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異世界エース  作者: 兄二
11,Show Down
142/195

135話 襲


 そうして、パーティを終えた翌日、コテツはテラスに座るアマルベルガの背後に控えていた。

 勿論、休憩の類ではない。

 朝から、日も高く上るのまでの間に、アマルベルガの元には無数の人間が現れては消えを繰り返している。

 端的に言えば外交なのだ。私的な付き合いという名の付いた政治的外交だ。

 これから女王になるアマルベルガに会って繋がりを作る、あるいは何らかの約束を交わす。

 コテツは見せ札だ。昨日見せた戦闘を思い出させ、武力をちらつかせる。

 今は、丁度利害の一致した輸出入の口約束が終わり、次の来客を待っている状態だ。

 これまで喋り続けて酷使した喉を癒すようにアマルベルガは紅茶を口に含んだ。

 コテツは、アマルベルガと客が喋る間に口を開くことは無く、ただ、背筋を伸ばしそこに立つだけだ。

 そんな二人の間に会話は無い。


「御機嫌よう、アマルベルガ様。コテツ様」


 そこに現れたのは、ルイスである。

 護衛を引き連れて白い椅子の横に立つ。


「ええ、御機嫌よう。会いたかったわ。白百合の美姫のお噂はかねがね」

「光栄ですわ。私も是非、あなた様にお会いしたく」

「あら? どうして?」

「私と同じ立場でありながら、国を率い、そして遂に女王になるアマルベルガ様を一目この目に焼き付けたいと思っておりましたの」

「そう。会ってがっかりしたかしら? どちらかと言えば、私は一族の中では不出来な方なのよね」

「いえ、そのようなことは。それに、あなた様の呼び出したエトランジェ様もまた、歴代の中でも最強と謳われるほどの操縦士であるとか」

「そうね。私には、宝の持ち腐れだわ」


 アマルベルガの言葉に、寂しさのニュアンスが含まれていたような気がしたのは、コテツの気のせいだろうか。


「……アマルベルガ様、お疲れではありませんか? いくら名目上プライベートと言えども、個人的な話ばかりではないでしょう?」

「お気遣いに感謝するわ。でも、大丈夫よ」

「いえ、実はですね、私、父の名代としてこちらにお招き頂いた身ですが、ここだけの話、何も指示を受けておりませんの」

「そう、それで?」


 首を傾げ、ルイスは微笑んだ。


「そういう話はなしにしましょう。それより、アマルベルガ様とコテツ様に色々聞いてみたいことがありましたの」


 ちらり、とルイスとコテツの目が合う。その視線には、必死さが見て取れた。

 つまるところ、あまり面倒な話はしないから、秘密は黙っていて欲しいということだろうか。

 そこまで気を遣うこともないだろうと思うのだが、この場でどうこう言えることではない。


「そう? 何が聞きたいのかしら? 答えられることなら答えるわよ」

「ありがとうございます、それでは……」


 二人の会話が始まる。それは本当に他愛の無い話であった。

 好きな著書であったり、演劇や音楽の話。

 政治の話題もあったが、それは利権の絡む話ではなく、政治に対する姿勢や過去の事例を持ち出して、アマルベルガなら、ルイスならどうしたか、という世間話の域を出ないものだ。


「コテツ様は、元の世界でも軍人だったと聞き及んでいますわ。そこでも、SHに乗っていらしたのですか?」

「ああ。DFという呼称だったがな」


 そして、こうしてたまにコテツにも水が向けられる。


「SH……、いえ、DFですか。その道を志したのはいつからなのでしょうか」

「気が付いたら、だな。物心付いた頃には、DFに乗っていた」

「物心付いた頃、ということは子供の頃からそういう教育を?」


 珍しいことを聞かれて、コテツはふと昔を思い出した。

 過去を聞かれるなど、そう多い経験ではない。元の世界ではエースの過去など大概碌なものではないことが分かりきっているため、聞かれることはない。

 こちらに来てからも、それはあまり変わっていない。

 興味の深そうなあざみですら、気を遣っているのか、当たり障りの無い部分しか聞いてこない。


「教育ではないな。戦場跡で拾っただけの話だ」


 コテツは仏頂面で呟いた。


「何故……、戦場跡で?」

「幼少から、ある老人とジャンクを売って生計を立てていた。その時にジェネレータが生きているDFを見つけ、修理して使い始めたのが初めて乗った経験だ」

「老人、とはコテツ様のお爺様なのですか?」

「いや、血縁ではない。戦場跡で会ったまでだ」


 コテツが言うと、躊躇いがちに、しかし好奇心に勝てなかったかルイスは問う。


「失礼かも知れませんが、ご両親は……」

「知らん。戦争孤児だ。あの時代、珍しくもない」


 普通の戦争孤児と違ったのは、戦場跡で目覚め、救助されることもなく、施設で生活することもなく。

 野良猫のように残された食料を漁って生き延びていたことだろうか。

 そんな中、ジャンクパーツを集めて売るという生き方を示してくれた老人に出会えたのは人生最初の幸運だったといえるだろう。


「すみません、聞くべきではありませんでしたね」

「構わない」

「しかし、最初から軍人だったわけではないのですね」

「ああ」

「それで、どうしてジャンク屋から軍人に?」

「いや、軍人の前に一つ……」


 口を開きかけて、コテツは前方を睨み付けた。

 それを感じたのはエースの勘という奴だった。


「アマルベルガ、伏せろ……!」


 温度、空気の流れ、音、光の揺らぎ、その他諸々の大量の情報を無意識に観測し未来余地染みた予測を可能にする、つまるところよく当たる勘に従って、コテツはアマルベルガの座る椅子の背もたれを思い切り後ろへ引き倒した。


「きゃあっ!」


 瞬間。短い悲鳴と共に、倒れかかるアマルベルガの鼻先を、唐突に現れた刃物が通り抜けていく。

 前方に座るルイスの顔が驚愕に染まり、横薙ぎにされた長剣の一撃を凌いだコテツは、胸元から音もなく銃を取り出すと容赦なく引き金を引いた。

 連続する破裂音。

 当たった、とは感じられなかった。

 認識するより先に、コテツは前に出ながらロングソードを振るっていた。

 渾身どころか、ぞんざいな牽制の一撃は、半身の相手がゆらりと上半身を逸らすことで避けられた。

 そして、その唐突に現れた人影に向かってコテツは残る片手で銃を向けたが、男は上手くコテツの腕の直線上から動いて逃げる。


(どこから現れた? ……そして、手元を見て銃弾を回避できる相手か)


 見晴らしの良い中庭。そして、ルイスの背後に突如現れた長剣を持った男の姿。

 この世界では初めて見るような格好の男だった。

 言ってしまえば、コテツの世界で言う中国の武術家の演舞服と言っていいデザインだろう。

 白で統一されたカラーに、金糸の縁取り。そして中心線でぴったりと紐であわせられた上着。

 年は60を越えているかもしれない。白髪に長い髭の老人である。

 それが、隠れる場所のない中庭に徐に姿を現したのだ。

 老人が動く。それは、コテツがこの世界に来てから、今まで見てきた中で異質と言える動きだった。

 軽やかな踏み込み。それは、最終的に膂力に勝るもの、体格に恵まれた者が有利となるこの世界のポピュラーな武術ではなく、逆に、動きをコンパクトに、力の流れに気を配り、小さな力で最大限の効果を生み出すように考えられた動きだ。


(勿論、俺の知っているものとは違うか……!)


 真っ先に思い浮かぶのは中華系の剣法だが、コテツが前の世界で見かけたものとは見た目が似ているだけで細部が異なる。

 片手で握った剣。それを相手は強く引き絞り、矢のような速度で放つ。


(狙いは急所、喉だな。随分な達人と見える)


 精密に、刀はコテツの首へと迫ってきた。迷わず正確に的の小さい首を狙ってくるとは、それなりに手慣れているのだろう。

 だが、いかに迅速で正確な突きであろうと、それは人間基準に過ぎない。

 音速を超える速度で迫る弾丸に比べれば見切るに容易く、遅すぎる。

 コテツが行ったのは払う動作。

 二つの刃が重なり合い、甲高い音を立て、そして一瞬と持たず、老人の刀が弾き飛ばされた。

 そして、今度はコテツが突きを放つ。

 コテツの狙いは胴だ。わざわざ首を狙う意味はない。

 コテツの膂力ならば、重要な臓器を外れようが強引に致命傷まで持っていける。

 だが、その一撃も老人は半身になって躱し。


「ふんっ!」


 裂帛の気合を篭めて、肘と膝で頭身を挟み込むや否や、コテツのロングソードを圧し折って見せた。


「……む」


 刀身が折れる前に剣から手を離していたコテツはその手を後ろに引き、代わりに銃を前へ突き出す。

 即座に老人が身体を逸らす。


「アマルベルガ殿」


 老人が、前に出ながら言った。

 先ほどから器用に射線から外れてみせる老人は、コテツに近づくなり掌底を放つ。


「ワシはぼちぼちとお暇させて頂くが。一つお伝え致そう。これはワシらからの戦線布告じゃ」


 顎を狙った一撃を首を反らして躱し、コテツは拳を放つ。胴に向けた一撃だ。


「ワシらの頭が言っておったわ。素敵な戦線布告をありがとう、とな。ワシらも全身全霊でお答えしよう」


 しかし、それはコテツの腕に添えられた手によって軌道を変更され空を穿つ。

 手を添えられたまま、コテツはもう片方、銃のグリップでもう一撃を放つ。


「戴冠式当日、覚悟しなされ。それと、これはワシらの頭からの私的な伝言じゃが……」


 それを避けつつ、老人は上下運動と動きの緩急によって忽然と消えたかのように移動。

 視界から唐突に消えた老人は、コテツの右方から頭を狙った回し蹴りを放っている。


「『泣き虫アミィ。随分立派になったものだな。だが、身の程を知れ』だそうじゃ」

「っ……!?」


 アマルベルガが息を呑む音を背後に。コテツは迷わず老人に接近した。


「ぬっ!?」


 老人が驚きの声を上げ、コテツには威力のある足先ではなく太股が当たる。

 そして、コテツが拳を放とうとした瞬間、老人は片足をバネのようにコテツの横に回るように跳ぶ。


「ぬう……、やりおる。じゃが、そろそろお暇させてもらうと言った所じゃ」


 瞬間、老人が小刀をアマルベルガに向けて投擲した。

 コテツは即座にアマルベルガの隣へと戻り、その刃を掴んで止める。

 そのまま投げ返したそれを老人は避けながら言った。


「これにておさらば。エトランジェ殿。また会うこととなるであろ。その時は覚悟めされよ。ワシの名は、取り合えずの所ザトーと名乗っておるよ。気が向いたら、覚えておいてくだされ」


 そして、ザトーと名乗った老人は近場にいたルイスの背に手を伸ばした。


「何をっ……!?」


 ルイスが戸惑いを露にするが、正直なところ、ルイスをザトーが殺すつもりならば仕留めきる自信があった。

 あるいは、人質にする、でもいい。

 それだけの動作を足を止めて行なうというのならば銃撃は十分当たる。

 コテツは、ルイスが殺される前にザトーを殺す自信があった。

 しかし、ザトーはそうではなく、ただ、彼の手は彼女の背を掠めただけだった。

 隙の生じない、一見無意味な動作。しかし。


「何もせんよお嬢さん。ではこれにて」


 何か、小型の機械をザトーは持っていた。それが背に張り付いていたというのか。

 ボタン一つ程度の小さな機械だ。四角い土台にドーム状のレンズ。それが、不意に弱々しい光を放つ。


「待て」


 コテツは銃の引き金を引くが、それは軽やかな身のこなしに避けられる。


「要は銃口の向きと発射の機微。そうやって単純に撃つだけでは当たらんよ」


 そして、次の瞬間、老人は忽然と消え去っていた。


「は? 消えて……」


 ルイスが驚愕し呟く。

 そんなルイスを、コテツはじっと見つめていた。

 その視線に気が付き、ルイスはうろたえる。


「え、あ……。わ、私はあのような方とは関係は……」


 それに答えたのはアマルベルガだった。


「今のところあなたがそちら側だとは思ってないわ。あなたに何のフォローもなく逃げる意味がないもの」


 そう、ルイスは利用されただけと見るのが妥当だ。

 何らかの装置を付けられ、ザトーに活用されたが、それ以上には思えない。


「コテツ、あれが何の機械だと思う?」

「ビーコンの類ではないかと予想される」

「どうしてそう思うのか、一応聞いてもいい?」

「アレは唐突に現れたが、どこにでも出現できるなら、直接君の部屋に襲撃でも掛ければいいだろう」


 コテツの考えとしては、あの小さな機械を目印にザトーは何らかの方法で現れたと見ている。

 そのコテツに、アマルベルガは戸惑い気味に声を掛けた。


「現れた、ってどういうことかしらね」

「文字通りだ。出現した」

「よく分からないわ。隠れていたというほうが現実味があるけど?」

「知らん。君達に現実味を説かれたくないな。どうせ魔術の類だ」

「……変な柔軟性を手に入れたわね」


 呆れたように見つめられつつも、コテツは真剣に言う。


「それに、見えないだけなら分かる」

「見えないって結構凄いと思うのだけどね。でも、そう。あなたがそう言うのなら、そうね。何らかの手段で相手はあそこに現れた。転移したと言ったほうがいいかしら。それに当たって、この子に付けた装置を目印にした、のかしら」

「ああ。もしも、ルイスが内通しているならば、装置をテーブルの裏か、椅子の背もたれにでも取り付けるだろう」


 ルイスが何食わぬ顔で戻った後、現れればいいだけの話である。

 むしろルイスを疑うよりも、アマルベルガの元にルイスが向かうと知って装置を貼り付けた人間を探すべきだ。


「あなたには、後で話を聞くわ。怪しい人間と接触した記憶があったら後で教えて。今は迎えが来たみたいだから、戻って休みなさい」

「え、ええ、ありがとうございます」


 その言葉と共に、ルイスの護衛が駆け込んでくる。


「ルイス様! 銃声が……」

「ドミトリー。私は無事です」


 先程とは一転して、ルイスは静かな声を上げた。

 そこに、先程までの動揺を感じ取ることができないのは、普段から演技を続けているからだろうか。


「それは何よりです……。しかし、一体何が」

「あなたが気にすることではありません」


 努めて冷静な表情を作ってルイスは言う。


「ですが……」

「こうして無事なのですから。何も心配は要りませんわ」

「そうですか……。しかし、せめて私もついて行くべきだった……!」

「ふふ、真面目ですね。ドミトリーは。でもこれはプライベートなお話ですから。それはちょっと、不粋ですわ」


 ルイスら訪問者達が護衛を付けていないのは、彼女が言うようにこれがプライベートな話だからだ。

 つまるところ、お互い公的に、表沙汰にしたくないことも話す可能性があるわけだ。

 それ故の最低限の人数であり、隠れる場所のない状況だったが、あんな登場をされてはどうしようもない。


「では、アマルベルガ様。私はこれで。また後でお会いしましょう」

「ええ、それじゃあね」


 ドミトリーと呼ばれた男を引き連れて、ルイスは去っていく。

 それを見届けて、コテツは口を開いた。


「アマルベルガ。俺たちも……」


 と、そこでコテツはアマルベルガがコテツの袖を掴んだことに気付いた。


「……どうした?」


 振り返って聞くまでもないことだった。

 彼女は、小刻みに震えている。

 例えどれほど余裕を装っても、覚悟を背負っていようとも。

 彼女は兵士ではない。軍人じゃない。


(そんな、簡単なことを失念していた。彼女は上官ではない。俺と同じ、軍人ではない)


 例え国のためならば命を落とす覚悟があったとしても。

 白刃を恐れるのは、当然の事だ。

 むしろ、ルイスが去るその時まで余裕を崩さなかったことに目を向けるべきか。

 コテツはそんな彼女にかける言葉を探した。


「……アマルベルガ」


 何かあるだろう、と。

 何か伝えるべきことがあるはずなのだ。

 だが、彼の口は彼女の名前を呼んだきり、動くことはなかった。


(俺は何を言えばいい)


 役立たずの口は、何も動いてくれなくて、心がざわめく。

 いまだ立ち位置もつかめずぐらついている自分に何が言えるのか。


(俺は何をやっている)


 あのザトーと名乗った男と戦うその瞬間には、迷いも戸惑いもありはしなかった。

 それは、迷う必要がなかったからだ。降りかかる火の粉を払うのに理由は要らない。

 いっそ、アマルベルガの方から自分を守れと命令してくれればいかほど楽なのだろうか。

 だが、アマルベルガ達はコテツにコテツ自身の理由を求める。

 国を守る理由だとか、ここにいる理由だとか、生きている理由だとか。


(何故、戦うのに理由が要る)


 戦っているから生きていて、生きているから戦うのだ。

 それではいけないという。コテツもこの先ずっとそれではいけないとは思う。

 それでも理解できないでいる。

 そして、そのまま、時間切れが訪れた。


「……ごめんなさい、なんでもないわ」


 ぱっ、と彼女の手が離れる。


「アマルベルガ様っ!!」


 そこからすぐに、シャルロッテの声が響いてきた。

 コテツは歩き出し、シャルロッテとすれ違う。


「アマルベルガを頼む」

「……お前に言われなくても」


 すれ違い様に放った言葉は、苦虫を噛み潰したような顔で返された。

 きっと今のコテツからでは、嫌味にしか聞こえなかったことだろう。

 それは、コテツにですらわかった。しかし、コテツではいけないのだ。

 今、アマルベルガの隣にいても何もできない。

 苛立ちを感じながら、コテツは早足でその場を立ち去るのだった。








 王都の一角。外周部の一軒家。

 カーテンの閉められた薄暗い室内に、紫電が走ったと思った瞬間、老人が地へと降り立った。


「戻ったようだな」


 それを迎えたのは、元から室内にいた一人の男だ。

 金の長髪を真っ直ぐに垂らした長身の男だった。

 顔形は非常に整っていて、薄暗い部屋で尚、一人華やかさを持っている。


「ああ、戻ったよ」


 老人、ザトーは笑みながら答えた。


「どうだった?」

「全く、化物もいたもんじゃ。人の皮なぞ被っておるが、な」

「それほどのものなのか?」


 男が疑問を口にする。


「見ていたんじゃろ? ワシにかけたのは、そういう魔術じゃろ?」


 確かに、男はザトーとコテツの戦いを見つめていた。

 使ったのは他人と自分の視界を同期させる魔術。

 正に、ザトーの視点で、コテツの戦いを見ていたのだ。


「……素人では、わからんかったかの」

「確かに、反応速度と、身体能力には目を見張るものがあるが……。生身ならそこまで危惧するほどの事でもないだろう?」

「そう言って対人用の魔物まで討ち取られておっては、のう?」

「……痛いところを突く」


 皮肉気に笑った老人に、男は顔を歪めた。


「確かにまあ、反則気味じゃよ。亜人並、しかも亜人の中でも上位じゃろ。突きを躱せたのは正に僥倖じゃったと言える。躱して折ってこそ見せたがの、内心冷や汗ダラダラじゃよ。運が良かった。作戦変えない?」

「今更……、というかどう変えるつもりかね」

「転移させて空から落とすとかのう」

「無理だ。地面を基準にしたセミオートジャンプならまだしも、高さまで指定すると演算に時間が掛かりすぎる。それとも一分も二分も待っててくれる相手なのか?」

「ないのう」

「それに、その場合死亡が確認できん。万一生きていたら厄介だ」

「ふぅむ、まあ、確かに。落とした位で死ぬタマかは分からんなぁ」


 いいながら、老人はよっこらせ、とわざとらしく声を上げながら手近にあった木製の椅子に腰掛ける。


「じゃが、老体には堪えるのう。アレは。できれば二度とやりたくないわい」

「戦闘特化の亜人でも、素手で殺してきたお前が、か?」

「あやつが厄介なのは、身体能力ではないかもしれんよ?」

「では何だと思う? 聞かせてくれないか?」

「割り切り、思い切りの良さかもしれん。あやつ、最初に撃ったきり、ろくに撃ってこなくなった。素撃ちじゃ当たらんと思ったんじゃろ。でも、常に左手には銃があった」

「確かに普通に撃ってもお前には当たらないだろうな。合理的な判断と言える。だが……」


 ザトーは、身体能力は極めて人間並みである。

 確かに、老人としてはありえない、人間内では一流かそれ以上に属するが、決して人間以上ではない。

 だが彼は銃を撃つ前に避けている。銃口の向きと、引き金を引く瞬間を見切ることで、銃弾を回避しているのだ。


「言うのは簡単じゃが、するに難し。よいか? 接近武器しかないのと飛び道具持ち、どっちが有利じゃ?」

「飛び道具持ちだろうな。うん、間違いない」

「その通り。圧倒的な有利じゃよ。近づく前に撃ち殺せば終いじゃ。早々手放せるものじゃあ、ない」


 弾の一つ、急所に当たらなくとも動きは鈍る。動きが鈍れば当てやすくなり、当たれば鈍る。

 繰り返せば人は簡単に死ぬ。


「ワシはそうじゃの、二歩、いや、三歩半の距離、そして、ただ撃つだけなら全て避ける自信がある。無駄に撃たせてゆっくり接近戦と思ったのじゃがの」

「迷わず斬りに来た、というわけだな。ふぅむ……、酔狂か、余程の者か」

「無駄弾を撃つのを徹底的に避けられたよ。じゃが、奴さん剣を振りながら、銃は握ったままだった。そこからロングソードの剣戟があのまま続いていたら今頃天の上じゃな」


 いいながら、ザトーは茶化すように剣を振るような仕草を見せた。


「どうせ、ワシが斬撃の連続に耐えられなくなって後ろに飛び退いた瞬間、撃つつもりじゃったんだろうて。ワシでも飛び退いた瞬間には躱せん。結果逃げたら撃たれるからピッタリ張り付くしかないが、それはそれで剛剣が二束三文で振り回されるから肝が冷えたわい」

「だから、剣を折れたのが僥倖、ということかね?」

「全く、ワシはツイとるよ。うん。いやはや、全く。――わかりきってたことじゃがね」


 自信ありげににやりと笑うザトーに、男は意外そうに目を丸くする。


「ふぅん……。手練は運の要素を嫌うものだと思っていたんだがね」


 ソレを嘲笑うように、ザトーは口にした。


「逆じゃよ。逆。運が全てじゃ。この世に生れ落ちるのも、自分の才を見出すのも、良い師に恵まれるのも、実戦を経て生き残るのも、運一つだろうて。強いから生き残るのではない。運よく生き残れたから強くなれるんじゃよ」


 あまりいい顔をしなかった男に、ザトーは固目を瞑って慰めるように言う。


「無論、強くなれば確率を操作できる、とでも言おうかのう。ある程度までは、運に左右されなくなることはできる。だが結局、ある程度を越えてしまえばまた、運としか言えない世界が待っておるがね。強くなる程に実感するよ。刹那にすべてを委ねたとき、生か死か、極単調な二択となって、極めるほどに最後は運に委ねる外なくなり、酷く強く焼け付くように運命を感じる。それが人の限界でもあるじゃろうな」


 慰めにならない言葉を聞いて男は微妙そうな表情を作った。

 一理ある、あるが、男は、それを認めてはならない立場にいる。

 人の上に立って大勢を動かす人間はそれを認めるわけにはいかない。

 運という不確かなものを排除し、確実に、必ず勝たなければならない立場だ。


「頷く必要はない。お主は頷くべきじゃあ、ない」


 ザトーもまた、運否天賦に全てを任せようというわけではない。

 運に全てを任せるならば、強くなる必要がない。

 ただ、運というものの存在を認めるわけにはいかない立場と、悟り、覚悟し全てを賭けることができる立場の違いがそこにあるだけだ。


「そうだな、運が全てなど、理解に苦しむ話だ。さあ、……話を戻そう。その大絶賛のコテツ・モチヅキに、ザトー、勝てるのかね?」

「まぁ、無理じゃろうなぁ」

「……」


 惚けたザトーを、男はじっと見つめる。

 求めるのはそんな答えではない。次の言葉を待ち続けると、ザトーは溜息を吐きつつ笑って言った。


「コテツ・モチヅキがフル装備で存分に戦えるなら、の。勝てんなぁ。無理じゃ無理。基礎的な身体能力が違いすぎじゃわい。わしゃ普通の人間じゃよ」

「なら、どうすればいいとザトーは見る?」

「判断力が問題なら、選択肢を削ってやればいいんじゃよ。一択になってしまえば判断力も何もないじゃろう。最低でも銃はナシじゃな」


 手で銃の形を作って、ザトーは男に指を向けた。


「最高は一対一、素手対素手じゃな。それならば、圧倒できる。ワシなら勝てる」


 そして、ザトーは、真っ直ぐに男へと向けた指を跳ね上げる。


「ワシだから、勝てる」

このサブタイトル前も使ったことがあるような……、気のせいですよね。

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