127話 ユニコーン
「忙しくなる前に、か」
静かな自室で、ぽつりとコテツは呟いた。
「どうかしたんですか? コテツさん」
傍らに控えていたリーゼロッテが問い、コテツは答える。
「少し、出かけるぞ。君も来るか」
「はい。お供します」
コテツは立ち上がり、リーゼロッテは笑顔で頷く。
行き先も聞かないのは立場上なのか、そこに信頼はあるのだろうか。
「ご主人様ー、どっか行くんですか?」
部屋を出たところに丁度歩いていたあざみが問いを口にした。
「ああ」
「私も一緒に行きますよ」
「構わないが、面白いかどうかは分からんぞ」
これまた簡単に同行を申し出たあざみにコテツは言う。
「どっちでもいいですよ。一緒にいたいだけなので」
「そうか」
コテツとリーゼロッテに、あざみを加えて、一同は城下へと降りる。
目的地は冒険者ギルドであった。
「久々だな」
言いながらコテツは扉を開く。
普段、城側でこれといった仕事がない場合、コテツはギルドからの依頼に赴くことも少なくはない。主に討伐系の依頼。つまるところ、騎士団の手の届かない範囲の魔物の退治が多い。
しかしながら、休暇の間は依頼を受けるわけにも行かなかったので、結構な間が空いていた。
「お久しぶりっす! アニキ!!」
「寄るな」
入るなり現れたのはラッド。愛に生きる男である。
「あぁんっ、今日もアニキはいけず!」
「消えろ」
コテツはそのまま、奥へと歩き、依頼書を見る。
現在、依頼は増加傾向にあるようだ。
「採集や魔物や野生動物の素材回収が多いな」
「お祭り効果ですねぇ……。まぁ、冒険者にとっても、売るほうにとっても利益出ますし」
見ながらあざみが呟き、すっとコテツは一枚の依頼書を指差した。
「ユニコーン、とはなんだ」
とある依頼書にユニコーンの名を見つけ、コテツは問う。実はユニコーンの名自体はコテツも知っていた。
いわゆる幻想動物達を機体や部隊のエンブレムとしてマーキングする例は往々にしてあったためだ。
さて、そんなユニコーンの角が欲しい依頼人がいるらしい。必要本数は五本。できるだけ早めに。持ってくるのは一本から可能で、早い者勝ち。一本に付き金貨二枚を払うらしい。
早い者勝ちの代わりに、失敗した時のリスクは低い、というかないに等しい。
「角付きの馬ですよ。清らかな乙女が大好きです」
コテツの知るユニコーンとどうやらさほど変わらないようだ。
「角は、美味しいらしいですよ。スパイス的なアレで。漢方的なアレにもなるらしいですけど」
「そうか」
呟きつつ、コテツは依頼書をボードから剥がした。
「受けるんですか? ソレ」
「ああ。危険か?」
「いえ、そーでも。よっぽどの事しなきゃ話が通じる相手でもありますし。ほら、いるじゃないですか、清らかな乙女も」
「そうだな。頼むぞリーゼロッテ」
「え、あ、はい」
「私は!?」
「君が、清らか……?」
「ちょ、なんですそのマジ声! 安心してください!! 清い体ですよー! ご主人様のものです!」
「体はともかく、心根は清らかとは呼べないのではないだろうか」
「ぬわー! いいですよ、これから清楚キャラで行きますから!! 任せてください!!」
別にコテツはユニコーンじゃないため、清らかな乙女を求めているわけでもないのだが。
「さあ行きますよご主人様! 私の炸裂する清らかさに仰天するがいいです!」
炸裂し、仰天するようなそれは既に清らかの域ではないのではあるまいかと思いつつも、コテツは何も言わなかった。
あざみの賑やかさが、今は少しだけありがたい。
「あ、前から来ます」
「了解」
リーゼロッテの言葉に応えるように、数秒の後前方から飛来する猛禽の類を、コテツの投擲した短槍が攫っていく。
鬱蒼とした森の木の一本に、巨大な鷹のような生物が縫いとめられた。
「お見事。……ところで、私要らない子じゃないです?」
ぽつりと、その様を見てあざみが呟いた。
「そもそも君を誘った覚えがないが」
「そうでした!」
コテツは、徐に城下で購入した槍を引き抜いた。
ついでに鷹のような生物、ドゥームクロウをその場で捌く。
「くぅ……、せめて荷物もちだけやりますよーだ」
捌き終えた生肉と皮をあざみが受け取り、自らの空間にしまいこんだ。
「リーゼさんの汎用性の高いこと……! 魔術が関わらなきゃ私って役立たず!」
と、言うのも、リーゼロッテによる聴覚嗅覚による索敵に、コテツの超人的反応速度から返される最速の迎撃があまりに効果が高すぎるのである。
襲撃中の無防備な急所を即座に貫かれて絶命した生き物の多いこと。
今日購入した二束三文の短槍はあざみ以上に大活躍中だった。
「後方から、来ます」
「迎撃する」
背後から両手を挙げて圧し掛かるように襲い掛かったブラックベアの頭が、叩きつけたトマトのように弾ける。
投擲した態勢のコテツが、静かに戻り、また槍を引き抜く。
「いい加減捌くのも面倒だな」
「置いてきます?」
軽い調子で聞くあざみだが、そういうわけにも行かないだろう。
「余裕がないならそれで行くがな」
「狩った獲物を残していくのは……」
控えめに言うリーゼロッテの言うとおりだ、とコテツは頷く。
いつ何があるか分からない以上、余裕があるなら食料は貯めておくべきだろう。
持ちきれないなら仕方がないが、その点あざみがいると非常に便利だ。
「じゃあ、そのまま回収しますよ。捌くのは帰ってからでもいいでしょう」
「頼む」
「にしても、結構いますねぇ、魔物とか凶暴な野生動物とか」
「そうだな」
新品の槍が、既に歴戦の空気を持つ始末である。
「まぁ、少しくらい秘境チックなトコじゃないとユニコーンのありがたみがありませんよねぇ」
「そういえば、ユニコーンは魔物ではないのか」
ふと、コテツは問う。
こうして、角が欲しいと依頼されるようなユニコーンではあるが、討伐対象ともまた違う感覚がある。
「魔物、と言えば魔物ですよ。厳密な魔物の定義に従えば」
魔力の吸収、適応によって変質した動物を魔物と呼ぶならば、確かにユニコーンも魔物であるらしい。
「しかし、知能が高く変質して話が通じるのですから、ちょっとだけ扱いはいいんですね、これが。区分けしてるわけです。幻獣として」
王都から少し離れた森、その奥にある湖にユニコーンの目撃証言があった。
「長生きしますし、知能があって理性的ということは生殖本能とちょっと乖離するということで、数もあんまりいませんし」
「そうか」
会話しながら歩いていると、唐突に開けた場所に出る。
「ここで休憩にするか」
どうやら、何本か木が切り倒されているのを見るに、他の冒険者達が昔にわざわざスペースを作ったらしい。
コテツ達と同じように休憩するためか、他の目的があったのかは知らないが。
「では、お昼の準備をしますね」
「頼む」
あざみが道具を出し、リーゼロッテがそれで料理の準備を始める。
「手伝うか?」
「いえ、任せてください」
「わかった」
言う通りにコテツは切り株に腰を下ろした。あざみも近くの切り株に座る。
「リーゼさんのご飯楽しみですねぇ。今回は途中であれこれ食材も取れましたし」
「そうだな」
しかし、料理は準備を始めてすぐ出てくるようなものではなく、しばしの間二人は暇な時間を過ごすことになった。
「暇ですねぇ、ご主人様。しりとりしましょう」
すると、まるで狙っていたかのように彼女は言う。
「唐突だな」
「やりましょう」
「そもそも言語の問題でしりとりは困難ではないか」
「私にインプットされてる日本語やらを使用します」
「必死だな」
「必死です」
そこまで必死なら付き合ってもいいだろう。意図は知らないが、コテツは応えることにする。
「では"り"からいきます。リンゴ」
「拷問器具」
「ぐ、ぐい松」
「痛風」
「馬」
「孫」
「ご主人様」
「負け」
「結婚してください」
そして、渾身のドヤ顔であざみは言った。
「いいえ」
返答までの所要時間、コンマ2秒の即答。
「しまったーッ! "結婚しよう"じゃないと"うん"で終われないじゃないですかぁーッ!!」
「どうした、"え"だぞ」
「いや待ってくださいよ、一世一代の告白ですよ、リテイクしましょう」
「君は一体何世何代まであるんだろうな」
彼女に告白された回数や如何に。
「というかいいえってなんですか! キャラ崩壊ですよ! いやまぁ、"結婚しましょう"、"うん"もキャラ崩壊ですからアレですか、"結婚してくだしあ"、"ああ"ならいいんですか!!」
「たまに君が何を言っているのかわからなくなる」
「女の子が結婚してくださいって言ったらいいだろうって言えばいいんですよ! この大清楚あざみに」
「……この世界とは清楚に関し文化の違いがあるようだ」
と、馬鹿なことを話している間に、リーゼロッテが料理を持ってくる。
「できました。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「ぐぬぬ、あ、リーゼさんありがとうございます」
「さて、もうちょっとしたらですかねぇ。湖まで」
わざわざ徒歩で移動するのは、ここが森である他にも、SHでいきなり降りればユニコーンが逃げてしまう可能性があるためだ。
湖に辿り着いても、ユニコーンがいなければ何の意味もない。
「ユニコーンを見るのは初めてなんですよ、私」
コテツの方を見て、あざみは言う。
「そうなのか」
「っていうか私割と引きこもりでしたし。こんなに外に出てるの、初めてですよ」
そう言って、彼女は楽しげに笑った。
「リーゼロッテは見たことはあるのか?」
「実は、小さい頃に住んでいた森で背中に乗せてもらったことがあります」
はにかみながら笑って、リーゼロッテは言う。
こう見えて意外にも経験豊富なリーゼロッテである。
そういう方面に関しては、コテツなどよりリーゼロッテの方が数倍頼りになりそうだ。
「マジですか。へぇ、気に入られたんですねぇ。どんなユニコーンでした?」
「うーん、優しい感じでした。喋り方も、なんだかフリード様のようで」
「ほうほう、紳士ですか。いいですね」
と、その時、視界が開ける。
「お、湖ですよ。きれいですね」
青い湖。霧が煙る神秘的空気。
その湖の上に、一つ波紋を起こし、それはいた。
白き体躯、流水のような鬣。宝石のような赤き瞳と、天を貫くような気高き角。
――ユニコーン。
場の空気が荘厳と幻想に染まる。
そして、一同の前にユニコーンは立ち止まると、厳かに口を開いた。
「立ち去れ。このビッチが――」
一同停止。
「……えぇー?」
そして、それから初めて声を上げることができたのは、あざみである。
「爆ぜろビッチ。失せろ」
そう言って、ユニコーンは唾を吐き捨てた。
一同が、一様に微妙そうな顔をする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、聞き捨てなりませんね! 私はまだ清い身ですよ!!」
「ふっ……、好きな男を誘惑するために黒い下着をつけるような女は清純とは呼ばん、発情期の牝犬め。やはり白でなくてはならん、下着というものは」
「なんですかの決め付け。私が黒下着かどうかも分からないのに」
「黒じゃないならなんだというのか」
「何聞き出そうとしてんですか!!」
「舐めるなよ娘。やはり貴様、清楚ではないな」
そして、馬はにやりと笑みを浮かべた。
「やはり清らかなる乙女とはいつも控えめ、下着は白、後ろを三歩下がって着いてきて、よく尽くす少女でなくては」
「ただの好みじゃないですか」
「そう、丁度そこに控えている狐耳の少女のようにな!」
そう言って、ユニコーンは角でリーゼロッテを指す。
「え、わ、私ですか……?」
「そうとも、いかかであろう、お嬢さん。私めと一夜のアバンチュールをご一緒しませんかな?」
「えっと、できれば遠慮したいんですけれど……」
「大丈夫! 我は清らかなる乙女を好む紳士、つまり先っぽだけ、先っぽだけだから!」
ユニコーンが、地面に足をつけて歩いてくる。
そんな中、今度はコテツがユニコーンへと歩み寄っていった。
「なんだ貴様は。帰れ帰れ、男は帰れ。我が視界に入るのは許さん」
不満なようだが、その言葉に答えることなくコテツはユニコーンへと近づいていく。
「なんだ貴様。我がオーラにひれ伏すのも分かるが、これ以上よるな、角で突き殺すぞ貴様」
そして、手の届く場所まで近づき。
「いい加減にするのだこの野郎。幾ら寛大で素晴らしく広い海や空のような心を持つ我とてこれはぶらっ……」
ごきり、とえげつない音が響き渡った。
「ご、ご主人様ー?」
ユニコーンの首に腕を回したコテツは、涼しい顔で口を開く。
「長くなりそうなので。割愛させてもらった」
「人生も割愛されてそうですけど」
「死んではいない。多少大きな音はなったが気にするな」
「泡吹いてますけど」
「そういうものだ」
そして。
「うん、まあ。いいんじゃないかと思います」
あざみの肯定と共に、コテツは泡を吹いているユニコーンの角をへし折ったのだった。
それから、しばらくして。
「楽な依頼だったな」
「んー、んー……、そうですね、はい。ええ。あのユニコーンドリルミサイルは危なかったですねぇ」
心中の何かを棚上げして、あざみは答える。
「あれはあれで角を折る手間が省けた」
「あの、アヘ顔ダブル蹄は凄かったですねぇ」
「被虐趣味だったのだろう」
「それで済ませますか。しかしユニコーンかと思いきやロリコーンだったときは驚きましたね」
「あれは人里には降ろせんな」
「……楽な依頼でしたね。はい。私の中のユニコーン像がメッタメタですけど」
ぞろぞろ出てくるユニコーンの角を折るだけの簡単な仕事で、あっさりと角は集まった。
帰りもあっさりとしたもので、確かに、報酬を受け取るまで楽なものである。
「しかし、角が一本余ってしまったが」
だが、報酬を受け取ったはいいものの、既に一本納品した冒険者がいたらしく、その分は引き取られなかった。
「んー、何かに使えばいいんじゃないですかね。粉にして漢方にするも、スパイスにするも、あるいは磨けば光りますから何かのアクセサリーとか、くり貫いて角笛とか」
「なるほど、考えておこう」
「さって、帰りましょうか、ご主人様。ご飯でも食べて」
「そうだな。リーゼロッテ、何か食べたいものはあるか」
「えぅ、私ですか?」
「活躍で言えば君が割合が高い」
そんなこんなで、余った角を懐にしまって、コテツは帰ることにした。
ユニコーンの角を手に入れるだけのお話なのですがあまりにもあんまりなんで、もう一本出します。