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異世界エース  作者: 兄二
10,「14g」
120/195

113話 旅行


 早朝。コテツは自室で弾丸のリローディングを行っていた。

 銃の弾は作ったほうが安く済むし、店によっては弾丸の精度に期待できない。そのために彼はできるだけ、城にいる間はリローディングを行い、弾を作るようにしている。

 無論、無から作り出すわけではなく、使用済みの薬莢と、弾頭部分たるブレット、中に詰める火薬、底にセットする雷管を組み合わせる作業だ。

 まずは慎重に火薬を量り、薬莢に火薬を流し込むと、コテツの上半身ほどもあるプレス機にセットして、コテツはプレス機を下す。

 ブレットと薬莢が組み合わさり、外観上は弾の体裁を取る。そこに雷管をセットして弾が一つ完成する。約14gの弾丸だ。火薬の素材や、薬莢やブレットなどの製造の精度の違いから、少々ばかりこの世界での勝手は違うが基本は同じである。

 そんな作業をコテツがしばらく繰り返し、余っていた薬莢を全てリローディングし終えた所、ちょうど部屋にノックの音が飛び込んだ。


「ノエルです」

「入って構わない」

「失礼します」


 入室したノエルに向き直るコテツ。


「作業を続けてくださって構いません」

「む、そうか」


 言われ、コテツは机に向き直り、弾丸をマガジンに込めることにした。

 そんなコテツの背に、ノエルが言葉を投げかける。


「暇、だそうですね」

「そうだな。それでも何とかやってはいるが」

「そんなあなたに、私から提案があります」

「なんだ」


 次々と手際よくマガジンを作っていくコテツへと、ノエルは告げた。


「――旅行に行きましょう」


 コテツは、出来上がったマガジンを机の上にあるマガジンポーチに入れて、振り向く。


「旅行?」

「はい。「旅行先で気になる彼も開放的大作戦。だそうです」

「それを俺に言っても構わなかったのか?」

「知りません」


 なんともあけすけな発言であるが、コテツに断る理由がない以上問題ないといえば問題ないのか。


「どこに行くんだ?」

「ノイマイン、という街です。張り巡らされた用水路が綺麗だとか。落ち着いた雰囲気の街なので療養に丁度いいかと」

「そうか。俺が断る理由は特にないが、アマルベルガの許可を取る必要があるな」

「そうなると思い、先に許可は取りました。ゆっくりしてきたらいいんじゃない? とのことです」


 準備のいいことだ。


「既に、空間内に食料、着替え、日用品は格納済みです」


 本当に、準備がいい。どうやらコテツは一切準備が要らないらしい。

 このままノエルと共に外に出るだけでいい、ということらしい。


「わかった。ではすぐに出るのか?」

「はい。あなたさえよろしければ。近場ではありますが、どうしても馬車で半日はかかります」


 荷物はすでにノエルが持っている以上、コテツの準備はほとんどない。

 既にお膳立ては済んでいるわけだ。


「わかった。よろしく頼む」


 すぐさま決断を下すと、コテツは机に残っていた弾丸一発をマガジンポーチのポケットに入れて、立ち上がった。


「はい、行きましょう」














 さらさらと、水の流れる音が聞こえる。

 船が渡れるようなものから、ペン一本流れるかどうかというものまで、ノイマインという街はそこかしこに水が流れていた。


「この街の中心部に、大規模魔術が敷いてあります。空気中の魔力を自動で取り込んで、水を作り出し、この街の全域に水を流しています」


 隣を歩くノエルが、そう説明してくれた。


「昔、この地域で長い日照りがあったそうです。その時に、当時の大魔術師がこの魔術を施したとか。既に雨も降るようになった今、観光資源にもなっています」


 コテツは、この街にしばらく滞在する予定だ。


「よく考えれば、仕事以外で王都を離れたのは初めてかもしれんな」

「初めて、ですか。わかりました、初めてをもらった責任を取りましょう」

「……いや、いい」


 にべもなく言い放ち、コテツは辺りを見渡した。

 とりあえず、今晩の宿を探す必要がある。


「宿の希望はあるか? なければ見当たる宿を手当たり次第に、となるが」

「ありません。一部屋でベッドが一つだとベストです」

「二部屋取れる宿を探そう」


 コテツは二部屋取ることを心に決めた。

 の、だが。








「悪いね。部屋はいっぱいいっぱいなんだ」


 既に、八件の宿を回って、同じ反応だった。


「割とこの辺は観光で有名でね。宿はどこもいっぱいいっぱいだと思うぜ」


 この台詞も、大体の宿が言ってくれた。

 通信設備が高級品なこの世界では電話予約なんてものはない。

 では予約をするためには人をやるしかないのだが、わざわざ人をよこして予約するなどというのは如何な貴族か金持ちか。

 ともあれ、どうやらこの街の宿を取るのは難しいようだ。


「最悪、野宿になってしまうな。俺は構わないが……」

「ウェルカムです。二人きりの野宿」

「やはり宿は欲しいか」


 やはりなるべくならば男女部屋は別がいい。


「少し、別行動を取るか。しばらくしたら入口で落ち合おう」

「わかりました。回転するベッドがある宿を探します」

「誰からの知識だ」

「あざみにが言っていました。男女が愛し合うためのそういうベッドがあると」

「間違ってはいないが間違っている」


 あざみには少し話が必要なようだが、とにもかくにも今日の宿だ。


「ベッドは回らなくても構わん。とにかく宿を探してくれ」

「はい」


 そうして、コテツとノエルは一旦別れ、歩き出す。

 少し離れて、コテツは近くの宿に再び入る。


「部屋は空いているか」

「ごめんなさいね。満杯だわ」


 宿の女将がすぐさま答え、コテツは踵を返す。


「邪魔をした。失礼する」


 観光名所というだけあって、宿だけは多い。コテツは見当たる宿に片端から入っていく。

 そして、次々と満室を突き付けられた。


「申し訳ありませんが……。ただ今満室となっております」


 果たして何個渡り歩いたか。周囲にめぼしい宿がなくなり、コテツは再び歩き出した。

 宿のある集合地帯から抜けたコテツは、どこへともなく進む。

 流石に、すぐに宿は見つからなくなった。


(密集地帯には既に空き部屋はない。あとは穴場を探すしかないか)


 最悪野宿か、酒場で一泊か。

 そんなことを考えながら、教会を横切る。


(この世界にもキリスト教はあるのか。あるいは十字架が似ているだけの別の宗教か)


 もともとあったのか、エトランジェの手が加わったのか。特に興味はないが。

 そうして、そのまま通り過ぎてしまおうと思ったその時だ。

 前から、十歳ほどの帽子を被った子供が走ってくる。彼は背後を見ながら走っており、前を見ていない。

 彼の視線の先にいるのは修道女、シスターだ。そのシスターも走っており、要するに、子供がシスターに追いかけられているらしい。

 速度の方は子供が有利のようで、シスターの方はスタミナ切れが近そうだ。


「待ちなさーい! 今なら……っ、まだ、手加減してあげます……!」

「やだよ! 誰が捕まるか!」


 子供はまっすぐにコテツのもとへ向かっている。

 このままいけば衝突するが、すぐに避ければ問題ないだろう。

 しかし。


「すみません! そこの人! その子、捕まえといてもらえませんか!!」


 その声に応えて、接近する子供をコテツは両手で捕まえた。


「ふむ」

「ちょ、おま、なんだよ!」


 突如として抱き上げられた子供は、手足をばたつかせるが、コテツはびくともしない。


「すみません、ありがとうございます! ちょっと掴んでてください!」


 シスターは器用に頭を下げながらそのまま駆け寄ってきた。

 それを見て子供は更に慌てるが、コテツは離す素振りもない。


「あぁー! もう、姉ちゃんに追いつかれちまったじゃねぇか!」

「もう逃がしませんよ!」


 シスターが十分に近づいたところで、コテツは子供を離した。


「全く、あなたは! いけませんよ、動物に乱暴しちゃ!」

「うるせぇよ、ねぇちゃん」


 ねぇちゃん、と言うが、外見を見るに、別に血縁関係があるわけではないだろう。教会に縁があるのだろうか。

 やんちゃ坊主と小言を言うシスターという光景をコテツはぼんやりと眺めた。


「いつも言ってるでしょう! 命は何より大切なのです。例え、犬であろうと、人であろうと変わりません、等しく尊いものですよ」

「嘘付くなよ。だってよ、オレらと、貴族の野郎の命の重さ、ぜってぇ違うだろ」


 叱るシスターに子供は冷めた視線を向けた。


「そ、そんなことはありませんよ、命は平等です」


 そんな二人を、コテツはぼんやりと見つめていた。


「貴族でも、私たちも変わりませんよ。等しく命は創られているのです」

「ぜってぇウソだ」

「とにかく、なんにせよ犬をいじめていい理由はありません!」

「強いヤツが弱いヤツをいじめる、何が悪いんだよ!」


 子供は納得していない様子で、しばしの間睨み合っていたのだが・

 不意に、二人はコテツ方へと視線を向けた。


「ところで、何か御用でしょうか……」

「あのさ、兄ちゃん、んなにじっと見られるとやり難いんだけど」


 困ったような顔で言う二人にコテツは真顔で返す。


「気にするな。続けてくれ」

「いやいやいやいや、気にするなじゃねぇって。何か用かよ」

「いや、特にそういったものではないが」

「じゃあなんだよ」

「そこの彼女の死生観に興味があっただけだ」


 ぴくり、とシスターの反応が変わる。


「私の言葉に……、ですか? もしかして、入信きぼ……」

「そういうわけではないが」


 被せ気味に言うコテツに勢いを失いかけるが、気を取り直し、彼女は言う。


「つまり、私の言葉でその気にして見せろということですね!」

「……ふむ、まあ、問題はないが」


 戦時中の兵士ではない、そういう価値観が気になっただけなのだが、わざわざやる気を出して説明してくれるならば否やはない。

 コテツにとっては現在、戦時と平時どころか、世界が違う。これまでの中で大きなズレを感じたことはなかったが、それは、関わった相手が大概軍人や冒険者だったりと、完全な一般人とは違うからかもしれない。

 別にだからどうということもないが、ふと、二人の会話が耳に入って気になった。 


「いいですか? 命というものは神がお創りになったものです。この世で最も重く、尊く、大切なものなのです。それを同じ命が軽んじること、奪うこと、誰にも許されません」

「少年、この考え方は一般的なのか?」

「はぁ? ねーよ。こんなお花畑。変な薬吸ってんじゃなきゃ、この姉ちゃんみたいなアホだけさ」

「そうか」

「こら! せっかく話を聞いてくれる人がいるのにそういうことを言うんじゃありません!」


 この反応を見るに、やはり一般的ではない、というべきか、相手にされていないというべきか。


「明日の飯にも困るオレたちの命なんざ軽いもんだろ。誰も気にも留めやしねぇさ」

「そうだな」

「え、ちょっと待ってください、あなたはどちらの味方なのですか?」

「別に君の考え方を否定するつもりはないが」


 しかし、コテツが「命は最も尊く、命を奪うことは許されない」などとは白々しいにもほどがあるだろう。


「なかなか手ごわい方のようですね。あなたの宿はどこでしょう、夜が明けるまでお話すればきっと……!」

「あきらめろって、姉ちゃん。ムリムリ」

「宿は現状決まっていないので、君の誘いに乗ることはできない」

「「え」」


 二人の声が重なった。


「これから探すのか?」

「いや、探している最中だが、今のところ空いている部屋はない」

「あー、なるほど、うん。こりゃ運が悪かったな。宿は混むし」


 そう言ったあと、しかし子供は笑う。


「でも安心しろよ」


 そう言って彼は、後ろを親指で指し示した。


「うちの姉ちゃんはお人よしだからな」

「教会に泊まっていかれませんか! わが協会はいつでも迷える子羊のために門戸を開いております!」




というわけで今回のメインはノエルです。

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