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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,前座
133/195

126話 I Want

 休暇が終わり、仕事に戻る。

 訓練を繰り返し、有事の際には出向いて武力を用いて解決するだけの日々だ。

 心のどこかが、進歩しないな、と呟いた。


(昔から、何も変わっていないな)


 一念発起しようがその気になろうが、どうしようもない。

 変わらなければならないと決めてから、何一つ変わってはいない。

 そう気付けば、言い知れない何かが胸を焦がす。


(どうとも知れない土壌に種を撒くとは、よく言ったものだな)


 そう考えてコテツは思考を振り払った。

 これ以上は、考えても仕方のないことだ。


「コテツ」


 廊下を歩く彼に、声をかける人物が一人。


「シャルロッテか。どうした?」

「少し、付き合え」


 シャルロッテ・バウスネルンは、ぶっきらぼうにそう言った。

 理由も言わない、すたすたと歩いていく彼女に、コテツは黙って付き従うことにする。

 彼女はそのまま、城の外に出て、街の中を歩き出す。

 ただただ無言で、颯爽と彼女は街を歩く。


「シャルロッテ、一体どういうつもりだ」

「警邏だ。付き合え」


 簡潔に、彼女は言った。


「コテツ、わかるか?」

「何がだ」

「戴冠式に際し、出店の準備が進んでいる」


 彼女の言う通り、城下においては祭りの準備状態、と言ったところか。

 街は活気のあるざわつきに満ち溢れている。


「観光客や旅行者でこのあたりが溢れかえることになるぞ」

「そうか」

「騒ぎや事件も多発することとなる。こちらにも、人員を多く割かねばならん」

「だろうな」


 交通機関が、SHと比べアンバランスなほど発達していないこの世界においては、祭りとなれば結構な長期のものにならざるを得ない。

 発表から実際に行うまでのひと月の間、人が集まるのにもばらつきがあるからだ。

 つい先日その報を聞いて既にやってきた旅行者もいれば、遠方にいるため到着にしばらくかかる者もいる。

 来賓も、すぐ着く者も、かなりの時間を要する者もいる。

 これから戴冠式が終わるまでずっと人数は増え続けるだろう。

 王都に店を持つ者や、行商、あるいは珍しい品物を持っている冒険者などにとってはいい稼ぎ時となるわけだ。


「今回の戴冠式は、これまでの中でも注目されている。なぜだかわかるか?」

「わからんな」


 前回の戴冠式を見たこともないコテツでは、答えは出せそうにもない。

 言うと、コテツを見てシャルロッテは困ったように微笑んだ。


「お前のせいだよ。コテツ」

「……ふむ」

「エトランジェでアルト乗り、というだけでも肩書きとしては十二分だというのに複数のアルトを所有するなどという……、しかもこれで三体目とはな。注目はいやでも集まるさ」


 まだ、クリーククライトまでコテツの物になったというのはまだ知られていないが、その前のシュタルクシルトまで、というのはとっくに知れ渡っている。


「後はアンソレイエの件では各国の要人が集まっていたからな」


 シャルロッテは、重く、コテツに告げる。


「そこで更に、アマルベルガ様の宣戦布告だ。見極めに来るぞ。小さな国の、最高戦力を」


 国一つがラインイレーサーと名乗る組織を敵と認識したという事実は各国に影響を及ぼすだろう。


「あの宣戦布告が小国の戯言になるのか、それとも、他国と協調し敵と相対するための契機となるのかは、……お前次第と言ってもいい」


 確かに、ソムニウムという国その物は強国というものではない。王女の祖父の放蕩と、戦争によりぼろぼろになった所を立て直している現状だ。

 その中でソムニウムが一目置かれるとしたら、エトランジェとアルトの、ネームバリューか。


「……了解した」


 コテツが肯くと、シャルロッテは溜息を吐いて真面目な顔を和らげる。


「まあ、お前なら言うまでもないことだがな。いつも通りやれば間違いはないさ。アマルベルガ様もこの時のためにあちこちに根回しを行っていたらしい。アンソレイエのナタリア女王の協力もある。順当にいけば成功は確実だ」

「そうか」

「ああ。そうだ。それと、私とお前で、夜会で演武を行うことになる。後で打ち合わせを行うぞ」

「演武?」

「そうだ。来賓の前で、SHで模擬戦を行う」


 戦力の誇示。示威行為と言ったところか。


「まぁ、そっちも、アルトでやろうがシバラクでやろうが、お前が私に負けることは間違ってもないだろう?」


 気楽なものだ、と彼女は言う。


「それより、お前にとっては夜会に参加しないといけないという方が面倒なんじゃないのか?」

「……む、俺も参加するのか?」

「当然だろう。各国の貴族やその子女、場合によっては王や姫君まで相手することになる。覚悟しておけ」

「……それは参るな」


 戦場で戦う以上に神経をすり減らすことになりそうだ、とコテツは心中で渋い顔をする。


「変に気取る必要もない、が、強気で行けよ?」

「善処する」

「……頼むぞ」


 そうして、二人が歩いていると、普段見慣れない屋台が目に入る。

 この街にもともとある屋台ではないだろう。シャルロッテはその屋台へと足を向けた。


「少々気が早いのではないかな? 店主」

「昨日の夜到着したばかりでね。俺もちょいと早いかと思ったが、そうでもないみたいだ。今丁度客一号と二号が来たところだしな」

「なるほど、一本取られたな。二ついただこう。何の屋台だ?」

「手持ちにあった食いもん焼いてるだけさ。鮮度は保障するから安心してくれ。今焼いてんのはシードバードの肉だな」


 見たところ、ただの焼き鳥にしか見えない。しかし、何らかの魔物か動物の物なのだろう。

 それを聞いてシャルロッテは少しだけ目を丸くした。


「ほう、珍しいな」

「こっち来る途中で偶然群れを見つけてな。ちょちょいと弓で落としてきたのよ。まぁでも、祭り本番まで置いといたら腐っちまうわな」

「それで既に屋台を開いていたのか」

「本格化しだしたらまた狩りにでりゃ、元手ゼロで儲けが出るぜ。まあ、ギルドから屋台の貸出料は取られるんだが」

「逞しいな」


 呟いたコテツに、店主は笑って答えた。


「おうよ。冒険者たるものこれくらいはな!」


 言いながら、男は二本の串を渡してくる。


「よっし、あんたらが王都での初の客だし、銀貨一枚に負けといてやるよ」

「ああ、ありがたい。銀貨一枚だ。確かめてくれ」

「へへ、確かに。じゃ、騎士様は休憩中か警邏中かなんかしらねぇけど、頑張ってな」

「ああ、では失礼する」


 そして、二人は屋台から去ると、シャルロッテは串の一本をコテツに渡した。


「すまんな。代金は――」

「いや、いい。向こうもおまけしてくれたようだしな。一本分の値段と言ったところだろう」

「ああ、すまない、ありがとう。珍しいものなのか?」


 銀貨一枚は串焼きにしては高い方で、祭りだからかと思ったが、どうやら違うようだ。


「ああ。シードバードという、草食の鳥がいてな。渡り鳥なんだが、食べた草花や果実の種を糞として排出し、別地域で芽吹かせたり、通った後に珍しい植物が生えることもある。群れで移動を繰り返すから、あまり安定して取れん」


 そして、彼女は一口串に噛り付く。


「味はかなりいい。美味な果実や香りのいい香草を好んで食べるからだと言われている」


 なるほど、コテツも食べてみたが確かに美味い。

 スパイスの染み込んだ肉を噛めば、肉汁が溢れ、食欲を刺激する香りが鼻を抜ける。


「祭り本番になれば、こういう食べ物が増える。少々割高だが、どうせお前は給金も使っていないのだろう?」


 全くの図星である。無論、銃の保守整備に必要なものや弾は購入するのだが。他はいよいよ無くなってくる。アルベールに連れ出された時くらいだろうか。

 銃の整備用品とて、申請すれば経費として落ちそうだから困る。


「暇な内に楽しんでおけよ? 後々我々は忙しくなってくるだろうからな。エリナでも連れて行って、何か食べさせてやれ」

「そうしよう」


 開催が一週間にも迫れば、このように遊んでいるというわけにもいかないだろう。

 それこそ、城内を動き回ることになると思われる。一日くらいは外に出れる日もあるかもしれないが、実質はどうなるかはわからない。


「さて、戻るぞ」

「もういいのか?」

「メインの用事は済んだからな。言うべきことは言った」


 また、彼女は来た道を引き返していく。


「シャルロッテ、今日の君は調子がおかしくないか?」

「何を言ってるんだコテツ。私はいつも通りだよ」


 シャルロッテの行動が、どこか焦っているように感じられて、コテツは聞くが、はぐらかされる。


「そうか」


 コテツは気のせいだと断じる。

 それきり、シャルロッテは黙って歩き出す。

 来た道を戻るだけの作業。特に会話もなく過ぎ去り、二人は城の門を潜った。


「……そうだな、もう少し付き合ってもらえるだろうか?」


 シャルロッテは言う。


「構わないが」


 コテツはそのままシャルロッテに続き、後を追う。

 彼女が向かったのはSH用の練兵場であった。


「コテツ、やろうか」

「……ああ。いいだろう」


 彼女は模擬戦をご所望らしい。

 訓練であれば尚更に否やはない。

 コテツは、そこから格納庫に赴く。


「お? コテツの兄貴、どうしたんです?」


 若い整備員が、コテツに駆け寄ってくる。


「シバラクは出せるか? 訓練を行う」

「いつでもバッチリですよ。どうぞ」


 整備員が、手でシバラクの方を指示し、コテツはシバラクの元へと向かう。


「おや、コテツの旦那、出るんですかい?」

「ああ。訓練だ。シバラクを使う」

「へぇ、どんどんやってくだせぇ。我々としても、あの機体のデータはいくらでも欲しいんで」


 整備班長が歩くコテツの横に合流し、二人はシバラクの前に立った。


「いい機体ですな」

「そうだな」

「誰が造ったんで?」

「俺の世界の科学者が中心となって造り上げた機体だ」

「ふぅん……? その人物なのかは知りませんがね、執念のようなものを感じますぜ」


 見上げて口にされた言葉に、コテツは呟いた。


「……だろうな」


 それだけ言って、コテツはシバラクの装甲を器用に上って、コクピットに入る。

 コンソールを指で触れて、機体は起動。

 モニタに機体状況が表示され、各部問題なし(オールグリーン)と返ってくる。

 この世界に来て付けられた新しい手足。唯一残っていた右腕、すべて問題ない。

 起動を確認して、蜘蛛の子を散らすように、整備員達が走って道を空ける。


「シバラクを出すぞ。巻き込まれないように気を付けろ」


 硬質な足音と共に、シバラクが歩き出した。













『遅かったな』

「すまん」

『いや、付き合ってもらうのはこちらだから構わんさ』


 そう言ってシャルロッテはふっと笑う。


『とことん、付き合ってもらうがな』


 瞬間、シャルロッテの機体、ラヴィーネリッターが動いた。

 静から動へと瞬時に転ずる、神速の踏込は、まるで過程を切り取ったかのようにシバラクとの距離を一息に詰めた。


「……速いな」

『私も安閑としているわけではないということだ。参考にさせてもらったぞコテツ。その消える動作の正体は静と動の切り替えのタイミングと強弱だ。予備動作を見せないようにするのには、苦労したがな』


 そのまま、動作の一部であるかのように突き出される槍を、シバラクは首を反らすだけで避ける。


『甘い!』


 即座に引き戻される槍が、再び牙を向く。

 そのまま連撃に移るつもりだろう。

 付き合うつもりはない。下方から斜め上へと突き出される槍を下から拳で叩いて逸らす。

 別方向の力が加わり、思い通りに槍を引けなくなり、勢いはくじかれる。


『早く剣を抜け、槍と素手だぞ、わかっているのか!』


 今一度、シャルロッテは槍を引き絞り、突き出す。

 コテツは、それを左手の甲を合わせ、滑らせるように防ぎながら、前へ。

 最接近。シバラクとラヴィーネリッターの視線が間近で交差する、その距離でコテツは左手でその槍を掴んだ。


「問題ない」

『くっ……!』


 シャルロッテは即座に槍を離して、バックステップで距離を取ると、腰から剣を抜き、油断なく構えた。


「むしろ君は、武器対武器の方が得意だろう」


 素手で挑んでくる者などいないに近いからこそ、素手の方が捌きにくいだろう。

 武器のリーチくらいで負けるならば、コテツはエースなどやっていない。


『まだだ……! 燃えろ!!』


 ラヴィーネリッターの周囲に火球が集まり、五の火球がシバラクへと迫る。

 その合間を縫うように、シバラクは前に出て、するりと火球を避ける。


『お前なら大きく避けず、真っ直ぐ来ると思っていた!』


 すると、その時には、シャルロッテは低姿勢でシバラクの眼前へと迫っていた。


「想定の範囲内だ」


 低姿勢からの切り上げ、それをシバラクは初動から腕を踏みつけて止める。

 バランスを崩し、地面へと横たわるラヴィーネリッターと、それを踏みつけるシバラク。


『くっ……!』


 しかし、シャルロッテは諦めず、機体の周囲に紫電が走る。

 即座にコテツはラヴィーネリッターを蹴り飛ばし、そして、地面を滑ったラヴィーネリッターは周囲に向けて放電する。 魔術は外れたが、彼女としてはコテツの拘束が外れれば十分なのだろう。

 ラヴィーネリッターは立ち上がり、そのままの勢いで飛び上がりながら切りかかってくる。


「どうしたんだ。今日の君は本当に変だぞ」


 やはり変だ、と嫌に切羽詰ったような必死な機体の動きを見て感じ取る。

 振るわれる刃を、回し蹴りで弾き飛ばすが、ラヴィーネリッターはそのまま拳を振るってくる。


『変? 変か、私は!』


 拳を受け止め、押し返す。

 ラヴィーネリッターは大きく仰け反るが、それでも尚、拳を振るった。


「……ああ」


 シバラクは、受け止めた拳を掴み、そして、その勢いを利用してラヴィーネリッターを背後へと投げ飛ばした。

 ラヴィーネリッターは、背中から地面に落とされる。


「今日の君は、冷静ではない」


 そうしてやっと、ラヴィーネリッターは、動きを止めた。


『……なぁコテツ』

「なんだ」

『お前は強いよ。私が戦ってきた誰よりも強いだろうし、お前より強いやつなんかいるのかどうか。互角なやつとて片手で足りるんじゃないか?』


 諦めたような声。


『そんなお前が、アマルベルガ様の一番の盾で、国の行く末を握っている。当然の結果だな』


 コテツの耳に届いたのは、搾り出すような声音だった。


『何でお前なんだ』


 突然の質問に、答える言葉は無い。


『何でお前なんだ……』


 それはまるで、コテツに問うようでも、


『なんで、私じゃないんだ……』


 自らに問いかけるようでもあった。

 尚更に、掛ける言葉は無かった。


『立つ瀬が無い、不甲斐ない、情けない。何で、この国どころか、この世界の者ですらないお前にそれだけ背負わせて……、私は』

「……俺は」

『私は、お前が羨ましいよ』


 確かに、そう、コテツはこの世界において部外者かもしれない。その割りに、受けた責任は重いものなのかもしれない。

『お前はこの世界に理由はあるのか? この国である理由は? この国でなければならない理由はあるか』

「……」

『無いだろう。私にはあるんだ。この国が好きなんだ。だから力が欲しい……。何でだ。何故、求める私に無くて、求めないお前にあるんだ』


 言葉もなく、ただ、シャルロッテの言葉を待つ。

 他に術もない。


『……私では、アマルベルガ様の力になれないのか?』


 呟かれた言葉が溶けて消える。


『私は、無力だ……』


 まるで泣きそうに聞こえる言葉に、結局コテツは何も答えることができなかった。










「すまない、私はどうかしていたな。忘れてくれ」


 訓練の後、彼女は言った。

 まるでなんともないかのように。


「……そうか」


 コテツには、何も返すことができなかった。






とりあえず11完成したっぽいので修正推敲しつつ放流していきます。

できるだけ毎日更新したいところですが、寝落ちした日はその限りではありません。


今回のインターラプトは11に向けてちょっとフラグ撒いたりシリアスムードになったりします。

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