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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,前座
135/195

128話 祭



 夜、王都の外れに土を踏みしめる音が響く。


「……来たか」


 足音は一つ、人影は二つ。

 現れたのは、アルベール・ドニであり。


「何の用だよ。セルゲイ」


 待っていたのは、セルゲイ・カレトニコフだった。

 セルゲイは、アルベールにとって苦い思い出の象徴であり、できるなら会いたくない相手だ。


「吠えるな、負け犬め」

「あのな、喧嘩売ってんなら帰るぞ、俺は」

「確かに尻尾を巻いて逃げ帰るというのは貴様にはお似合いだがな、アルベール。少し聞いていくがいい」

「とっとと言えよ」


 そんな会いたくもない相手に会うことになったのは、呼び出しがあったからだ。

 この場所の地図と、セルゲイの機体のマーキングだけが描かれた手紙。


「今日は貴様に忠告に来たのだ」

「忠告? まさか、戴冠式にやっぱ来るってのか?」

「さてな。私にもそういう話は来ていないが、可能性は高いだろうな」

「随分信用されてないんだな、お前」

「元よりそういう組織だ。味方にすら詳しく計画を漏らさんことの方が多い」


 わざわざ誘いに乗ったのは、功を焦ったのが半分あるかもしれない。


「よく聞け、アルベール。お前は戴冠式が始まる前にこの国から消えることだ」

「……あ?」

「貴様の相手も、面倒だからな」

「……ウゼェなおい」


 一歩、二歩とセルゲイが歩んでくる。


「負け犬にはそれがお似合いだ」


 そして、拳が飛んできた。


「っ、そうかよ!」


 肘の上でアルベールは拳を受けて流す。

 右、左の連携を受け流してアルベールもまた拳を振るった。

 同じような二連撃。顎を狙った攻撃。

 だが、当たらない。セルゲイは二度首を逸らすだけでそれを避ける。

 そして、引き戻しが遅かった。


「取ったぞ、アルベール!」


 右手首をセルゲイに掴まれた。腕で受けずに最小限の動きで回避した分、セルゲイの方が上手だ。

 掴まれた右手が引き寄せられ、前へとよろける。

 そして拳が突き刺さる。


「ごほっ」


 下から突き上げるような拳。体がくの字に折れた。

 衝撃が全身を突き抜けた。否、突き抜けてくれないからこそ酷く効く。。

 力任せに振りぬくのではなく、手慣れた様子で加減して拳を引いてきた。

 特に、内蔵に響く。勝手に息が塊のように吐き出され、唾を地面へと撒き散らす。肝臓へのダメージが酷い。

 一瞬視界がぶれて焦点が定まらなくなり、足元がふらつく。

 そして、ふらつきながら後ろに倒れこむようによろめいて。

 その勢いを使ってアルベールは下からの回し蹴りを放つ。

 渾身の奇襲。

 タイミング、勢い、共に申し分ない。

 しかし。


「遅いぞ、アルベーッル!」


 セルゲイの顎元で、足は掴まれ止められていた。

 そして、掴んだまま膝を腹へと突き立てられる。


「がっ」


 今度は狙いも何もなく、ダメージのままに二歩三歩とよろめいて後ろに下がる。

 セルゲイはすぐさま近寄ってきた。


(不味いな……、こりゃダメだ。どうやって逃げっかなぁ)


 振るわれる拳を何とか腕で流す。

 とにかく、防御に専念することにした。

 脳裏のどこかで、負け犬が鳴いている。

 もうだめだ、逃げろと言っている。

 アルベールは、いつの日もその声に従って生き延びてきた。


「負け犬らしい戦い方だ……ッ!」


 強めの一撃が来る。

 態勢を崩されそうになりながら何とか耐える。

 攻撃に、切れ目ができた。

 アルベールは、即座に懐から円筒状の物体を取り出す。

 そして、そのままピンを抜いて、それを地面へと投げた。

 激しい破裂音と共に、それは強い光を発する。


「スタン、グレネード……!」


 驚いて一瞬固まるセルゲイ。

 即座にアルベールは踵を返した。


「夜ならちったぁ効くだろ! 亜人じゃなくても!!」


 閃光音響手榴弾は、エトランジェの世界にあったモノを、エトランジェが再現したものだ。

 そのため、本来のソレより、威力が劣る。効くとしたら亜人くらいだが、夜闇に慣らした目なら、人間相手にも多少の効果はある。


「ぬぅ、小ざかしい!」


 目がチカチカとして視界が定まらないのだろう。セルゲイは苛立ちながらも動かない。

 それでも勝てるとは思えない。アルベールは迷わず逃走を選んだ。

 王城に向かってひた走る。

 吐き気がする。肝臓の辺りが重く傷む。体が重くて、今にも倒れてしまいたいくらいだ。

 限界だ。しばらく走って、城下町の路地裏でアルベールは立ち止まると、壁に背を預け、ずるずると座り込む。

 かなり距離は稼げた。多分、追ってこないだろう。


「あー、くそ……」


 そう、彼は苛立たしげに漏らした。









「エリナ、行くぞ」


 それは、いよいよもって唐突だった。

 廊下を歩いていたエリナの前に、師ことコテツが現れたと思ったらこの台詞である。


(え、い、一体どこに……? というか何故です? 修行なのですか?)


 思わず戸惑うエリナを無視して、コテツは踵を返して歩き出す。


(これは、まさか……)


 そんなエリナの胸に、思い当たることが一つ。


(これが……、黙って俺に着いてこい、ということなのですか……!?)


 つい先日読んだ本を思い出し、エリナは頬を赤く染める。


(草食系に見えて実は強引なのですか……!?)


 颯爽と歩む背中は彼女の眼には酷く大きく映った。

 そんな背を、エリナは三歩下がってしずしずと追う。


「エリナ、なぜ君は後ろにいるんだ」

「え?」

「隣でいい」


 流し目で見られながら言われ、エリナは更に顔を真っ赤に染め上げた。


「と、とと、隣ですか!」

「ん? ああ」


 コテツは怪訝そうに彼女を見るのだが、エリナは気づかない。


(こ、コテツは大胆なのです! と、隣だなんて……、もしかして手をつないでしまったりするのですか、コテツ……?)


 ノエルに比べれば、というか比べるべくもなく常識人であるエリナだが、恋愛に関しては全くの素人で、初心である。

 彼女の恋愛観は読んだ書物と赤裸々な父の経験談により構成され、少しでもスイッチが入るとそれらが想起され、加速度的に恥ずかしくなっていく。

 とことこと、彼女はコテツの隣に出て、うるんだ瞳でコテツを見上げる。


「あ、あぅ、コテツ、歩くのが早いです」

「む、すまん」


 置いて行かれそうになるほどの身長差、歩幅。


(お父様、コテツは意外と俺様のようです……!)


 ドキドキとしながら、目を伏せてエリナは歩みを続けた。

 いつの間にかコテツの歩調は緩み。


「熱でもあるのか」

「ね、ねねね、熱!? それはおでこを合わせて計るのですか!?」

「……落ち着いてくれ」

「あ、わわわわ……」

「本当に大丈夫か」

「大丈夫です、大丈夫なのです!」


 もうほぼ目を回しかけているような状況で、手を振って無事を伝え、無我夢中でコテツを歩かせ、それに続く。

 それ以上コテツは何も言わなかったので、しばらくまた無言で二人歩く状況が続いたのだが。


(……というか、ですね、うん、はい)


 歩いて数分。


(……またぬか喜びの予感がするのです)


 エリナは冷静になった。

 想起するのは、前回のデートの誘いと見せかけてそんなことはなかった事例だ。


(まぁ、コテツですから。うん、どこからどう見てもいつものコテツなのです。そのコテツがそんな色気のある展開なんて……)

「着いたぞ」

「ひゅいっ?」


 突然声を掛けられて、肩がびくりと震える。


(へ、変な声が出たです……)


 先ほどまでとはまた違った意味合いで顔が赤くなってしまう。


「えっと……?」


 そして、気を取り直し、ふと前を見ると、眼前には屋台が並び立つにぎやかな大通りが見えた。


「祭りだ」

「そ、そうですね」

「ふむ」

「えっと?」

「嫌いか?」

「お祭りが、ですか?」

「そうだ」

「嫌いではないですけど……」

「そうか、なら良かった」

「えっと……?」

「む……、もしや俺が嫌いか」

「それは違うです!」

「ふむ……?」

「えとえとえとっ! コテツは突拍子がなさ過ぎるのです!」

「……俺に、突拍子が、ない?」

「はいです」

「……そうか。分かった。文書にして正式な手順で君を誘おう、少し待っていろ」

「それは回りくどくないですか!」


 手紙と言わない辺りが正にコテツ。

 どうせ、『一、本日一一〇〇ヨリ甲ハ乙ヲ祭ヘト誘ウ所存デアル』とかいう文面が連なった恐ろしいほど色気のない紙が届くに違いない。


「もうとりあえず過ぎ去ったことなのですっ。ええと、コテツは私を祭りに連れて来た、ということでいいです?」

「ああ、そうなる」

「わかったのです。ところで、なんでですか?」

「む、……ふむ。なんとなくだ」


 妙な間を取りながらコテツは言った。


(なんですかこの、色々あったけど途中で説明するのが面倒になった空気は……)


 じっとりとコテツを見つめてみるが、そ知らぬ顔だ。


「まぁ、いいのです。せっかくコテツが誘ってくれたのですから」

「そうか」

「ありがとうです、コテツ。嬉しいのです」


 そう言って、エリナは微笑みを浮かべた。

 要するに、コテツがエリナを祭りに誘ってくれたということだ。それは、とても嬉しい。


「そうか、それは幸いだ」


 そうして、二人はまた歩き出す。


「それで、どうする?」

「どうする、ですか。コテツは何かしたいこととかないのですか?」

「ないな。そもそも、あまり祭りに来たことがない」

「コテツは祭り素人なのですか」

「そういう君はどうなんだ?」

「イクールでもお祭りはあるのです。ここまでではないですが」

「なら任せる」


 戦時中、祭りがなかった訳ではないが、かといって、コテツは行くタイプでもない。

 かろうじてターニャに連れ回された記憶があるだけだ。


「わかったです。じゃあ、とりあえず屋台を回ってみるです」


 そうして、二人屋台の群れの中、雑踏へと入っていく。

 やはり戴冠式という一大行事だからだろう、活気は凄いなどと言うものではなかった。

 あちこちから様々な人が来て、様々なものも集まっている。

 ソムニウムでは見ないようなものも、今は沢山あった。

 そして。








「エトランジェ推薦! エース御用達! いいもの揃ってるよ!」


 聞き覚えのある声も、転がっていた。


「何をしているんだ、アル」

「うお、ダンナ」

「……何やってるですか」


 そこには、屋台の中で何某かを売るアルベールの姿があった。

 彼は今、頭にバンダナ代わりにタオルを巻いている。


「ちょっと小遣い稼ぎ?」

「似合いすぎなのです」

「推薦した覚えはないぞ」

「いやでも、あながち嘘じゃないんだぜ。ほら、俺の後ろのアレ、異世界所縁の品って奴さ。ついでにそっちのアクセサリはダンナが壊したSHのパーツやら装甲やら加工した奴」

「芸が細かいな」


 確かに、アルベールの後ろにあるやたらに目立つ服は、コテツの世界で見覚えがある物だ。

 学生服各種にチャイナ服やらその他諸々、浴衣もある。

 一体誰が布教したのかは、考えるまでもなさそうだ。


「しかも結構儲かってるんだよねぇ」


 言いながら、満足げにアルベールは笑った。


「実はこっちの方が才能あんのかもね」


 そんなことをしれっと言うアルベールを、コテツはじっとりと見つめた。

 呆れは、彼に伝わっているのかいないのか。

 コテツは告げる。


「……君を手放すつもりはないぞ」


 窘めるための言葉だったのだが、アルベールは何故か一瞬目を丸くした。


「……嬉しいこと言ってくれるね、ダンナ」


 そう言って彼は、子供っぽく笑う。


「そうだ、ダンナも手伝ってよ。エトランジェの手渡しの方が売れるって」

「俺は顔が売れていないぞ。愛想もないが」

「いいんだよ、こんなの本物かどうかじゃなくて、ソレっぽいのがいればネタになるんだって。愛想は、まー、エリナの嬢ちゃんがカバーしてくれるだろ」


 そう言ってアルベールはエリナに視線を向けた。


「え、私です?」

「おーよ。途中で解放するし、ダンナと出店も悪くない思い出じゃねーの?」

「……う、確かに、です」

「それにさ、夕方からデケェ出し物やるらしいぜ。流石に今から夕方までずっとはもたねーだろ? どうよ、ここで時間潰してくってのは」

「どんな出し物です?」

「演劇。恋愛ものの」

「やるです」


 即答であった。


「いいのか?」

「はいです。モノを売るのも経験なのです」

「分かった」


 エリナがしたいというならそれもいいだろう。

 コテツはアルベールの案に乗ることにした。














「はい、お買い上げありがとうございますです!」

「おお……、君、かわいいね。名前は?」

「エリナというです」

「へぇ、かわいい子は名前もかわいいんだなぁ……。どうだいこれからお茶でも」


 と、そこで唐突にアルベールが割って入る。


「お客様ー、うちの店員としけこむ前に、特別にサービスしますよ。メニューをどうぞ」


 そんなアルベールの斜め後ろにはコテツが控えている。


「あ、いいですごめんなさい帰ります」


 そして、そのコテツの更に背後には、木の看板があり、そこには『エトランジェと君もネックハンギングツリー!』だとか、『エトランジェと君もアイアンクロー』だとか綴られていた。


「あれがエトランジェのやってるッつー店? ネタだろ?」

「は? じゃあエトランジェと君もネックハンギングツリー頼んでこいよ。いちゃもん付けた大男がサービス受けて一撃でイったから」

「マジかよ」

「エトランジェがよく行くっていうギルドの冒険者も本物つってたぜ」

「マジかはともかく、こだわりすげぇな。軍服もソレっぽいし」


 まさか本物ではないだろう、と言いつつも、客は結構来るものである。

 コテツというエトランジェの情報は方々を駆け回るが、伝聞が主で、テレビもインターネットもないせいでコテツの外見情報はほとんど出回らない。

 これでコテツの額に十字の傷があるだとか、わかりやすい特徴でもあれば別だが、黒髪黒目で、それなりの上背、という特徴ならばその辺に普通に見つかる。

 挙句の果てには、中型の魔物を一撃でかち割るだとか、そういう怪力のイメージの先行によりとんでもない巨漢だとか、ヒゲ面で男臭いとかよくわからないことまで出回っている。

 そんな中、ちょっと信憑性があってそれっぽいかもしれない、そんなエトランジェのいる店は口コミで話題になったようだ。


「エトランジェさーん、これください!」

「了解した」


 頭から信じている者は少ないだろう。アルベールが言うように、ソレっぽいのがいて話のネタになればそれでいいのだ。

 本物だろうが偽者だろうが、どちらでも、面白ければいいのである。


「よぉーし、パパエトランジェ様にタメ口聞いたって自慢しちゃうぞー!」











「ほいよ、ダンナの取り分」


 元々そこまで売れると思っていなかったのか、商品自体それほど多くなかったのも手伝って、コテツ達がそろそろ行こうかという頃合には、アルベールの店は品切れで店仕舞いをしていた。


「額が多いようだが、いいのか?」


 手渡されたのは、今日稼いだ額の半分近くだ。エリナにもそれと同じくらいの量の袋が渡される。


「いいんだよ。ほら、俺って本業SH乗りじゃん? だからいいんだよ」

「俺も本業はSH乗りなのだが」

「細かいことは気にしなさんなって。禿げるよダンナ」


 片付けもそこそこの状態で、アルベールはコテツの背を押して店から追い出した。


「ほら、嬢ちゃんも行っといで。せっかくの祭りだ。楽しまなきゃ損だぜ?」

「ありがとうです。さ、行くですよ、コテツ」

「ま、頑張んな」


 そうして、二人はまた祭りの雑踏に舞い戻る。


「なんだか、変じゃなかったですか?」

「アルがか」

「はいです」

「そうかもしれん」

「コテツにも分かったですか?」

「いや、分からんが。内蔵にダメージを受けてはいるようだった」


 人の機微など感じ取れないコテツだが、そういうことは分かる。

 微妙な動きの鈍さや、姿勢の変化。格闘訓練で下手を打つとああなる。先日はアルベールは格闘訓練なぞしていないし、故意にダメージを残す格闘訓練などしない。精々、当て方、受け方を間違えて手酷く当たったときくらいだ。


「ええ!? 大丈夫なのですかっ?」

「アルも大人の男だ。言わないなりの理由があるだろう。それに、怪我そのものは二、三日もすれば治る」

「そう、ですか」

「だが、アルが助けを求めるなら、全力で手を貸そう」


 ちらりと、コテツは背後に視線を送った。


「曲がりなりにも、上官だからな」

次回、ついにターニャが……。

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