121話 Limit
「なぁ、終わったのかなぁ。これで」
帰り道で、ぽつりとラウは呟いた。
ラウとコテツは、合流した他の面子にその場を任せ、教会へと戻ることにした。
ノエルは今、倒れていた女性を送っていて、別行動、マレットともう一人の護衛は、替え玉と思われる犯人を屋敷に連れて行っている。
「どうした」
「だってよ……、変じゃないか? 兄ちゃんのいうように、魔術はできないっていうし、それによ、これまで尻尾も掴めなかった犯人がさぁ、いきなり昨日の今日で捕まったりさぁ」
「そうだな」
マレットは焦っているのだろう。コテツが帰って、国が介入してくる前に事件を解決したことにしておきたい。
そうすると、どうしても不自然になってしまう。こうして、ラウが不審に思ってしまうように。
しかし、ラウにコテツが考えている内容を話すつもりはない。無茶をしてしまいそうなラウに、話すわけにはいかない。
コテツは下手糞に話題を切り替えた。
「ところでだが、ラウ、君はどうして外に出ていたんだ」
「……う」
夜の見回りに同行させなくても、外に出てしまえば意味がないだろう。
「話せないようなら、フェリノアに報告することになるが」
「ちょ、待て待て、やめろってそれは……! 言うからさぁ」
「では、聞かせてもらおう」
コテツが言うと、ラウは、嫌そうにしながらも口を開いた。
「姉ちゃんがさぁ……、襲われたっつーから」
言葉に迷いながら、ラウは言う。
「居ても立っても、っつーかなんつーかだよ! 言わせんな恥ずかしい」
「そうか。家族思いだな」
「家族思いっていうかさぁ……」
皮肉気に、空を見上げてラウは笑った。
それは、そう、どこまでも皮肉気で、家族思いを誇るような顔ではなかった。
「オレ、たくさん兄弟いるじゃん」
「ああ」
「もっとたくさんいたんだよ」
「そうか」
「冬を越せないヤツ、沢山いたよ。病気に罹っちまっても薬どころか満足にメシも食えない」
その顔には、ある種の諦観が浮かんでいた。
「生まれが違うだけでメシも食えないヤツがいて、黙っててもいくらでもメシがもらえるヤツがいる。納得できねぇよ。納得できねぇけど、ちょっと諦めかけてる。でもさ」
ラウの視線が、コテツへと移る。
「これ以上、減るこたねーだろ……。これ以上、奪わなくたっていいだろ――?」
ラウの頬を、涙が伝う。
「……そうだな」
「ああくっそ、なんだこれ」
ごしごしと、ラウは目元をこする。
「不安なのだろう」
「うっせ」
軽口を叩きながらも未だに涙を流すラウの手を、コテツは取った。
「オイ、なんだよ……」
「視界が悪いと転ぶぞ」
「……お節介め」
憎まれ口を叩くラウを無視して、コテツは言う。
「気持ちはわからんでもない」
「はぁ?」
「俺にも家族はいた、ということだ。君と同じように血は繋がっていなかったがな」
「……ふーん。もしかしたら、オレとあんたは、似てるのかもな」
ぽつり、とラウは零した。
「なぁ、だったら、オレもあんたみたいになれるかな」
「やめておいた方がいいな」
「なんでだよ」
「命が幾つあっても足りないぞ」
自らを不幸だと思ったことはないし、後悔もしていないが、他人に進められる道ではないのは確かだった。
幸せになれるとかなれないとか以前の、死亡率の問題である。
「じゃあなんで兄ちゃんは生きてんだよ」
「運が良かった」
「それだけかよ」
「ああ」
「あるいは、元々あなたは虎だったのかもしれませんね、あなたは」
「う、うわぁ!」
と、唐突に背後から声が掛かる。
ラウは、驚き繋がっていた手に力が篭る。
コテツは、首だけ動かして背後に視線を送った。
「ノエルか」
「はい、あなたのノエルです。女性を送り届けてきました」
追いついたノエルは、簡潔に報告して話を続ける。
「羊は虎にはなれません。虎を目指すより、優秀な羊を目指した方が建設的ではありませんか?」
「逆立ちしてもオレにゃ無理だって?」
「はい」
あまりにもはっきりと言い放ったノエルに、ラウの勢いがしぼむ。
「……はっきり言いすぎだろ」
「私は正直なので。少なくとも、現実的ではないかと。ならば、あなたの道を探した方がいいのでは?」
「オレの道ねぇ、雑草みたいに生きる以外に何かあんのかね?」
「道に咲く花くらいにはなれるかもしれません」
「……そーかい」
呟いて、ラウは黙りこくったのだった。
「こうして見ると、長閑な街です」
「ああ」
そうして、コテツが犯人を捕まえて一日が経っていた。
その、日も暮れ始めた夕方のことである。
コテツとノエルの二人は、外を見て回っていた。
「今日は良い天気でしたね」
「そうだな」
今日の聞き込みはない。余りに状況が不透明すぎるこんな状況でエトランジェの手を煩わせる訳には、ということだが、次の手を考えるのに邪魔だから距離を置こうという本音が見え隠れしている。
犯人の尋問も、精神的に酷く消耗し、会話できる状態ではないと断られた。
(なんとしても証拠か現行犯を抑えたいが……)
そうなるともう、できることなどそうありはしない。犯行現場に何かないか見回って帰るだけだった。
そんな最中、鐘の音がコテツ達の耳に届く。夕方六時を知らせる鐘だ。
「あの時計塔の中には、入れるのでしょうか」
つい、とノエルがそれを指差した。そこにあるのは巨大な時計塔。北区と南区の丁度狭間にある一大観光スポットと呼んで差支えないだろう。
「分からんな。それがどうかしたのか?」
「事件が収束したその時には、観光の続きをしましょう」
「なるほど。ラウかフェリノアにでも聞いてみるか」
呟きながら、コテツは辿り着いた教会の扉に手を掛けた。
「おかえりー!」
中に入ると子供達が集まってくる。
ふとコテツは、そこに、フェリノアとラウの姿がないのが気になった。
「フェリノアとラウはどうした?」
「んー、フェリ姉はマレット様の護衛の人に呼ばれてるらしくて、屋敷に呼ばれてった。そしたら、ラウもいつの間にか……」
男の子の答えに、コテツはすぐさまもう一つ問う。
「いつだ?」
「ん、ついさっき」
コテツは呟く。
「不味いな」
酷く嫌な予感がした。
(魔術具をでっち上げてくるかと思ったが、そちらは足が着くと考えたか……?)
このタイミングで、呼び出されると言ったら、予想される結果は一つしかない。
(犯人は複数犯、ということにしたいのか)
だとすれば当然、まだ犯人が掴まっていないことを示すために、事件がまた起こる。
「ノエル、行くぞ。出たのがつい先ほどならば、まだ追いつけるかもしれん」
「はい」
即座に踵を返し、コテツは走る。
先ほど来た道を逆走、ひた走った。
(想定外だな……。こんなに早く行動を起こすとは)
決断があまりにも早すぎる。これでは出方を窺うも何もあったモノではない。
(殺人犯の思考を舐めていたか?)
いつも相手が理知的な行動を取るとは限らない。
「ノエル、武器をいつでも出せるように頼む」
「はい。ですが、どうするおつもりですか」
「まだわからん。が、既にアマルベルガから全権を委任されている。半端な真似はできん」
「そうですね」
「それと、軍服の上着を出してくれ」
「どうぞ」
渡されたコート状のの軍服に走りながら袖を通し、コテツは先を見つめる。
元よりズボンは軍服そのままの無地のズボンである。
そのため、コートを着込めば、いつも通りの軍人、コテツ・モチヅキがそこにいた。
「ラングさんも、ロマンチストですね。こんな所で、だなんて」
はにかみながら、フェリノアは呟いた。
ラングからの突然の呼び出し。告白に関する件と見て、間違いないだろう。
フェリノアは石造りの階段を登って、部屋を目指す。
そうして、辿り着いた木の扉を彼女は開いた。
「お待たせしましたラングさん。フェリノアです」
若干の照れと共に彼女は言う。
「ああ、待ってました、フェリノア」
だが、その視線の先に立っていたのは、意外な人物と言う他なかった。
「マレット様……? 一体、どうしてここに?」
「いや、大したことじゃないです。それより、もっとこちらへ」
「えっと、はい」
手招きされてフェリノアは部屋の奥へと入る。逆に、マレットは入れ替わるように扉側へと移動した。
「さて、私がここにいる訳ですけども。フェリノア、君には我慢できない、ということはないかな?」
「我慢できないこと、ですか?」
「そう、太りそうだけどつい食べ過ぎてしまったり、起きなきゃいけないのについ二度寝をしてしまったり」
「それは、ありますけど……」
「うん、そうですね。誰にでもなにかしらある欲求です。それに抗い切れるのは稀有な人材でしょう」
表面上にこやかに、マレットは笑っている。
「いけない、とは分かっているのですがね。冷静に考えればリスクが大きすぎて綱渡りだと分かってはいるんですよ?」
なんの屈託もなく笑っているのだ。
「でも、我慢できない。殺す」
「……え?」
今回の仕込み。興味のある方だけどうぞ。
・コテツが初対面からめっちゃ警戒しまくってる。背後にひたすら気を配るコテツの姿が見れるのはここだけ!
・マレットが露骨に平民女性をスルー。
・パトロールが始まるのは九時過ぎ、屋敷のある北区から南区まで一時間、コテツ達と合流した事件の時は全力で南区までピンポイントで一直線に下りない限り悲鳴を聞いて駆けつけられない。
・足跡の幅が変だったのは、マレットが男物の靴を履いて歩いたため。
・不審者の目撃情報がない。マレットなので不審者じゃない。
・コテツ加入後の一回目のパトロールで都合よく犯人が来た。しかも犯行ギリギリに間に合う。挙句魔術を使ってこないし使う素振りもない。平民女性しか狙わなかったのに何故か切りかかってくる。最初から煙幕出して逃げるはず。
大体仕込みはこんなもんだったかなぁ、と思います。私が忘れていない限り。
コテツにとって一番重要なポイントは血の匂いに追加して、三番目が決定打です。
ラウにとっては最後の一個が。