11話 イージーストレート
翌日。
SHに乗って、一同は山へと向かっていた。
「しかし、相手の規模はどのくらいなんだ? そもそも、三機で戦えるのか?」
コテツは、モニタの向こうに向かって質問を投げかける。
『問題ない。多くて十機。少なければ一機。構成員は三十はいるだろうが、全てがSHを持っているなどということはあり得ない。目撃情報では四機は確認されている。伏兵追加で考えて、六機前後といったところか』
「こちらの二倍いると思っていいのか」
『だが、こちらは騎士団長と副団長だ。そして、お前はディステルガイストに乗れば一騎当千も同じだろう?』
「さてな」
しばらく歩き、山は目前となる。
緑が生い茂る、変わったところは見受けられない山だ。
そして、その目前でコテツは機体を立ち止まらせた。
『どうした?』
「妙だ」
嫌な、予感がしていた。
無論、それはただの予感であり、気のせいであるとも言える。
だが、戦場において臆病であることは、生き残る上でプラスになる。
『怖気づいたのですか? コテツ・モチヅキ』
コクピットに、クラリッサの声が響き渡るが、コテツは無視して山を睨み付けた。
レーダーには、何の反応もない。
やはり、妙。
(ここまで何の偽装もせずにSHで歩いてきた……。どう考えても山賊にばれているはずだ。なのに相手のSHが一機も見えない……)
定石であれば、斥候を出す。
山賊にそういった用兵術がないとしても、見張りぐらいは立たせるはずだ。
「罠だ」
コテツは強めに口に出す。
『罠? 山賊たちは飲み明かして寝こけているだけかもしれんぞ』
違和感は、嫌な予感に変わって、ひしひしと迫ってきていた。
あまりにも静かな山。まるで嵐の前の静けさではないか。
敵のSHを見つけて慌しく駆け回るでもなく、ただ、静か。
(十中八九、待ち伏せか)
コテツの感覚からすれば、静か過ぎるのだ。
そう、過ぎる。まるで、あえて息を潜めるかのような。
静寂に徹しているかのような空気。
この業界で慎重に過ぎるという言葉はない。
用心に用心を重ねてなお、一撃で死ぬ可能性がある世界だ。
楽観どころか、もしかするとこちらを一瞬で葬り去れる罠が張ってある可能性を考慮すべきだ。
少なくとも、コテツはそうあるべきだと考えていた。
だが、しかし。
『怖気づいたのですか、コテツ・モチヅキ。ならば、あなたはここに残っていなさい』
「罠の可能性は」
『どちらにせよ私たちは山賊を倒さなければならない。なら、どちらも一緒です。待ち伏せされていようと、私と団長の腕なら問題になりません』
『悪いが、こればかりはクラリッサと同意見だ。やることは変わるまい。それに、罠があったとしても、それごと突破するまでだ』
ここは、そう。
ここはコテツがいた、泥まみれの戦争を続ける世界ではない。
正々堂々を誉れとする、騎士の世界なのだ。
(軍人の理屈は騎士には通用しないのか……!)
そこをコテツは失念していた。今所属しているのは合理性を突き詰めた軍隊ではないということを。
歯噛みした時にはもう遅い。
『そこまで言うならあなたはそこで見ていなさい! 私が一人で片付けてきます!!』
既にクラリッサは大きく飛び上がり、山へと駆け出していた。
「シャルロッテ、すぐに呼び戻せ」
『そこまでか?』
「ここまでやって何もしないということは懐に潜り込ませる気だ」
『いや、しかし山賊にそのような高度な考えがあるとは……』
シャルロッテが呟いた瞬間、場に動きがあった。
山中に突如現れる反応。立ち上がる一機のSH。
「……アレはなんだ?」
「ストラッドですね。量産型ですが、バランス良く纏まった軽快な動きをする機体です」
コテツの隣で、じっと事態を見守っていたあざみが呟く。
緑の、スマートな機体だ。
「意匠が、随分と違うように見えるが」
「我々の機体が騎士に似た意匠なのは軍のモノだからです。民間用は多種多様です」
コテツからしてみれば、そのストラッドは随分と軍人的な外見に見える。
そして、その緑の機体は、ナイフを片手にクラリッサのシュティールフランメに斬りかかる。
そんな中、シャルロッテは呟いた。
『ふっ、お前の嗅覚もまだまだだな。アレが罠だとすれば』
そして、余裕たっぷりの笑み。
クラリッサの機体が、背の大剣を跳ね上げる。
それは明らかにナイフの迎撃には間に合わないような速度だったが――。
『随分とお粗末だ』
刃ではなく、柄を振り下ろして、クラリッサはそのナイフを弾いて見せた。
『舐められたものですね!』
そして、手首を捻って横薙ぎ。
相手のストラッドは、慌てて後ろへと避けて、尻餅を突く。
そのまま、クラリッサは大剣をストラッドの眼前に突きつけてみせる。
『おとなしく、機体を降りなさい。そうすれば殺しはしないです』
確かに、見事な手際であった。
この腕の差、そして、武器無しではクラリッサに山賊が敵うわけが無い。
あっさりと、無力化されストラッドのコクピットハッチが、開く。
『やはり、警戒しすぎだな、コテツ。山賊のことだ。昨晩飲み明かして、大半が使い物にならないのだろう』
(いや、しかし……)
果たして、コテツが異世界の山賊について知らないだけなのだろうか。
だが、コテツの嫌な予感は払拭されないでいる。
むしろ、更に深まっていく。
(上手く行き過ぎている……!?)
そう、むしろ、だ。
相手の本拠に飛び込んだら、一機だけという温い待ち伏せ。
そして、あっさりと負け、素直に投降する盗賊。
あまりに上手く行き過ぎていないか。
だとすると、これは相手の仕組んだものではないのか。
そして、これが本当に相手が仕組んだものだとすれば、狙いはなにか。
(あの機体は囮。だとすれば次に狙うのは……)
考えてみれば、恐ろしく簡単だ。
今、クラリッサは一機に剣を向け、足を止めている。
――恐ろしく、いい的だ。
「狙撃だ、クラリッサ! 避けろっ!!」
『え?』
コテツが叫んだのと、レーダーに光点が映ったのは、ほぼ同時だった。
そして。
クラリッサが驚いた声を上げた瞬間には、既に銃声が響いていた。
『あ……、きゃああああああ!』
倒れていく機体に、コテツは歯噛みした。
(なんという腕だ……! 機体が起動してから一瞬で関節に当てた!)
山賊の放った銃弾は、クラリッサの機体の膝の裏に命中し、そのまま貫いた。
結果として、左足の膝から下が切り離され、機体はバランスを保てず仰向けに地に伏すこととなった。
コテツの元まで、地響きが聞こえてくる。
『な……、クラリッサ! 無事か!!』
『は、はい、団長、なんとか。ですが、足がやられました! 機体を立て直せません!!』
クラリッサの声は、ほとんど悲鳴と言ってもよかった。
完全に嵌められた。油断し、釣られて、撃たれた。
これでクラリッサはまったく身動きが取れない。
コクピットを出たが最後、すぐさま撃たれてしまうだろう。そうなれば、ハッチをロックして神に祈るほかに、出来ることなどない。
『すぐに救援に向かう!!』
その状況を見て、シャルロッテが叫ぶ。
だが、その彼女を、コテツは制止した。
「待て」
『一体なんだ!』
「これこそ罠だ。落ち着け、シャルロッテ。クラリッサはすぐには死なん」
瞬間、今一度銃声と悲鳴が響く。
銃弾が、クラリッサの機体の胸部装甲を叩いた。
威力的に貫通することも無く、少し装甲が削れただけだったが、部下の悲鳴はシャルロッテの頭に血を上らせるには十分でもあった。
『なにを戯言を!』
「だから待てと言っている!」
遂にコテツは、声を荒げた。
クラリッサが先行してしまったのは、コテツの態度が中途半端だったからでもある。
だからこそ、今回は意地でも止めることにした。
「狙撃手には常套な策の一つだ。一人目の手足を撃ち抜き、甚振って、それを見かねて出てきた仲間を撃つ」
例え機体の元に辿り着くまでは避けられてもだ。例えば、自機のコクピットにクラリッサを招きいれようとすれば、その間は確実に避けられない。
機体を担いで戻ったとしても、運動性は加重によって大きく落ちる。避けきれない。
そしてもう一つ。
クラリッサは、人質でもあるのだ。妙な動きをしてもクラリッサは殺す、と。
『ならばどうすればいい! 指を咥えて見てろというのか!』
さらに勘が正しければ、クラリッサの周囲には十機近いSHが潜伏している。いや、これはほぼ確定と言ってもいい。
ここまで周到な相手がこれしか手勢を用意していない訳は無い。
いかに上手くクラリッサの機体を確保できても集中砲火を受けて、クラリッサは無事ではいられないだろう。
(ならば……)
と。
コテツが自分の考えを述べようとしたそのときだった。
クラリッサから通信が入る。
『怖気づいたのなら、帰りなさい、コテツ・モチヅキ!!』
まるで、よくしなる鞭のような声だ、とコテツは思った。
「君はこの状況でなにを……」
敵のテリトリー内で機体は動けず、身動きがまったく取れない。
果たして、その恐怖はいかほどか。
なのに、クラリッサは言った。
『これは私のミスですっ。あなたがフォローする必要は……、ないです』
「だが……」
『帰りなさい! 私は自分で何とかします!』
自らでは機体も立て直せないこの状況で。
しかし、彼女はコテツの助けを拒む。
確かに、そうだ。コテツもまた、このような状況になったなら、放っておけというだろう。
己のミスでの危機的状況。おいそれと助けは呼べない。
(だが、俺は死なせたいとは思えん)
死なせたくない、と、コテツは思う。
間違っているのだ。先を展望せず、流されるままに生きる自分が生き残り、将来有望なクラリッサが死ぬ。
そんなものは、間違っている。
無論、コテツも死にたいとは思っていない。
ならば、答えは一つ、全員で生き残るしかない。
『あなたでは足手まといですから! だから、帰りなさい!!』
だが、話は聞いてくれそうにもない。
コテツは、押し黙った。
(……駄目か)
そもそも、コテツはコミュニケーションは得意ではないのだ。
彼女を上手く説得する言葉も何も思い浮かばない。
どうにかしようにも、彼女がそれを許さない。
故に、八方手詰まり。
なのだが。
しかし、しかしだ。
ただの一度も。
望月虎鉄は戦場で諦めることを望まなかった。
だからコテツは息を大きく吸い込んで。
叫んだ。
「――話を、聞けぇええええッ!!」
一緒に乗っていたあざみが耳を押さえて顔をしかめるが、とりあえず無視した。
そして、モニタの端に映るクラリッサとシャルロッテが驚いた顔をしていたが、それも無視だ。
やっと静かになった。ここに来てやっと、コテツは発言権を得た。
(やってみようじゃないか。伝える努力というものを……!)
思い浮かぶのは、リーゼロッテの言葉。
こうなってしまったのは、コテツの怠慢でもある。
何も伝えようとせず、信頼されようともしなかったのはコテツの失敗だ。
だから、今語る。
「いいか! 俺は君が思っているほど弱くないっ。そしてもう一つ!」
慣れないからこそ、最短で、簡潔に。
「――君は必ず助ける。絶対にだ」
そろそろテンション上げていきます。
展開の強引さとか、力不足を実感しながら書いてますが、二章も大詰め。このまま走りきりたいです。
ちなみに、本編でも出てきますが疑問が出るかもしれないので先にここで。
軍用機:ある程度の整備を前提として、魔術と機体性能を優先。優れた魔術は銃に勝ると言う考え。ついでに、剣で戦うのが華々しい騎士の流儀である。見栄と威圧を意識して洗練されたデザインを目指す節がある。
民間機:満足に整備を受けれない可能性も考え、汎用性を重視。また、魔術が使用できないものも多いので、銃を持つことが多い。弾丸は魔術の展開スピードに勝るという考え。