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異世界エース  作者: 兄二
10,「14g」
125/195

118話 ディテクティブ






「にーちゃんよ、ずいぶん小難しい顔して野良仕事してんなぁ」

「元々だ」


 早朝、コテツは、教会の中庭の畑を耕していた。宿泊と食事の分の礼、というやつだ。


「何考えてんの?」


 隣に立つ、ラウは問う。


「先日の件だ」

「先日って……、アレか。職業柄関わる気満々?」

「いや、そうでもない」

「ちげぇのか」


 実際は、何もせずに帰る気だったのである。


「俺が一人、あるいはノエルを含めて二人で動いてもたかが知れている」

「なるほど、じゃあ、決め手はマレットさんか」

「そうだな、間違いではない」


 コテツは頷き、そして話を変えてラウに問う。


「目撃証言というものはないのか?」

「ねぇなぁ……。オレだって割とこの街じゃ顔の広い方だけどそういう話は聞いてない」

「被害者の人数は?」

「オレの知る限りは11人」

「随分な数だな」

「オレもそう思う」


 想定以上に多い人数に、コテツは目を細めた。


「しかしアレだろ? 剣かナイフで突き刺したあと、魔術でザックザクだろ? 惨いマネするよなぁ……」

「なんで知っているんだ?」

「見たんだよ。現場をさ」


 渋面でラウは言う。


「酷いもんだった。ゲロ吐いた。平民で、働いてもいねぇ女だからってよ、あんなふうに殺せるもんなのかよってさ、思ったね」

「そうだな。まさに、快楽殺人犯だな。現場を隠そうともしない、むしろ見せつけるような手口だ」

「あいつらも、もしも貴族に生まれなかったら死ななかっただろうによ。不公平だよなぁ……」


 ため息を漏らすようにラウは口にした。


「すまんな」

「あんたみたいな真面目な軍人は好きだぜ。あんたは生まれはいいのか?」

「いや、親の顔も知らん」

「……いいね、好感湧くよ」

「そうか」

「……オレも、スタロートだからさ」


 ラウ・スタロート。この教会に住む子供達のほとんどが、スタロートの姓を持つ。何のことはない、名前も付けられずに捨てられただけの話だ。


「フェリノアねーちゃんが母さんみたいなもんさ」

「そういえば、ここに神父はいないのか?」


 教会で、フェリノア以外の大人を見たことがない。気になってコテツは問う。


「いたよ、昔は。スタロートって神父の名前なんだ」

「今はどうなったんだ?」

「貧乏が嫌でなんもかんもぶん投げて逃げちまった」


 特に悲しみや憤りを見せるまでもなく、ただ平坦にラウは言った。


「気持ちはわかるけどな。貧乏我慢して自分のガキでもねぇのに子供育ててさぁ。そう考えると姉ちゃんは聖人だな、オイ」

「そうだな」


 頷いたコテツに、ラウはあえて軽薄な表情を作る。


「やめやめ、しんみりしたな、なんか。それより話戻すけどよ、犯人は魔術師なんだろ?」


 明るい声に、わざわざ水を誘うとは思わない。コテツはただ頷いた。


「そうだな」

「その辺から当たれば犯人は見つけられるもんなのか?」

「間抜けであれば発見されるが。犯人が魔術を使えるか公言しているかはわからない」

「……それもそうか。そうだったら、簡単なんだけどな」


 と、そんな時、二人の元にフェリノアがやってきた。


「おはようございまーす……」

「ああ、おはよう。眠そうだな」

「ええ、昨日は眠れなくて」

「そうか」

「昨日、悲鳴が聞こえてからずっと怖くて、眠れなかったんです」


 そう言って彼女は目を擦った。


「ったく、しゃあねぇなぁ、うちの姉ちゃんはよ。ま、うちの中でじっとしてるのが一番だろうけど」


 ラウが肩を竦め、フェリノアが苦笑する。

 やがて、子供達も起き始め、中庭へと集まってきた。


「コテツが畑耕してるー!」


 コテツが鍬を振り下ろし、豪快に地面に突き刺さる度に子供達が声を上げ、挙句の果てにはコテツの背によじ登ったりと、好き放題である。

 六人程にぶら下がられ、遊具状態となったコテツは、鍬を置き、そのまま歩き始める。


「一度中に入るか」

「ですね、朝食もできていますよ」


 コテツが中に入ると、ノエルがエプロンを付けて待っていた。


「ノエルさんにも手伝ってもらっちゃいました」

「料理はできないので、本格的な調理にはあまり関わっていませんが」


 出てきた料理は、初日より量が多い。


「お金も出してもらった上に、いろいろ手伝わせちゃってすみません」

「いや、構わん。何もしないと体が鈍る」


 言いながら席に付き、食事が始まる。


「ならば、私と夜の運動を――」

「食事中だ」


 最近定番となったノエルの口撃をするりと躱して、コテツは食事を続けた。


「仲睦まじいお二人ですね」

「はい」

「そう見えるか」


 コテツの言葉に、フェリノアは笑って答える。


「ええ、見えますよ。はい」


 言われて、コテツはノエルを見た。


「まあ、気が合うのは確かだが」


 卑猥な方面に興味津々なことを除けば、コテツとノエルは似た者同士だ。同族嫌悪をするということもなく、話しやすい相手である。


「では結婚しましょう」

「論理が飛躍している」

「お二人は既に結婚しているのでは……?」


 首を傾げるフェリノアに、ラウは呆れたような視線を向けた。


「こりゃ姉ちゃん、夫婦漫才ってやつだよ」

「なるほど……!」


 感嘆の声を上げるフェリノアから意識的に目を逸らしつつ、しばらく。コテツが素早く食事を終えた頃。

 今度は、こんこん、と木をの扉を叩くノックの音。聞こえたのは昨日も聞いた女貴族の声だった。


「どうも、マレットです。コテツ様はおられますか?」

「マレット様!?」

「入ってもいいですかね?」

「ええっ、どうぞ!」


 扉が開き、マレットが中に入ってくる。


「おはようございます、コテツ様」

「ああ、おはよう」

「ラウも、おはよう」

「おはよう、マレットさん」

「ジャンもトニーもおはよう」


 子供達からも、元気なおはようが返される。


「おはようございます、ノエル様」

「はい、おはようございます」


 そんな中、にこりともせずに、ノエルは返した。

 しかし、気を悪くしたような様子もなく、マレットはコテツとノエルの二人に視線を向けた。


「さて……、今時間はありますか? コテツ様、ノエル様」

「問題ない」


 言われて立ち上がり、コテツは歩き出したマレットを追う。ノエルもそれに続いた。

 そうして、外に出て、コテツはマレットに問う。


「今日は護衛を連れていないのか?」

「ええ。子供達に会うにはちょっとものものしいかと。あとでまた、合流しますよ」


 そう言って彼女は笑った後、表情を真面目なものに切り替えた。


「さて、単刀直入に聞かせてください。私たちはどうすればいいでしょうか」


 その問いに、コテツは少しの思考の後、口を開く。


「そうだな、前提条件として、俺とノエルはこの街に疎い。できる限り、君に同行したい」

「……そうですね、確かに、一緒にいてもらった方がいいかもしれません」

「あとは、そちらでどれほどのことをしたのか知りたい」

「私達がしたこと、ですか。とは言え、聞き込み程度のことしかできていないのですが……。後はそうですね、夜は見回りを」

「……それで、昨日はあの場にいたのか?」

「はい。護衛を引き連れて、ですね。今のところ効果はありません。闇雲に探しているだけなので。本当はもっと人手を増やして組織的に見回りをしたいのですが、そちらは計画中です」


 悔しそうに、マレットは言った。


「では、事件の分布図はあるか?」

「分布図、ですか?」

「ああ。どこで事件が起こったのか知りたい」

「なるほど。ちょっと待ってください」


 マレットが、いきなり地面に膝を着き、地図を広げた。


「見回り用の地図なら常に持ち歩いていますので」


 言いながら、マレットはペンを取り出し地図に赤い丸を付けていく。


「確か、こことここ……、次にここで、前回がここ……」


 そうして出来上がった地図を、マレットは立ち上がってコテツの前に広げて見せた。


「全体的に広がっているな」

「ですね。やっぱり組織的に見回りするしかないのでしょうか」

「ちなみに、時刻は?」

「どの事件も夜の十時以降、夜中一時前に起きています。偏りはないですね」

「なるほど」


 無作為に行えば、無意識に偏りが出るもので、作為的に分布をばらけさせているのだろう。


「犯行時間と現場に法則を見出すのは難しそうですね。共通するのは剣で斬った後、何らかの魔術でさらに刻みつけること暗いでしょうか」


 ノエルが呟く。

 確かに、この分布図で次の現場を予想するのは難しいだろう。


「どうしたらいいでしょうか」


 マレットの問いに、コテツは言った。


「ふむ……。地道な聞き込みと見回りしかないな、現状においては。君の方で目撃証言はないのか?」

「ありませんね。参ったことに」

「いつから始まった?」

「聞き込みの結果、ひと月前あたりからとのことです。私が異変に気付いて動き出したのは半月前ですね」


 一か月で十一人。三日に一人の頻度で人が死んでいる。異常な話だ。

 その事実に、コテツが黙り込んだ辺りで、遠くから声が聞こえてきた。


「……おーい、にいちゃーん」

「む、ラウか」


 背後から走ってきたのはラウだ。


「今、あの事件の話してるんだろ? オレにも一枚噛ませろよ」


 挑戦的に笑って、ラウは言う。

 それを窘めたのは、コテツではなくマレットだった。


「ダメです、ラウ君。危険ですから」

「そんなこと言わないでくれよマレットさん。オレだって何とかしたいんだ」

「ラウ君、勇敢な男の人は素敵です。君の決意は格好いいと思う。でも、男の子には、将来国を担うという役目があるんですよ。そんな、若い命を簡単に危険にさらすものではないでしょう」


 そう言って彼女はラウに微笑んだ。


「お、オレはいいんだよっ、そんなの。国を担う予定もないし」

「ダメです。大人に任せておきなさい。確かに私だけでは頼りないかもしれませんが」

「そんなことは言ってねーけど……」

「でも、今はとても頼りになる男性と、深い知識を持つ魔術師殿が味方にいるのですよ」


 そう言って、マレットはコテツ達に視線を向けた。


「むー……、じゃあ、せめて昼の聞き込みだけでも手伝わせてくれよ。そっちは人手が多い方がいいだろうし、にーちゃんやねーちゃんには案内が必要だろ? 顔も結構広いつもりだぜ?」


 多少不服そうではあるが、ラウは妥協案を示してきた。

 マレットはそれに、考える姿勢を示す。やんちゃなラウのことだから、ここで断れば一人で何かしてしまうかもしれないということを、憂慮しているのだろう。

 結局彼女は、そう考えてか折れることにした。


「うーん……、それならいいでしょう。頼りにしてますよ、ラウ君。ただし、勝手な行動は取らないこと」

「オッケーオッケー、それで行こう」


 話が纏まり、ラウがコテツの隣に並ぶ。


「では早速、手分けして聞き込みをしましょうか」


 マレットが全員を見渡してそう言った。












 北区の大通り。コテツは、聞き込みにおいてマレットの希望で、彼女とペアを組んでいた。


「こんにちは、オーギュストさん」

「おお、これはマレット様」


 マレットが、鍛冶屋の店主に声を掛けると、すぐさまオーギュストと呼ばれた中年の店主は頭を下げた。


「今日も、調査ですかい?」

「ええ、そうなんです。今日はちょっと助っ人もお連れしてて」

「お? だれだこの兄ちゃん」

「王都の軍人の方です。偶然観光にいらっしゃったところを、協力してもらってるんですよ」

「そいつはありがてぇこってす。にしても、観光かぁ。平和な時に来てほしかったなぁ」


 ぼんやりと、オーギュストは呟いた。


「オーギュストさん、昨日今日で何か変わったことはありませんか?」

「ないねぇ。申し訳ない。昨日もいつも通り働いて、夕方店じまいして、夜ちっと散歩して寝ただけで」

「そう言えば、先日会いましたね、見回りを始めた時に」

「ですな。あっしもマレット様が見回りをなさるのと同じくらいにあっしも散歩を始めるんで」

「この辺りはうちの近所でもありますし」


 慣れた様子で世間話をする二人。

 変わった貴族、というのは確かなようだ。


「いやしかし、申し訳ない。捜査の役に立つようなことはありませんで。毎日のようにマレット様が頑張っておられるところしか見てませんや! あっしは他にゃ鉄打つしかすることのない能無しでしてね」

「そんなことをいうものではないでしょう、オーギュストさん」


 少しだけ、語気を強めてマレットは言った。


「あなたの剣がなければ戦えない人がいるでしょう。かくいう私も、私の護衛もあなたの剣を使っています。そして、それだけでなく、評判が上がればこの街に来る旅人は増え、経済が活性化します。それでなくても、私達貴族はあなたたちの税によって生きているも同然。どうか、誇りを持っていただきたい。あなたの槌と、力強い腕に」

「て、照れちまいますよ! やだなぁ、もう……!」


 顔を赤くし鼻を掻くオーギュストに、マレットは微笑みかける。


「ふっふっふ、あなたがその腕に誇りを持つまで、続けますよ?」

「わ、わかりましたからやめてくださいって!」

「よろしい。では、私達は行きます。あなたも用心なさって」

「はい」


 そうして、店を後にする。


「君も随分と顔が広いようだな」


 マレットが歩けば、会う人間が皆挨拶をしてくる。話しかければにこやかに対応する。

 特に、北区はそれが顕著だった。


「彼らのことが、好きなだけですよ」


 愛おしげに、マレットは鍛冶屋の方向を見つめた。


「特に、何かを生み出す男性の腕が好きなんですよ。力強い腕を見ると、父を思い出します」


 そして、マレットは一歩コテツに近寄ると、不意にコテツの腕を包むように掌で触れた。


「あなたの腕も、好きですよ」

「何も作れはしないがな」

「別に、モノに限ったものではないですからね。国難を退け、人々を守る剛腕でしょう、それは」

「……人々を守る、か」


 今だ尚、五里霧中なコテツの腕でも、それだけの価値があるのだろうか。


「さ、行きましょう、コテツ様」


 手を引かれ、コテツは歩く。


「しかし、やはりこれといった証言は得られませんね」

「そうだな。当然と言えば当然だ」


 皆、捜査には協力的なのだが、いかんせん事件に関わる重要な情報はない。


「こんにちは、マレット様」

「こんにちは」


 今も、前方より夫婦が声を掛けてきた。


「こんにちは、リューク」


 それに返事を返しながら、二人は進んでいく。


「とりあえず、ラウ君と合流しましょう」













「なあ、姉ちゃんよ。コテツのにーちゃんは貴族に様付けされるようなエライ奴なのか?」


 一方、ラウと組んだノエルは淡々聞き込みを続けていた。


「はい。前回も言った通り権力はありませんが権威はあります」

「じゃああれか? かなり高い位の騎士団の団長とかか?」

「いえ、違います」

「えー、なんなんだよ一体。気になるなぁ」

「あの方が自ら明かさない限り、私が勝手に伝えるのはルールに反します」

「いや、無理に聞こうとは思わねーって」


 マレットもマレットだが、ラウもまた、南区の方では顔が広かった。


「おーう、やんちゃ坊主。今日はどうした?」


 年齢の割に擦れて斜に構えてはいるが、たまに子供っぽさを見せるラウは大人たちに人気が高い。

 また、フェリノアの人徳もあるのだろう。街の人々は、にこやかに話しかけてくれる。


「買い出しか? いいキャベツが入ってるぞ」

「残念、今日のオレはガキの使いじゃねぇんだよ。今、マレットさんと事件について調べてんだ」

「何ぃ? 危ねぇぞ、やめておけ」

「心配いらねぇって。マレットさんもいるし、この姉ちゃんは魔術師だし、コテツっていうとんでもなく強い軍人までいるんだぜ」

「ふぅん……、この姉ちゃんがねぇ。マレット様とその護衛殿はともかく、コテツってのはなんだそりゃ」

「観光に来てる、王都の軍人らしいぜ。でっかい斧でブラックベアをぶっ殺した奴だ」


 にやりと笑ってラウが言うと、思い当たったかのように、八百屋の店主が声を上げた。


「ああ、あの騒動の! あの熊の頭かち割った奴か。ふぅむ、なるほど。その軍人とやらがやったのか」


 ブラックベアの死体は、街に運ばれ、解体された。食用にも適するらしく、手は珍味になるそうである。


「ああ、すげぇやつだよ。亜人みたいな動きするんだ」

「そうかい。でも気を付けろよ。どんなにすごい奴が近くにいても、おめぇはおめぇだからな」

「わぁってるよ。マレットさんにも怒られたからな。聞き込みだけだよ」

「さよけ、ならいい。なんかあったら伝えてやるよ」

「おう、ありがとよ」


 そして、八百屋が視線をノエルに向け、頭を下げた。


「美人の嬢ちゃん。こいつのことよろしく頼んます。見ての通りやんちゃで聞かん坊のやんちゃ坊主でしてね、なにやらかすかわからないんで」

「おい、おっちゃん、何恥ずかしいこと言ってんだよ!」

「お任せください。ラウは、私が守ります」


 まっすぐに見据えて、ノエルは言った。

 頼んます、とだけ返事が返ってくる。


「じゃ、じゃあ、おっちゃん、オレ行くからな!」

「おう、行って来い。フェリノアちゃんにもよろしくな」

「うちの姉ちゃんに色目使うなよー!」

「つ、使ってねぇし! 母ちゃんにぼこられるし!!」


 ラウが若干の意趣返しをして、二人はその場を後にした。

 ラウは何やらはずかしいそうだったが、ノエルは気にせず声を掛けることにする。


「と、いうわけで」

「なにがと、いうわけで、だよ」

「あなたにこれを渡しておきます」


 ノエルは、隣を歩くラウに、青く輝く小石を渡した。


「なんだよ、これ」

「これを割ると、一度だけ、私に通信が可能となります。何か危ないことがあったら使ってください」

「ちょ、それ高いんじゃねぇの?」

「私がその辺の小石で作ったので元手は無料です」

「は? マジかよ、すげぇな」

「精密な魔術構成は私の得意分野です。まぁ、触媒も触媒ですし、効果は数日持つか持たないかの魔術具と呼ぶにもおこがましい品ですが」


 魔術に親和性のある、抵抗の少ない触媒を使えば、そういう本物の通信機と遜色ないものが作れるのだが、いかんせん素材が高い。

 ノエルは精密な魔術の行使により、その辺の石でも効果を生み出すことはできるのだが、どうも不安定になってしまう。

 三日や四日くらいは効果を保障できるが、それ以上はいつ効果が切れるか知れたものではない。

 よって、大量に作り置きしようが無意味な、欠陥品である。


「お、おう。ありがとな。危なくなったら使う」

「はい、そうしてください」


 そこから、しばらく二人の会話は途切れた。

 もともとノエルは社交的ではないし、ろくな話題も持っていない。

 そのため、ラウが喋らなければ、本当に静かになってしまう。

 そんな中、ふとラウは声を上げた。


「しかしよぉ、平民の女ばかり狙って、11人か」

「どうかしましたか」

「なんで、平民の女だけ、なんだろうな。やっぱり、大事にならないからなのか?」

「その可能性は高いでしょう」

「だよなぁ……、命の重さってなんなんだろうな」


 その問いに、ノエルは静かに答える。


「錯覚でしょう」


 ただ、言い切る。


「人の命の重さに差異があるという錯覚を、大多数の人が起こしている。それゆえに、錯覚が現実を侵食します。全ての人間が同じ夢を見ていれば、そちらが現実であるかのように」

「……なんか、難しいな」

「理解する必要はないと思います。あるいは、普通に生きるのなら、理解してはいけないのかもしれません。理解してしまったあの人は、不幸なのかもしれませんね」

「コテツのことか。って……、なんか煙に巻いてねぇ?」

「いいえ。ただ、あなたにとってフェリノアと名も知らない貴族のご子息の価値は同じですか」

「いや、そりゃあ……」

「そういう基準を、誰しもが胸の裡に持っている。今は、そういうことではいけませんか」


 言われて、ラウは少しの逡巡、思考の後に更に問う。


「要するに、皆沢山優先順位を持ってて、たくさんの人間が大事だと思ってることが、こういう風に色濃く出てくるってことだろ?」

「はい。意外と聡明ですね」

「意外とは余計だ、バカ」

「嘘が吐けない正直者だと、よく言われます」

「……くっ。まあ、いいや、それでさ。もしも街一個でも、国一個でも、その錯覚って奴を変えることができれば、何か変わるのか?」

「変わるでしょう。きっとその錯覚を変えるのが、一番難しいのですが」


 それだけは断言できる。それは、ノエルが悠久の時を生き、そしてこれからも長い時を過ごすからこそ、断言できる。


「気付いた頃には時には、大きく変わっています。それはいつの世も変わりありません」


 良くも悪くも変わり続ける。それが人で人の世なのだ。ノエルはそれを知っている。


(私も変われるのでしょうか)













「結局……、収穫は無しかぁ」


 ラウは落胆しながら呟いた。


「一日で成果が出るならば、苦労はしないでしょう」


 ノエルが、冷静にそれを指摘する。

 日も沈んで、夜もいよいよ近づいてきた九時頃、一同は、聞き込みを終えて教会へと向かっていた。


「それでも数人に協力を取り付けられたのは大きいですね。南区に関しては、ラウ君のおかげです」


 南区でもマレットの人気はあるが、住居の位置柄、親しさの点では北区に劣るのが現実だ。


「やめてくれよ、照れるって。でも、おかしいよなぁ……、アレだけやっといて目撃証言が一つもねぇっていうのはさ。警戒して皆外出ねぇから、外に出てたら目立つだろ」

「そうですね。余程隠れ身が上手いのかも知れません」


 マレットがそう言った所で、一行は教会へと着いた。


「じゃあ、お疲れ様でした、ラウ君。ご協力に感謝します」

「ん、おつかれ」


 当初の予定通り、見回りにまではラウは同行させない。

 人手は多いほうがいいかも知れないが、見回りに関してラウは役に立たないだろう。足を引っ張る可能性もある。


「では、ちょっといつもより早いですけど、行きましょうか」

「そうだな」


 教会へと入っていくラウを見送って、コテツ達は歩き始めた。


(どうしたものか)


 そして、歩きながらコテツは考える。


「どうかしましたか」


 それを見て取られたか、ノエルに言われて、コテツは彼女に視線を向けた。


「このまま闇雲に動き回っても状況は難しいだろう」

「では、どうすればいいのでしょう」


 横から問うてきたのはマレットだ。


「証拠が必要だな。現場を押さえるのが一番手っ取り早いだろうが」

「そう、ですね。やっぱり見回りをもっと……」

(確かに、ごっこ遊びのような見回りをして遊んでいるような状況ではない。非常に面倒な状況だが……。三日に一人、今日も動くか?)


 コテツは考え、注意深く夜道を歩くのだった。


後五、六本で今回の話は終わりそうです。


余談。

ちなみに女王騎士物語は知ってました。

名前が完全に一致したのは記憶に残ってたからなんでしょうかね。

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