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異世界エース  作者: 兄二
11,Show Down
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133話 裏表


「まぁ。綺麗ですのね。こんなSH戦は見たことがありませんわ」


 テラスから戦闘を行なうSH達を眺めて、ルイスは言った。


「……不甲斐ない限りです」


 そして、その横に控える、ライトブラウンの髪を後ろに撫で付けた男が憮然と呟いたのを見て、彼女は苦笑した。


「嫌味ではありませんのよ?」

「分かっております。確かに、これはそう見れるものではないでしょう」


 男の名はドミトリー・ファルカシュ。ルイスの護衛であり、彼女の国の第一騎士団の団長である。


「このような幻想的なSH戦は私も見たことがない」


 降り注ぐ光の雨。

 天に座すディステルガイストから放たれる無数の光条が地へと降り注いでいた。

 その光景はあまりに神話的で、機械仕掛けの巨人の戦闘とは思えない荘厳さがある。


「此度のエトランジェ様はお強いのですね」

「……強い、で済めばいいですが」

「どういうことですの?」

「手加減、されているようです」


 その言葉に、ルイスはきょとんとした顔を見せた。


「仕方ありませんわ。流石にエトランジェ様も二対一は……」

「違います」


 はっきりと、力の篭った声でドミトリーは口にした。


「手加減されているのは、二人の騎士の方です」

「……え?」


 完全な想定外、と言った表情でルイスは再び地上戦に移行し、二機の剣戟と魔術をいなすディステルガイストを見つめた。


「最初の接近で一機。二度目の剣を交わした時点でもう一機。堕ちたかまでは分かりかねますが。少なくとも攻撃のチャンスをあえて見逃したことだけは確かです」

「それが、今代のエトランジェ様なのですね……。流石に、複数のアルトに認められたという噂が出回っているだけの事はある、ということでしょうか」


 ディステルガイストともう一機、シュタルクシルトがコテツ・モチヅキのものになったと言う話は既に広く出回っている。

 こちらは既にかなり信憑性が高い噂だ。そして、更に最近、三機目を手に入れた、という噂が実しやかに広まっているのだ。


「ただの噂であることを私は祈っていますが」


 そう言葉にしたドミトリーの顔には、敬意や羨望、憧憬、そして、嫉妬、苛立ちと、様々な感情が浮かんでいた。

 アルトは全SH乗りの夢だ。遠く、到底叶わない類の夢だ。

 それがいとも簡単に複数成し遂げられるのは、羨ましくもあり、敬意を表し、憧れ慕うに値するものであるが、同時に憎らしくもあり、己が不甲斐なくもある。

 だから、この噂は国が意図的に流布した喧伝のための噂だと、彼としては思いたい。

 しかしながら、この光景を見るに、それがあながち嘘ではなさそうなのも確かだった。

















 テラスから再び室内へ戻ったコテツは、拍手で周囲に迎えられた。

 愛想一つ振りまかずにその中をコテツは歩く。

 笑顔を見せる役はあざみに任せた。

 彼はそのまま一気に壁へと歩いていく。


「ふむ、アルベールか」


 向かった壁際には先客がいた。


「ああ、ダンナか」


 コテツが近づくと、ふとアルベールは顔を上げる。


「お疲れ。相変わらずだね」

「……君らしくもないな」

「何が?」


 不意にコテツが呟いた言葉に、アルベールは聞き返した。


「そこに居るのは俺の方だろう」


 そう言ってコテツは壁を指さした。


「君は、誰彼構わず粉を掛けていると思っていた」


 アルベールは、笑って答える。


「ひっでぇなぁ。俺だって年柄年中女の子に声かけてるわけじゃねーし」

「……そうだったのか」

「え? いや、まぁ、うん……、かけてるけど。基本的に年柄年中声かけてるけどさ」


 溜息とともにアルベールは言った。


「俺だって気分の乗らない時くらいあるさ」


 その言葉に、コテツは特に興味を見せなかった。

 しかし、あざみは見透かすかのようにアルベールを見つめ、口を開いた。


「なんであの場に自分はいられなかったのか、ですか?」


 言われ、アルベールは苦っぽく笑った。


「……痛いトコ突くね。嬢ちゃんも」


 此度の余興はつまり、この国で上から数えて三人の戦いだ。

 アルベールは、その中にいない。


「見た目は美少女ですけど、これでも無駄に人生長いんですよ」

「そーかい。ま、言う通りだねぇ。エトランジェの片腕、つったってまぁ、こんなもんだわな」


 アルベールは、コテツとはもちろん、クラリッサやシャルロッテとも実力に差がある。

 真っ向からまっとうに戦えば、普通に負ける。

 魔術を使えない彼は戦闘に華もない。


「いやぁ、なんかもう、強くなりてぇな。ついてけてねぇし」


 彼には珍しい酷く疲れた顔だった。


「つーか、今後もついてけるかわかんねぇし。ぶっちゃけ、ダンナ的にはクビにしたくなんねーの?」


 そして、そんな彼らしくもない弱音に、コテツは彼を見て言う。


「君の村の人間がどうなってもいいのか」

「え、いやそれまだ引っ張んの? もうアマルベルガの嬢ちゃんすら忘れてそうなのに」

「ていうかご主人様それ体制側のセリフとは思えませんよ」


 名目上、アルベールの仲間たちは、彼のへの人質ということになっている。

 確かに、アルベールがコテツの部下として働き、貢献することで彼の仲間達の安全が保障されているのだが。

 酷く今更な話である。


「いやいやいや、もうほら、職もねぇし、ここで働き続けるよ? でもまあ、ダンナの部下ってのはちょっとさぁ」

「俺の元で働く代わりに盗賊だった君の仲間達の助命を行うという約束だったはずだが」

「いや、うん、まぁ……」


 コテツはきっぱりと言い放った。


「俺は約束は守るぞ」

「つまり?」

「皆殺しだ」

「マジ?」

「冗談だ」

「……ダンナが言うと洒落になんねーって」


 アルベールの表情が、コテツの言葉に一瞬固くなったが、コテツが冗談だと明かした瞬間、すぐさま緩む。


「聞きたかったんだけどさ、ダンナ。何で俺にこだわるわけ? クラリッサの嬢ちゃんとかの方がいいんじゃねぇの」

「そもそも彼女も俺について来られないぞ」

「あ、うん。……はい、そっか。いや待て、だからって俺なのはおかしい」


 途中まで納得しかけて発言を翻し、アルベールは卑屈な瞳をコテツに向けた。


「確かにまぁ、雑用としちゃ便利かもしれねぇけどさ。戦力的にきついだろうさ」

「俺は、君を強いとは思っていないが」

「うわきっつ! 実際言われると辛ぇ!」

「メンタル豆腐ですねぇ……」

「うっせー、繊細なんだよ。まったく人がせっかくシリアスに決めようと思ってんのに、ダンナは変な冗談言うしさぁ」


 まだぶつぶつと呟くアルベールはさておいて、コテツは続けた。


「取るに足らないとは思っていないぞ」

「マジ? マジで? マジなら喜ぶよ?」

「本気だ」

「マジか」

「初めて俺と君が戦った時。君は不退転の覚悟で挑んできた」

「やけっぱちとも言うねぇ」

「少なくとも、あの時の君は、ああするに値する相手だった」

「……そか」

「便利だと思っているのは確かだが。とりあえず面倒な案件は君に回せばどうにかなると思っている」

「……台無し!」

「そもそも、だ」


 目を瞑ると、コテツは言う。


「最初から君に拒否権はないぞ」

「酷い横暴を見た。ホントダンナさ、なんで俺にそんなこだわんのかねぇ」

「理由は先程話した通りだが。だが、そうだな。それを抜きにしても君がいいと思っている。気心が知れてるからな」

「あー……、ずりぃわダンナ。まあ、しゃあねぇな。俺がいないとダンナはダメ人間だし」


 そう言ってアルベールは屈託なく笑った。


「そうだな。それに、君は先程クラリッサを引き合いに出したが……」


 否定することもなくコテツは頷き。


「あんな罠に突っ込んで自爆しそうな副官は困る」

「そーだね……」


 アルベールが半眼になり呟く。


「……む」


 そんな折、ふと、コテツの視界の端にルイスが扉を開けてホールの外に出るのが見えた。


「丁度いいかもしれんな」

「どうしました?」

「ルイスが外に出るのが見えた。この際にハンカチを渡してしまおうと思う」


 面倒事は早くに片付けるに限る、とばかりにコテツは歩き出す。


「あ、待ってくださいよ」

「いや、君はここで待っていてくれ。いきなり二人消えるのはまずいだろう」


 そう言葉にすると、コテツはルイスを追って外へと向かったのだった。















 ルイスは護衛も付けずにふらりと中庭にやってきた。

 パーティのざわめきはそこにはなくどこまでも静かで、動くものもせいぜい風に揺れる枝葉くらいか。

 熱気に満ちた会場と打って変わって、涼やかな風が気持ちいい。


「ふぅ……」


 そんな中ゆらり、と彼女の顔から、笑みが消えた。

 これまでずっと纏っていた華やかな空気が消える。

 涼やかな夜の中にあって尚、温かみのある優しげな笑みはは消えて、空気が冷えていく。

 優しげな貴婦人はすでにそこにはなく。

 怜悧な美女がそこには立ち。

 そして、空気が冷え切ったかに思われた瞬間。


「――死ね! あのファッキン糞親父!! 触んなヴォケ!! 消えろ、ファッキン!!」


 それは爆発した。


「八回死ね! 禿散らかしてんじゃねぇぞ!! ハゲでスケベでデブとか最低だろハゲッ!」


 力の入った、無駄に握りなれた拳。

 そして、嫌に堂に入った動きでルイスは地団太を踏んだ。


「腐るわ! 触られた先からドレスと尻が腐る!! シルク舐めんな! 油付けてんじゃねぇぞ!!」


 地面に膝をつき大きく仰け反りながら天へ吠える。


「あと臭い! あの禿親父は口がくせぇし、パーティ会場全体が臭い!! 馬鹿じゃねぇの!? 香水頭からバケツでかぶってんの!? ゲロ吐くぞ馬鹿野郎!!」


 満月の日の狼男でもこうはならないだろう、と言うべき激しい叫び。


「君」

「しかもあいつらエトランジェに向かって色仕掛けだの畑はどうだのって……、明らかに興味なさそうじゃねぇか!! アホみてぇだな!!」

「……君」

「エトランジェもエトランジェでアホ面下げやがって! なんだありゃ! 戦闘はともかく、社交界じゃ置物かなんかか!!」

「ルイス・ドナルド・ベネディクト=シルベスター」

「愛想見せろよ愛想!! なんだあの面! 表情筋が固まってんのか! ああ、とかそうだ、とかで伝われば苦労しねぇん……」

「そうか。気を付けよう」


 気が付けば、後ろに何かいた。

 背筋に冷汗がだらだらと流れる。


「君に届け物だ」


 脂汗、冷汗だらだらの笑顔で、彼女は振り向いた。


「あら……、これはエトランジェ様、ふふ、どうなさいました?」

「落としただろう」


 そう言って差し出されたのはハンカチだ。確かに、シルク製のハンドメイドである、高級なハンカチなのだが、この状況と天秤にかけるには、いささか安すぎる。


「まぁ、届けてくださいましたのね。嬉しいですわ、私なんかの為に。ところで、いつぐらいから私の元に居たのですか?」

「死ね、あのファッキン親父。触んなヴォケ、消えろ、ファッ」


 そこまで言わせて、彼女はコテツの言葉を遮った。


「エトランジェ様は幻聴を聞いてしまったようですわねうふふパーティではありますけど飲みすぎではありませんのお体に毒ですわすぐお休みになってそして今日のことは忘れ」

「酒は飲まない」

「あの熱気ですものね空気だけでも酔って……」

「酔っていないぞ」

「いえいえ、酔っておられる方は得てしてそう仰るものですわ」


 苦しい。それは自覚済みである。

 しかし、誤魔化さずにはいられない。


(やっべぇよ……、完全に引いてるよ。どん引きだよ……。どうすんだこの空気。ていうかなんでハンカチなんて返しに来てんだよ、捨てろよ、燃やせよ。なんで微妙に優しいんだよ。っていうか考えてみたらエトランジェめっちゃ優しいわ。こんな中庭でファッキンファッキン叫ぶキチガイ女見たら普通どうする。見なかったことにするね。誰だってそうする。アタシだってそうする。それでも声かけるとかマジパネェよこいつマジかよ)


 差し出されたハンカチを受け取りながら心中でルイスは唸る。


(生まれてから17年……! 隠し通してきたこの本性。こんなことであっさりばれるたぁ、やってられねぇぜ……。どうする、アタシ……!)


 ひたすらに彼女は切り抜ける術を考える。


(演劇の練習……、いや苦しい。そもそもエトランジェの個人名出しちまったし。二重人格ってことにするか? いやそっちのほうが痛ぇわ。記憶を失うまで殴るか……? そうするしかないのか……!?)


 些か過激な最終手段しかないのかと、思考が停止しかけたその時、目の前のコテツ・モチヅキは口を開いた。


「そこまで気にすることはないと思うが」

「へ? い、いいいい、嫌ですわ、エトランジェ様。私が一体何を気にしているとおっしゃるのですか?」

「口調も先程のままで構わん」

「先程って……」

「死ね、あのファッキン親父。触んなヴォケ、消えろ、ファッ」

「やめろ」


 またもコテツの言葉は遮られる。


「とにかく、誰かに言うつもりはないし、咎めるつもりもない。俺は気にしない。俺に対しては丁寧に対応する必要もない」

「いやいやいや、お前もやだろ、こんな姫様はよ」


 お淑やかはすっかり鳴りを潜め、睨むような半眼がコテツを射抜く。


「構わない。むしろ、そちらの方が慣れている」

「慣れているって……、あんた何モンだよ」

「エトランジェだが」

「そっちじゃねえよ。エトランジェになる前だよ。前の世界で何してたんだお前」


 エトランジェは国の最上部の人間だ。要するに上流階級である。

 口汚いほうが慣れているなんて、この男はいったいどのように育ったのだろうか。

 コテツ・モチヅキは、星の満ちる美しい星空の中、笑いもしないでこう言った。


「下品で野蛮な、兵隊だ」

一本長い話を書いてから分割して投稿するスタイルの一番の難点はサブタイトルだと思います。

更新寸前で考え出すから時間が掛かるんですね、アホです。



ルイス・ドナルド・ベネディクト=シルベスター


異世界エース界の本気ギレパンダ。

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