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異世界エース  作者: 兄二
11,Show Down
143/195

136話 虚

 薄ぼんやりとした意識が少しずつ浮上していく。


「……む」


 目を開くと、霧がかかって先が見えない風景が、目に飛び込んできた。

 これは夢か、とコテツは自覚する。

 目の前に立つ人物が、現実ではありえないはずの人間だったからだ。


(明晰夢というものか)


 あくまで冷静に見つめながら、コテツは目の前の少年を見る。

 黒髪に、ぞんざいに切られた髪、愛想はなくて、無表情でそこに立っている。

 これは、コテツだ。ずっと昔の、十になるかならないか、それくらいの頃のコテツが立っていた。

 幼少のコテツが、今の彼をじっと見つめて立っている。

 その目は、どこか悲しげで、憤りが篭っていて、非難するようで、切なげだった。


「……何が言いたい」


 そう聞いたが、返事は無い。

 ただ、立っている。子供の頃の瞳で、コテツを見つめている。

 確かに、その瞳には失望が篭っていた。

 コテツは、何も口にすることができず、そして。

 目覚める。


「……」


 無言で身を起こしたコテツは頭に手を当てる。

 その顔は、珍しく苦々しげに歪んでいるように見えた。

 そして、一度息を吐き出すと、立ち上がる。

 完全に目が覚め、手早く身支度を終えると、ふと、コテツは窓の外を見下ろした。

 その、窓から見える中庭に、ルイスの姿が見えた。


(何をしているんだ? 散歩にしては、動きが……)


 中庭から城壁に向かっているように見える彼女の姿に疑問を覚え、コテツは彼女を追うことにする。

 走って追いかけると、何とか、城壁の前に立つ彼女に追いつくことができた。


「ルイス」

「ぬわあっ!!」


 声を掛ければ、驚いたように大きく痙攣し、彼女は即座に後ろを振り向く。


「……こ、コテツ? ビビらせんなよ全く……」

「君は何をしようとしている」

「……ん? んー、いや、うん、なんでもないぜ。それにしても暑いな今日は、やれやれなんだぜ」


 目を合わせずに、彼女はわざとらしく話題を変えてきた。


「何をしている」


 冷たくコテツが言うと、しばらく固まった後、彼女は観念したように口を開いた。


「外に出ようかなぁ……、なんて」


 案の定、というべきか。

 コテツにとってほぼ想定の範囲内の言葉だった。


「君の嫌疑は晴れているが、自ら怪しまれるような真似をするのは感心しない」

「いやほら、先っぽだけ、先っぽだけだからさ!」

「分かった、仕方ない」

「分かってくれたのか! やったぜ!!」

「君が一歩でも外に向けて動いた場合、射殺する」

「分かってねぇ!!」


 懐に手を伸ばしたコテツを、ルイスは手の平を向けて制した。

 もちろん、一国の王女を射殺するわけにはいかないので、ただの威嚇に過ぎないが、コテツが真顔でやると割と洒落にならない。


「まあ、落ち着け、な? そうだ、取引をしよう」

「取引には応じない。両手を挙げて、一歩ずつこちらへ来い」

「いやいやいやいや、まあ、聞けって、聞くだけ、な?」


 一応の所両手を挙げ、ゆっくりと歩き出すルイス。


「アタシは外に出る。アンタは護衛と監視を行なう。どうよ?」

「必要性を感じない」

「待て待て待て、ほら、あれだ、うん、なんかコテツにも得がある。ソレは間違いない、うん、なんかある」

「あるなら、言ってみるといい」

「うっせアホ! アレだ、アレ。逆だ、逆逆。お前がなんか言ってみろよ! 辛気臭ぇ顔しやがって。何か言いたいことあるんじゃねーの? アタシによ。聞いてやるよ! ほらほら!」


 その言葉に、コテツは一瞬の間を開けて答える。


「そう見えるか」

「え? お? マジ? いや、テキトー……、んんっ、ゴホン、今のナシ。そりゃ分かるぜ、そんな顔してりゃな。アタシがどれだけ人の顔色窺って生きてきたと思ってんだ」


 なんだか態度が不審だが、悩みがあるのは事実だ。

 コテツが対応を変えると、ルイスは露骨に食いついてくる。


「よしよし、じゃあ、行こうじゃねえの。外だ」


 そう言って彼女は、背後の城壁を親指で指し示す。


「何故そうなる」

「よく落ち着いて考えてもみろ」


 コテツの元に歩きながら、ルイスは言った。


「悩みってのはな、客観的に見た方が解決しやすい。そして、物事を客観的に見るなら、悩みの種から離れるべきだ、分かるか? 一度悩みの本体から離れて、冷静に考えれば道は拓けるかもな」

「……そうかもしれん」

「何こいつちょろい……、んん、じゃなくてだ。そうと決まれば行こうぜ、な、気が変わらないうちにさ!」

「ふむ……。だが、君である必要性がない」


 言うと、観念したように彼女は口にした。


「ちっ、しゃーねぇな。あまり言いたくなかったが、あの件で話があるって言ったらどうだ?」

「なに?」


 あの件、とは間違いなく先日の襲撃のことだろう。


「この際丁度いいや。結果オーライっつうことで。外まで付き合ってくれたら話す」

「ここではできないのか?」

「……ちょっと気になる。できれば外がいい」

「……ふむ」


 コテツは考える。

 これは罠であるか、否か。

 彼女が敵である可能性は低いと考えているが、ありえないわけではない。

 だが、罠だとしても、上手く切り抜けて彼女を捕らえられればプラスに働く。

 それに、現在外には人通りが多い。つまり、行動を起こす場所にはかなり気を遣う必要がある。

 つまるところ、警戒しておけば罠を張るポイントは見抜ける。見抜ければ、対策のしようもあるということだ。


「わかった、いいだろう」


 しかし、罠かもしれないと知った上で、それでもその話に乗ったのは、ルイスが敵である可能性が低いということと、罠であっても深追いさえしなければ最悪逃げることくらいは可能であろうことが理由ではあったが。

 自分ではどうしていいかわからない現在の心境を誰かに聞いて欲しい。そんな思いは、コテツの無意識下に、確かにあった。


「しかし、どうやって出るつもりだ?」

「ん、そりゃちょちょいと魔法を使ってな」


 コテツは問う。

 出るにしたところで方法がなければどうしようもない。

 聞くと、彼女は気軽に答えた。


「……王家の名の下に、その力を顕現せよ……、っと!」


 呟くと共に彼女の胸元から光が発せられる。

 その光は数秒で収まり、外見上は変化の見られないルイスがいた。


「見た目は特に変わってないと思うがね。まあ、ぶっちゃけると王家に伝わる身体強化呪文だな。アタシらに合わせて調整されすぎてて王家の血筋にしか使えねぇケド、割と燃費も効果もいい。少なくともその辺の強化魔術とは比べ物にならんぜ。魔力も王族だから腐るほどあるしな。逃げたり、従者にかけて戦わせたり、王族にピッタリの魔術ってわけだ」


 そう言って準備運動をするように腕を回すルイス。


「さて、行くか。おっと、お前にもかけておいてやるよ。流石に城壁を飛び越えるのはツライだろ?」


 確かに、城壁は十八メートルほどのSHが簡単に隠れてしまう程の大きさがある。

 だが、コテツはそれを手で制した。


「必要ない。俺は普通に外出許可を得て出ればいいだけだ。城壁の外で待っていろ。逃げた場合は追って追いつき次第射殺する」

「い、行かないって。安心しろって! ……と、まあ、それはさておき、だ。じゃああたしは行くぜ? あんまり中にいると見つかりそうだし」


 呟きながらルイスは城壁から距離を取ると、十分離れた所で疾駆を始めた。

 速い。リーゼロッテ等の亜人程ではないにせよ、人にしてみれば十二分の速さだ。

 そして、跳躍。

 その跳躍も、人としては凄まじい跳躍だった。

 目算、四メートルは跳んだだろうか。

 だが、流石に城壁の上まで跳ぶには到底高さが足りない。

 そこで、彼女が取り出したのが、鉤爪付きロープだった。


「せい!」


 長さのあるロープを彼女は思い切り上に投げ飛ばす。

 鉤爪が天へと龍のごとく舞い上がり――。


「あ」


 何も掴まず落下を始めた。


「ぬわああああああ!」


 色気のない声を上げて、ルイスも続いて落下。

 どしん、と間抜けな音が響くのを、ぼんやりとコテツは眺めていた。


「……大丈夫か」

「受け止めに来いよ!」

「無事そうだな」


 ばっと身を起こすルイス。


「そこはお前アレだろ! 下敷きになってついでに胸とか揉んだりパンツとか見えるパターンだろうが!!」

「頭は大丈夫か」

「常識だろ! ファッキンガイめ!!」

「どこの常識だ」

「そりゃ、巷の小説の?」

「頭を打ったようだな。現実と小説の区別が付いていない。パニックになった新兵にはよくあることだ。衛生兵を呼ぼう」「あ、待て待て待て待て、あたしは正気だ! 冗談だって!!」

「そうか」


 慌ててルイスが立ち上がり、踵を返そうとしたコテツを止める。

 コテツが足を止めたのを見て、掴んだ腕を離し、ルイスは今一度壁を見上げた。


「意外と高かったかぁ……。どうすっかな」


 そんな彼女の背後から、コテツは声を掛けることにする。


「俺に考えがある」

「ん? マジで? ってなんで無表情で近づいてきてるんだテメっ、ちょ、真顔で来られると怖っ、ってか何で手伸ばして、アホ! バカ!! 何してってもしかして待て待て待て、もしかしてテメー、あたしを投げる、とか言わないよなァ……!?」

「ふむ、行くぞ」

「ちょ、襟から手はなせコラァ! ぶっ殺すぞオラァ!! ってやめ!」

「流石に壁の上には乗らん。上手くロープを使うといい」

「ちょ、おわあああああ――!!」













「初めて知ったぜ……。人間って飛ぶんだな。貴重な経験だよ」

「そうか。良かったな」

「皮肉だよ!」

「む、そうか」

「死ねクソ馬鹿野郎」


 ぼす、と間抜けな音を立ててルイスの拳がコテツの腹に当たる。

 痛痒もない、手加減はしてくれているのだろう。


「あーくそ、悠々と歩いてきやがって。クソッタレ、死ね」


 ぼす、ともう一撃。

 やはり、痛みはなかった。


「すまん」

「許さん。あたしの心の傷は深い。飯奢ってくれたら許す」

「わかった」

「……嫌に物分りがいいな」


 口を尖らせてルイスはコテツを見上げた。


「金はある。使い道があまりない」

「うっわむかつく。お小遣いゼロのあたしに謝れ」


 エトランジェ、要するに軍人としての給金と、休暇中に行なうギルドの依頼報酬がコテツの懐の全てだ。

 家を買おうと思って貯めている金でもある。

 目標でもあればなにか変わるかと思って貯め始めたもので、まだ目標の三分の一程度しか貯まっていないが、極端に倹約するほどのものでもない。

 ルイスを連れてどうこうする程度の金額は十分使えるということだ。


「すまん」

「いや、謝られても困るんだけどな。まあ、んなことは置いといて。行こうぜ、何でもいいから見世物が見てぇ」

「話があるのではなかったか」

「……後にしようぜ。それに、こっからもちょいと離れたい」


 そう言ってルイスが歩き出す。

 その警戒ぶりに、コテツも何も言わず続いた。


「ちなみに、遊びに行きたかったのも嘘じゃねぇからな。今日は城からの脱出ルートの下見半分で遊びに行くつもりだったんだが、丁度よくお前が来ちまったってわけだ」

「先に遊ぶつもりか?」

「そのつもりだぜ?」


 用心深いのか、遊びたいだけなのか分からないルイスをコテツが見つめていると、彼女はコテツを見もせずに呟いた。


「ぶっちゃけ、話す内容が纏まってねぇ。後にするつもりだったからな。正直、もうちょっと待ってくれ」


 コテツは、諦めて彼女に従うことにした。


「見世物か、知らんぞ」

「そこは知っとけよ。ここ住んでるんだろ」

「ふむ……」


 そこでコテツはふと思い出す。


「演劇を、見に行ったな」

「お? 知ってんじゃねえか。行くぞ、それ」


 いとも簡単に彼女は行くことを決めた。


「いいのか、それで」

「いいんだよ。あたしはな、そういうのあんまり知らねぇから」


 とにかく、あっさりと決まったもので、コテツとしては助かるばかりだ。

 他を紹介するような手札もない。

 そうと決まれば、と二人は歩き出したのだった。







「クッソ微妙だったな!!」

「そうか」


 劇場を出るなり、彼女はそう言った。

 暗い劇場であることを鑑みると、幾許かの警戒はあったが、彼女は真剣に演劇を見つめるだけで、不審な行動の一つもない。


(そもそも、俺の目が曇っているのでなければ、そういった真似をする方には見えないが)


 彼女からは、殺人を嗜む者特有の粘つくような空気は感じ取れない。

 よくも悪くも、ただの箱入り娘だ。少々、スレているが。


「いや、中身自体は悪くなかったと思うぜ? 単純なわかりやすいストーリーでお涙頂戴は悪くねぇ。展開も緻密でちゃんとしてた」

「何が問題なんだ?」

「個人的に合わねぇってだけさ」


 溜息でも吐く様に彼女は呟いた。


「大体三時間位か。劇中の経過時間は一週間。たった一週間の内の更に三時間のエピソードで収めようなんてのは無理があるとあたしは思った。感情もなかった奴が、たった三時間のエピソードで急激に変われるなら、十七年も燻ってきたあたしは何なんだよってな。ま、個人的に合わなかっただけだ。奢ってもらったのに悪いな」

「……十七歳だったのか」


 外国人の顔は分からん、と日本人顔のせいで不必要に若く見られるコテツの言。


「そこに食いつくのかよ!」

「すまん」

「いや、まあ、別にいいんだけどよ」

「しかし。確かに、そうだな。俺も、生まれたときからこうだったわけでもない」


 果たして、長い期間を以って醸成されたものが簡単に打ち壊せるだろうか。

 コテツは、少年の頃から無愛想ではあったのだが。それでも、こうではなかった。

 では、こうなったのはいつからだろうか。エース、望月虎鉄になったときだろうか。

 違う。確かに、人生に転機と呼ばれる瞬間はあったが、今のコテツを形作るのに明確な境界線はない。

 様々な出来事を経て、二十年を戦い続け、今のコテツがある。

 その積み重ねが、一瞬で突き崩されるようなことはない。


「あるいは。あの主人公のように無垢ならば、変われるのかもしれんな」


 コテツ達にとって一週間は人生の内一瞬だが、生まれて一週間の人間にはそれが全てだ。


「あたし達にゃ不純物が多すぎるってか?」

「かもしれん」

「やってらんねーな」


 そして、無垢、という言葉からコテツはある女性を思い出す。

 その女性を思い浮かべて、ぽつりと言葉を漏らした。


「それとも、恋か」


 ぎょっとした目で、ルイスはコテツを見た。


「いきなり何言ってんだお前……。ラリってんのか……?」

「……いや、恋は人を変えるという」


 口にするが、ルイスは懐疑的だった。


「んなことあるんかねぇ……。したことねぇからわからんわ」

「俺の知る人物に、一人変わった人間がいる」

「マジか」


 コテツが無垢という言葉から想起した女性は一人。

 ノエル・プリマーティの事だった。

 彼女は変わった、とコテツは思う。

 別に性格が変わったわけではない。明るくなったとかそういうことはなく、ノエルは依然、ノエルのままだ。

 だが、変化を感じる。コテツの感覚ではどう変わったか上手く説明することはできないが、彼女自身変わったというし、コテツも何らかの変化を感じている。


「それは信憑性が高いかもしれねぇけど、お前の勘違いとかじゃなくて?」

「周囲も、変わったと言っている。俺では上手く説明できんが……、なんとなく、照準が定まった、という感じか」

「照準が定まった?」

「なんとなくそう感じただけだ」

「ふーん、じゃあ、恋人らしいことでもしてみっか」

「何故そうなる」

「なんか気付くこともあるかもしれねぇだろ?」


 その言葉にコテツは一瞬逡巡し。


「ふむ。しかし俺は、女性の告白を保留し、待たせている身だ。おいそれと君とそういった関係を結ぶわけには……」

「リア充じゃねぇか!! 爆破呪文たたっこむぞオラァ!!」


 ぼす、とコテツの腹に拳が入る。


「む」

「あ、痛かったか? ごめん」


 コテツが声を漏らすと途端にルイスは心配そうな顔になるが、ルイスの感情の起伏が不可解なだけで特に痛みはない。


「いや、問題ない」

「そか、ならいい。それよりな、別に恋人関係になるわけじゃねーから。フリだから。別に気にすんな」

「ふむ、フリならいいのか?」

「いいっていいって。その待たせてるっつう返事にも参考になるかもしれねぇだろ」

「ふむ、そうか」



昨日、キーボードのIからの反応が途絶え、マウスポインタが高速で震えるようになりました。

特にマウスポインタの震えは爆発でも起こすんじゃないかという愉快さでした。

今日、キーボードとマウスを買ってきました。


ちなみに、後二話か三話くらいで折り返し地点です。

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