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異世界エース  作者: 兄二
02,初仕事
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12話 リバーサル







 生身で森をひた走る。

 それが、コテツの出した答えである。


『ご主人様ー、貴方ほんとに人間ですかー?』


 シャルロッテが警戒しているように見せかけ、極めて遅いスピードで山を登り、それを囮にコテツが生身で走る。

 これなら、気づかれずにギリギリまで接近できる。


『ちょっと正気じゃないスピードが出てるんですけど……』

「殺人マシーンに乗って生きている人間を人間と呼ぶなら、人間だが」


 無謀にも見える策だが、コテツの走る速度は、常軌を逸していた。

 それ故に、迷わずコテツは其の選択肢を選んだ。


『初耳ですけど、それ』


 コテツにとっては、否。コテツの居た世界においては、腕のいいパイロットをエースと呼ぶのではない。

 従来機を一足飛びに越えた、エース機に乗ることができた者をエースと呼ぶのだ。

 エース機を起動させるために、何人のパイロットが死んだか定かではない。

 ただ、少しの加速で人体が破壊される機体群を動かすには、それほどまでのことが必要だった。


「俺が君に平気な顔で乗れるように、俺はそれに乗り、慣れた。その結果だ」


 腕のいいパイロットを捨石にしてでもエースを得ようとする風潮はどこから生まれたのか。

 それは、最初に乗りこなせてしまった男が居たからだ。

 そのエースはパワーバランスを覆すほどに強かった。それ故に、その彼と同じものが必要だったのだ。

 AI分野も研究されたが、実用化に成功したのは結局戦争も末期。その上、人の操る繊細で有機的な操縦に敵うことはなかった。

 それ故に、万の人間を殺してでも、あらゆる勢力はエースを作り出すことに躍起になる。

 そして、そんな風潮の中、コテツはエース機に乗せられ、生き残った。

 その上更に。人間とは必要以上に適応する生き物で、機体に慣れた。

 エース機の機動によって人体に掛かる過負荷は、脳の使用領域の拡大と、筋肉の異常発達を招く。


『つまり、アルト乗りになれるひと、なった人は全て、人間やめるって事ですか?』


 ヘッドセットから聞こえる声に、コテツは答えなかった。

 そうとも言えるし、そうでもないと言える。

 一応遺伝子的には人間とまったく変わりない。


(一番変わるのは精神的部分かもしれんが)


 コテツが係わり合いになった全てのエースはどこかずれていた。

 人として致命的に、ブレていた。


「だが、便利だ。平和なときにはまったく役に立たないがなっ……!」


 と、木々の向こうに赤い影が見えた、と思ったその瞬間。

 身の危険を感じて、コテツは大きく横に飛びのいた。


『ご主人様!!』


 轟音と共に、地面が抉れる。


「どうやら目視で発見されたようだ。シャルロッテ、あざみ、囮を頼む!」

『任せてくれ』

『お任せあれっ』


 言葉を伝え、コテツは走ることに集中した。姿勢を低く、ただ、クラリッサの下を目指す。

 上を見上げれば、既に十機近い機体が動き回り、その中の一機は、コテツに銃口を向けている。


「くっ……」


 勢いのまま、前に飛ぶ。

 背後の地面が抉れ、振動と共に土や木の破片がコテツの背を叩いた。


『こ、コテツ・モチヅキ、来てるの!?』


 クラリッサの慌てたような、驚いたような声がコテツの耳に聞こえてくる。その声に、攻撃を受けているような焦りはない。

 どうやら、所詮生身の人間だと思って、クラリッサを人質として扱うつもりはないらしい。

 好都合だった。


「すぐに着く」

『やめなさい! 危険です!!』

「そんなこと、言われなければわからないと思うか?」


 危険は百も承知。コテツはただ、付近を穿つ銃弾を無視して走り続ける。


「それに、君は俺が嫌いだろう。ここでもしも事故死したなら、それはそれでラッキーだ」


 皮肉るような、コテツなりの冗談。

 恐ろしいほど笑えない冗談だったが、冗談のつもりである。

 そうかもしれませんね、と軽口のような言葉が返ってくるだろう、とコテツは考えていた。

 しかし。

 コテツの予想に反し、返ってきたのはそんな台詞ではなく。


『そんなわけないじゃないですかっ……』


 返ってきたのは、涙声だった。


『あなたは大切なエトランジェ様なんですよ……!? ばか!!』


 コテツは、酷く面食らう羽目となった。


(なんだと……?)


 彼女は、コテツを嫌っているのではない、と言う。

 しかし、言われてみれば、彼女は非常に優秀で、物事に簡単に私情を挟んだりしない人間だ。

 そう、コテツ自身がそう評価したのだ。


『決して好きだと思ったことはありませんが! 誰が死んで欲しいなんて思うもんですか!!』


 決して彼女はエトランジェが期待はずれだったからと言ってわざわざ差別をするような人種ではない。

 そして、嫌いではない、と彼女は言う。

 ならば、彼女の態度はなんなのか。


(怒って、いるのか? 俺が不真面目な態度だから)


 そして、思い出す。


(彼女は悔しがれ、と言った。悔しがらせたいと)


 あの態度の理由。

 それが、嫌いから来るものではないのだとしたら。

 もう後は一つしか思い当たらない。

 思い当たって、コテツは思わず呟いた。


「……なんて不器用な」


 あざみの言葉を借りるなら、『努力しろよこの野郎!』ということだ。

 つまり、敢えて嫌われる態度で発破をかけようとしていたのだ。


(そこまでの考えがあったかどうかは知らないが……)


 不器用に、あえて苛立つ態度を見せて、発奮させようと。


(不器用すぎるだろう……。俺には難解すぎる)


 まったく、コテツには伝わっていなかった。純粋に嫌われているとすら思っていた。

 だが。

 がらんどうの心に、炎は燃え上がる。


(なんともまあ、伝えようとしなければ伝わらないことの多いことか。……リーゼロッテの言う通りだな)

『帰りなさい!!』

「断る」


 背後では、ディステルガイストが非常に緩慢な動きで動いている。

 パイロット無しではあの程度の動きしかできない。まさに動く的だ。

 それでも、あざみも頑張っているのだ。


「ずっと、不器用な渇を入れられていたらしいからな。今の俺は、やる気に満ち溢れているんだ――」


 コテツは走る。

 彼我の距離は約十メートル。

 ここから先は限りなく迅速に、だ。


「クラリッサ!! ハッチを開けろ!!」


 瞬間背後に衝撃。

 迷わず、跳んだ。

 そして、勢いのまま垂直になった壁のような装甲を駆け上がる。

 無論、重力に逆らえずやがて駆け上がる速度は零になり、今にも逆走を開始せんとするが、そんなことは最初から承知のこと。


「届けっ」


 伸ばした指が、装甲の縁に引っかかる。

 そのまま、腕の力だけで引き上げて、転がり込むように、コテツは仰向けの機体の上に着地した。

 そして。

 コテツは即座にずれた胸部装甲の下。コクピットに潜りこんだ。


「――着いたぞ」


 やはり、一人乗りのコクピットに二人は狭い。

 コテツはクラリッサを押しのけて、高速でコンソールを操作し始める。


「あなたは……っ、なんで」


 クラリッサは、泣きそうな顔をしていた。

 綺麗に整った顔が、台無しなほど。

 そんな彼女に、コテツは操作を続けながら、真顔で答える。


「君は若い」

「だからって……」

「君は可愛らしい」

「なっ……!」

「君には未来がある」

「あ、あなたは何を言って」


 そこまで来て、自分は何かおかしいことを言っただろうか、とコテツは首をかしげた。


「戦うよりも。子を産み、育て、次の時代を創る。そういうものの方が尊いんじゃないのか?」


 果たして、この世界では違っただろうか、と。

 しかし、クラリッサは、今、泣きそうになっていたことすら忘れて、呆けていた。


「君ほどの器量ならきっといい男を捕まえるだろう。そして家庭を作る。素晴らしいことだ。まあ、決め付けるわけにも行かないが、しかし」


 コクピットハッチが閉じる。


「君は生きろ。死ぬにはまだ早い」

「……」


 首にコテツの首に回された腕に、ぎゅっと力が篭る。


「時代を守るために戦うのも、創ることに負けてはいません」


 耳元でクラリッサが囁き、コテツは頷き返す。


「そうか」


 クラリッサは、じっとコテツを見つめた。


「それに、あなただって」

「……それもいいかも知れんな。当面、嫁でも探す……、か?」

「な、なにそれ……、ぷろぽー……」

「さて……。機体を立て直すか」


 コテツは、操縦桿を握りながら、もう片方の手の指でコンソールを叩く。


「……あ、む、無理です! そんなの!! もう片足もないって言うのに!」

「問題ない」


 少しずつ、機体の上半身が持ち上がっていく。

 さすがにこれには相手も気が付いたらしい。

 唐突に弾丸が飛来する。


「きゃあ!」

「……バランサーをオートからマニュアルへ……! 片足へのエネルギーバイパス遮断……!!」


 掠める、周囲に着弾する、(あた)る。

 良い当たりを受けた。肩の装甲の隙間に当たった弾丸が腕をもぎ取っていく。


「そ、それに、片足に、今腕も片方なくなりました! これでは踏ん張りが利かなくて剣もまともに……」


 だが、コテツは表情一つ、変えはしなかった。


「――十分だ」


 同時に、機体が立ち上がる。

 瞬間、その機体は空へと舞い上がった――。


「……今回ばかりは手加減しない。機体に合わせて能力を下げるくらいなら、思い切り機体を振り回してやればいいッ!!」














「な、なんだアイツは!! どっかおかしい!!」


 盗賊の目に映るのは、手負いの獣だった。

 四肢のうちの二つを切り落とされた、容易な獲物のはずだった。

 だが、現実はどうだ。

 あれは――、捕食者だ。


「当たらねぇ! 当たらねぇ!! 当たれぇ!!」


 手に持つ銃。攻勢魔術よりも威力は低いが、連射性に優れる。

 だが、現実は一体どうしたと言うのか。

 連射するだけ無駄ではないか。


『……無駄弾だな』


 その紅の獣は、片足だけで立っている。

 巨大な剣を、片腕だけで支えている。

 獣が、跳んだ。

 そして、剣を大きく振り回す。

 それだけで、当たらない。

 振り子のように、独楽のように、大剣の動きに耐えるどころかあえて振り回されるように。

 機体は移動を繰り返す。

 細かく跳躍を刻み、遠心力に任せ弾を避け。

 時に弾き。

 そして、それは大きく天へと舞い上がる。


『チャンスだ!!』


 仲間の誰かが言った。

 空中では無防備、ことここに至っては願ってもない。


「うおおおおおおおおおおおおお!!」

『撃て撃て撃て撃て!!』

『当たれ!! 当たれよ!!』

『さ、さすがにこれだけ撃てば……』


 撃つ。撃つ。撃った。

 手持ちの弾装を空にする勢いで撃った。

 下に控えている機体との戦いを気にすることすらしなかった。

 ただ、ひしひしと感じるのだ。

 ――コイツは、ヤバイ。

 本当に、現実はどうなっているのだ。

 弾が、当たっていないではないか。

 風切り音が耳朶を叩く。

 まるで振り子。右へ、左へ、大剣を振り回しあの紅の機体は動く。

 そして、盗賊は気が付いた。


(敵は……、今ッ)


 風切る音は死神の足音。それとも、鎌を振る音か。


「俺の真上にいるッ――!!」


 死神の声は、やけに冷たく響いた。


『――遅い』






遂に反撃開始です。

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