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異世界エース  作者: 兄二
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139話 ノーチョイス

「ご主人様、大丈夫ですか?」

「特に体調に問題はないが」

「……別にそういうことではありませんが、いえ、別にそれならそれでいいんです」


 コテツの自室、礼服仕様の軍服の襟を直す彼にあざみは言った。


「いよいよ、戴冠式ですね」

「そうだな」


 コテツが深く、制帽を被り、外へ向けて歩き出すと、あざみもそれに続く。

 廊下に出ると、リーゼロッテがコテツを待っていた。


「待たせたな」

「準備はよろしいですか? コテツさん」

「ああ」

「では、こちらへ」


 リーゼロッテに先導され、コテツは祭殿へと向かった。

 祭殿は、城壁内にある施設の一つだ。

 行事などを行なう際に使用される。今回の件では、コテツの世界の大聖堂といったところか。

 外に出れば、そこかしこに兵がいる。

 普通では考えられない厳重さだ。

 外に出て祭殿に辿り着くまで、兵士を見なかった瞬間はない。

 それも仕方ないことか、とコテツは祭殿の前に立つ。

 荘厳な雰囲気の建物だ。ゴシック調の、城には流石に見劣りするが、非常に大きい建築物だ。

 中に入れば、外観のイメージ通りの様相だった。

 白い石造りに、大きなステンドグラス。

 各窓はかなり大きく、内部は取り入れられた太陽光によってかなり明るい。

 その奥には既に、アマルベルガが座って待っていた。

 背後にはシャルロッテも控えている。

 コテツはそのまま奥へと歩いていき、シャルロッテの横あたりに立つ。

 あざみはそのコテツの隣だ。

 メイドであるリーゼロッテは戴冠式そのものに出席することは許されず、案内を終えて場を後にしている。


(もうそろそろか)


 既に集まっていた来賓もいよいよ人が増え、場に人間が揃っていく。

 これから始まる戴冠式は、特殊な通信魔術によって、各街広場等に特設された受信機によって映し出され、多くの国民の目に晒されることとなる。

 アマルベルガの表情にも、緊張が見て取れた。

 そして、木製の大きな扉が閉まる。

 それを見計らって、この国の宰相が動き出そうとして、それは始まった。


『少し、待ってもらえるかな。アマルベルガ』


 祭殿中央に現れた、四角に切り取られた映像。

 何者かの、いや、考えるまでも無い。

 敵からの通信だ。


『久しいな、アマルベルガ。息災で何より。成長したようで私は嬉しい』


 金髪の男。

 その男の顔を見て、アマルベルガの表情が驚愕に染まる。


『さて、自己紹介から始めよう。私はレイル・イレーサーの議長だ。早い話が君達の言うテロリストである。そして、名前を』


 自信ありげに笑って、彼は言った。


『――ルードヴィヒ・ソムニウムという。この国の、正等後継者だ』


 何を馬鹿な、と笑うべき場面だっただろう。

 だが、ルードヴィヒと名乗ったその男は。

 偶然というには些か、アマルベルガと似通っていた。


「……お爺様?」


 ルードヴィヒと名乗った男と、アマルベルガの言葉に、会場が騒然とする。


『わかるかい? わかってしまうか、アマルベルガ。お前は祖父に懐いていたからな』

「お爺様は死んだわ。間違いない。それに、私の知るお爺様はそんなに若くない。でも……、その顔」

『そんなに祖父にそっくりかな、私は』

「その、物腰……! お爺様、そのものだわ」


 驚愕をあらわにしたアマルベルガに、ルードヴィヒは笑う。


『半分正解だ。アマルベルガ』

「半分……?」

『答え合わせは後でしよう。アマルベルガ。それよりも、だ』


 そう言うと、ルードヴィヒは辺りを睥睨した。


『さて、見ての通りだ。私はソムニウムの血縁である。直系のな。そして、そこのアマルベルガと違い、男児である。つまり、継承権は私にある! よって、今日限りでアマルベルガの王位を剥奪し、これより私がこの国の王となる!!』


 その言葉に、騒然とした周囲が途端に静まった。

 どうすべきか、すぐには答えが出ない。故に、アマルベルガの答えを待ったのだ。


「認められるわけがないでしょう。テロリストに譲る、王位はないわ。例え本当にお爺様だったとしても、ね」

『ここで引き下がれば殺さないでおいてやろう。ただの女として幸せに生きてもいい。それに、お前と私の目的は同じ所にある』


 アマルベルガに向けて、彼女だけに通じるように、ルードヴィヒは言った。


『亜人だ』

「っ――!! まさか……!」

『理解できたようだな。お前は昔から優秀とは言えなかったが決して馬鹿ではない。天才や神童と呼べるような者ではないが聡い子だった。さて、後は私に任せておくといい』


 だが、アマルベルガは首を縦に振らなかった。


「……あなたに、任せておけるはずがないでしょう」

『それは、何故だね?』

「さっきも言ったわ。あなたがテロリストだから。既に宣戦布告は済ませたはずよ」


 気丈にも立ち上がり、アマルベルガがルードヴィヒに告げる。


『そうか、残念だ。残念だが、致し方ない』


 ルードヴィヒが、冷たい瞳でアマルベルガに言った。


『女の身で政とは越権行為である。今すぐ捕らえて処刑せよ』










 祭殿にいた、貴族の娘は早鐘を打つ胸に手を当てて事態を見守っていた。


(ドミトリー様の言っておられたのはこのことだったのですね……!?)


 あの麗しき美青年騎士を思い浮かべ、無意識に彼女はネックレスを握り締める。

 これからどうなるのか、彼女は不安だった。

 だがしかし、信じてもいた。


(きっと、ドミトリー様が来てくれる……。そして、この場を……!)


 幼い少女めいた妄信である。

 だが、たった数分あっただけの騎士を、彼女は信じていた。

 そんな時、彼女の手の中のネックレスが光を帯びた。


「これは……?」


 不審に思って彼女はネックレスを見つめる。

 それは、何かの予兆に思えた。


「もしかして、ドミトリー様……」


 かくして。ドミトリーは彼女の望み通りに現れた。

 彼女の望んだ形で現れたかは、分からないが。


「ご苦労。君のおかげで、この国は我々のものだ」

「……え?」


 まるで、何もない空間から。

 ドミトリーを含めた十数人の男たちが現れた。

 誰もが驚きに固まる中、ドミトリーが駆け出す。

 神速の疾駆。それは、身体強化の恩恵だった。

 ありったけの魔力を込めたその人外染みた速度は、自らの筋肉を引き裂き、骨を軋ませながら目標へと肉迫する。

 アマルベルガへ向けて、ドミトリーは一気に距離を詰めた。


「死ぬがいい!」


 シャルロッテがアマルベルガを守ろうと動き出す。

 だが、間に合わない。

 振り上げられる凶刃。

 アマルベルガは避けられない。本職の騎士と渡り合えるほど強くない。

 ただ、歯を食いしばってドミトリーを睨み付ける。

 そして、凶刃は振り下ろされ。

 瞬間、ドミトリーの胸が、ロングソードに貫かれた。


「ぐっ……、ぁ、あ……」


 ドミトリーが、苦悶の声を漏らす。


「コ、テ……、ツ……、モチ、ヅキ……」


 その名を呼んだ音は掠れてほとんど誰の耳にも入らなかった。

 ただ、そこには、いつの間にかアマルベルガの前に来て、片手で握り締めたロングソードをドミトリーの胸に突き刺したコテツが立っていた。

 絶対に、助からない。そういう傷である。


「く、くく……」


 だが、ドミトリーは笑った。

 そして、胸に突き刺さったロングソードの刃を、あえて抜けないようにぐっと掴んだ。

 その瞬間、コテツの拳がドミトリーの頬に突き刺さる。


「ぬぐおっ!!」

「……む」


 だが、執念。離さない。倒れない。


「時間稼ぎか……!」


 即座に、コテツがロングソードから手を離す。

 だが、すんでの所でドミトリーがコテツに縋りつくように、手を、服の胸元を掴んだ。


「くく……、逃がさん……。貴様は、貴様は……、死ね」


 肺から漏れ出すような声で、ドミトリーは言う。


「貴様のような者は間違っている……! 一人の者が国を……、世界を……、動かすなど。戦場を一人で……、動かすなど……!」


 もう一度コテツが拳を放つ。

 援護とばかりに、あざみの光弾の魔術が直撃する。

 軌跡を残して放たれた数個の光の弾がドミトリーの身体を抉った。


「たった一人の天才が……、多数の凡人を踏みにじるなど……!」


 その怪我では信じられないような恐ろしく力の入った声で、彼は言う。


「そのような理不尽……!」


 ドミトリーが、もぞり、と手を動かした。その手は、コテツの胸元、ごつごつとした銃の感触を掴む。


「俺の知ったことではないな」


 コテツが、冷たく告げる。

 その言葉に、ドミトリーが逆上する。


「貴、様ぁ!!」


 そして、コテツがドミトリーの首を掴むと無理矢理に剣を引き抜いた。

 派手な血糊を引き連れて、切っ先が身体を離れる。


「ぐおぁっ……!」


 ドミトリーが吐血し、そしてコテツにもたれかかるようにして倒れこみ。

 それでも尚、ロングソードを掴んで離さない。

 瞬間。

 ドミトリーが笑う。


「むっ……!」


 そこに、飛び込む影が一つあった。


「ドミトリィーッ! テメーッ!!」


 ルイスが拳を握って、殴り掛かろうとしている。


「……ル、イス」


 力なく、ドミトリーが主を見つめた。

 そしてその次の刹那。


「ご主人様!?」


 コテツ・モチヅキとドミトリー、そしてルイスの姿はどこにもなくなっていた。


「転移ですか! 一体どこに……!」


 だが、ゆっくり考えている暇もない。

 混乱に乗じて共に転移してきていた集団が動いている。


「お姉さま、障壁を張って相手を近づけないでください!」

「……わかってる」


 エーポス達の失敗は、コテツの援護に気を取られすぎたことだ。

 コテツがどこかに消え、敵の迎撃に回ろうとしたときには、既に混戦状態、警備兵と敵の入り乱れた状況となっていた。

 来賓達が逃げ惑い、騎士たちがアマルベルガを守ろうと動く。

 そんな中、アマルベルガを守ろうと、ソフィアが障壁を展開しようとしたその時には、敵は懐に入り込んでいた。

 そして、敵の目的が殺害ではなく、転移による分断だったのが、響く。

 攻撃ならば防げても、有効範囲から逃げるほかに転移を防ぐ手立てはない。

 固まって立っていたエーポス達の前に立つのは、亜人の男だった。

 手には、例の転送のビーコンとなる小型の機械が光を帯びている。

 そして、瞬間的に、その光が強くなった。


「ご主人様の時より早く……!? そんな!」


 その声を残して、エーポス達が掻き消える。


「くっ! 押し返せ!! 意地でもアマルベルガ様に近づけるな!!」


 シャルロッテが声を張り上げ、剣を振るう。

 既に敵の半数は王女騎士団の活躍により地に伏していた。

 だが、支えきれない――。

 一人の亜人が、こぼれ出るように、騎士達の守りを抜けた。

 血塗れの、狼の耳と尻尾の男だ。

 左腕から先はなく、左耳もなく、服は真っ赤に染まり、例えこの場を生きて抜け出せたとしても死は免れないだろう致命傷。


「同胞が安心して暮らせる世界のためにっ!!」


 そんな怪我は、今、敵にとって珍しくない。

 だが、士気は下がるどころか、酷く勢いづいていて、気迫があった。

 その気迫を以って、抜け出た一人がアマルベルガの元へ迫る。


「アマルベルガ様!!」


 シャルロッテがそれを追って手を伸ばす。


「……ッ!!」


 アマルベルガが息を呑む音が、やけに周囲に響いた。

 そして、消える。

 シャルロッテが伸ばした手の先で。

 誰もいなくなる。


「ああっ……!」


 伸ばした手を握り締め、シャルロッテは横から襲い掛かる敵を斬った。

 とにかく場を収めなければと、ひたすらに斬りかかる。勢いづいていた彼らも、騎士達の奮闘に押し返されていく。

 やがて、敵は鎮圧され、動くものはいなくなった。

 残ったのは広い祭殿に、騎士達だけだ。


「コテツが一番に消えた……、二番目にエーポス達が連れ去られた、そして、最後にアマルベルガ様が」


 守るべきものもいない。


「私は何故ここにいる……!」


 シャルロッテは、震えるほど強く、拳を握り締めた。


「私は対策の必要もないほどに取るに足らないというのかッ!!」


 シャルロッテの慟哭が、大聖堂に木霊した。


ここまで来れば後はなだれ込むだけ、ですかね。


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