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異世界エース  作者: 兄二
10,「14g」
129/195

122話 半分

「マレットは居るか?」

「自室におられるかと」

「では、通してもらえるだろうか」


 屋敷の門の前、門番はその門を開こうとはしなかった。


「マレット様に誰も通すなと言われております」

「どうしてもか? 緊急事態であっても」

「はい、何があっても通すなと言われております」

「そうか、なら、仕方ないな」


 その言葉に、門番は明らかに胸を撫で下ろした様子だった。

 しかし。


「強行突破させてもらおう」

「……え?」


 どこから現れたか、コテツの手には巨大なバルディッシュ。

 振りかぶって、斜めに振り下ろす。

 ただそれだけの単純な行動。

 唐突で理不尽な暴力が、鉄の格子の門を叩き潰し、捻じ曲げ、押しつぶす。


「通るぞ」

「え、あ……」

「いいな?」

「はい……」


 門番は、頷くことしかできなかった。

 ひしゃげた門を乗り越えて、コテツ達は、屋敷の中に侵入する。

 乱暴に扉を蹴り開けて。


「止まれ!」


 待ち受けていたのは並び立つ男達だ。

 それを認めたコテツは迷いなくバルディッシュを前方へと放り投げる。

 それを見た男達は仰天し、慌てて左右へと散らばった。


「ノエル、行くぞ」

「はい」


 その混乱に乗じてコテツは駆けた。敵の一人に接近し、その腹部に向かって拳を一発。


「うぐっ……」


 そのまま倒れる男を掴んで投げる。


「なっ、危ないっ」


 飛んできた男に槍を当てそうになってしまい、思わず手に持っていた槍を降ろした一人に、投げた男ごと回し蹴りを放つ。

 鈍い音と共に転がった男達には目もくれず、間髪入れずに懐から銃を抜き放って振り向きながら射撃。


「できるだけ手足は狙ってやる。手が滑ったらすまん」


 これにより、手足を撃たれ二人が沈黙。


「風撃の二、術式起動」


 視界の端ではノエルが風の魔術と思われる、不可視の力で敵を薙ぎ払っていた。


「そろそろ行くか」


 あらかた片付いたのを見て、コテツは言う。

 そのままコテツ達はエントランス中央の階段を駆け上がった。


「撃てっ、足元を狙って動きを止めろ!」


 敵の一声の元、魔術が放たれた。

 圧縮された水の弾丸が高速で放たれる中を、更に速度を上げて置き去りに。


(魔術が使える部下もいるのか。そちらを替え玉に立てなかったのは……、なるほど、魔術はともかく肉体的に問題があるか)


 前を固める屈強な男達の背後に控える魔術師達は、一様に痩せぎすの神経質そうな男達だ。

 細い枯れ枝のような腕と、青白いと言えるほどの不健康な肌。まともに、剣を振れるかどうか。


「随分と細い魔術師だな」

「冒険者や騎士でもなければ、専門の魔術師は研究者ですから」


 そんな彼らを凶悪な殺人犯としてコテツの前に配置してもやはり違和感は防げなかったことだろう。


「研究しか能のなかった我々を拾ってくれたマレット様のため! 行くぞ!!」


 なるほど、とコテツは心中で呟いた。

 魔術しかできない者、剣術しかできない者。両方こなせる者がいないのはきっと、彼女がそういうものばかり、あえて集めたからなのだろう。

 ある種、マレットの性癖とでも言えばいいのか。その事実に嫌なものを感じて、コテツは心中で顔をしかめた。


(彼女の部屋は向こうか)


 階段を登り切り、左右に分かれる通路の右側の人垣を睨み付けて、コテツはそちらに走り出す。


「敵は前方十メートル!」


 魔術師達が何事かを呟けば、水弾が彼らの元へと現れた。

 水弾そのものは先ほどの様子を見た限り、ゴム弾と同等の威力、と言ったところか。

 その弾丸が宙に装填される中、コテツは構わず前方へと駆ける。


「撃て!!」


 瞬間、コテツは手摺に飛び乗った。

 足を踏み外し右に倒れればエントランスの一階へと転落することになるという事実をバランス感覚で捻じ伏せ、放たれた水弾を回避。

 接近と同時に跳躍。男の頭の上に飛び乗り、もう一度短く跳んで、魔術師へと空中で蹴りを放つ。

 外見からして華奢にしか見えない魔術師は、簡単に仰け反り、転んで倒れ伏す。

 着地し、続けて魔術師達を掴み地面に引き倒し、殴り、蹴り、地に転がしていく。


「私も、肉弾戦ができないわけではありません」


 そのコテツの背後から、剣で切りかかろうとする男のその更に背後。

 障壁で魔術を凌ぎ切ったらしいノエルが、その細腕で、男の足を掴んで払った。

 顔面から男は地面に直撃することになる。


「助かる」

「いえ。当然のことです」

「奥に進むぞ」


 通路を抜けて、長い廊下へ。

 奥へと駆けるコテツ達に、再び、男達が立ちはだかった。


「随分な量だな」


 今回は先ほどよりもずっと多い。


「ノエル。大剣を頼む」

「どうぞ」


 手渡される、コテツの頭から膝ほどまでもある大剣を彼は左手に逆手で掴んだ。


「強敵につき、火系統の魔術も許可する! 屋敷へのダメージは、焦がすくらいなら構わん!!」

「応射します」


 瞬間。魔術が飛び交った。

 ノエルの援護射撃を背にしたコテツは、一直線に前へと駆ける。

 放たれた火球はまるで津波のように押し寄せた。

 対する彼は、逆手で大剣を握るその手を頭上に、前傾姿勢でそのまま駆ける。

 その巨大な鉄の板は、コテツの上半身から膝にかけてを守る壁となった。

 火球が大剣に衝突し、幾分かの衝撃を手に伝えて、霧散する。

 その衝撃は、コテツが足を止めるに値しない。この剣が普通の剣ならばもう少し抵抗があったかもしれないが、剣に充填された魔力が、先に火球を弱めているため小石を投げられている程度にしか感じない。

 大剣を盾代わりにした突撃は、集団との十メートルはあった距離をゼロにした。

 いくつもの火球を受け、打ち消しながら、コテツは最前面の男達の至近に迫る。


「う、うわっ、近っ」

「行くぞ」


 その至近にて、コテツは右の拳で大剣の腹を殴りつけた。

 瞬間、大剣が跳ね上がり、敵の一人をまるで持ち上げるかのように大剣の腹が叩きつけられた。


「ごがっ!?」


 まるで壁に衝突したかのごとき衝撃と共に、数人を巻き込んで地面へと転がる。

 初撃としては上々。背後からのノエルの魔術の援護もあって、前面にいる敵は上手く戦えずにいる。

 しかし、いかんせん数が多すぎる。


(非効率的か。ノエルも、俺が邪魔だな)


 コテツも、ノエルの邪魔になってしまっている。

 前方の魔術師たち全ての魔術を合わせても、彼女一人で張る、火球や水弾の弾幕には敵わない。

 それを何の気兼ねもなく放つには、コテツは少々邪魔だろう。

 そう考えて、コテツは一旦後ろへと下がる。


「ノエル、挟撃するぞ」

「それは構いませんが、誤射は恐ろしくはありませんか」

「魔術の精密性には自信があるのだろう? 任せる」

「……はい」


 彼女にしては珍しい大き目のリアクション、頷きを背に、コテツは再び駆けだした。

 十分な助走を付けるため、大剣を盾にしながら壁よりをひた走る。


「もう一度来るぞ! 備えろ!!」


 そして、敵が身構えた瞬間、コテツは跳躍した。

 しかし、二十メートルはあろうかという距離を一度の跳躍で跳び越えられるほどの脚力はコテツにはない。

 だから走る。勢いのまま壁に足を付け、更に距離を。

 だが、それでも届かない。勢いが薄れ、今にも止まる。

 その瞬間、次はコテツは大剣を壁へと突き刺した。

 そして、その次の刹那の、再びの跳躍。

 突き刺さった大剣を握ったままの、刀身と壁に足を片方ずつ乗せた斜めの体勢から、コテツは身を縮めると、彼は剣を抜きながら再び跳躍した。

 越えた。コテツは、数十の人間の頭上を跳び越え、人垣の背後に着地する。

 誰もがコテツを目で追い、固まっている中、彼は悠然と振り向いた。


「では、行くぞ」


 踵を返したコテツへと、剣を持った男が迫る。


「くらえェエッ!!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされる剣に対し、コテツは更に前へ。

 逆手に持った大剣を体の横に、腹を滑らせるように剣を受ける。

 金属同士が火花を散らし、縦に振り下ろされた剣が滑っていく。

 そして、コテツはそのまま前に出ながら、握った拳を振りぬいた。


「うっ!?」


 腹部に直撃を貰った男を尻目にコテツは姿勢を低く、前へ。


「させん! 魔術師を守れっ!」


 真っ直ぐに突き出される槍。コテツは大剣の柄を上に、剣の腹に右肩を添えてそれを受ける。

 否、それどころか前進した。


「や、槍がひしゃげて……!」


 受け止めたまま前進し、槍を先端から曲げ、ひしゃげさせ、木製の柄に達すれば、柄をへし折りながら更に前進する。

 そして、そのまま男へと衝突。

 だが、そこで止まらない。更に前へ。人の群れへと男を押し込む。

 亜人じみた人間離れした脚力からの突進が、そこにいた人の群れを線状に蹴散らす。

 勢いに負け、進路上にいた七、八人が地に伏す。

 そして、人垣の中に入り込んだコテツは、大剣を盾にしつつ、敵を殴り、蹴り、掴んで地面に叩きつけ、時には銃を撃ち、その場に立つ人間を減らしていく。

 前方では、遠慮のなくなった魔術の弾幕がコテツ以上の速度で敵を倒していた。

 そして、最後に敵は二人の魔術師だけがぽつりと廊下に立つこととなった。

 ゆらり、と大剣を握るコテツはその魔術師へと歩みだす。


「う、ぁ、うわあああっ!」


 至近距離まで近寄られた魔術師が、慌てて魔術を放った。

 慌てていたための、たった一発の拳大の火球。

 だが、その程度の火球でも、防ぐための一動作分くらいの時間は稼げる。

 はずだった。


「ふむ」


 コテツが火球の前に差し出したのは、逆手に握ったため前方にある大剣の柄尻だった。

 柄尻と火球が接触し、火球が霧散する。


「しょ、障壁っ!」


 そして、その動きに繋げるようにして、大剣が右へ水平に振るわれたのと、もう一人の魔術師が障壁を張ったのは同時。

 障壁と大剣が衝突し、一瞬の拮抗を経て、まるでガラスのように障壁が砕け散る。

 だが、その一瞬で逸れた大剣の軌道と、魔術師の賢明な回避がそれを掠めただけに留めた。

 そうして、魔術師が一瞬安堵の息を吐いたその瞬間。


「おぐっ!?」


 大剣を振るったまま一回転し放たれた裏拳が、魔術師の顔へと直撃した。


「流石ですね」


 そして、残るもう一人に銃を撃って牽制し、慌てている間に首元を掴んで締め落とす。


「倒した総数では君の方が上だろう」

「頑張りましたので」

「そうか。しかし、丁度良く弾が切れたな。帰ったらまた作らねばならんか」


 言いながら、スライドが後退した銃を懐に戻しつつ、コテツは乱暴にマレットの部屋を開け放つ。

 後は、現場を押さえれば事件解決のはずだ。

 現行犯を取り押さえれば、何を言わせるまでもなく、終わりだ。

 しかし。


「……ふむ。嵌められたか」


 ぽつり、とコテツは呟いた。


「誰もいませんね」


 マレットの自室には、フェリノアどころか、何一つ人影は存在しない。

 部屋を出て近くの扉をとりあえず開け放ってみるも、何もありはしない。

 あれほどの人数でマレットの自室を守っていたのは。

 囮だったのだ。


「屋敷の中にいるのか、それとも外か。不味いな」


 コテツは、この事態に頭を悩ませる。

 ここまで、余計な時間を使ってしまった。そして、次の手の方策がない。


(どうする?)


 可能な限り思考を巡らし、彼は考える。


(今回は初めての早い時間帯での犯行だ。しかも予定外のことのはず。慣れない時間帯の室外よりは、室内を選ぶか……?)


 だが、室内と言っても範囲が広すぎる。

 

(そもそも冷静な思考判断を下しているかもわからんが。犯行は室内と仮定しても、この街で犯行に向いた場所などわからんぞ)


 尋問を行っても正しい情報は手に入るのか。そして、悠長に聞き出すほどの時間があるのか。


「いや、どちらにせよ時間がないな。ノエル、外に転がっている者に尋問を行うぞ」


 悩んでいる時間が惜しい。

 そう考え、コテツは足早に移動しようとしたが、ノエルがついてこようとしないのを見て、彼は足を止めた。


「どうした?」

「待ってください。ラウから、通信です」

「なに?」


 ラウに通信用の道具を渡したというのはコテツも聞いている。

 しかし、このタイミングで一体ラウは何を伝えようというのか。


『おーい、これでいいのか? ノエルの姉ちゃんは、聞こえてんのか?』


 幾分か潜められた声が、直接空間に響くように伝わった。


「聞こえています。どうしましたか?」

『今オレ、時計塔にいるんだけどさ。扉一個挟んだ先に、フェリノアの姉ちゃんと、犯人がいるんだ』


 今一番聞きたかった情報が、ラウの口からあっさりと放たれた。


『変だと思って、姉ちゃんを追っかけてったらさ、時計塔の中入ってさ、そしたら、中からマレットさんと姉ちゃんの声がするんだ』


 そして、一拍おいて、ラウは言う。


『なんかヤバイ雰囲気なんだよ。だから、本当にやばくなったら、オレは行く。それで、お願いがあるんだけどさ』

「聞きましょう」

『うん、ありがとな。オレは、オレにできることをするよ。できるだけ、時間を稼ぐ。それくらいなら、俺にだってできると思う。でも、怖くて怖くて仕方ないんだ。できることなら、オレが姉ちゃんを助けてえ。犯人を殴り倒してやりたい。でも、無理なんだ。足が震えてんだ。どんなに強がったって、無理だ』


 声は、少しだけ震えていた。恐怖をこらえて、それでも行くというのだろう。


『だからさ、助けてくれ。あんたらに、助けて欲しいんだ』


 いつになく素直で、吹っ切れたような。

 そんな言葉が耳に届いた。


『頼むよ――』











「え、あの……、マレット様、一体……」

「やれやれ、耳が遠いようですね」

「は? え?」


 戸惑いを隠せずにいるフェリノアに、マレットは優しく微笑んだ。


「死ね、雌豚」

「な、ど、どうしてですか、マレット様……! あなたはそんな人では……!」

「どうして? どうして、ですか、フェリノア。それを聞きますか、あなたは」


 あくまで、優しい声音。

 諭すようなその言葉が。


「コテツ様に色目使ってんじゃねぇぞ雌豚ァッ!! ……と、いうことです」


 唐突に変わる。


「え、わ、私、コテツさんに色目なんて……」

「様を付けろよこの雌豚ビッチ女ッ!!」


 瞬間、拳が飛んだ。


「わかりましたか? ああ、つい手が出てしまったのですけれども、家畜はこうして躾けないと覚えませんから、仕方ないですね」


 フェリノアの顔面の中心に拳が突き刺さり、彼女の脳裏に火花が散り、尻餅をついたことよって、体が鈍い痛みを覚える。


「あなたがいなければ、コテツ様には私の屋敷に泊っていただき、休暇のひと時を私と一緒に過ごしていただくことができたのに……」

「う、ま、マレットさま……」

「気安く呼ばないでください。汚らわしいメスが」


 言いながら、マレットはすらりと長剣を抜いた。


「まぁ、私は優しいので。苦しまないように一息に殺してあげましょう」


 振り上げた剣。怯えるフェリノア。


「や、やめてください」

「やめません」


 にこにこと、マレットはいつものように笑っていた。

 なのにその手には剣が握られており、その剣は粘つくような殺気が纏わりついている。

 それは今にもフェリノアの命を奪おうとしていて。

 そして。

 フェリノアが固く目を瞑ったその瞬間だった。


「待てよっ!」


 その一室に、飛び込んでくる人影が一つ。

 百五十センチもない、とても大きいとは言えない、人影がフェリノアとマレットの間に立ちはだかった。


「ラウ、君……。どうしてここに」


 マレットが呟く。

 恐怖と涙でゆがんだフェリノアの視界に映ったのはラウ・スタロートの背中だった。


「姉ちゃんを追っかけてきたんだよ! 早く離れろ殺人犯っ!」

「殺人犯は捕まったんですよ、ラウ君」

「嘘吐け! あんたなんだろ? まさか、姉ちゃんが初めてってわけじゃねえんだろ?」

「どうしてそう思うんですか?」


 激情はいつの間にかまるで消え去ったように隠れた。

 優しげに、マレットは問う。


「変だと思ったんだよ。あんだけ派手にやっといて、誰も見てねぇんだ。街のヤツらが見てるのは、いつもパトロールしてるあんただけ」


 マレットの様子に恐怖を覚えつつも、気丈にラウはマレットを睨み付けた。


「そして、そんな風に目撃証言もないような犯人がコテツの兄ちゃんが来てからあっさり捕まった」

「そうですね。コテツ様の手腕がすさまじいからでは?」

「ねぇよ。少なくとも、偶然にしちゃ、色々出来すぎだろ」

「それだけですか?」

「大体そんだけだよ。何となく、手のひらで転がされてる気がしたんだ」


 フェリノアが呼び出されて襲われて、また呼び出される。

 何となくいやな予感がしただけと言えば、それだけかもしれない。


「確信なんてなかったよ。ぎりぎりまであんたが犯人、とまでは思ってなかった。でもよ、何もねぇならただの出歯亀で済む。ただの笑い話だろ」

「なるほど。ラウ君。君は子供なのに聡明ですね。将来が期待できそうです」


 今一度、マレットは優しく微笑んだ。

 それはあまりにも自然で、嘘のものとは思えない。


「さ、ラウ君、退きなさい。その女は殺します」

「ま、待てよ! どうしてあんたは女を殺すことにこだわるんだよ!」

「何故、か。何故ですか。別に、いいでしょう? ソレが死んでも」


 ラウからフェリノアに視線が移った、その瞬間マレットの眼が冷やかに変わる。


「いいですか、ラウ君。言いましたよね、男の子には将来国を担う役目があるって。男性は誰しも、何かを生み出し、守っていく、そういう尊い存在なのです。転じて、女はせいぜい、その男性を生む役目しかありません」

「なっ……」

「女性も、実力のある方は素晴らしい! エーポス様や今代の王女騎士団団長、副団長! 果てなき努力の末に、無価値から価値を生み出す方は尊敬と好意に値します」


 だが、と彼女は言った。


「ソレは違う。ただの平民に過ぎず、なんの力も持たない、そしてそれに甘んじる雑草にも劣る家畜未満は許せない。それに、ちょっと間引いたって、誰も困らないでしょう? 数だけはたくさんいますしね」


 歪んでいる。

 そうとしか言いようがなかった。

 だが、そんなマレットを、ラウは恐れなかった。

 否、恐れてはいた。足が、震えている。だがそれでも尚、ラウは半眼でマレットを見つめ。

 まるで哀れむように、笑った。


「あー……、なるほどなぁ。ノエルの姉ちゃんが言ってた錯覚、っていうのがちょっとわかった気がするな。あんたはそんな錯覚を見ているってわけだ。でも、それはあんたとその家族の錯覚だったから、世界の現実になりはしないし、あんただけの現実でしかないってことか」

「錯覚ではありませんよ。事実です。事実、そこの雌に価値はないでしょう?」

「あんたにとっちゃそうなんだろうよ」


 ラウは真っ直ぐにマレットを見返した。


「あんたは、アレなんだろ? 女はよっぽど頑張らねえと無価値って中で生きてきた。でも、あんたはさっき言ってたエーポス程の知識も、騎士団長ほどの力もなかった。違うか?」

「どれだけ頑張っても、男性の筋力に届かない。及ばない。仕方のないことです」


 見る。睨み付ける。せめて心意気だけでも負けないように。


「あんたは努力しない女が許せないつったよな。実は、違うんだろ? 少なくとも、半分は嘘だ」


 大きく息を吸い込んで、ラウは言った。


「あんたは、あんたより弱いヤツをいじめて、自分が強いように見せたいだけなんだ」


 弱者をいたぶり、相対的な強者となる。

 歪んだ彼女は、そうしないと優位性を保てない。彼女にとって自分が無価値になってしまう。

 ラウの眼は、マレットをそう捉えていた。

 自分にも、心当たりがあった。そうだ、ラウもまた犬を、自分より弱い者をいじめていたのだ。

 こうして見ると、なんと哀れな行為だろうか。


「……ラウ君、退きなさい。それを殺すので」

「図星かよ。んな理由で殺されてたまっか。やるならそうだな、オレを殺してからにしろよ」

「ラウ君、君は男の子です。勇敢で優しい、素敵な男性だ。そんなあなたを、私は殺したくないし、殺せません」

「……そーかい。そうかよ」


 その言葉に、ラウは低い声で呟き、何の意図があるのか帽子のつばに手をかける。

 そして、ラウは。


「なら、これで問題ねーよなぁ!」


 その帽子を投げ捨てた。

 そして、そこにあったのは、長く美しい金髪だった。

 ラウの活発な印象はそこから抜け落ち、服こそ少年のようだが、何のことはない、そこには美しい少女が立っている。


「気分はどうだよ。マレットさんよ」


 ラウ、否、彼女はそう言って挑戦的に笑った。



















「間に合わんな、ここからでは」


 屋敷の中庭に出たコテツは、そう、呟いた。


「そうですね」


 そして、視線の先には立ちはだかるようなSHの姿がある。

 白と青で構成された、鋭角的な三機のSHと、巨大な、普通のSHの1.5倍はある、SHと呼んでいいのかわからない鉄の巨人が二機、悠然と立っていた。

 生身で抜けれるような相手ではないだろう。


「ノエル」


 短く呼んだその言葉に、ノエルは聞く。


「乗りたいのですか」


 彼女はじっとコテツを見つめていた。


「あなたは、どうしてあざみやソフィアが、一人の操縦士が二つのアルトに乗ることを許していると思いますか」

「ノエル、今は」

「聞いてください」


 強い調子で言われて、コテツは押し黙る。


「あなたが二つのアルトに乗ることを許されているのは、あざみやソフィアが、自らのアルトが完璧ではないことを知っているからです」


 滔々と、彼女は語る。


「シュタルクシルトには、ディステルガイストのような機動力と、対応力はありません。同じようにディステルガイストにはシュタルクシルトのような防御力はありません、総出力ならばシュタルクシルトの方が高いはずです」


 考えるまでもなく、その通りだ。

 故にこそ、使い分ける意味がある。


「エーポスは。操縦士を大事に思います。あざみもソフィアも、明らかにあなたを好いていて、独占したいと思っています。男としてか、家族としてか、友人としてか、愛の形は違えど、操縦士を愛する。私も、恋ではありませんが、前の主のことをきっと、父と慕っていたのだと思います。それが、エーポスです。操縦士を誰よりも愛し、独占したいと願うのです。しかし。独占したいほど大事に思っていながら。いえ、だからこそ、なによりも操縦士の命を守りたい。だから、あざみとソフィアはあなたが二つのアルトに乗ることを許している。それがあなたを守る一番の方法だと知っているから」


 独占欲。言われて初めて、気が付いた。自らのアルトに誇りと並々ならぬ自信を持つ彼女等が、自らのパイロットを共有する意味を。


「私は、出来るならソフィアになりたかった。主を守る、盾となりたかった。私のアルトには厚い装甲も、固い障壁もない。どころか、格段に脆いのです。クリーククライトは」


 確かに、まずSHと比べれば、大きさが違いすぎる。彼女のアルトは、通常のSHの脛ほどしかないだろう。


「私は、あなたを乗せたくありません」


 きっぱりと彼女は言った。


「きっと私は、あなたを殺します――」


 なるほど確かに、あの機体では並みのパイロットならば、直撃の一発で致命傷だろう。

 戦った限りでは、圧倒的機動力で一方的に攻撃するのがコンセプトだと思われる。あまり、攻撃を受けるような設計ではない。


「私は、つい先日会ったばかりの二人よりも付き合いの長い、そしてソフィアとあざみの思い人であるあなたを、優先します。私は、エーポスにとって操縦士がどれだけ大切なのかを知っているから」


 出会ってからしばらくの内に、恋愛感情ではなくとも、少しは好いてくれたのだろうか。

 簡単に死なせたくないと思ってくれる程には。


「そうか」


 コテツは頷いた。


「ならば、俺の話も聞いてくれ」


 だが、そう言われて、黙ってはいられない。

 乗せれば死ぬだとか、そんなことはどうだっていいのだ。


「俺がこの世界に来た当初は酷いものだった。アインスに乗って戦って、その辺の一兵卒数機と戦って差し違えるのが限度だった」

「アインスの反応速度、機体性能によるものであると、思いますが」


 生身ではこの局面を乗り越えられない。ラウとフェリノアを助けることは叶わない。

 それだけで十分だ。


「今は違う。時間は掛かったがある程度慣れたぞ。今ならそう負けはしない。シャルロッテともアインスで互角に戦って見せる」


 コテツは言った。


「詰まる所、機体性能ではない。……俺だ。パイロットなんだ。パイロットでなくてはならない」


 彼は、真っ向からノエルを見返して、告げる。

 それは、矜持だった。パイロットの、エースの、コテツの。


「――敗因は、君にはくれてやらん。一欠けらもだ」


 その言葉に、ノエルはわずかに驚いたように見えた。

 コテツは、続ける。


「だが、俺一人では勝てない。戦うことすらできはしない」


 今一度、コテツは彼女の名前を呼んだ。


「ノエル」


 告げる。


「勝ちたいんだ。だから、君が必要だ」














「……向こうを、向いてください」


 ノエルは、そう言って前方を指差した。

 コテツは、素直に踵を返した。

 男性の大きな背が、そこにある。

 ノエルは、その背に向かって、一歩踏み出して。

 彼を背後からぎゅっと抱きしめた。

 背伸びをして、首に手を回し、肩に顎を乗せる。


「今のはちょっと、きゅんと来ました」


 頬にほんのりと朱が差した顔で、彼女はしれっと言った。

 必要とされている。あるいはそれが最後のピースだったのかもしれない。

 自ら求めるだけでは、どうにもならない。それが愛や恋か。

 こんな風に求められたのも、こんな風に心臓が高鳴ったのも、初めてのことだ。

 この男性(ヒト)はずるい。敗北は一欠けらも背負わせてくれないくせに、勝利は半分くれるらしい。

 できることなら、敗北も半分でもいいから背負わせて欲しいと思った。

 そして、勝利の半分を担いたい、と、心から思ったのだ――。


「好きです。惚れました。あるいはとっくに惚れていたのかもしれません。最初からずっと、あなたは私を、受け入れてくれたから」


 ノエルは、コテツの首元に頬を埋めて、微笑んだ。


「先程のは、効きました。――主様(あるじさま)


 抱きしめた温もりを体一杯に感じて、彼女は呟く。


採寸(パーソナライズ)仕立て直し(フィッティング)。クリーククライト」


多分ラウを彼と表現したことはない……、はず、多分……。

いよいよクライマックス寸前で、一旦切れます。




マレット・ククルシス


古臭い男尊女卑の家庭で育った女性貴族。本来は家督は男が継ぐもので、女性は劣った生き物という考え方の家庭だったにも関わらず、男の跡取りが生まれなかったために、マレットに厳格な教育を行い当主にすることにした。

この、価値がないはずの女性として生まれ、しかし、男性に劣らぬように厳しい剣術などを教え込まれ、当主として立派にふるまわなければいけないという矛盾した環境で育った結果、歪む。

ただの女はゴミクズだから殺してもセーフ、と思っているのも確かだし、ラウの言うように弱いものいじめで自分の優位性を保ちたかったのも確かだが、普通に生きているだけの女性がうらやましくもあったようだ。




マレット的評価基準


優秀な男 崇拝

普通の男 無条件に尊敬

優秀な女 尊敬

普通の女 ゴミクズ


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