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異世界エース  作者: 兄二
02,初仕事
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10話 すれ違う訓練

「はぁ……、このお方が、今回のエトランジェですか」


 SHの技術は、通常の生活にまったくと言っていいほど転用されてはいない。

 そのため、村は周囲を木の柵で囲っただけ。村長の家でさえ木造建築。

 鉄の色など、どこを探しても見当たらない。


「よろしくお願いします、エトランジェ様」


 エトランジェの名は、国中、村の一つ一つまで広まっているようだった。

 村長は深く頭を下げ、コテツの手を握る。

 コテツは、無言で村長の姿を見ていた。


「やるだけやらせてもらおう」


 そう言って、コテツは村長から背を向けた。

 その背を、あざみが追う。

 コテツは、家を出て近くにあった木を倒して削っただけのベンチに座る。


「ご主人様? どうかしたんですか?」

「いや……」


 さりげなく、あざみがコテツの隣に座った。


「初めて首都から出たわけだが、こうしてみると」

「こうしてみると?」

「異世界に来た事を実感させられる」

「そんなモンですか?」

「外に出るまでは、いっそ地球に封建制の国が残っていたと言われたほうが信憑性が高いと思っていた」

「はぁ、なるほど。異世界設定とか、壮大なドッキリの方が信じ易いかもしれませんね」

「だが、こうして世界の奥行きを見せられると、遠くまで来たものだ、とな」


 遠く空を見上げてみても、コテツの居た地球と変わったところは見当たらない。


「大丈夫ですよっ、ご主人様。私がいますからっ」

「まあ……、ある程度俺の世界の話題が通じるのは、助かる」


 と、そんな二人に駆け寄る人影が一人。

 コテツが足音のする方に目を向けると、底にはクラリッサが立っていた。


「コテツ・モチヅキ。なにいきなり家から出てるんですか。村長さんが何かしたかって戸惑ってました」

「まあ、少しな」


 クラリッサは、コテツに呆れた目を向けている。

 世間知らずを見る目だ。


「まあ、それは異世界から来たんだから色々あるんでしょうけど。村長さんは今、いつ盗賊が山を降りてくるかって怯えてるのです。それを安心させるために胸を張るのも、私たちの仕事。余裕のあるフリだけでもなさい」

「そうだな。すまん」

「さて、じゃあコテツ、行きますよ」

「どこにだ?」


 踵を返したクラリッサに、コテツは首を傾げた。


「訓練です、付いてきなさい」


 有無を言わせず、クラリッサは言い切る。

 これに逆らうと、ろくなことにならない。

 ちくちくと、嫌味が続く上に、結局訓練させられるのだ。

 コテツは、無言で立ち上がった。

 そして、二人無言で歩く。

 さほど広くも無い村を出て、膝を付く機体の元へ。

 装甲を登ってするりと胸のからコクピットに入り込む。

 コンソールを弄ると、ハッチが閉められ、機体が立ち上がった。

 それは、クラリッサの機体も同じのようで、アインスと似ているようで、どこかスマートな印象を受ける赤い機体が立ち上がる。

 それと同時に、コクピットに声が響く。


『真剣だけど、問題ありません。あなたの剣くらい避けるし、こっちは寸止めにするから』

「了解」


 コテツは短く答えた。

 確かに、コテツもクラリッサも、壊れる寸前で止めるくらいの技量はある。

 それに、コテツのアインスであれば、壊れたとしてもディステルガイストがある。

 山賊が警戒する件に関しては、他の面子に相乗りするなり、SHの手のひらに乗るなりして移動し、必要とあらばディステルガイストを呼び出せばいい。

 そもそも、城内で信頼を得るまでコテツは一日も無駄にできないはずの立場だ。

 だから、訓練も当然。

 熱が入る。


『じゃあ、行きますよ!』


 クラリッサからの通信が届くと同時、高速で赤い機体が踏み込んできた。

 シュティールフランメ。特徴は高出力による機動力とハイパワー。

 弱点は装甲の薄さ。クラリッサはその弱点を巨大な大剣を盾代わりにも扱うことで、機動力を殺さずカバーすることができる。

 コクピットには、その大剣が風を切る音すら聞こえてきた。


(機体が少し振り回されているな……)


 考えた瞬間、インパクト。

 横から迫る黒い大剣を、コテツはブロードソードを立てることで対応した。


「……ぬ」


 初撃は防御に成功。

 しかし、通常の出力が違いすぎる。

 ともすれば押し切られかねない。コテツは受け流すように、しゃがみ込む。

 頭上を大剣が駆け抜けていき、コテツはそのまま大剣を振り切った体制のシュティールフランメに突きを放つ。


『んっ……! 悪くないけど、当たらない!!』


 あるいは当たるかと思われた攻撃だが、すんででクラリッサは身を翻した。

 コテツから見て右に体をずらしたシュティールフランメが、そのまま縦に剣を振り下ろす。

 コテツは、片膝をついて、剣を横にし受け止める。


「ぐ……、くっ」


 機体が軋む。

 出力の違いは絶対的な差として、コテツのアインスを押しつぶさんと圧し掛かって来ていた。

 まず一番最初にガタがくるとすれば腕だ。まず腕が裂けて千切れる。


(避けきれるか……?)


 迷う暇はない。潰されない内にどうにかする必要がある。

 コテツは連動型操縦桿を握り、繊細な操作を行った。

 機体を右にずれるようにしながら立ち上がらせ、剣は次第に切っ先を下へ向けるようにする。

 調整をしくじれば立ち上がれず潰されるか、先に大剣が滑り落ちて体を切り裂くかのどちらかだが、コテツは上手く成功させた。

 かみ合っていた刃は滑りあい、大剣は地へと向かう。

 コテツはそのままブロードソードを横薙ぎにするが、あっさりと弾かれた。


(やはりこの動かし方だと、攻めは合わんな)


 考えながらも、機体を動かす。

 とりあえずは距離を取る。大剣の間合いの外へだ。


(しかし、このラグと即応性の悪さ。俺の世界で行けば何世代前の機体になるんだ……?)


 クラリッサが踏み込んで、連撃を行う。


(しかも魔術補正か、妙に性能が良いから手に負えん)


 まともに受けてはいられない。

 その全てをコテツは流すように受ける。


(この世界の技術では操縦周りの設計は難しすぎるのか? だから機体性能にばかり目が行ってしまう……、いや、マイルドな方が確かに動かしやすいか)


 続く連撃。

 コテツは受け続ける。


(……まあ、今回はこんなものか)


 そして、最後に、コテツは持っていたブロードソードを弾き飛ばされた。


「参った」

『いつも通りですね! コテツ・モチヅキ! シャルロッテ様が直々にあなたを鍛えているというのに申し訳ないとは思わないんですか!!』


 そんな声を聞きながら、コテツはコクピットから出て、機体を降りる。

 そして、そのままコテツは近場にあったベンチに座り込んだ。

 少し遠くでは、クラリッサが機体を降りているのが見えた。

 そんな彼女は、機体を降りるなり、すぐさまコテツの前へとやってくる。


「今日も私の勝ちですね」


 そして、そう言ってクラリッサは無い胸を張った。

 コテツは、そのクラリッサを見上げ、素直に頷いた。


「そうだな」

「……。ええ、これで私の何勝でしたっけ」

「七勝目だ」

「……そう」


 何故か、彼女の眉間には皺が寄っていた。

 コテツにも、機嫌がよろしくないことは見て取れる。


「……歴代最弱ですものね」

「そうかもな」


 いや、現在進行形で悪くなっている。

 コテツが言葉を紡ぐ度に、彼女の顔は不愉快そうに歪んでいった。


「本当、前代未聞ですね」

「だろうな」

「なにか思うことは」

「ない」


 コテツは真顔で答えた。


「あなたは……!」

「なんだ」

「あなたは一体何なんですか……!?」

「君は俺に何を答えさせたいんだ」


 そして遂に。

 コテツはクラリッサの堪忍袋を引きちぎってしまったことを知ることとなった。


「……悔しがってくださいよ」


 ぽつり、とクラリッサはその言葉をこぼした。

 コテツは、意味がわからず首を傾げる。


「何故だ?」


 すると、まるで堰き止めていたものが決壊したかのように。


「どうして悔しがりもしないんですか!」


 遂に、クラリッサは語気を強めて言い放った。

 コテツは、表情に出さないまま面食らっっていた。


「負けても馬鹿にされてもへらへらと! それが愉快な訳じゃないんでしょう? あなたが悔しいと言うのなら――!!」


 コテツは、黙ってクラリッサを見上げる。


「ど、どうしてそこで捨てられた犬みたいな顔するんですか……」

「すまん」


 捨てられた犬のような顔、というよりは困り顔だ。

 コテツは人付き合いが下手だ。それを求められなかったからだ。

 機体に乗って、勝ち続ければ何も文句は言われなかったのだ。


「なんで、謝るんですか」

「すまん。……とりあえず、どうして俺が悔しがらないのか、という話だったか」


 コテツは、人付き合いの薄さゆえに戸惑う。

 が、しかし、彼はそれでも一応考えて答えることにした。

 コテツは、クラリッサを見上げたまま、口を開いた。


「負けたら死だった。悔しがる暇もない」


 情けもまた誉れであるこの世界とは違う。

 コテツの世界はもっと血なまぐさい。むしろ、エースは意地でも殺さなくてはならない存在だ。


「次があるのは素晴らしいことだ」

「だ、だからって! どうして、あなたは……」


 言葉に詰まるクラリッサ。それを見上げながらも、コテツは彼女の言葉の意味を考える。


「あなたを見てると苛々します! どうして、あなたは平然としてるのです!」

「君は、俺に悔しがって欲しいのか」

「っ……、そう」


 クラリッサ。クラリッサ・コーレンベルク。

 優秀だが、まだ未熟。融通が利かないが、真面目な努力家。


「……君が、努力家だからか」

「は? あなたは何を言っているのです?」


 どうやら、上手く伝わらなかったらしい。

 コテツは今一度言葉を吟味する。


「つまり。努力もせず、嘲笑される側に甘んじていながらも、エトランジェでありアルトの操縦士に納まった俺が気に食わない、ということではないのか?」

「っ……!!」


 少なくとも。ただコテツ・モチヅキが気に食わないというわけで突っかかってきているのではない、とだけコテツは判断できた。

 とりあえず、彼女が努力家の一人として怒っているのだ、ということも、わかった。

 つまるところ、努力家からすれば、努力しないコテツは見てて苛立つ、嫌いだ、ということなのだろう、と考えたのだ。

 だが。

 言われたクラリッサは、驚いたような顔をしていた。

 まるで、ショックだ、とでも言いたげな顔だ。


「違う……、違いますっ! もう……、知らないっ!!」


 クラリッサが踵を返す。

 コテツは声を掛けようとしたが、言葉が見つからなかった。

 ただ、クラリッサの背を見送って、コテツは首を傾げながらのろのろと立ち上がる。


「……難しいな」


 ぽつりと呟くが、それに返ってくる答えはない。

 と、そこへ、見計らったかのように、あざみがやってきた。


「訓練、おしまいですか?」

「ああ」


 頷くと、あざみはタオルを差し出し、コテツはありがたくそれを受け取った。

 そして、少し、あざみに聞いてみる。


「あざみ」

「なんでしょう?」

「努力家にとって、努力しない人間は、どう映る?」


 言葉に対し、あざみは首を傾げ、数秒の思考の後、考えを語った。


「私も努力家じゃありませんからわかりませんけど。努力しろよこの野郎! って感じじゃないですかね?」

「……ふむ」


 結局、移動と訓練で日は暮れかけている。

 コテツは、村に戻って眠ることにした。










「ねぇ、ご主人様」



 夕食を終えた後、ふらりと外へ向かい、一人佇んでいたコテツの背に声が掛かる。

 コテツを主と呼ぶ女性など、一人しか心当たりはない。

 あざみだ。


「なんだ」

「ご主人様って……、操縦以外基本的にダメ人間ですよね」


 確認するような言葉に、思わずコテツは脱力する羽目となった。


「……否定の言葉は出てこないが。一体何の用だ」

「いえね、今日の訓練が終わってからクラリッサさんにガン無視されてたなぁ、と思いまして。何かあったんですか?」

「ふむ、まあ、そうだな。怒らせた」


 事実だけを、コテツは短く告げる。


「怒らせたって……。まあ、いいです。とにかく、明日は出撃ですね」

「そうだな」


 今日が終わり、明日の日が昇ればコテツ達は山へと向かうこととなる。

 コテツの初仕事であり、何もかも未知数だ。


「頑張りましょう、ご主人様っ」

「そうだな」

「むぅ……、やる気ないですねー」


 拗ねたように口を尖らせ、あざみはコテツを見る。

 そして、すぐに表情を戻し、コテツに向けて、妖しく笑った。


「そんなご主人様に一つご忠告を」

「なんだ」

「何も持たない、夢も見ないし願望もない。それは自由で楽ですけど」


 月夜の下で、黒髪の少女はコテツに向かって囁いた。


「状況はそんな貴方を許しません。結果が同じなら自ら進むか、無理やり背中を押されて進むか。どっちがいいか、決めておいた方がいいですよ――?」


 言うだけ言って、後はおやすみなさいと言い残し、あざみはコテツの元を去っていく。


「……この世界には、お節介焼きが多いのか?」


 残されたコテツは、一人ぽつりと呟いたのだった。

次回辺りから戦闘に入ります。

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