119話 Bloody
見回りを始めてからしばらく。
見回りを続けるコテツ達の耳に聞き覚えのある悲鳴が届いた。
「今のは……!」
即座に悲鳴のした方を見たマレットに続き、コテツは頷く。
「フェリノアの声だな」
静かに呟いてコテツは走り出した。
あまり、遠くはない位置での事だ。
数分と経たずに、すぐさまコテツ達は現場に辿り着く。
「くっ……、なんなんだこいつは!」
最初にコテツ達が近くしたのは響く金属の打ち合う音だ。
そして、尻餅を突いたフェリノアと、それを守るようにして立つマレットの護衛。
最後に、仮面を被った黒いローブの男が、見えた。
「これが犯人ですか!?」
叫ぶマレット。
「……ふむ」
コテツはぞんざいに腰のロングソードを抜く。
先手を打ったのは、仮面の男だった。
剣を振りかぶり、コテツへと向かってくる。
「さて、どうするか」
それを受け止めながらコテツは呟いた。
更に振るわれる剣。剣術の心得はあるようだが、コテツの目で追えない速度ではない。むしろ、遅すぎるほどだ。
それに対し、腕が追いつくならば何のことはない。どこから迫ろうが、剣で防いで弾き返すのみだ。
「凄い、簡単にいなしている……」
これまで戦っていた護衛が漏らす。
「……やりたいことはわかるが、もう少し気合を入れたらどうだ」
そして、大上段から振るわれた剣を難なく弾き返し。
仮面の男が一歩後ろに下がる。
不利を悟ったのか、男が懐に手を伸ばし、取り出したのは掌程の大きさの玉。
男は即座にそれを地面へとたたきつけた。
「煙幕か」
破裂音と共に、飛び散るように煙が視界を覆う。
「エトランジェ様、追わなくては!」
走り去る音が響き、しかしコテツは立ち尽くす。
「無駄だ。それよりフェリノアを保護したらどうだ?」
しばらくして、煙が晴れたころには、仮面の男は跡形もない。
「フェリノアさん、大丈夫か?」
護衛の男が、フェリノアに手を差し伸べた。
フェリノアがその手を取って、立ち上がる。
「え、ええ……、あなたのおかげで」
「い、いえ、当然の事をしたまでで! 感謝はマレット様に!」
謙遜した護衛に、マレットは微笑みかけた。
「君の功績ですよ。君が受け取りなさい」
「は、はいっ」
そして、今まで黙っていたノエルが不意に口を開く。
「フェリノア、あなたはどうして外に居たのですか? こんな夜に、危険だと知りながら」
「まさか、私と犯人が何か繋がってると思っているんですか……? ノエルさん」
「そのようなことは言っていません。気になっただけです。そして、夜外に出るのは危険ですから、その理由、原因を取り除く必要があるかもしれないと私は考えています」
「そ、そうですか。で、でも。理由は、言えません」
目を伏せて、彼女はそう言った。
「何故ですか」
「……言えません」
「そうですか」
「あ、あれ? いいんですか?」
「人には大小様々言いたくないことがあるものだ、と前の主様に聞き及んでいます。コテツ様、問題ありませんか」
「そうだな。取り合えず送っていこう」
何事もなかったかのようにコテツは歩き出した。
「では俺達は戻る。君は極力家の中にいる方がいい」
「はい、分かりました。その、ご迷惑をお掛けして……」
「いや、いい。君が襲われなくても他の誰かが襲われていただろう」
そう言って、彼らは立ち去った。扉が閉まって、フェリノアだけが残る。
「ふぅ……」
フェリノアは、一人熱っぽい溜息を吐く。
「おい、姉ちゃん、今帰りかよ」
そんな背へと声が掛けられて、思わず肩が跳ねた。
「ひぇ! ら、ら、ラウ!」
「どうして外になんて出てたんだよ。危ねぇだろ?」
「え、えと、そのぅ……」
「なぁ、もしかして、襲われた?」
「え?」
いきなり核心を突いたラウに、思わず動揺の声が漏れる。
「な、な、な、何でバレたの?」
「いや、わざわざあの面子に送ってもらって帰ってきたみたいだから、なんかあったのかと思ったら図星か」
「う……」
思わず言葉に詰まるフェリノア。
ラウは、半眼でそれを見つめて、追求を続けた。
「で、何で外に出たんだよ」
「それは……、秘密です」
「俺らにゃ危ねぇから外に出るなって言っといてそりゃねぇだろ、姉ちゃん。何で出たのか、教えてくれよ」
「どうして、そんなに聞きたがるんですか? ……わ、私にだって秘密は」
諦めず食い下がるラウに、フェリノアは聞く。
「家族が心配だからに決まってんだろ……!」
いつになく真剣に、まっすぐにフェリノアを見つめて、ラウは言った。
「え……?」
「いつも家族だなんだって言っといて、こういう時だけ他人かよ! 心配して悪いかよ!」
「ご、ごめんなさい」
「うるせぇっ、もう寝る!」
乱暴に背を向けるラウ。慌ててフェリノアはその背に声を掛けた。
「あ、待って、待って! 話しますから!!」
ぴたりと、ラウの足が止まる。
「言ってみろよ」
「うん、その、ね?」
躊躇いがちに、しかし意を決してフェリノアは言った。
「……告白されたんです」
「……はあ?」
振り向きながら、ラウは大げさに驚いていた。
「誰に?」
「えっと、マレット様の護衛さん。わかる? ラングっていうの」
「……マジ? 妄想じゃない?」
「うん。呼び出されて、好きだって言われて、それで……」
「なんて答えたんだ?」
「その、お返事できてなくって……、そのまま殺人鬼に襲われたから。どうしましょう、ラウ。なんて答えたら……」
「俺に言われてもわかんねーから!」
結局、ラウは踵を返した。
「あーあー、心配して損したぜ。ったく、こんな脳内お花畑な理由なんてよ」
「お、お花畑だなんてっ、真剣ですよ、私はっ」
「うっせー。そのラングって奴とよろしくやってろ」
「あう」
ラウはそのまま、部屋へと戻っていく。
残されたフェリノアは、また、熱っぽい溜息を吐いたのだった。
コテツとノエルに宛がわれた部屋。足をピタリと揃え、そして膝に手を乗せて背筋を伸ばして座るノエルと、壁際に立つコテツがいた。
「とんだ旅行になったものですね」
「そうだな」
結局、彼らはあれから犯人に出会うことはなく、そのまま朝を迎えていた。
「もう少し、観光が楽しめるかと思ったのですが」
「……こちらの方が、性に合ってるのかもしれないがな」
ぽつりと漏らした言葉に、ノエルはわずかにうなずき返した。
「確かに、私もそうかもしれません」
「難儀だな、お互いに」
「そうですね」
ノエルが感じるのは、一抹のシンパシーだ。だが、それが愛情に変わるのかと言えばそうでもない。
「ところでですが」
「どうした?」
ただ、ノエルは事務的に会話を交わす。
「なぜ、犯人を取り逃がしたのですか? あなたの実力ならばその場で殺害はおろか、捕えることもできたのでは?」
「……ノエル」
確かに可能だった。あの程度の相手なら何の問題もない。相手が剣を振るより早く掴んで引き倒せば何のことはない。
だが、それをコテツはしなかった。
何故か。
コテツは、ぽつりと呟いた。
「マレット・ククルシス。彼女から嗅ぎ慣れた血の匂いがする」
コテツによる「犯人はヤス」的な容赦ないネタバレ。
ちなみに今回は完全に蛇足になりそうなんで本編に推理パートのようなものは入りません。推理パートと呼べるようなレベルにもなりませんしね。
マレットが犯人だと思って読んでみると怪しいような気はするんじゃないかと思わないでもないです。
とりあえず、後々後書きで答え合わせだけはします。