112話 Cute a Cute
「城下の大通りに面した路地にな、新しい店ができたんだ」
「そうなのですか?」
城の中庭のテラスに、二人の女性。
「ああ。先日見つけてな。中々いい店だぞ」
一人は、シャルロッテだ。
そして、もう一人はメイド姿の女性。黒く長い髪を真っ直ぐに下ろした女性で、金の瞳は少々ばかり鋭く、怜悧な美人の印象がある。
二人は、テラスに置かれたテーブルに座り、紅茶を飲みつつ会話を楽しんでいた。
「そうなのですか。是非、行ってみたいですね」
正に、クールな容貌を持つ二人のその情景は実に絵になる。
「ああ、休みさえ合えば、案内できるのだが」
「御気になさらず。団長殿が忙しいのは重々承知しています」
「あなたほどではないよ、メイド長」
そう言ってシャルロッテは笑った。
シャルロッテの前にいるのは、この城のメイド長と呼ばれる人物だ。
侍従の長で、この城の中に関することのほぼすべてを掌握している。
文武両道、魔術にも長けた、人外じみた女性だ。
武に絞れば、シャルロッテは負ける気がしないが、器用さと有能さ、という点では彼女の方が圧勝だろう、とシャルロッテは睨んでいる。フリードの事件の時、避難の陣頭指揮を執ったのが彼女である。
いざという時、シャルロッテがアマルベルガの元を離れなければならない状況が来たら、メイド長である彼女にアマルベルガを託すのを躊躇わない程度には、メイド長は優秀だ。
何でも一定以上にこなし、細かい気配りのできる有能さは副官に欲しいくらいである。クラリッサは戦力としては優秀だが、作戦立案にはあまり役に立ってくれない。
「私など、矢面に立つ方々に比べればどうということはありませんよ」
コテツは別格として、シャルロッテが対外的に見せておく切り札だとすれば、彼女は伏せておいてこそ力を発揮する切り札だ。
「表に立つ者よりも、裏方で暗躍する者の方が私は恐ろしいがな」
呟いた言葉に、メイド長は完璧な笑顔で返す。
「ふふ、頼りにしているよ。さて、私はそろそろ訓練だな。悪いな、忙しいのに引き止めてしまって」
「いえ、光栄です。では、私も仕事に戻ります」
二人、椅子から立ち上がる。
そして、ふと思い出したかのようにメイド長は聞いた。
「ああ、そういえば、ピョートルはお元気ですか?」
「ん、ああ……。友人も増えて、元気にしているよ」
「それは良かった。それでは、また」
「ああ」
一つ微笑んで、笑顔で送り出してくれるメイド長。
最近友人になった彼女を一度だけ振り返って、シャルロッテはその場を後にした。
「メイドちょー、おはようございます!」
背筋を伸ばし、颯爽と歩くメイド長に、二人の人影がすれ違う。
「おはようございます、メイド長」
ターニャと、リーゼロッテだ。
「ええ、おはようございます。ターニャ、リーゼロッテ」
瀟洒に、メイド長は挨拶を返す。
二人は洗濯物の入った籠を持ち、これから洗濯に向かうようだった。
「リーゼさんリーゼさん。私今度、料理させてもらえるってー」
「そうなんですか? ターニャさんは凄いですね。もう、お料理だなんて」
仲睦まじく歩く二人を見送って、メイド長は思う。
(ここが桃源郷ですか)
……怜悧な顔の裏側は、割とピンク色だった。
(なんて可愛らしいのでしょう。私が一から染め上げたリーゼに、新入りのターニャちゃん……、この二人の仲がいいだなんて、神も粋な真似を……!)
メイド長は。
可愛いものが大好きだ。愛している。心の底から。
ちなみに王女騎士団団長は同志だ。可愛いもの好きの。むしろ、そこから繋がった交友と言って過言ではない。部屋にテディベアが飾ってある同盟だ。
しかし、シャルロッテはテディベアだとか、小動物、そういったものに反応するのだが、メイド長は少し違う。
テディベアや小動物は勿論のこと、キモ可愛いから子供に至るまで、非常に広い範囲もカバーしている。
(シャルロッテ団長も、可愛らしいお人ですし、この城はとても危険ですね!)
こいつもまたダメ人間か、と言いたい所だが、仕事は本当にできる。公私も分けて、怜悧な美貌の裏の欲望を微塵も感じさせない。
たとえどんなに心中身悶えしていてもだ。
(最近はエリナさんやもう一人入ってきた侍女、シャロンもまた……。どうやら私を殺しに掛かっているようです)
そんな、仕事はできるし、表向きはクールビューティな彼女で、しかも結婚適齢期という奴なのだが、浮いた話は一つもない。
それが、ストイックな彼女のイメージを助長させる。
結婚したくない訳ではないのだが、中々いい相手がいないのが現状である。
そして、見当たらないので、半ば諦めている。
(……最近は可愛いものを愛でて朽ちていくのもいいかと思い始めましたが)
メイド長は、颯爽と歩き、城の外へと出た。
今の内に終わらせておく城の雑務は終わったので、次は外の見回りだ。
庭師が庭園の管理をちゃんと行なっているか見回らなければならない。
「……あれは」
ふと、そんな時、彼女の視界に人影が写る。
立っているのは、軍服の男だ。背が高くて、黒い髪。印象的ではないが精悍な顔立ち。
エトランジェが、ぼんやりと上を見上げながら立っていた。
「エトランジェ様?」
思わず、彼女は声を掛ける。
その声に反応し、上を向いていたコテツ・モチヅキは振り返って彼女を見る。
「君は」
「侍従長、メイド長などと呼ばれております。お好きなようにお呼びください」
コテツ・モチヅキ。当代エトランジェ。
この世界に呼ばれてそう経たないというにもかかわらず、上げた戦果は少なくない。寡黙で質実剛健な人柄で知られ、正に豪傑。
可愛いは正義の、彼女の理想とは正反対の人間だ。
そんな彼が、わざわざメイドの一人の名前など知りたいと思うはずもないだろう、と彼女はあえて役職名を示した。
メイドはでしゃばらず、控えめに、だ。
「コテツ・モチヅキだ」
いくらかお互い見たことはあるだろうが、こうやって顔を合わせるのは初めてである。
「よろしくお願い致します」
「ああ」
コテツが頷く。
「ところで……、何をしてらしたのですか?」
ずっとぼんやりと佇んでいたコテツは一体何をしていたのか。
新たな鍛錬法だったりするのだろうかと、彼女は考えるが。
「空を見ていた」
「空を、ですか?」
その行為に、一体どんな意味があるのだろうか。
彼女には想像もつかない、のだが。
「手持ち無沙汰でな」
「……は?」
「やることがない」
特に意味はなかったらしい。
「そう、なのですか?」
「ああ。アマルベルガに鍛錬を禁じられている。やることがない」
それで、この男は外でぼんやり立ち尽くしていたというのか。
「何か、他にすることは……」
「あいにくと、今はない」
今は、ということは今後はあるのか、ないのか。
そういえばリーゼロッテは洗濯に出ていた。そのせいで相手がいない、のだろうか。
(羨まけしからぬことです……。私とてリーゼとお茶を楽しみたいのに)
そういえば、シャロンやエリナを連れてきたのもこの男だし、更に、この男はエリナに毎日のように訓練をつけているという。
(私も参加したいのですが)
質実剛健で男らしく、可愛らしい少女に好かれる彼は、メイド長の理想の男の正反対そのものだ。
抱く感情は嫉妬半分、尊敬半分。
「……そうですか」
「ああ」
「……あの」
そのまま立ち尽くすコテツに、気になって彼女は問う。
「また、空を見上げるおつもりですか?」
「む? ああ」
「……ああ、そうですか」
何を当然の事を、と言わんばかりで彼女は戸惑う。
「私が、お相手仕りましょうか?」
「いや、それには及ばん」
そう言って彼はまたぼんやりと空を見上げるつもりなのか。
(何がしたいのでしょう、この方は)
質実剛健のイメージが、崩れそうになる。
よく分からない、ふわふわとした印象。
「いつまで、続けるおつもりですか?」
思わず、聞いてしまった。
「……ふむ」
静かに、コテツは呟く。
「……考えていなかったな」
意識せず、肩の力が抜けた。
「……そうですか」
と、そんな時、タイミングよく水がめを持ったメイドがえっちらおっちらとコテツ達の方へと走ってきて。
「あ、エトランジェ様、メイド長、お疲れ様です……、きゃあ!」
タイミング悪くそのメイドはコテツの直近で、転んだ。
水がめから発射される水。真っ直ぐに飛んでいく。
このままでは不味い、と思いつつも、心のどこかで、歴戦のエトランジェ様なら避けてくれるかもしれないと考えた。
のだが。
「……あ」
間抜けな声は、転んだメイドから。
そして、次にびしゃり、と音がする。
直撃。正に直撃。水がめからぶちまけられた水は、コテツの顔面に直撃した。
コテツは、微動だにしていなかった。
ただただ、立ち尽くすのみだ。
これは不味い。エトランジェの怒りに触れてはこのメイドは殺されてもおかしくない。
「申し訳ございません、エトランジェ様」
メイド長は、メイドの頭を掴んで下げさせ、自らも頭を下げる。
非常に危険な状況だ。エトランジェが怒り狂えばメイド長の地位などあってないようなものであり、死罪だと叫べば、その通りになるだろう。
「いや、気にしていない」
(意外と……、優しい方なのですか)
エトランジェは本当に気にした様子もない。
「すぐに、替えをお持ちいたしますので」
そうして、メイド長は動き出そうとするが、それをコテツが制止した。
「いや、それには及ばん」
「ですが」
「構わない。そこまでしてもらう必要はない」
彼は、水を掛けてしまい、怯えているメイドに言う。
「君にも、仕事があるだろう。こぼしてしまった水を汲んでくるといい」
「は、はいっ! 本当にすみませんでした!! ありがとうございます!」
その言葉に、メイド長は自分の人を見る目が曇っていたことに気付く。
(エトランジェ様は、私の思ったよりも変わっていて、優しい方なのですね)
この国の英雄は優しく、高潔だ。
(これなら、この国も安泰かもしれませんね……)
そんなことを思いながら、コテツを見つめること数十秒。
「あの? エトランジェ様?」
コテツ、微動だにしない。
そんな彼に、メイド長は思わず声を掛けていた。
「なんだ」
水を滴らせたままコテツは言う。
「いえ……、着替えには行かれないのですか?」
すると、コテツは当然のようにこう答えた。
「今日は天気がいいから、すぐ乾くだろう」
そうして、直立不動で立ち続ける。
「……着替えをお持ちします」
まさか、この男はこのまま空をぼんやり見上げ続けるつもりだろうか。
(このお方は、いい人、というよりも……)
「いや――」
「お持ちします」
きっぱりと、言い切った。
(ダメな人なのでは……?)
これでは辣腕の英雄というより、日向ぼっこをするおじいちゃんではあるまいか、と。
颯爽と城の中に入り、廊下を急ぎ、コテツの部屋に入る。コテツとの関わりは希薄だが、城の内部状況は完全に把握している。
クロゼットの中のドレスシャツと軍服を取り、再び外へ。
走らず、優雅に、しかし速くメイド長はコテツのもとへ舞い戻る。
「エトランジェ様。着替えです」
「……む、すまない」
彼女が軍服を持ってくると、徐にコテツは上半身の服を脱ぎ始めた。
どうやら濡れたのは上半身だけのようだ。軍人らしい、傷の少なくない体が露わになる。
「エトランジェ様、少し、そのままで」
脱いだ後、そのまま服に手を伸ばしかけたコテツを、彼女はやんわりと静止した。
「む」
そして、タオルでコテツの顔を拭う。
(仕方のない人です)
そう、心で呟いて彼女は薄く微笑んだ。
じっと黙っているコテツの顔を拭き終えて、彼女はタオルを離した。
「体も、濡れていますね」
「自分で拭けるぞ」
「いえ、これも仕事ですから。動かないでください」
じっと待つコテツは、まるで躾のなった犬のようだった。
その厚い胸板を拭き、腕を拭い、背の水滴を取る。
(犬……、よく訓練された番犬、ですね)
そうして、拭き終わってから彼女は服を渡した。
「どうぞ」
「すまない」
彼は受け取った服を着て再び直立不動に戻る。
「エトランジェ様」
「なんだ」
「私で良ければ、お相手しましょう」
「君も、忙しいのではないのか?」
仕事は常に余裕を持っている。見回りも本来必要のないものである。ならば、エトランジェの相手のほうが仕事としての優先度は高いだろう。
「いえ、仕事には常に余裕をもっております」
「そうか。ではすまないが、厚意に甘える」
「チェックメイトです」
「……む」
クイーンがキングを射程に捉える。盤上に逃げ場はなく、詰みであることは双方に明白であった。
「俺の負けか」
四回目のコテツの負けである。手加減なしでいい、とメイド長が言われた結果がこのざまだ。
「そういえば、リーゼロッテにチェスを教えたのは君だったか」
「ええ、そうです」
対戦してみたエトランジェの強さは、普通だった。強くも弱くもなく、ただ、少しだけ追い詰めにくい感覚があっただけだ。
「今、お飲み物をお持ちします」
「ああ、頼む」
コテツの部屋にも、紅茶を入れるための道具はある。主に使うのはリーゼロッテだろう。
今回入れるのはメイド長だが、リーゼロッテに紅茶の淹れ方を教えたのは彼女だ。違和感なく飲めるろう。
手際よく、紅茶を入れて、彼女はテーブルに戻る。
「どうぞ」
「すまない」
デーブルに戻ると、コテツは本を読んでいた。
何かと思えばチェスの指南書だ。
意外と、負けず嫌いなのかもしれない、とメイド長はその様を見つめる。
(もしかして、なんだかこの方)
今日に至って、エトランジェ、コテツ・モチヅキのイメージが超高速かつド派手に崩れ去っている。
憧れの人の私生活がを除いたような気分だ。
(……可愛らしいかもしれません)
しかし、ここでメイド長、血迷う。
「エトランジェ様」
「なんだ」
「コテツ様、とお呼びしても……?」
「構わないが」
これまでのコテツ・モチヅキのイメージと言えば、寡黙だが勇猛果敢の英雄だったが、既にメイド長の中では満腹の虎まで格下げ、あるいは格上げされた。
つまるところ、勇猛果敢なのは戦いの時だけで、満腹の時は獲物を狩る所か、獲物と一緒に水を飲み、日がな一日ごろごろと過ごす、ということだ。
今のコテツはメイド長にとって、安心しきって腹を出して眠る虎だ。
「コテツ様。何かありましたらこの私をいつでもお呼びください。リーゼロッテを飛び越えて直接命令を下していただいても構いません」
「そうだな。何かあったら頼む」
「では、もう一戦と行きましょうか」
「ああ、構わない」
「上達の近道は実践あるのみですから」
そう言って彼女は薄く微笑んだ。
「なんか最近、メイド長の機嫌が良くて怖いんだけど……」
「私、今日死ぬかも」
それからしばらく、メイドたちの間でこんな言葉がささやかれていたという。
今回のはオマケのようなもの、ということでもう一本。
次回から遂に10,に入ります。が、ちょっと長編が久々過ぎて怖いので助走を付ようと思います。と、言うわけでいきなり予定に無かった話を捻じ込むことにしました。
10,「14g」
明日からまた、お付き合いください。
と、見せかけて明日だけは更新が怪しいかも知れないことを報告しておきます。明後日には必ず更新します。
メイド長
名前はまだ無い。
リーゼロッテの師ということで出したかったが、今後の活躍の予定は特にないチョイ役の人。この際なんで短編で出てもらった。今後の出番は不明。人手が必要な時に出る。
凄まじい敏腕。こなせない家事はない。結構強い。
外面的にはまさにクールといったところだが、実は可愛いものが大好き。でも恥ずかしいので周囲には黙ってる。
なので部下のメイド達には恐れられている。
シャルロッテとは同じような悩みと趣味を持つので分かり合えた。
恋愛経験はない。可愛い男の子を対象にすれば、ぶっちゃけ男女の恋愛というか親子の愛になってしまい。
中途半端な男性では何でもできるメイド長に劣等感を抱いてしまい。
しかし、かといって尊敬しあえるようなできる男を選ぶと、可愛げがなくて長続きしない、というのもわかって、あるいははそう決めつけていたので彼女から男に近づくことは少なかった。
見た感じ仕事一筋、完全無欠、非の打ち所の無い敏腕メイドだが、ぶっちゃけるとだめんずうぉーかーである。
実は仕事は凄まじくできて尊敬できるが、私生活が最低にダメなコテツは、メイド長の理想の相手。ただしサポートしすぎるのでコテツのプライベートのダメ人間ぶりは加速する。
プライベートがダメな彼氏の私生活をそっと守ってあげるのがメイド長ベスト。
ちなみに彼女にとっての可愛いの守備範囲はかなり広い。
メイド長の可愛いカテゴライズ
アマルベルガ 一生懸命カワイイ
シャルロッテ 隠れカワイイ
クラリッサ 不器用カワイイ
リーゼロッテ 健気カワイイ
エリナ 素直カワイイ
ターニャ 元気カワイイ
シャロン 猫耳カワイイ
コテツ ダメカワイイ New!