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異世界エース  作者: 兄二
10,「14g」
130/195

123話 総重量14g


 抱きしめられた感触を感じたまま、コテツの視界が一瞬消える。

 暗く鉄色の視界。体そのものが何かに覆われたのだと気付くのに時間は掛からなかった。

 そして、視界が開ける。

 瞬間、体を満たしたのはいつか感じた全能感。肉体強化の魔術を使ったかのような、否、それ以上の開放感が溢れ出した。


『DiDiDiDimension!! KriiiiiiieeeegKleidッ!!』


 コクピットに、太く騒がしい声が響く。


『久しいなッ! 昨日の宿敵、そして今日の主よッ!! 我こそはブラウ・アレクサンドル!! このクリィイイククライトのサブAIである!!』

「ノエル、サブAIがうるさいのだが」

『アンインストールしますか?』

『すみません黙ります』


 視界に、薄緑の計器類が移り、そしてその端に、ノエルの胸から上を映したウィンドウがある。

 彼女とは、そのウィンドウと声で交信するのだろう。

 そんな彼女を視界の端に捉えながらコテツは拳を握り、開く。それに追従するように鉄の拳が開閉する。


「俺が見た時とは、姿が違うようだが」


 コテツは呟く。自身を見下ろせば、前見たクリーククライトとは違う姿がそこにはある。

 サイズは更に小さくなり、鋭角的だった姿はしなやかに、巨大な前腕とブースターが特徴的な赤い機体がそこには立っていた。


『当機はただのSHではありません。人が着込む最小単位のSH。それが私達です』

『つまるところ主に合わせて変化するのである。当然であろう』


 つまり、この姿がコテツに最適化された姿ということか。


「確かに、違和感なく動く」


 そうして、コテツは敵の前に歩み出た。


『止まれ! この先に進ませるわけにはいかん!』


 響く通信の声。


「時間がない。行かせてもらうぞ」

『そういうわけにもいかないんだよ。確かに我々を無視して行ってもいいが。その時は教会がどうなっても知らないぞ』

「脅迫か」

『そう取ってもらって構わん』

「では、精々早めに片付けるとしよう」

『……撃て!』


 銃を構えた一機が、クリーククライトに向かって弾丸を放つ。

 それをコテツは避けなかった。


『直撃!? なんで避けなかったんだ……!』


 土煙が上がり、クリーククライトを覆い隠す。

 その煙が晴れたそこには。


『なっ……』


 弾丸を担ぐように掴み取ってそこに立つクリーククライトの姿があった。


『気圧されたら負ける! 押し込め!!』


 一機が、そのまま立ち続けるクリークへと拳を叩き込む。

 圧倒的体格差、圧倒的質量が迫る。

 衝突、衝撃。


『何故っ、こうも簡単に……!』


 だが、それすらも。


「装甲はともかく、強度そのものと出力は十分ある。後は、上手く受け止めればいいだけだ」


 クリーククライトは受け止めている。

 上手く衝撃を殺して受け止めれば何の問題もない。それだけだ。


『さぁて新しき主よ! 我が特徴を伝授するゥ! 心して聞けェ! 我が身の特徴は圧倒的機動力にあらず! 悠久の時を経て発露したノエルの精密な魔術操作こそ真骨頂よォ!』


 野太い声が耳元で響き渡る。


『確かに我が身は矮小。しかし、その分魔術の精密性は他の追随を許さんっ! さぁ、そこの槍を取れィ、見せてやろうぞ』


 言われて、コテツは拳を受け止めたまま、落ちていた槍を拾い上げた。


『それは主の腕であり、指先であり、拳である。感じるのだ』

「ふむ」


 掴んだ槍は、体の延長である。

 その感覚を、コテツは知っていた。


『……ほう、顔色一つ変えずに成すか』


 槍が、握った箇所から先へと順に紫電が走る。


『掌握、完了しました。魔力充填97%』


 握った拳の先に何かが繋がる、不快感。

 それは、思考制御を接続したときの不快感と同一のものだった。

 人体にないパーツを自らの体として捉えなければならない。

 腕に間接がもう一つ増えたような、人体に存在しないはずの尻尾でも生えたかのような。


『主よ。槍を魔力によって掌握した』


 なるほど、とコテツはクリーククライトの扱い難さを理解した。

 考えてみれば、背にあるブースターもそうだ。操縦桿も、フットペダルもない。

 つまり、思考制御によって。自分の体の一部として動かさなければならない。

 人体にない器官を接続される不快感。


『大丈夫ですか』


 前の世界においては、思考制御によって六の副腕を動かす機体が存在した。その多大な精神不可により、廃人を量産した機体だ。あるはずのない腕の幻影を感じて苦しみ、もがく。

 この機体は、そういったものを強制してくる。

 だが。

 そんなものは今更だ。違和感など、ねじ伏せられる。


「問題ない、慣れている」

『流石だ主よ。さあ投げろ。投げれば分かるさ』

「わかった」


 言われるがままに、コテツは槍を放った。

 それは、無造作な投擲だった。渾身の力を込めたわけでもなく、ただ、払うように投げただけだった。

 しかし。


『う、うわあああ! なんだ、何をされたんだ!!』


 それだけで、眼前の一機の右肩が、円状にはじけるように消滅した。


『本来魔力を込められないはずのものに、ノエルの操作によって無理矢理魔力を込めれば、こうなる。あの中では、激しく魔力が運動し、荒れ狂っているのだ。重量軽減、強度上昇、運動加速、解放すれば爆発を起こす。詰まり、軽くなって固くなって振ったり投げたりすれば速くなるということだァアアッ!』

「うるさいぞ」


 衝撃に尻餅を突いた敵機を見据え、コテツは言う。


「しかし、大体分かった。さあ、片付けるぞ」

『はい』

『応ッ!!』


 機械の体が駆ける。

 人の身では到底出ない速度。


『撃て!』


 放たれた弾丸を、今度は横に跳んで避ける。

 勢いは殺さない。ひたすら前方へと駆けて――、そして飛翔。


「まずは一撃……」

『はやっ……!』


 パイロットの戸惑う声を置き去りに、高速で飛翔しながら、コテツは正面から敵機の膝を殴りつけた。

 砕いた感触がその握った拳にダイレクトに伝わり。


『そのまま、殴り抜けぇえるッ!』

「もう一撃……」


 背後に出たと同時に百八十度旋回。

 再び、ブースト。

 弾けるような青い光を放ち、急加速。

 次は、蹴りだ。


『貫けッ、流星の如くっ!!』

「……君は黙っていられないのか」


 今度は、後ろから膝関節を破壊する。

 上方から斜めに蹴り抜けて、着地。

 地面を引っ掻きながら停止する。

 その背後で、腕と両の足のない鉄の巨人が崩れ落ちていく。


「次だ」

『逃げられると思うなよッ! 人間共ォーッ!』


 残りは二機のSHとSHと思しき巨大な機動兵器だ。


「ノエル、ブラウはどこにインストールされているんだ」

『側頭部のメモリですが』

「できるだけ的確に殴る」

『分かりました。どうぞ』

『ごめんなさい、やめてください』


 再び、機体は飛翔。

 そもそもが小さい的に、圧倒的と表現するしかない機動力。迫る弾丸は掠りもしない。


『くそ、そんな小さなSHでっ! こっちにはメタルゴーレムまでいるんだぞ!! 正気じゃない!』

「ふむ、メタルゴーレム?」

『SHを参考に、機械によって組まれたゴーレムだ! 異常に高価な割りに単純な命令しか実行できんが、その動作の正確さは人間とは比べ物にならんし、手加減も何もできやしない! 容赦なく殺しに行くんだ!! 俺らだってエトランジェと事を構えたくないし、大事にはしたくないっ!』

「なるほど、わかった」

『あんたらは黙ってちょっと突っ立ってりゃいいんだよ! 一時間は掛からないから……、え?』


 弾丸を避けながら、コテツは言った。


「その二機に関しては、何の憂いもなく破壊の限りを尽くせるということか」


 前方のSHのパイロットは、慌てた声を出す。


『いやいやいや、おかしいだろ! おかしいだろうが! あんたを殺したら偉いことになるんだよ! っていうかマレット様に殺されるんだよ!!』

「なら何故、そんなものを用意した挙句に、撃つ、殴るを繰り出したんだ」

『普通にあれだけだしときゃビビッて動かないと思ったんだよ! 殴ったのも撃ったのもただの威嚇だよ! 普通避けるだろ、あんな見え見えの奴!!』

「だが、今はやる気なのだろう? こうして撃ってきている以上は」

『アンタが来るから撃ってるだけだよ!!』

「……中途半端な覚悟だな」


 そして、放たれる弾丸を、コテツは両手で掴み取った。

 触れた先の弾丸を掌握する感覚。自分の体の延長として捉える。

 魔力を通す、ということは自分の支配下に置くということに他ならない。


「戦場に立つには不用意すぎるぞ」


 最初に弾丸を受け止めたときよりもずっと簡単に、弾丸は回転を止め、クリーククライトの手の中で紫電を纏う。


「これは、返却しよう」

『う、わぁああああっ!!』


 瞬間、投擲された弾丸は一条の閃光と化した。

 クリーククライトへ放たれた時よりもずっと加速した弾丸が、SHの頭部を穿つ。


『な、何も見えないっ、誰か助け……!』

「この辺りか?」


 そのまま、敵の肩辺りまで移動したクリーククライトは、高速で降下しながら踵を振り下ろした。

 丁度首の後ろの辺りを削ぐように、真下に踵が蹴り砕いていく。

 そして、一切の抵抗が消え、足が空を切った所で、クリーククライトはそこを離れる。


『当たりです。敵機沈黙』


 制御系の集積する部位。それを破壊され、敵機の動きが止まる。


『くははははっ、今回の主は無茶をするッ!』


 そして、SH、最後の一機へ。


『これが今代エトランジェ……、これがアルトだっていうのか……! 先代だってこんなにはっ』


 最後の一機は正眼に剣を構えて待ち受ける。

 言葉の割りに肝は据わっており、意を決して反撃を行なう心積りのようだ。


『いくぞッ!!』

「遅いぞ」


 だが、その覚悟は水泡に帰すこととなった。


『っ、剣が!』


 突如加速したクリーククライトが、振り上げた剣の柄を思い切り蹴り付けたのだ。

 衝撃に抵抗できたのは一瞬。

 剣は上方へと弾き飛ばされ、体勢は大きく崩れる。


『距離を取って、態勢を……!』

「遅いと言った」


 弾き飛ばされた剣は重力に従い地へと向かう。

 その剣の柄を、コテツは掴み取っていた。

 スケールの合わない、巨大な剣と、矮小な鉄の人。

 剣に紫電が纏わりつき、刃が天を指し示す。

 斬。一刀では済まない。二撃、三撃。

 いとも簡単に、斬撃はSHを四角く切り取り、地面へと沈める。


『ぐぅっ!? ……や、やられた。でも、メタルゴーレムに勝てると思うなよ? でかいからって動きが鈍重とは思わないほうがいい。そもそも大きさが違いすぎる。あんたの技術は相当だが、アレを相手にするには、その機体は矮小すぎる。やめるなら今のうちだ』

「わからんな」

『一撃当たればお陀仏だろうに』


 コテツは、並び立つ、更に巨大なメタルゴーレムの元へと飛ぶ。


「検討事項はいかに迅速にあれを破壊するかだ。勝てる勝てないはそもそも考慮していない」


 これまでゴーレムが何も動きを見せなかったのは、複雑な命令ができないという条件故に、味方を巻き込んでしまうからだろう。

 飛翔したクリーククライトが、ゴーレムの射程に入る。

 振るわれる拳。それをコテツはスレスレで避けた。

 二機目がそこに追撃を仕掛けて来るのを、後ろにブーストし、鼻先ギリギリで拳が止まる。


「破壊するのは少し骨が折れそうだが……、ノエル、魔術を放ってみるぞ」

『はい』


 瞬間、クリーククライトの背後から火球が放たれ、眼前の拳へと直撃する。

 だが、火の玉は直撃し、表面を舐めただけで、焦げ痕すら残さなかった。


「ふむ」

『対魔術コーティングをなされているようです。私の魔術では抜くのは厳しいかと』

「そうか」

『申し訳ありません』


 更に迫り来る拳をコテツは避ける。


「問題ない」


 コテツは言い切った。

 何発来ようが知ったことではない、何度だって避けていく。

 そこからは、二対一の乱打だった。


『主様は、本当に強いのですね』


 嵐のような乱撃の隙間を縫うようにコテツは潜り抜けていく。


「これしか知らん。当然だ」


 耳元で囁くようなノエルの声。


『主様』

「なんだ」


 クリーククライトを呼び出した時の抱きしめられたその感触は、今も尚変わっていない。

 まるで、背後に彼女がいるかのように感じる。


『私は、あなたを好きになってもいいですか? ……あなたは、それを許してくれますか』

「好きにしろ。俺は君の心を強制する権利を持たない。ただし、俺は君の思いに応えない。と、……一応全員、等しく断ってるつもりだ」


 それが、コテツの正直な思いである。

 だが、だからと言って今更止めた、などというノエルではなかったのだ。


『構いません。たとえあなたが女としての私を求めてくれなくても。私達のデートが戦争だったとしても。今は、今はそれでいいのだと思います』


 いつになく優しい声だ、とコテツは思う。


『人はすぐには変われません。私も、長い期間をかけて、変わります。だから、今はこれが精一杯、これでいい。今はただのエーポスとパイロットとして、こうしてあなたと求め合いたい』


 情けない、そう心で呟いた。彼女等はこうして好意を真っ直ぐに伝えてくる。

 対するコテツは無回答。好きも、嫌いも持っていない。二者択一のイエスかノーでしかないはずの答えを持たない。これほどの不実があるか。


「俺のどこがいいのか、理解に苦しむな」


 口にしたのは、好きだと言われる度に思うことだ。

 自分が誇れることなど本当に、多くはない。むしろ、数少ないのだ。


「だが」


 ならばせめて、たった一つだけ。


「ならばせめて、俺は、君達に恥じないパイロットであり続けよう。君が俺を好く限り」


 瞬間、二機のゴーレムが同時に放った拳をコテツは回避し、ゴーレム同士が派手に殴り合った。


『お願いします。愛おしい、我が主様』


 大きく仰け反る二機。


「ああ。ではノエル、魔術を頼むぞ。一息に破壊する」

『仰せのままに』


 まるで蟻と象。それほどまでの圧倒的質量差。

 踏み潰されれば、まるでゴミのように命は潰えるだろう。

 だが。


「遺跡で戦ったゴーレムの方が厄介だったな」


 この程度が脅威であるものか。

 魔術が発動する。

 コテツがイメージしたのは、雷。

 真横に放たれる雷のイメージが、機体を通してノエルに伝わり、そのリクエストに応えて、ノエルは魔術を形作る。

 コテツのイメージが伝わってから魔術が展開するまでを、ほぼラグ無しで行なう。それがエーポスの役目。

 シュタルクシルトで障壁を作る時や、ディステルガイストが光条を放つ時のように、それは成される。

 ノエルは、見事それを果たし、コテツが思い描いた通りの位置に輝く魔法陣を作り出す。

 そして、その魔法陣にコテツはクリーククライトの腕を乗せた。

 瞬間、閃光と共にクリーククライトが。

 消えた。

 加速、加速。全てを振り切るほどに速く、それは動いたのだ。


『まさか……、我が主よ』


 閃光が駆け抜け、ゴーレムの腕を弾く。

 だが、それでは終わらない!

 幾つもの魔法陣が。周囲を埋め尽くすような魔術の嵐が。


『魔術によって、己を掌握する気かッ――!!』


 次の魔術が起動したその軌道上には、クリーククライトがある。


「もうやっている」


 それは正に、魔術に、雷に乗る、というべき行為だった。

 クリーククライトは、雷というレールに乗ることで、超高速移動を可能とした。

 魔力を機体に通して物体を掌握するならば。逆に、モノを魔力と同化させることもできるはず。

 言葉にすればそれはあまりにも簡単で。実行するには、あまりに正気を失っていた。


『魔術と同化するなど、イメージに少しでもズレがあれば一発で焼け焦げる……! そして、一片の迷いもあれば一巻の終わりッ!!』


 機体は魔力の雷と同化し、音を置き去りに、極限の加速を見せる。

 次々に、次々に迸る雷を乗り換え、クリーククライトは跋扈する。


『主、貴様は一体何故こんな真似が……!!』


 縦横無尽、止まらぬ閃光。


「慣れている」


 雷を纏った無数の打撃。

 乱打乱撃幾千の打撃が、腕と言わず、頭と言わず、胴と言わず、ゴーレムの全てを打ち据える。

 それは、雷で構成された竜巻だった。

 その竜巻が止んだ頃には、二機のゴーレムは無事なところが無いほどの破壊を受けていた。

 例え対魔術コーティングがあろうとも、それは魔術の雷撃ではなく、雷に乗ったクリーククライトの打撃に他ならない。

 一機の片腕は千切れ、頭は根元から曲がり、足元もおぼつかない。

 そんなゴーレムの内一機の頭上に、クリーククライトは浮かんでいる。


「頑丈なことだな。これでも動くか」


 そして、クリーククライトは天を指差した。

 現れたるは、極大の魔法陣。天を埋め尽くすほどの光の線による芸術。

 本来、SHの魔術とは、機体の人工筋肉に循環する魔力を通すことで、本来の魔術をトレース、増幅し、SHのサイズに変えて放つものだ。

 対するクリーククライトは小さい。魔力総量そのものも、ディステルガイストやシュタルクシルトには劣る。

 故にその威力の差を。


『お待たせしました』


 ノエルの緻密で効率的な術式で埋める。

 その分時間が掛かってしまうのだが、そのためのさっきの怒涛の攻撃だ。もうゴーレムは俊敏には動けない。集中して魔術を放つだけの時間がある。

 ゴーレムが、その手を緩慢に伸ばしてきた。

 だが、それはあまりにも遅すぎる。


「ああ、行くぞ」


 そして、その指先が、クリーククライトの足に触れるかと思われたその瞬間。

 魔術は発動した。

 雷が落ちる。先程までのとは全く違う、巨大で、長い、神鳴が。

 そして、真下を向いてその軌道上にコテツは腕を載せた。

 前腕から天へと伸びるブレードフィンは、まるで避雷針か。

 その腕へと、雷が触れた瞬間。

 雷撃を集約したその掌が。天から地へと振り下ろされた。

 その動作は、まるで過程を切り取ったかのようで。

 光ったと思った瞬間には、クリーククライトは片膝を付いて地面に掌を突いていた。

 その背後には、まるで、子供が癇癪を起こして引きちぎったかのような。

 縦に真っ二つに分割された巨人の姿があった。

 遅れて、轟音。二つに分かれた機体が左右へと倒れていく。


「――次だ」


 目もくれない。コテツはもう一機に向き直り、悠然と立った。


『チャージ開始します』


 もう一機が酷く鈍い動作で、一歩足を踏み出す。

 少しずつ、一歩ずつ、緩く、鈍く、おぼつかない足取りでクリーククライトの元へと歩いてくる。


『40%。……50%』


 一度ほぼ使い切ったエネルギーが、再度充填されていく。

 機体がコンパクトにまとまり、総量自体も他のアルトに比べれば少ないため、チャージはディステルガイストやシュタルクシルトよりも早い。


『60%、70%』


 一歩一歩、ゴーレムが近づいてくる。関節もあちこちおかしくなっているのか、状態は安定せず、足は今にも折れそうであっても、命令に忠実に、迫ってくる。


『80%』


 既に、最初の俊敏な動作など、見る影も無い。


『90%』


 どこまでも健気に、歩む。

 しかし。


『100%』


 もう何もかも遅い。

 ゴーレムの手の届く範囲。そこに到達した頃には既に、クリーククライトは雷撃に乗ってゴーレムの前に浮かんでいた。


『Full charge......』


 低い、ブラウの声が響き。

 ゴーレムの前に無数の魔法陣が並ぶ。

 クリーククライトは拳を構え――。


『Burrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrstoooooooooo!!』


 放つ。

 放たれた拳は、放たれた魔術に乗って加速し、神速の打撃と化す。


『ImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactォッ!!』


 雷だけではない。

 炎が、水が、風が、ありったけの種類の魔術が嵐のように放たれ、拳が魔術と共に敵を穿つ。

 まるで手が無数に見えるほどに、止まることなく、殴る、殴る、殴る殴る殴る。


『ImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpactImpact......』


 更に、拳を乗せ、拳に乗ってぶつけられた魔術は、拳を通して敵に浸透する。

 触れることによって、物体を掌握するときのように。例え対魔術コーティングがあろうとも関係ない。触れれば、触れさえすれば、ノエルの緻密な魔力操作がそれを可能とする。

 幾つもの魔術が、まるで槍のような形を取って、ゴーレムの胸に突き立っていく。

 そして、最後の一つの魔法陣。クリーククライトは大きく腕を引き――。


『Impactッッ――!!』


 力強く叩き付けた。

 衝撃に、ゴーレムが仰け反り、一歩、二歩と後ろに下がる。

 そして、ゴーレムの広い胸はまるで剣山のように、様々な色の無数の魔術の槍で彩られ。


『リリースします』


 クリーククライトが後ろを向き、ノエルがそう呟いたと同時に。

 無数の槍が、そしてその魔術群を浸透させられたゴーレムの胴が、大爆発を起こした。

 まるで、胴体など最初から無かったかのように。手足と頭。それしか残らない。

 腕が、足が、熟れたリンゴのように、落ちていく。


『見たかッ!! これこそが新たなる主によって発現した新たなる力ァーッ! インフィニティッ! ドライブッ!! マキシマムッ!! ストライクゥッ……! ライドォオオッ!!』

「……うるさいぞ」

『百十二発、全打撃ヒット確認。敵機沈黙、戦闘行動を終了します』











「……はぁ?」


 マレットの、いつのどの時よりも冷ややかな声と視線。

 底冷えするような、声が、辺りに響いた。


「女? 女ぁ……?」

「そーだよ、悪いかよ」

「黙りなさい、メスガキ」


 わなわなと、マレットは震える。


「罪深い、度し難い、許せない……!」

「もうやめだ。俺は男にはなれねーし、逆に男も女にゃなれねーんだ。そもそも男がどうとか女がどうとか、そういうのが最初から間違ってんだ。できる範囲の事、やるっきゃねーだろ」

「できることなんて、たかが知れてるでしょうに……」

「知ってるよ。俺なんて特にそうだってこと、分かってんだよ。ガキだし、頭よくねーし、鍛えてねーし、あんたみたいに剣術を習ってたわけでもねぇんだ」


 強がっても臆病で、どうしようもないほど弱くて。


「だからって諦めて何もしないでいるよか、ずっとマシだろ」

「……そうですか」


 マレットは、そんなラウに対し、笑った。

 嫌な笑みを浮かべて、ナイフを渡した。


「では、できることを教えてあげましょう。今、決めました。あなた、そこのシスターを殺しなさい」

「……あ? やるわきゃねーだろ」

「いいえ、やりますよ。いえ、やらなくてもいいのですけど。私からの支援金、要りませんか? まぁ、男の子は私の所で保護しても構いませんがね。むしろ、その頃から育てて言ったほうが、最終的に……」


 小馬鹿にしたような下卑た笑み。

 弱みを握った、圧倒的優位な立場の人間のする顔だ。

 確かに、確かにそう、立場は圧倒的にラウが下だ。分かっている。知っている。


「要らねーよ、そんなもん」


 それでも噛み付くと決めたのだ。


「うちの野郎共をお前に渡す気もねぇけどな。今まで散々貰っといてアレだけどよ、殺人鬼の金は貰えねぇな。知っちまったら流石にダメだろ」


 渡されたナイフを投げ捨てて、ラウは言う。


「そもそも、人から金貰って生活、ってのが間違ってたんだよな。まだオレ達は最善を尽くしてない。ホントはもっとさぁ、ギリギリまで頑張って、頑張ってそれでもダメだったら泣きつけばよかったんだ。せめて、ちょっとでもアンタから貰う金が減るように頑張ってみるべきだった。オレはバカだよ。なんもしてないのに不満だけはたらたらなんてさ」


 ナイフを使ってマレットを倒すなどとは考えなかった。


「ま、結局、姉ちゃん殺して、あんたがのうのうと暮らしてて、オレ達はあんたから金を貰う。こりゃねぇだろ」


 すべきことは無謀な突撃じゃない。

 少しでも時間を稼ぐことなのだ。


「どうしても、頑張ってもだめだったら、その時はあんた以外に頭を下げるさ」

「野垂れ死にたいとは、理解し難い……」

「死にたかねーけど。越えちゃいけない線ってあるだろ! マレット・ククルシス!!」

「もういいです、二人とも死になさい!」

「いいや、断るね!」


 凄んでいるマレットに、ラウは気負い無く言った。


「言ったろ? できることをするって。できないことは、もう頼んであるんだよ」


 背後にて、轟音。

 石造りの時計台の壁が、破壊される音だ。


「待たせたな。遅くなった」


 壊れた壁の夜空を背に、ノエルの腰を抱いて抱えるコテツが立っていた。


「……マジだよ。心臓に悪いったらねぇや」


 溜息を吐きながら呟いて、ラウは尻餅を突いた。

 がくがくと震えていた膝から、力が抜けたのだ。


「まぁ、なんつーの?」


 力が抜けて、笑いながら、彼女は言った。


「ビシっと軍服着てたらあんたも割かしカッコイイかもな?」

「そうか」


 精一杯の強がりの軽口を背に、コテツはずんずんと進んでいく。


「コテツ様? 少々お待ちください、今コレらを片付けて……」

「それには及ばん」

「……所で、どこから気づいてました?」

「会った時から気になってはいたが、確信に変わったのは最初に事件で合流した時だな。時間と距離を考えれば、パトロール開始から一直線に現場まで向かわなければ間に合わないはずだ。偶然にしては、出来すぎだな」


 コテツは、抱えていたノエルを降ろし、地面に足を付けたノエルが、口を開いた。


「あなたを確保します」

「……私を、ですか?」

「言い逃れは通用せんぞ。今この時が、現行犯だ。誤認逮捕はない」


 コテツがそう言うと、意外にもマレットは大人しく頷いた。


「そうですか、仕方ありませんね」


 そう言って、彼女もまた、諦めたように座り込む。

 嫌に素直で、コテツはマレットを睨み付けた。


「どうしました? ……ああ、なるほど。ご安心ください」


 一瞬怪訝そうな顔をして、しかし優しく、マレットは微笑む。


「私は一時、牢に入ることになりますけれどもね。すぐに、あなたの下にはせ参じますから。ほんの少しだけお待ちください」

「……なんだって?」


 ぽつりと、ラウが呟く。

 それを見て、見下すように彼女はラウを見据えた。


「確かに掴まって、裁判にかけられるでしょう、私は。でもですねぇ、お金を払えば意外と簡単に出てこれるんですよ」

「……ふむ」


 それは、懸念されていたことではあった。


「私が何をしたっていうんですかね? 平民の、しかも女をちょっと間引いただけですよ。せいぜい一人頭金貨五枚ってところじゃないですか? せいぜいそんなものってとこですよ、あなた達の命なんて」


 アマルベルガに報告した時も同じようなことを聞いている。だからこそ、コテツはこの件に対し、全権を委任されているのだ。


「なんだよそれ……」


 理不尽に、ラウが震える。

 マレットは、狂気を湛えて笑っていた。


「違う、ということですよ! まず、生まれの時点で何もかも違うっ。男か女か、貴族かそうでもないか。私とあなたでは、命の重さが違う!!」


 派手な高笑いをするマレットを、コテツは静かに見つめる。


「……そうか。仕方ないな」


 彼は静かに一歩前に踏み出した。

 そこから、彼は懐に手を入れる。

 取り出したのは、スライドが後退したままの、弾切れの銃。

 ――そして、マガジンポーチのポケットに手を滑らせて、彼は弾丸を一つ取り出した。


「総重量、約14g」


 排莢口から、直接弾丸を差し込んで、スライドストップを下す。


「え……? なんです? 14gって……」


 スライドが滑り、ぶつかると共に、弾丸は込められた。

 銃口が、マレットの額を捉え――。


「――君の命の重みだ」

挿絵(By みてみん)


はい、人体が入るようには思えないと思った方。

私もそう思います。なんかこう、アルトの空間魔術的なアレでアレしてるという感じで、いや、つまり私の画力の問題ではありますが。

ちなみに間違いなく手足は末端まで入ってません。これは間違いないです。大体竹馬状態です。


クライトクリーク


エーポス、ノエル・プリマーティのアルト。

SHとしては異例の小ささで、非常に珍しい。

着込む、という特異な性質上、搭乗者によって機体の形が変更される。

性能も偏ったりするが、高機動紙装甲だけは変わらない。ただし、紙装甲とはいえ、下手なSHよりは固い。アルト内では非常に薄い装甲ということ。ただし機体が小さいので操縦士に加わる衝撃なんかもダイレクトなため、死亡率はやっぱりピカイチ。

機体が小さく、さらにノエルの魔術操作の実力によって、魔術関係の応用性はかなり高く、操縦士次第で特異な能力が発現することもある。また、それを記録、蓄積することで新たなスキルとして登録し、次の代の操縦士がそのスキルを使うことができるようになる。

魔力による物質の掌握は元々ある固有のスキルではなく、ノエルの器用さが為せる技。これは後天的にノエルが鍛えて得たものであるが、アルトの素材は魔力との親和性は極めて高く、相性は非常に良好。ただし操縦士にとっては非常に不快。

アルト本体の能力はあくまで高機動。


クライトクリーク(コテツ)


コテツに合わせてクライトクリークを呼び出した場合。

輪をかけて装甲が薄くなり、更にサイズダウン。ブースターの出力は上昇。回避よりの玄人性能。

前腕と拳が大きくなり、格闘向けチューンになっている。

また、コテツによって新たなスキル、魔力による掌握の発展系、魔術と同化が実行可能に。難易度が高い割に失敗したら魔術が直撃するので誰もやらなかっただけと言えなくもない。





サブAI


うるさい。

大仰に話す。うるさい。

ノエルとは仲がいいような悪いような。

彼の言う技名はほぼ嘘。

正式名称はペーター。



さて、残すところ後一本となりました。次の更新はもうちょっと早いといいなぁ、と思ってます。

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