅すぎた。
集団行動の限界、迫る時間。故にシャルロッテはクラリッサに団を任せ、一機で突撃を仕掛けた。
颯爽と戦場を駆け、敵をすり抜け、時に切り捨てながらの一騎駆けは見事であったが、ここに来て、止められた。
『やはり騎士の戦いはこのように優雅であるべきだ。君もそうは思わないか!!』
そう叫びながら怒涛の剣戟を放つ男の名を、ロレンス・フォン・グランテと言う。
わざわざ、戦闘前に長い前口上と共に告げてくれた名前だ。
「外見ばかり気を遣っても……、仕方がないだろうにッ!」
どうにか、恐るべき怒涛の剣を、シャルロッテは防いでいく。
『ふぅん……、どうやら貴女とは意見が食い違ってしまったようだ。僕はそれが悲しい!! 貴女ならば分かってくれると思っていた!!』
この男は、外見ばかりではない。
少し関わっただけで分かるほど、戦闘を美化したがる傾向があるようだが、それに足る実力だけは持っている。
『そうだろう! 貴女程騎士らしい騎士ならば! 騎士であることに並々ならぬこだわりを持っているはずだ! 忠義を尽くし、時に主の美しき剣となり、壮麗な盾となる。泥を啜って生き残るくらいならば、華麗に殉じる! そうだろう!!』
大上段から振り下ろされる剣を、シャルロッテはどうにか防ぐ。
『貴女はそういう騎士のはずだ!!』
「勝手なことを!!」
シャルロッテの放つ突きをロレンスは剣で流し前に出る。
擦れ合う剣が火花を散らす。
『なるほど、勝てぬと知りつつも主に殉ずるため戦いを挑む、それもまた、美しい!!』
零距離。一回転しながら敵は剣を振るう。
勢いを付けて打ち付けられる剣を、シャルロッテは剣を立てて防いだ。
押し負ける。
弾かれたように機体が横に振られる。
「くっ……!」
機体の性能でも、実力でも負けている。
『ロレンス、参るっ!!』
崩れた体勢に振り下ろし。
何とか体を反らして避ける。
続いて迫る横一線。
後ろに下がってかわす。
今一度迫る、鋭い突き。
――避け切れない。
「くうっ、あぁっ!」
操縦席をずらすので精一杯だった。
刃が首元を削り取っていく。
部品が弾けるようにばら撒かれ、地面へと脱落していく。
「二番冷却パイプ停止……!!」
漏れ出る液が激しく冷気を上げる。
「もはや、これまでか……!」
横たわる実力差。
それを認めざるを得なかった。
「だが諦める訳にはいかん!」
シャルロッテは強く操縦桿を握り締める。
「私は最後の瞬間まで戦い続ける!!」
やっとここまで来ましたか。
後は坂道を転がるだけですね。