114話 観光
「では、すまないが世話になる」
「どうぞどうぞ」
ノエルと合流したコテツは教会に一歩踏み込んで、まじまじとそこまで案内した二人を見た。
修道服の女性の方はフードに隠れてしまって髪などは見えないが、どことなく柔らかくのほほんとした顔つきで。
子供の方は対照的にきりっとした、気の強そうな顔をしている。目は碧く、帽子から覗く髪の色はどうやら金色のようだ。
名前を、シスターの方はフェリノア・レスベット、帽子を被った子供の方はラウ・スタロートと言う。
そんな二人に連れられてきた教会の中には、他にも多くの子供がいた。
「だれ?」
「今日からちょっとお泊りするお兄さんとお姉さんですよー、仲よくしてくださいね」
八人いる子供は、性別も年齢もバラバラだ。見たところだが、五歳六歳、位から十五歳くらいまでと言ったところか。
ラウはその中でも年長に分類されるようで、十二、三、位に見える。。
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
コテツとノエルが、軽く頭を下げた。
「お二人ともそんなかしこまらずに。人類皆兄弟ですよ」
もちろん、ラウも含めると九人いる子供達は血がつながっていない。
ラウとフェリノアも、血のつながりはないそうだ。
「兄弟、ですか? 血がつながっていないのに」
少しの戸惑いを見せたノエルだったが、すぐに持ち直し――。
「なるほど、穴きょうだ――」
「それ以上は言わせん。どこで覚えた」
「あるメイドから」
「そのメイドに話があると伝えておいてくれ」
「はい」
幸い、子供達も、フェリノアも意味はよくわかっていないようだ。
「さ、何はともあれ、お二人はゆっくりしていってください」
「なんもねーけどな」
「ありますよ、私の説法とか……」
「ごめん、なんもねぇわ」
「世話になる身だ。問題ない」
「ところでですけど、これからどうするおつもりですか? もう予定がないのなら、是非、私とお話ししましょう」
そう言ってくるフェリノアに、コテツは表情一つ変えずに断りを入れる。
「いや、少し観光しようと思う。そのつもりでここまで来たのだからな」
「そうですか、お気をつけて。最近は、あまり治安も良くないようなので」
「日が沈めば、戻ってくる」
「わかりました」
コテツが踵を返すと、ノエルも黙ってそれに続く。
そうして、外に出ると、見える水の街は夕日に照らされ幻想的な雰囲気を纏っていた。
「あなたは――」
「なんだ」
橙に輝く街の中で、ノエルはコテツに問いかける。
「シスター萌えですか」
台無しだった。
「違う」
「隠す必要はありません。神に操を立てたシスターを強引に犯すのが好きならばそれはそれで」
「君が意味を分かって発言しているのかどうか、たまにわからなくなる」
「恥ずかしながら、具体的にどうするのかわかっていません」
無表情で彼女は言った。
「犯す、とは何をするのですか?」
「俺に答えろと」
「親切なメイド曰く、異性に襲い掛かることなのだそうですが、どのように襲い掛かるのでしょうか」
「……俺に聞かないでくれ」
「わかりました。勉強しておきます」
「できればやめてくれ」
その言葉は聞こえているのか、いないのか。
返答はない。出きれば肯定が欲しかったが、これ以上の追求は藪蛇の可能性がある。
そんな、しばらくの沈黙の後彼女は不意にコテツに問う。。
「ところで、あなたは、どうですか?」
何一つ意味がつながらない問いに、コテツは内心で首をかしげた。
「何がだ?」
問い返せば、彼女は少しだけ俯いて答える。
「あなたは楽しいのでしょうか、と聞いています。私の準備不足で、不快な思いをさせたかもしれません」
「問題ない」
コテツは、そう答えた。
正直な話、この程度の手間は何のこともない。猛獣の住むジャングルで野営するのとは訳が違う。まるで天国と地獄だ。
結果的にベッドも屋根も壁もある場所が見つかったし、何の問題もないだろう。
「それに、まだ移動して宿を確保しただけだ。旅行は、これからだろう」
「そうですか」
「君こそ、俺と旅行して楽しいのかわからんな」
コテツは天地がひっくり返っても己に愛嬌があるとは思わない。移動中の馬車の中でも軽快に言葉が飛び交ったわけでもない。
「そうですね……、よくわかりません」
空気に溶かすように、彼女は呟いた。
「でも、不快ではありません。それよりも、むしろ、私は。この気持ちは」
確かめるように、彼女は言葉を放つ。
「私は、わくわくしているのかもしれません」
「そうか」
そんなノエルを見てコテツは思う。
(あざみとソフィアも連れて来ればよかったか)
エーポス同士、女性同士の方が話が合ったかもしれないと考えながらコテツは歩く。
そんな時だった。
前方から明らかに一般人とは身なりの違う女性が現れたのは。
「あら? あなたは……、エトランジェ様ではありませんか?」
唐突に話しかけられ、コテツは自然と懐に手を伸ばしていた。
いきなりエトランジェとして話しかけられ、体は警戒態勢に入っている。
相手は女性が一人と、護衛であろう大男が二人だ。この二人も身なりのいい服を着ているが、腰には剣がある。
「あ、いえいえ、そうですよねぇ。いきなり声を掛けられたらびっくりしますね。とりあえず、あなたはエトランジェ様、ということで問題ないでしょうかね? 私はマレット・ククルシス。この街の北区にある屋敷で一応貴族というやつをやってます」
「コテツ・モチヅキだ」
「ノエル・プリマーティです」
「ああ、やっぱり。私はですね、エトランジェ様が召喚された当時、王都にいたのですよ。なので、少しだけ背格好に覚えがあったので」
敵意はない、と言わんばかりに彼女は笑顔を向けながら手を上げ、護衛達も剣を地面に置く。
「それだけなら声はかけなかったのですが、隣に美女が連れておられるので、エーポス様かと、推測し、確信を得ました」
そこまで言われて、コテツは懐から手を除いた。ただし、何かあったらいつでも戦えるように警戒は続けながらだ。
「こちらには、観光に?」
「ああ」
「どうですか? この街は」
「まだ来てそう経っていないが、悪くはない」
「それは幸いです。ところで、宿はどうするのですか? この時期どこも宿は埋まっていてお困りかと思いまして。そちらのこともあって声を掛けさせて頂いたのですが」
「確かに、宿に空きはなかったな」
「ええ、それで、よろしければ私の屋敷にいかがです?」
「いや、宿はなかったが寝床は決まってな。そちらに宿泊する」
コテツが断っても、マレットは嫌な顔一つせずに和やかに答えた。
「そうだったのですか。エトランジェ様をお招きできるかと思っていたのですが、残念です。しかし、困ったことがありましたらなんでも言ってくださいね。可能な限りの便宜を図ります」
「その時はよろしく頼む」
「ええ、エーポス様も遠慮なくどうぞ」
「わかりました」
にこやかに、マレットは去っていく。
「変わった人物ですね」
「そうなのか?」
ノエルの漏らした感想に、コテツはノエルの方を見つめる。
「護衛の質からそれなりの格の貴族と見受けられましたが、そういった貴族が屋敷の外に出て街を歩くというのはあまり見ないものです」
「そうか」
その辺りは疎いコテツなので、特に言及はしない。
ノエルもそこから話が広がるわけでもなく。
ただ二人、流れる水の隣を歩く。
「コテツ、魚が跳ねました」
「そうだな」
「あちらの水路はユニークな形ですね」
「ああ」
そうして、二人は妙に低いテンションで観光を始めたのだった。
「あ、おかえりなさい。夕飯はできてますよ」
「む、すまない。食事は外で摂ろうかと思っていたのだが」
「遠慮しないでください。この屋根の下にいる限りは家族ですよ」
そう言ってフェリノアは帰ってきた二人に笑顔を向けた。
反対に、ラウは不満そうに口をとがらせる。
「これで一人辺りの取り分が減るんじゃ、姉ちゃんもお人よしが過ぎるっての」
「すまんな」
「いいよいいよ、もう盛っちまったしさ」
「次回からは食材を提供する」
そう言ってから、コテツ達は広いテーブルに着いた。
もう他の子供達は食事を終えたらしい。ラウを除いた子供たちは教会の中庭で遊んでいるようだ。
そうなると、二人で食べるにはいささか広いテーブルだ。
「いただきます」
呟いて、コテツは食事を始め、意味が分かっているかはともかく、ノエルも同じように食事を始めた。
「食事の前のお祈りですか?」
「ん、ああ、そんなところだ」
「教会式でなければならないか?」
「いえ、そんなことは。おいしく食べてもらえれば。それに、子供にとってお祈りなんてただのお預けですよ」
食事そのものはパンとスープだけの質素なものだ。
十分粗食と言えるが、この教会にこの人数では仕方のないことだろう。
教会そのものもあちこち傷みが見えている。
そんな教会の中で食事をし、コテツはふと思い出して口にした。
「そういえば、街でマレットという貴族に会ったぞ」
「マレット様にですか?」
「よく出歩いているのか?」
コテツの問いに、フェリノアは苦笑を返した。
「ええ。困ったことに。とても、気さくで素敵な方なんですけどね。護衛がいるとは言え、襲われたらと思うと気が気じゃないですよ」
「あのねーちゃんがいねぇとオレ達死ぬからな」
そう言って、ラウも皮肉気に笑う。
「そうなのか?」
「ええ。あの方から寄付をいただいて、この教会は生活費の一部を賄ってます」
「国からの援助はないのか?」
「んなもん、領主の野郎が着服してるのに決まってんだろ。どこもそんなもんだ」
「なるほど」
外に出るたびに、この国の課題のようなものが見える。主に領主関係ばかりだが。
(アマルベルガが過労死するぞ……)
帰ったらもう少し労わるべきかと思いつつ、コテツは食事を終えた。
「ごちそうさまだ」
「ごちそうさまです」
「あら、お二人とも早いですね」
「癖のようなものだ」
「同じくです」
軍人だったため、常在戦場、食事は手早くだったコテツと同じく、同じ軍人のアルト乗り付き添ってきたノエルも食事に時間はかけない。
「お二人は、これからどうしますか?」
「どう、と言われても、あとは寝るくらいしかやることはないが」
流石にこの期に及んでランプだのお湯だの要求する気はない。自前のランプもあるが、無駄に油を消費することもないだろう。
ずっと馬車の移動で、終わってからは少し歩いただけと、体もあまり汚れていなかった。
「ではですね、私のお話を――」
そういえばそれがあったか、と思い出したコテツを救ったのは他でもないノエルである。
「申し訳ありませんが、この方は私と夫婦の営みがありますので」
方法が、些か過激すぎだが。
「まぁ、ご夫婦だったのですか? お若いお二人なので結婚なされているとは思いませんでした」
「よく言われます」
いけしゃあしゃあと、ノエルが答える。
「そうですね。夫婦のお二人を邪魔するわけには行きませんね。暇がありましたらいつでも言ってください」
「……そうしよう」
嘘を訂正するわけにもいかず、コテツはそれだけ呟いた。
「部屋は、空き部屋だけならいくらでもありますので。掃除はちゃんとしてありますから安心してください」
「ああ、何から何まですまないな」
「いえ、ではごゆっくり」
「さあ、行きましょう」
さりげなくノエルがコテツの腕を取り、空き部屋へと歩き出そうとする。
すると、それと同時に、外に遊びに出ていた子供たちが帰ってきた。
「ただいまー!」
しかしながら、その声に返されたフェリノアの返事は、泥まみれで帰ってきた子供達へのお叱りの言葉だった。
「こら! もう、そんなに泥だらけになって……。夜はほどほどにしなさいっていつも言ってるでしょう?」
「えぇー……、だって……」
「だってじゃないです。別に泥だらけになったらダメとも、ごはんを食べた後遊ぶなとも言いません。でも、水も冷たくなってしまう夜だけは、気をつけなさいって、いつも言ってるでしょ?」
フェリノアの言葉に、子供たちがバツの悪そうな顔をする。
冬ではないとは言え、夜は冷え込む。そうなると水浴びなどしていられないし、洗濯だって厳しいだろう。かといって、お湯を作るには薪を消費してしまう。水は教会の敷地に井戸があるようだが、薪は無限にあるわけではない。
「今は薪もほとんどないのですよ?」
だが、泥だらけになってしまったものは仕方がない。できるだけ拭いて、寝るしかないだろう。
と、そんな時。
「決して泥だらけになるということを助長するわけではありませんが」
そう、前置きしてノエルは口にした。
「お湯ならば、作りましょうか?」
こうやって更新すると、なんかテンポが悪いと言うか全然面白くならないと言うか、面白いところまで一気に出してしまいたいのですが、推敲が追いつかないので気長にお待ちください。
そして、今更ですが烈風脚が分かる方がいてなんか嬉しかったです。




