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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,安閑
118/195

111話 噂に聞こえたダメな奴


「……あ、あの。覚悟は、できてます」


 尋十郎が、ジンジューロージンジューローと、本来あるべき発音と少し違った呼ばれ方に慣れてきた頃。

 彼は奴隷を購入した。

 そして、その夜。彼の泊まる宿のベッドの上で、彼女はそう言った。

 覚悟。何の覚悟か聞くまでも無い。

 冒険者が買う、顔立ちの整った女の奴隷。用途は、考えるまでも無い。


「どうぞ、抱いてください……」


 そんな少女を、ジンジューローはじっと見つめた。

 肉付きはいい。顔立ちは整っている。長い茶の髪も、洗ってやれば光るものがあった。


(え? マジ、マジなのこの展開。気付いたら溜まってた金でなんとなく女の子買ったらこんな可愛いこと簡単にHできるわけ? マジ? 嘘だろマジかよ)


 そして、夢にまで見たファンタジー系の美少女だ。犬の亜人。

 本物の犬耳がジンジューローを魅惑する。


(覚悟は決めてるけどそれでも不安げな犬耳かわええ。パネェ……。これが、俺のモノ……)


 ごくり、とジンジューローは喉を鳴らした。

 思わぬ掘り出し物を手に入れてしまったようだ。

 しかし。


「だが……、だが断る……!」


 誘惑を振り切って、ジンジューローは掌を前に向けて拒否の意を示した。

 少女は、不思議と不安が入り混じった顔をして彼を見る。


「どうして、ですか……?」


 主人の不興を買った可能性を恐れているのだろう。

 だが、そういうことではないのだ。ここでジンジューローは彼女を安心させるための台詞を吐くべきだ。


『俺はお前をこんなことのために買ったんじゃないぜ』


 にこりと笑みまでオマケしてそう言えば、きっと美談として残るだろう。


(幾ら奴隷として買い上げたからっていきなりってのは俺の趣味じゃないな。そういうのは、もっと関係を深めてからするべきだ――、なんて……)


 しかし。


(言うと思ったか馬鹿め!)


 ジンジューローはよく通る声で叫んだ。


「童貞舐めんなっ、童貞舐めんなぁああ!!」


 突如として駆け出すジンジューロー。


「俺はここぞでヘタレるぞぉおッ!!」


 そして、腕を交差させながら窓に向かって跳躍。


「そうさしたいさエロいこと! 男の子だからな!! だが、ここでできたらこんな年まで童貞やってねぇんだよぉおお!!」


 二階の窓を突き破りながら、ジンジューローは夜の街に飛び出した。


「君より俺の方が心の準備が要るぞぉおおお!!」


 童貞舐めんな、童貞舐めんなと夜の街に木霊したという。











「ジンジューロー様。起きて、起きて」


 そんな初夜を経て、ぎくしゃくしたこともあったが、今では何とか打ち解けた。


「うぬぅ……、朝か」


 ちなみに彼は未だ童貞を卒業していない。


「おはよう、ジンジューロー様。よく眠れた?」

「んー、あーあー、おう。おはようさん……、スミレ」


 スミレ。その名は、ジンジューローが与えたものだ。

 名前が無いと言った彼女に、一晩かけて悩んだ末に付けたのが、スミレ。

 無理に横文字の名前を付けようとしても、エリザベスだとか、アントワネットだとか、アトミックデストロイヤーだとかしか出てこなかったので結局馴染みある単語で収めることとなった。

 そんな名前を、彼女はいたく気に入っており、ジンジューローとしては嬉しいやらくすぐったいやらである。


「さ、早く着替えて。着替えたらご飯を食べてギルドへ行きましょ?」


 言われるがままに、ジンジューローは立ち上がる。

 起きて、身支度を終えたら宿の食堂で食事を終え、ギルドで仕事を探す。いつもの流れだ。


(うーむ、そろそろ本格的にコテツを探してぇけどなぁ……)


 スミレの購入に一度散財してしまったものの、彼女が来てから一月ほど経った今となってはまた大分金も溜まってきていた。


「なぁ、スミレ」

「どうかした?」

「大分慣れたか?」


 この一ヶ月、ジンジューローは彼女を連れて依頼に出かけて回った。

 街でのものから、少し遠出するものまで、日帰りで終わるものから、数日掛かるものまで。戦闘があったなんてこともざらだ。

 ひたすら連れ回したのはそれが必要だと思ったからだ。

 今のところ行く当てもない彼女はジンジューローに付いていく以外の選択肢はない。

 となれば、冒険と戦闘は必ず付いて回ることになる。

 積極的に戦闘して欲しいとは思わない。

 だが、戦闘を前に、あるいは血を見てパニックになるようでは困る。


(可愛い犬耳少女との同居生活……。対して、探すのは仏頂面マスターの野郎、愛想ゼロ。くっ……)


 せめて、自分の身は自分で守れると言わないまでも、逃げるなり抵抗するなりの事ができなければならない。

 腰が抜けたとか、足が震えて動けないでは話にならない。


(やめろ、考えるんじゃない! つーか……、まあ。あいつ探しにここまで来たんだしなぁ)


 幸い、スミレは亜人ということもあり、身体能力は十二分にあった。

 亜人は身体能力だけでも十分戦って行ける。となれば、別に戦闘を目的としてないのだから、しっかりとした訓練でなくても多少の度胸が付けば十分と言えよう。

 その点では、この一月、十分手応えはあったとジンジューローは思う。


「そうねぇ……、おかげさまで」


 そう言って柔らかくスミレは微笑んだ。


「そりゃ重畳ってもんだな。……じゃあ、この街を出ようと思うんだが」

「この街を?」

「ああ、そうだ。俺の目的は言ったろ」

「コテツ・モチヅキさんね?」

「それだ。この街での情報収集にも限界を感じてる所だし、そろそろ場所を変えようと思ってな」


 元より、ジンジューロー自身がこの世界に慣れれば次々と拠点を探して移動するつもりではあったのだ。

 多少の予定外はあったが、ならば今から予定通り動くまでの事だ。


(ついでにエミールのボウズとターニャの嬢ちゃんの事も気にしておかねぇとな。こっちに着いてるかも分からんが)


 顎髭を摩りながらジンジューローは考え込むような姿勢を見せる。


(それに、世界にはきっとまだ見ぬモンスターっ娘とか、ファンタジー娘が待っている!! 旅に出ない手はねぇ……!)

「じゃあ、すぐ出発になるのかしら……?」

「いんや、実は今日は既に依頼を受けてあってな。ご指名だとよ」

「指名依頼? 冒険者になって二月やそこらで指名なんて、結構すごいことなんじゃ……」


 冒険者として名が知れれば、依頼人の方が冒険者を選ぶこともある。

 ある依頼を取り合いすることもある冒険者の内では、指名依頼が来るということは一種のステータスだ。


「言うほど活躍はしてねぇんだけどな。タイミングもワリぃしよ。ただまあ、御指名蹴って別の街へってのぁ、ちとキツイと思わんか?」


 評判が良ければ依頼の方からやってくる、と言ったように、逆もまた然りというわけだ。

 次の街を急いで仕事がし難くなれば結局次の街で時間を取られるだけだ。


「そうね。でも、なんにしてもスミレはジンジューロー様に付いていくだけだわ」

「さよけ。つうこって、依頼だ」

「どんな依頼?」

「護衛依頼だな。どこぞの商家の娘さんをちと運んでやりゃいい。街を出るならその後だ」


 食料は依頼人側が用意しており、距離もそう遠くはない。夕方には目的の直近の街に着いて、そこで一泊。翌日また夕方に戻ってきて終わりだ。

 街道を行って戻ってくるだけ、それだけの道のりで、危険な魔物が出ることもないが、盗賊が出没するらしく、そのための護衛と言える。


「他の面子も決まってるらしいぜ。さくっと終わらせてこようじゃねぇか」











 豪奢な部屋のソファの上。ジンジューローは座り、スミレはその背後に立っている。


「どうも。私がこの商会の主、ランディ・アラーニャと申します」

「ジンジューローだ、よろしく。こっちは俺のど……、う行者のスミレ」


 裕福そうに見える、眼鏡の男に対する自己紹介。

 ちなみに、俺の奴隷、と言うのは恥ずかしくて断念するのがジンジューローのメンタルである。


「ええ、最近名を上げている腕利きだとか」

「まあ、ちと名前が売れてきたかもしれんな」

「そんな貴方なら安心してこの依頼を頼むことができる」


 そう言って、ランディは微笑んだ。

 ジンジューローは、その依頼の詳細は? と視線で催促した。


「それでですね。依頼なのですが、概要は聞いているでしょうが、護衛です。あなたには今日、私の娘が乗った馬車を護衛していただきます」

「うむ、なるほど?」

「護衛の人数は、あなたとそちらも含めるのならば五人です」


 そちら、というのはスミレのことだ。流石にジンジューローという主人の前あからさまに侮蔑を向けることはないが、j亜人と人を同じように扱うことはない。

 それに関してスミレは諦めているし、ジンジューローもスミレが我慢できる範囲なら無駄に波風立てようとは思わない。

 ただ黙って続きを促す。


「報酬は、前金でこれだけ出しますよ。成功時は倍出します」


 ランディは、そう言って二人の前のテーブルに金貨の詰まった袋を置いた。

 その光景にジンジューローが思わず目を剥く。


「おいおい、多すぎねぇか? 多いだろこれ絶対。だって目的の道は比較的安全なんだろ?」

「実はですね……」


 疑問に感じるジンジューローに、ランディは少しだけ声を潜めた。

 そして。


「――娘が心配で心配で仕方がないのですよ!」

「おい」


 拍子抜け。どうやらただの親馬鹿であるらしい。


「というわけで、別の街道には盗賊も出ているようですし、くれぐれも、くれぐれも娘を、どうか!」


 目じりに涙を浮かべ、ランディはジンジューローの手を掴む。


「あーあー! わかったわかった! 無事に連れ帰るから離せ! オッサンは趣味じゃねぇから!!」

「ありがとうございます……。既に他の方への説明も終わり、下の馬車に集まってもらっています」

「ああ、俺も遅れないようにするさ。じゃあな」


 ジンジューローは立ち上がると、スミレを伴ってその部屋を後にした。


「……くれぐれも、娘をよろしく頼みます」








「んでまあ、あれよ。こうして俺ァコテツを追ってここまで来たっつーわけ」


 移動中の馬車の中。

 護衛対象である商家の娘に、ジンジューローはこれまでのいきさつを語って聞かせた。

 年の頃は十代中盤と言ったところか。名前はアルメリア・アラーニャ。

 この商家の娘、いわゆるお嬢様で、見た目もボリュームのある長い金髪と青い瞳に、服装も、どことなく気品のあるブラウスに青いスカートと、正に、と言った風情なのだが、中々できた人間の様子で、わざわざ冒険者と同じ馬車に乗り、こうして歓談しているのだ。


「まあ。ジンジューロー様はその方を探すために旅をしているのですね」

「おう、まぁな」


 これまで話したジンジューローの冒険の話などにも一つ一つ驚き、笑い、表情をいくつも変えながら相槌を打っていた。


(いい娘さんだ……)


 自分の話でこうまで喜んでもらえると嬉しいもので、話は弾む。


(もしかしてこの子、俺に気があるんじゃ……)


 そして童貞特有の妄想に走りかけるが。


(やっぱアレか? エースとしてそれなりにやってきたオーラが、こう……。いやでも残念だなぁ、俺あ旅から旅への根無し草、彼女はいいところのお嬢様。いや決して別にモーションかける勇気がないわけじゃない)


 そこから行動できないのも童貞特有のものである。

 そんな彼へと、声を掛ける人物が一人。


「しかし、あんたも物好きだわね」


 そもそもこの馬車内にいるのはジンジューローとアルメリアだけではない。

 ジンジューローとジンジューローについてきたスミレ、そしてアルメリアの他に、三人の女性が馬車の床に座っている。

 三人は常に一緒に行動するパーティであり、腕は中の上と言ったところ。

 声を掛けてきたのはマリーヤ。彼女との付き合いは割とある方なのだが姓は教えてもらったことがない。本人曰く、捨てたとのことだ。

 赤毛のいわゆるショートボブという奴で、鳶色の瞳は気が強そうだ。彼女は簡素なシャツとズボンの上から急所のみを守る鎧を着込み、さらにその上にマントを羽織っている。腰元には細剣の姿があった。

 次に、壁に背を預けて座っているのがミラ・ザンデッリ。長い黒髪をふくらはぎ辺りまで真っ直ぐ伸ばした小柄な少女であり、真っ直ぐ切りそろえた前髪のすぐ下から覗く瞳は赤。

 感情の伺えない顔で、目はどことなく眠そうにも見える。彼女は黒いドレスに身を包み、一見冒険者には見えないほどだ。

 最後の一人が、イリア・カピトリーナ。淡い橙色の髪を型まで伸ばした女性だ。柔らかい雰囲気を持っていて、その濃い茶色の瞳も優しげだ。彼女は村娘が切るようなワンピース型のドレスに身を包んでいる。


「この広い世界で一人の人間見つけんのは、きっついと思うんだけどねぇ。あたしはさ」


 そんな彼女等とジンジューローは割と付き合いがあった。

 一度偶然依頼で一緒になってから、男手が必要になったときなどよくパーティに呼ばれたためだ。

 美人の三人に囲まれ、他の男冒険者からは羨ましがられ、『もしかして俺、モテてるなう……?』と思ったものだが、極めて遠まわしに何で自分をパーティによく誘うのか聞いたところ、『男手は必要だし、あんた見た目と割と使える割りに童貞でヘタレ臭いから妙なことにゃならんでしょ』と言われ涙で枕を濡らした結果に終わった思い出がある。


「割と無謀じゃない?」

「でも、ジンジューローくんのことだから、何か考えもあるんじゃないかな?」


 横から、微笑みながらイリアが言う。

 その期待に応えるために、ジンジューローは口を開いた。


「考えって程でもねぇけどな。あいつが生きてる場合、とる道は二つだ。木石のように生きるか、戦場にいるか」

「そりゃまた……、極端ね」

「で、二つある道だが、アイツは戦場と相思相愛でな。もしコテツがツンデレしても戦場の方がほっとかねぇ。んで、戦場に出りゃあいつが噂にならねえわけがない。したら、あちこち回ればアイツの噂に突き当たるッつー寸法よ」

「ふーん? そうなんだ。そんなに強いの? アンタより?」

「DF……、じゃねぇや。SHでなら、絶対やりたくねぇ。絶対にだ。負け確の上に下手に機動見せたらその場パクられるからな。いい感じにアレンジして繰り出してきたり、未完成だったの完成さして繰り出してこられた日にゃ心が折れるぜ……」


 ジンジューローはエミールとは違う。どちらかと言えば、コテツの事は眺めて楽しみたいのだ。


(アレと戦いたいなんてアイツはドMかなんかだろ)


 一歩引いて応援するくらいが丁度いい、とジンジューローは心中で漏らした。


「随分凄い評価ね……。じゃあ、生身でやりあったら?」

「試合なら百パー勝つ」


 間髪いれずにジンジューローは返した。


「じゃあ、本気の殺し合いなら?」

「そりゃ御免だ」

「負けるの?」

「いや、とりあえず向こうに逃げる気がなくて、何もない荒野が戦場と限定した場合なら。俺ならコテツを、必ず殺せる」


 これが、どこかのビルの中であれば、話もまた変わってくるのだが、逃げたり追ったりしつつ、トラップを仕掛け、地形や配置されたもの全てを活用して殺し合いとなれば不確定要素が多すぎてなんとも言えないのが事実として転がっている。

 どちらかと言えばそういう戦闘はコテツに有利に働くので互角に持ち込まれる可能性は高いが、室内の状況を考えて勝ち負けを予想するのは不可能に近い。


「けどなぁ……。絶対にタダじゃ死なねぇだろアイツ。反撃で良くて重傷、最悪致命傷まで持ってくだろ」

「へぇ……」


 感嘆の声を上げたマリーヤに、しかしジンジューローは続けた。


「アイツの怖いところは思い切りの良さっつうか割り切りの早さだよ。俺相手なら何の迷いもなく相打ち覚悟に持ち込んでくるだろうさ。これならまだ同じ実力の達人の方が無傷で勝てる可能性がある」


 元から刺されて刺し返すつもりでは、駆け引きも何もあったものではない。

 一撃当てて、一撃返される、戦闘とすら呼べないような怪我の応酬だ。これが並みの相手ならば、その反撃もかわして見せるのだが。


「首でも落とさないと死にそうにねぇしなぁ……」

「ナニソレ、人間?」

「マジだって。爆発して、体中に機体のパーツ刺さってんのに歩いて帰ってきたし。そんなだからきっちり斬らんと多分死なんのよ。んできっちり斬ろうと思うと間違いなく一発貰う隙ができる訳だ」

「……相当ね」

「武術家としちゃ、俺はコテツの数段上を行く。身体能力もアイツ以上だ。でも兵士としちゃ、向こうはかなりキてる。ついでにアイツの頑丈さと目の良さ、反応速度は頭おかしい」


 そう言って言葉を止めたジンジューローに、アルメリアは感嘆の声を上げる。


「そのような凄い方がいらっしゃるのですね! 私もお会いしてみたいですっ」

「やめとけやめとけ。とんでもねぇ唐変木だぞ。仏頂面で無口で愛想もねぇし、ってか致命的に人付き合いに向いてねぇし」


 手を振りながら言う彼に答えたのはアルメリアではなくマリーヤだった。


「ふーん、寡黙なのね。うちのパーティの臨時前衛係代わってくれないかしら」

「俺は!?」

「あんたなんかナンパっぽいし、言動が童貞臭いし」

「どどどど童貞ちゃうわ!」


 そして、これまで黙っていたミラがやけに動揺したジンジューローを眺めて言う。


「図星?」

「オォオオウ! オォオオゥ!!」

「もう、二人ともジンジューローくんいじめちゃダメだよ」

「イリアー! 好きだー!! 結婚してくれ!!」

「それはちょっと……」

「あ、はい、すいません。ちょっと調子乗りました。ごめんなさい」


 仕方ないので最後に、ジンジューローはスミレへと泣きついた。


「スミレー! 皆がいじめてくるんだが! 慰めてくれ!!」


 そんなジンジューローにスミレは困った顔を一つ。


「ジンジューロー様が童貞なのは本当だし……、ね?」

「ちょ、ごめん、マジで涙出てきた」


 覚悟を決めた初夜に逃げ出したのを根に持ってるのか、スミレから擁護してもらえることもなく。

 そんなジンジューローをくすくすとアルメリアが笑った。


「ふふ、おかしな人たちですね」

「え、面白いとこあったのか今の」

「え?」

「うん、いいや。君がそれで笑顔になるならそれでいいわ。そんな可愛く当然のように小首傾げられちゃ」


 馬車の床に座り込んだジンジューローは床にのの字を書きながらも爽やかに笑った。


「私、ジンジューロー様達に護衛を受けてもらえて、よかったと思ってます」

「おぅ、まあそりゃ光栄だがね」

「冒険者の方って、もっと……、なんて言えばいいんでしょう」

「あー、言わなくていいわよ。分かるから」


 アルメリアの言葉を、マリーヤが遮った。

 ジンジューローにも分かる。要するに、粗野で野蛮と言いたいのだろう。ただ、育ちのよさが言葉を選ぼうとして上手く表現できなかったに違いない。


「そういう想像通りの冒険者の方が売れるんだけどね」

「そうなのですか?」


 きょとんとするアルメリアに、イリアが苦笑しながら言う。


「頼りなく見えちゃうからねぇ、困っちゃう」

「なるほど、そうなのですか……」


 そして、ちらりとマリーヤがジンジューローを見た。


「ま、そこのジンジューローは想像通りのむっさいオッサンだろうけどね」

「何で俺をディスる流れなんだよ全体的に!!」

「でも、こんな冴えないオッサンと女三人のパーティだけど、仕事はちゃんとするから安心して」

「はい、その辺りは信頼しております。皆さん、腕が立つと聞き及んでおりますよ」


 その言葉に、ジンジューローは幌の外へと視線を向けつつ呟く。


「ま、俺達の出番はねぇかもしれねぇけどよ」


 今回選んだ道は安全だ、というのが各員の見解だ。それでも不測の事態は起こり得るからこそジンジューロー達が護衛にいるわけだが。


「危険な動物はいねぇ。盗賊のいる道は外して選び、商家の娘が乗ってるとは思えねぇ安っぽい馬車一つ。こんな馬車狙う物好きはいねぇ」


 わざわざアルメリアがジンジューロー達と同じ馬車に乗っているのはそういうことである。

 護衛を乗せた馬車を何台も付けるでもなく、たった一台、安っぽい幌付きの馬車だけで行動しているのはつまり盗賊対策だ。


「まぁ、盗賊がウゼェからって助け呼びに行ってる最中に盗賊に絡まれてちゃ笑い話にもなんねぇけどよ」


 だが、そのためにわざわざこんな乗り心地の悪い馬車に乗るとは恐れ入る、とジンジューローが言うと、アルメリアは笑顔を見せて口を開いた。


「うちの商会の一大事ですから。背負ったものに比べればこれくらい、どうってことありませんもの」

「実際問題、商会のお嬢様の仕事じゃねぇと思うけどな。盗賊とっ捕まえる手伝いを隣の街に頼みに行くなんてのぁよ。街とか国側の仕事じゃねぇの?」

「仕方ありませんよ。誰だって、賊は怖いですから」

「あはは、うちの町長、可哀想なくらい小心だからねぇ……」


 マリーヤは苦笑しながら言う。


「んで、街が日和ったから、商会でってか。流通ルート途切れたら爆死かやっぱ」

「はい。なので私が」

「んでもよ、お隣さんってのぁ、そんなに簡単に手伝ってくれんのかい?」

「それは……、商会の主の娘である私の腕の見せ所ですね」

「なるほど。そこぁ俺らにゃどうしようもねぇんで、頑張ってくれ」


 街が盗賊を恐れ、逆らわないことを決め、商会は流通ルートを塞がれると非常に痛手なため、隣の街まで助けを求めに行く。

 言ってしまえば単純な構図だ。

 まあ、言ってしまえば目的の街も流通ルートを塞がれている訳だから何らかの援助を受けられる可能性は高いだろう。


「しかし、どれくらい進んだもんかね」

「まだどうせ半分も行ってないわよ」

「ケツが痛くてかなわねぇよまったく……」


 そう、ジンジューローが呟いたその時だった。


「きゃっ!」


 馬車が揺れた。いや、突如止まったために慣性が働いただけか。悲鳴を上げたのは、アルメリアだ。


「さっき俺は出番はねぇかも、と言ったな。ありゃ嘘か、も。てか、フラグ立てた?」


 馬の嘶きが馬車内に響く。そんな中ジンジューローはすぐさま前方を確認する。

 幌の隙間から前を覗くと、御者の頭に矢が刺さっているのが見えた。


「死んでるな、こりゃ……。おい、敵襲っぽいぞ。しかも人間だ。盗賊か?」

「どうするの? 敵は何人いる?」


 マリーヤの言葉に応え、ジンジューローは気配を探る。


「おいおい、モリモリいるぜ。ハハ、笑える。二十か三十はいるんでねぇの?」


 どうするか考えるのは一瞬。すぐにジンジューローは声を上げた。


「俺と、マリーヤとイリアだけ出る。ミラはお嬢さんとスミレに付いててくれ」


 それに否を返す人物はおらず、アルメリアを除き、全員が既に戦闘の準備を終えていた。

 マリーヤは細剣を、イリアはスローイングナイフを手にしており、ジンジューローも腰元の刀に手を伸ばす。

 そして、油断なく、矢が飛来すれば即座に叩き落すつもりで、ジンジューローは馬車の外に出た。

 森の中を突っ切る街道の中、そこかしこに明らかに盗賊と見える人影が見える。


「おい、何の用だ!!」


 その問いに答えることもなく、盗賊の一人が叫ぶ。


「知ってるぞ! 後三人中に居るだろう!! 早く出せ!! 矢を射掛けてやろうか!?」

「……バレテーラ」


 おどけて言いながらも、ジンジューローの目が剣呑な光を帯びる。


(おいおい。筒抜けってレベルじゃねぇぞ……。オイオイ、まさか、こりゃ……)


 嫌な空気が流れる中、馬車の中に残っていた三人も降りてくる。


「ほら、居るじゃねぇか。さて、てめぇら。そこの育ちの良さそうなお嬢ちゃんを渡せば他は見逃してやるよ。他のヤツも惜しいところだが、俺は博愛主義者でね。部下もそっちも、人死にはごめんだろ?」

「他もってまさか、こいつ、俺の事……?」

「尻隠してんじゃねぇよ!」


 呟いた瞬間、矢が飛来する。ジンジューローは首を逸らして避けた。


「……ねぇジンジューロー。アンタじゃないわよね」

「……あ?」


 そんな中、マリーヤが不意に小声で問う。

 主語の足りない言葉だったが、言いたいことはジンジューローにもわかった。

 これは、盗賊に今回の依頼の内容をリークしてないかという問いだ。

 わざわざ馬車一台、しかもランクの低い馬車で道を変えて動いた。それなのに見つかって、馬車の人数も割れている。挙句の果てには森の中という条件だ。

 これを偶然とするには、あまりにできすぎているだろう。


「……俺じゃねぇよ。メリットがねぇ」

「じゃあ……」


 ちらりと、マリーヤがスミレに視線を合わせたのを見て、それもジンジューローは否定する。


「言ったろ。メリットがねぇ。それに、スミレにゃ今日の朝伝えたばかりだぜ、依頼のことはよ。だから今回のこれは、そういうことじゃねぇよ。……多分、そういうことじゃねぇんだよなぁ……」

「じゃあ、何よ」

「……言いたくねぇ」


 盗賊の親玉らしきものを見据えて、ジンジューローは呟いた。

 当然ジンジューローは漏らしていないし、スミレもできる訳がない。かといって、仲間の三人が情報を漏洩させたとも思えない。


(あーくそ……、最悪だ。こんなことなら依頼蹴って街出ておきゃ良かったんだ)

「……どうするの?」


 問われジンジューローは顔を歪めた。


「どうすっかなぁ……。帰っちゃう?」

「……帰っちゃうじゃないわよ。私達の依頼、忘れたの?」

「……だってよぉ」


 確かに、ジンジューロー達の受けた依頼とは、アルメリアを無事に目的の街まで届けることだ。

 しかし。


(スミレは勿論、マリーヤ達三人がリークした線はねぇだろ。三人ともプロ意識のあるタイプだ。所詮盗賊に情報渡して貰える金なんてたかが知れてる。今後の冒険者生命を断ってまでリークする理由はない。あるいは、やるやるでなら口封じして証拠隠滅だ)


 普通はありえない、ジンジューローはそう断じた。


(じゃあ誰がッつー話だ。向こうは俺らを無傷で返してくれるらしい。つまり、リークしたヤツは俺らが後々喚いてもどうでもいいってことだ。そうすると、情報をばらしやがったのは……、どうにでも揉み消せるヤツ)


 逃げようとしたところを後ろからという可能性もない訳ではないが、包囲の外にわざわざ出す意味はない。

 周囲を取り囲んでしまっているのだからそのまま殺してしまったほうがずっと早い。


「じっとしてんなよ。……ああ、もしかして、思ったよりいい冒険者雇ったのか? んなの、すぐ逃げ出すクズ程度でもいいだろうによ」


 相手のリーダー格が、動きを見せないジンジューロー達を見て、ふと思いついたように言う。


「ほれほれ。帰れよ。戦力差あってもどうにか依頼はこなそう、なんて考えはまぁ、ご立派だが、今回の件では必要ないわけでね。むしろ、ここまでで護衛の依頼は終了だ。誰も何もいわねぇし、依頼主殿も、きっと報酬をくれるさ」

「何言ってるの? 私達は護衛の依頼を受けたの。それを果たすまで帰れないわ」


 そう言ったのは、事態を見守っていたイリアだ。いつもおっとりとしている割に、凛とした声だった。

 しかし、そんなイリア見て、相手は溜息を吐く。


「違うんだよなぁ、これが。こう言わないとダメか?」


 ジンジューローの心中には既に推測があった。


「これは、依頼主の意向だ」


 それを、相手は肯定した。


(ああ、やっぱりなぁ……。敵もいない街道を行くだけだったのに無駄に報酬高かったしなぁ)

「……え?」


 アルメリアの口から驚きの声が漏れ出る。

 依頼主。つまるところ、彼女の父なのだ。


「……要するに、親父が娘を差し出したってことだろ? お前等によ」


 ジンジューローが呟いた言葉を、野盗は笑った。


「そうとも。お前はよくわかってるじゃないか」

「……そ、そんな、嘘です。お父様は私に、野盗を討伐するための助けを呼べと……」

「そこから全部、仕込みなんだよ。街道を使わせる代わりに俺達があんたを要求した。あんたの父親は、それを快く受けて、お前を送り出したんだよ」

「うそ……、嘘よ、そんなの……」

「ところがどっこい、マジなんだよ。実は領主がビビッて俺達を黙認してるんじゃなくてな、提携してんだよ。領主に目を付けられると、商会は商売上がったりだよな? だから、あんたの親父は俺らの言うことに逆らえないのさ」


 領主は野盗を野放しにする。野盗は好き放題略奪を行い、その中の稼ぎのいくらかを領主に渡す。

 領主は臨時収入が手に入る。野盗はかなり自由に略奪を行なえるので、領主にいくらか渡したって十二分な金が手に入る。合理的だ。


「腐ってるわね……」


 マリーヤが不快感を露に吐き捨てる。

 こんな種明かしまでしてジンジューロー達を帰してやろうというのは余裕の表れという奴だろう。

 亜人であるスミレはともかく、マリーヤもイリアもミラも美人ではある。しかし、今後もこれくらいの女ならいくらでも手に入ると。抵抗されて数人殺されてまで手に入れたいものではないと。

 そして、たとえジンジューロー達が後で騒いでも揉み消すのは難しくないと思っている、


「さて、アルメリアお嬢様はこっちに来いよ。他の奴等はとっとと帰れ。気が変わらんうちにな」


 男が、手招きをした。

 アルメリアは、一歩前に出て、口を開く。


「それが……、商会のためなのですか?」


 愉快げに口を歪めて、男は言った。


「おお、そうさ。お父様もそう望んでる」


 その、震える肩を、ジンジューローは後ろから見ていた。


「そう、ですか……」


 アルメリアが、足を踏み出す。


「そうだ、いい子だ」


 決して早くはなく、少しずつアルメリアは男の下に向かって歩き出す。

 その背を見つめるジンジューロー達に、彼女は背中越しに声を掛けた。


「皆様、ありがとうございました。……最後に、楽しかったです」


 男は、笑っている。


「うーん、美しいねぇ。お前らもご苦労さん」


 そんな中、不意にジンジューローは、大きく息を吸い込んだ。

 そして、荒く何度も息を吐き出す。


「フーッ、フーッ、フーッ」


 そんなジンジューローの姿を、男は怪訝そうに見つめた。


「なんだ? この数にビビッて過呼吸か? まさか、涙堪えてんじゃねぇよな? 大の男が情けねぇ」


 ジンジューローは答えない。


(まぁ、でも、アレだよなぁ……)


 ただ、荒い呼吸を繰り返すだけだ。


(この依頼はつまり、そういうことだよな?)


 三十の人員に包囲され絶対絶命。だが、相手は無傷で返してくれるという。

 そもそもが依頼主の意向であり、依頼失敗ということにもならないだろう。

 だが。


(割りに合わねぇ。けどまぁ……、こんなこともあるか)


 不意に、ぴたりと呼吸が止まる。

 そして。


「――トップギアぁッ!!」


 突然の大声に周囲の野盗が目を剥いた、その一瞬だった。

 ジンジューローは、前を歩いていたアルメリアを即座に追い抜いて、十数メートルは先に居た野盗の眼前に居た。


「……あ?」


 一瞬にして目前に現れたジンジューローに驚く野盗。

 ジンジューローの手は既に刀の柄へ。

 そして、一閃。


「安心しろ、峰打ちだ。っても、鈍器で殴られてる訳で、何も安心できないんだけどな」












「ご主人様ご主人様」

「なんだ?」


 コテツの自室、椅子に座って読書をしていたコテツに、あざみが声を掛けた。


「またチェスの本ですか? ご主人様も好きですねぇ」

「……一向に上手くならん」

「そーですか……。と、まあ、それはそれとしてですね、ちょっと、聞きたいことが」

「俺に答えられる事なら答えよう。座ってくれ」


 言いながらコテツは本を閉じた。


「ご主人様の世界にはご主人様くらいの人が結構いた訳ですよね」

「ああ」

「なーんか、印象に残ってる人とかいますか?」


 質問しながら、あざみは椅子に座り、コテツと円状のテーブルを挟んで対面する形になる。


「印象に残っている、か。ふむ、エースなど大概印象深いものだが、あえて挙げるとするならば……」


 普通じゃないからエースになったのか、エースになったから普通じゃなくなったのかは知らないが、コテツを含め、エースにろくな人物がいないのは確かだ。

 そんな中、コテツはふと思いついた人物の名前を呟く。


「九条寺尋十郎」


 多分、その日その時によって出てくる名前は違うだろう。だが、今日この時は、その男の名前が浮かんだ。


「おお、男性の名前ですね、安心しました。どんな人なんです? 名前の印象から日本人なのは把握しましたけど」

「ああ、日本人だ。髪の毛を逆立てた隻眼の男だ。基本的に着物を着ている」

「本格的に和風ですね」

「実家が道場か何かをやっているらしく、祖父に随分と稽古を付けられたらしいな。そのため、武道に精通している」

「ほうほう」

「俺も、機体が刀を搭載したものに変わったときに幾らかレクチャーを受けた」


 そうコテツが口にすると、あざみは驚きの声を上げる。


「そうなんですか? はー、ご主人様に教えるとか、想像が付きませんねぇ……。それで、どんな風に印象的でした?」

「彼の最も印象的だった部分は……」


 黙って次の言葉を待つあざみに、コテツはぽつりと呟いた。


「生身での戦闘力だ」

「……うぇい?」











 奇襲には成功した。足元に転がる男を見て動揺する野盗達を見渡せば、初撃としてはまずまずの結果だ。


「さっきのは過呼吸でもなんでもねぇよ。呼吸法ってヤツだ」


 先ほどまでの荒い呼吸は、エンジンを温めていたようなものだ。

 これによって、加速に必要な動作の初動、スタートダッシュの部分をまるで切り取ったかのようにジンジューローはトップスピードに乗った。

 結果、誰が反応するよりも先に、一人倒すことに成功したのである。


「……速い! 一体何モンだお前!! こんな捨ての依頼に付いてくるような実力じゃねぇ!」


 野盗の誰かが言ったその言葉に、ジンジューローは片足を一歩踏み出して答えた。


「人呼んで、烈風のジンジューロー」

「いつ呼ばれたのよ」

「今からで」


 しれっと言うジンジューローに、マリーヤは溜息を吐きながら言う。


「やるのね?」

「お前らは帰ってもいいぜ」

「馬鹿言わないでよ。依頼はこなすわ」


 マリーヤはジンジューローの言葉をあっさりと断り、そして、それに続いてイリアと滅多に喋らないミラですらそれに同意した。


「私も、女の子を野盗に引き渡す依頼を受けた覚えはないからね」

「同意」

「あいよ、じゃあ後ろは頼む」

「いいわよ。やったげるから感謝なさい。あんたはアタッカー。私達は守りに入るから耐えてる間にどうにかして」

「いいぜ。スミレはアルメリアと一緒に三人の真ん中で待機。ヤバイと思ったら好きに動け」

「うん!」


 言葉を交わしながら、マリーヤ達は陣形を組む。


「じゃ、行きますか」


 そして、ジンジューローはもう一歩前に踏み出ると勢い良く前を指差した。


「……おばあちゃんが言っていた。『全滅させちゃうけど、いいよね? 答えは聞いてないけどとりあえずお前の罪は数えろ!』」

「あんた、何言ってんの?」

「俺にもよく分からなくなってきた」


 その間に、動揺していた野盗達もどうにか事態に追いつき始める。


「やるんだな……!? やるんだよな!?」

「おうよ」

「全員、やっちまえ! 弓は使うなよ? 目的のお嬢さんに当たるかもしれんからな! ついでに、オッサン以外はできれば生け捕りにしろ!!」

「……男女差別はんたーい。オッサンで何が悪い!」

「少なくとも性の捌け口にはならん!」


 野盗達も各々剣を抜き放ち、油断なくジンジューロー達を取り囲む。

 一触即発の空気。


「落ち着いて対応しろ。多勢に無勢、負ける要素はない! ジリジリ包囲を狭めるぞっ」


 そして、野盗達が動き出すと同時に。


「包囲が狭まる前に食い破る!」


 ジンジューローが動いた。


「1ッ!」


 だん、と。響いたのは踏み込みとは思えないような激しい音。

 踏み抜かれた大地は深く後を残し。

 ジンジューローはその場から消えた。


「おい、どこだ……!」

「2っ!」

「なっ!?」


 声と共にジンジューローは野盗の一人の背後に現れていた。

 そして、消える。

 再びの轟音と共に足跡だけを残して姿は消え。


「3!!」


 現れて、また消える。


「4ッ!!」


 再び現れたジンジューローはまた同じように姿を消す。

 だが、その四歩目は斬撃を伴っていた。


「うわぁあッ!」


 煌く刃を追うように鮮血が舞う。


「うわー……、浅いわぁ。制動ミスった。まあ、原作みたいに格好良くはいかんよなぁ」


 が、思わず驚いて倒れはしたのだが、如何せん致命傷には至らない。

 殺すつもりまではないので、ちょうどいいと言えばちょうどいいのだが。


「真面目にやんなさいよジンジューロー! こっちは一杯一杯なのよ!?」

「いつもの事だろ。こんなのはよっ!」


 無論、一人斬って終わりではない。

 地を舐めるように疾駆して、次の敵へ。


「う、うわっ」

「行くぜ!」


 敵が剣を振ろうとするが、それに先んじてジンジューローは剣を振るった。


「九頭龍せ……、やっぱ無理だわ。六回くらいで勘弁」


 まるで同時と見紛うほどの、六つの刃の煌き。

 防御が間に合う道理はなかった。

 打ち据えられ、崩れ落ちる男を尻目に、またジンジューローはひた走る。


「行くぞ、鋼斬りぃ!! という名の普通の斬撃」


 彼は三十の敵に、深く深く切り込んでいった。

 それを追うようにマリーヤ達も動き出す。左右と背後からの攻め凌ぎ、ジンジューローが戦う方へと移動していく。

 今回の目的は、包囲を突き抜けて逃げ切ることだ。殲滅ではない。

 それを見越して、ジンジューローは一方だけに深く切り込んでいる。

 そんな彼は今。


「うぉおお、今、俺の六の分身が貴様の身に……」


 無意味な高等技術で六人に増えていた。

 正確には足捌きで居るように錯覚させているだけだが、やられる方は溜まったものではない。

 そんな分身たちが大挙して一人に押し寄せ。


「特に何もしない」


 すり抜けて消えた。


「えー……?」

「勘違いするなよ……、何もしないんじゃない。できないんだ……。流石に六人出すと足捌きでいっぱいいっぱいだからな」

「何がしたい!」

「そぉい!!」


 後ろに現れたジンジューローに向かって剣を振るう野盗だったが、残念ながら、届く前に殴り飛ばされていた。


「次っ! 顎にパンチ入れて速攻で刀の柄を握ることにより抜き放った動作すら見えなかったように見えるアタック!」


 ジンジューローもふざけているように見えるが、実質においては常に一撃必倒。

 次第に包囲は形を失っていき、今にも彼らは包囲を脱さんとしている。

 しかし、包囲脱出を目前に、状況が大きく変化した。


「ええい、矢を放て! やつらを絶対逃がすな!」


 それがもしもアルメリアに当たれば本末転倒なのだが、獲物を今にも逃がしそうな野盗達にそれを考える理性はない。

 上方より矢の群れがマリーヤ達に襲い掛かった。


「ちょっと、あいつら撃ってきたわよ!? 馬鹿じゃないの!?」


 目を剥いて、マリーヤは叫ぶ。

 本末転倒な手ではあったが、厄介なのは確かだ。

 とにかく、マリーヤは迫る矢を届く限り細剣で叩き落した。同じように、イリアも剣を振っている。

 それなりの冒険者達である彼女等は矢から身を守ることは難しくはない。それは接近戦のできないミラや、戦闘に参加しないスミレもだ。

 二人も、迫る矢を避けることはできた。しかし、問題は、降り注ぐ矢からアルメリアを守りながら更に移動する必要があることだ。

 自分に迫る矢だけでいいならともかく、隣、ないしは背後にいる人物まで守るのは非常に難しい。

 当たる当たらないを気にすることもなくとにかく相手が滅多矢鱈に矢を放つせいで、アルメリアの命は非常に危険といえた。

 その状況を改善するために動いたのはミラだ。


「障壁、展開……!」


 ミラの目前へと矢が到達した瞬間、そこに薄紅色の半透明の壁が現れ矢を受け止めた。


「ミラ!」


 イリアが振り向き叫ぶが、ミラは振り向くことすらしない。


「……行って」

「……イリア、行くわよ」


 そこに立ち止まり、障壁を張り続けるミラを見て、マリーヤは意を決して口にする。


「そんな……! そのようなことをしては、ミラ様が……」


 足を止めそうになるアルメリアを見ても、マリーヤは一切取り合うことはなかった。


「とっとと離脱するわよ! アンタを逃がしてミラを助けに行く! それだけだわ!!」

「……そんな。私が身を差し出せば……!」

「うるっさいわねぇ!! 私達はもう依頼を受けて金貰ったの! 冒険者、舐めんじゃないわよ!!」


 力任せに、ジンジューローの討ち漏らした野盗を押しのけて、マリーヤは叫ぶ。

 ミラは障壁を張り続ける限り動けないだろう。自分に追従する、自分だけを守る障壁ならともかく、味方も守る大型の障壁となると彼女では動かすには力量が足りない。


「どうして、あなた達はそんな……」

「おいおい、まさかこの俺が、伊達や酔狂でこんな真似をしてると思ったか?」


 前方に切り込んでいたはずのジンジューローが、いつの間にかマリーヤのすぐ側までやってきていた。


「全くもって、その通り!」


 煌く剣閃が、周囲の野盗の意識を刈り取って行く。


「伊達や酔狂多いに結構! 旗立てるなら向かい風に向かって振り回せ! 正気でエースが務まるかッ!」

「あんたと一緒にしないでよ」

「……手厳しい」


 呟きながらジンジューローは後方を見据えて走る。

 一見余裕があるように見えて、実はそうでもない。例え何本の矢が迫ろうと、何人の野盗が束になろうと、ジンジューロー一人ならば突破は難しくない。

 しかし。


(人を守るというのは、中々どうして難しいっ!)


 こうして反転し、ジンジューローが守りに入っている間、攻めは疎かになる。

 もたもたしていれば崩れかけた包囲は再び形を成し、壁となるだろう。

 だが、ミラを放っておくわけにも行かない。

 何故ならば。


「あー、クソ……!」


 今正に、ミラの障壁は破壊され、彼女の元に野盗が殺到しているのだから。


(間に合わねぇか? 間に合わねぇよなぁ……。ミスったか? 俺が守り担当して、皆がじわじわ押してく方が良かったか?)

 まさか無策に弓を用いてくるとは思わなかった、というのが失敗の原因だろう。

 だが、嘆いても既に遅い。矢は再び止んだが、矢が切れただとか、諦めただとかそういう理由ではない。

 障壁を失ったミラを捕まえるためだ。


「あっ……」


 野盗に腕を乱雑に掴まれミラは短い悲鳴を上げた。


(やっぱりなぁ……)


 腕を引かれ、首に腕を回され、次にナイフを首へと突きつけられる。


「お前ら! こっち見ろっ、オラ、これだよ!! 月並みだが、こいつがどうなってもいいのかって奴だ!!」


 ぴたり、とジンジューローの足が止まった。

 呼応するように、マリーヤ達も止まる。


「……よォーし。来い、次は、お嬢さんがこっちに来る番だ」


 ジンジューローの背後で、動揺したかのような、足音が聞こえた。アルメリアだろう。


(あー、面倒臭ぇことになったなぁ。足を止めてるこの時間すら向こうの有利フレームだろうが。このまま固めってか?)


 この間にも包囲の穴は埋められ、状況は悪くなっていく。


「あー、そらいかんね。ダメだわ、そりゃ」


 ぽつりと、脱力したようにジンジューローは零した。


「だ、そうだ。早くこっち来いよ、お嬢さん」


 野盗はそう次げて、ナイフを握ったままの手で手招きする。

 再び、ジンジューローの背後で足音がした。


(余裕ねぇなぁ……。ねぇよなぁ。完全に包囲された挙句に人質か)


 少しずつ、足音が近づいてくる。まるで、覚悟を決めたかのような、ゆっくりとした、それでいて力強い音だ。


(まぁ、仕方ねぇかな。しゃあねぇや。よく頑張った方だろ、これでも)


 先ほどまでのアドレナリンが溢れ出ているような熱が消えて、心から冷えていく。

 狂おしいほどに目まぐるしい状況の変化は無く、焼けた棒を押し付けられたように熱く暴れ狂う心は落ち着きを取り戻していく。


(ここまでか。まぁこんなもんか……)


 溢れるほどだった活力は体から抜け落ち、脱力した腕がだらりと垂れる。

 急激に冷えていく。活力は消え、激しい分子運動のようだった心が静寂を湛え、先ほどの豪傑は姿を失い、ただ、立ち尽くす。

 目に映る景色すら少しずつその動きの勢いを落としていく。

 アルメリアが遂にジンジューローの前を歩き始めたが、その動作もどことなく緩慢。

 不意の一陣の風。揺れる木、落ちる木の葉。ゆらり、ゆらりと失う速度。

 失速。揺れる木も、アルメリアも、落ちる木の葉も。

 そして。

 ――止まる。停止。落ちる木の葉は宙に浮く。

 消える。世界の色が、白と黒に。

 消えた。ジンジューローの姿が。

 音も無く、声もなく。

 誰も気付いていない。わかっていない。動かない、何も言わない。

 その中で、ジンジューローは何も言わず。静謐に、音も無く。

 ただ、浮かぶ。胸中、脳裏に。


 九条寺流刀術 千里壱歩の一閃――。











「尋十郎の剣術は特徴的だ。本人曰く、その場の思いつきで技を作ったり、彼の知る娯楽作品の技をその場で再現したりしているらしい」

「そりゃまた、無茶苦茶ですねぇ……」

「ああ。だが、強い。無茶苦茶だが、玄人がやれば変幻自在の相手を惑わせる太刀筋になる」

「ただしイケメンに限る、じゃなくてただし達人に限る、ですか。理不尽ったら無いですねそれ。真面目にやってる人が発狂しますよ」


 剣士を相手するに当たり、剣士を相手にした経験があるとないとでは大違いだ。あらゆる武器に対してそうだろう。槍が相手なら槍を相手にした経験があればある程度間合いが分かる。武器の間合い、斬撃を主とするのか、刺突を主とするのか、守りが堅いのか攻めが重いのか。

 同じ武器の中で流派が違えど、ある程度変わらない特徴というものがある。

 そんな中、尋十郎は日本刀を装備している。だから、彼を剣士だと思って相手をすると。

 負けるのだ。


「アレは既に剣術ではないな。剣を使わないこともままある」


 邪道の剣術どころか、剣を持つ意味すらない時もある彼の戦い方は結果として、相手にとって得体の知れない武術となる。

 初めて相対する得体の知れない武術。これを相手にするのは容易ではない。

 それが素人の滅茶苦茶であったり、的外れな工夫であれば実力で対応されて終わるのだが、珍妙な完成度でその技を放ってくるのが性質が悪い。


「だがそこで終わりではない。本当に恐ろしいのは」


 だが、その武術は九条寺尋十郎の本質ではない。


「それを乗り越えた時だ」











 前方、そこに居た男が消えた。

 予兆もなく、掻き消えた。

 どこへ。

 問う暇はなく。

 見当も付かず。

 ざ、と背後で何かが地面を踏みしめる音が聞こえた。

 早く人質を使ってあの男の妙な動きを止めなければ。

 そう思って野盗はナイフを握り締めようとして、失敗した。


(あ?)


 次に、人質を締め上げようとして、失敗する。

 足で蹴り飛ばそうとして、失敗。

 乱雑に突き飛ばそうとして、失敗。


(なんだよこれ、一体俺に……)


 何をした、と振り向こうと思って。

 失敗。

 だが、次第に体は指一本動かないのに、視界が動いていく。

 意思に反して、ずるりと。地面へと。

 やがて、転地が逆さになり、視界は地に落ちる。


(おい、まさか俺……、死んで)


 ごろりと、頭が地を転がった。










「エースは、殺すか殺さないかを明確に、あるいは不明瞭に線引きしているケースが多い」

「ご主人様もあんまり殺しませんよね」

「エースは機体に乗れば際限なく殺せてしまうからな。きりがない」


 故にエースは線引きをする。どこまで殺すか、殺さないか。


「彼は、エースの中でもその線引きが顕著な方だ」


 まるで、裏表のように。

 彼は不殺と殺意を切り替える。


「彼のパイロットとしての技能はエースの中でも上位ではあるが特筆するものはない。性格は一見明るく豪放磊落で、常識的と、エースにしては随分とまともに見える」


 尋十郎とコテツの付き合いは長いほうだ。だから、知っている。


「しかし、それは表面だけだ。アレは、エースだ」


 まともに見えてまともじゃない。


「首輪を嵌めて、鎖で雁字搦めにし、何よりもその鎖を大事にしているくせに、何より解放されたがっている」


 矛盾した精神状態。

 一見まともそうに見えて、その実その芯はエースと呼ぶほかない。


「鎖切っちゃったら、強いんですか?」


 あざみのその問いに、コテツはその彼が居た戦場を思い浮かべて答えた。


「もし本気の彼と相対した場合。こちらが機体に乗っていても油断はできない」


 刀だけを携え佇む彼の姿を。


「油断すれば、エース機でも、腕の一本は持っていかれる可能性がある」










「血も脂も」


 ぽつりと、静寂に染み込ませるように言葉が漏れた。


「道理も理屈も常識も」


 深く、暗く、重く。


「何もかも振り切って」


 その口は、笑みか、獣が牙を剥いたのか。


「刀の錆にもなりやしねぇ――」


 とん、とジンジューローが動く。

 恐ろしく早い。だというのに音はなく。

 まるで雲の上を走るように。


「ひっ……!」


 正面に据えられた野盗の一人は上擦った声を上げると、身を守ろうと滅多矢鱈に剣を振った。

 そして、ジンジューローが振られる剣の間合いに飛び込み。

 至近に入り、野盗の剣がジンジューローを捉える。


「え……?」


 そう見えた瞬間、その姿が掻き消えた。

 その時には既に、野盗は背後から切られている。

 それが倒れる前に再びジンジューローは動く。


「こ、来い……!」


 待ち構える野盗へ一直線に疾駆。

 野盗たちはどうにかジンジューローに対応しようと矢を放ち始めた。

 その矢がジンジューローの元へ届く寸前、彼は速度を跳ね上げる。

 上方から降り注ぐ矢を置き去りに、突如として速度を上げたジンジューローは野盗の目から消えたように映る。


「ちょ、待っ……!」


 無惨。速度の変化に間を外された野盗は抵抗すること叶わず。低姿勢で放つ横一閃が二本の足を斬り飛ばす。

 そして、一回転しながら遠心力を乗せたかのような力強い踏み込み。

 次は、横にいた敵へ。たった一歩の踏み込みが、悠に二間はあった距離を零にした。


「あっ……!」


 反応すら許さない。無言で袈裟切りに切り捨てる。


「くそっ……、ぶっ放せ! 火事になろうが知ったことか!」


 野盗が吐き捨てた。それと同時に、野盗の一人が高らかに声を上げる。


「略式詠唱!」


 魔術の詠唱。


「燃えよ、そして穿て火のだ……」


 言葉から、火の魔術と推測される詠唱。


「……ん、おいどうした? 詠唱が止まったぞ」


 しかし、途切れた言葉に男が振り返る。


「ッ!?」


 死んでいた。虎の子の魔術が使えた仲間の一人は、顔面に黒く細い鉄の棒が三本、斜めに並んで突き刺さっていた。

 棒手裏剣。その名前を野盗は知る由もなく。

 そして、死んだ仲間を見るために振り返ったその時間は、致命的な隙となった。

 ぬっ、と背後から影が刺す。

 慌ててそちらを見たときにはもう遅い。


「あ……、ぁ……」


 逆光で表情を捉えることはできず。ぎらついた、しかし感情の窺えない瞳だけが彼を見つめていた。

 ジンジューローの剣が彼の命を奪うのに、数秒要らなかった。

 そして、鈍く輝く得物を持って、次の的へ。

 ゆらりとジンジューローの体が揺らめいた、と見えた時には移動は既に終わっている。


「……落ちつけ、落ちつけ、落ちつけ!」


 熱に浮かされたように呟き、血走った目で野盗はジンジューローを睨み付けた。

 それを意にも介さず振るわれる刃。ジンジューローは、片手で尚剛剣を振るう。

 だが、次の瞬間、金属の打ち合う硬質な音が響き渡った。

 野盗が感じたのは激しい衝撃。だが、それでも死を伴う痛みはどこにもなかった。


「防いだ……! 防げた!?」


 果たしてそれはナイフで防ぐことができたと言えるのか、それとも、あえて防がされたのか。

 どちらにせよ。

 無意味だった。

 顔面へと突き刺さる拳。刀から身を守ったために、防御も回避も間に合わない。

 ごっ、と肉を打つには些か鈍い音が響く。ジンジューローの手には頬骨も鼻骨もまとめて一切合財圧し折った感触が残った。

 いつしか、野盗達の戦意は著しく下がり、命の惜しい者は散り散りに逃げ出していく。

 そして、辛うじて戦意を残す、最後の一人の前にジンジューローは立つ。

 剣を構えた野盗が感じるのは粘ついた殺気だ。


「来い……!」


 その言葉に返答はない。ほぼ一人で、三十人いた盗賊を壊滅まで押し込んだ男の顔には表情すら見当たらない。

 ただただ、鋭い眼光が射抜くのみ。

 まるで、殺気が質量を持って野盗の体を包み込んでいるかのようだった。

 体が鈍い。彼にとって、手に持つ二束三文の安物の剣が重いと感じたのは初めての経験だ。

 そして、睨みあう事数秒。不意に、ジンジューローが後ろを向いた。

 興味を失ったかのように歩き出すジンジューロー。

 野盗は、助かったのか、とその背を見つめた。

 彼の身に残るのは、ぬるついた違和感。

 ただそれだけ。


「……見逃された、のか?」


 だがそれは。斬られたことにすら気付かなかっただけの事。

 見逃された訳ではない。斬られたことに気付かず、死んだことすら気付いたか定かではない。

 見るも無惨、聞くも無惨。

 ――斬れば無残。

 それだけのこと。














「よう」

「お疲れ。相変わらず、本気のアンタが味方で良かったと思うわ。本心から」

「さよけ。ま、俺だってあんまマジにゃなりたくないんだがね。俺は博愛主義者なんだ」


 軽い足取りで森から出てきたジンジューローを、マリーヤが出迎えた。


「冗談キツイわよ」

「嘘じゃないさ。非才で矮小で弱い俺は選ぶ手段がない。それだけだ」

「嫌味?」

「マジだよ。大マジだ」


 言いながら、ジンジューローは鈍く輝く綺麗な刃を鞘に収めた。


「そ。まあ、それよりこれから、どうするの?」


 言いながら、マリーヤが一瞥くれたのは、肩を落とし俯くアルメリアだった。

 無理もない。年端も行かない少女に、今日の経験は些か重過ぎるだろう。


(どうするもこうするも、面倒くせぇなぁ……。面倒くせぇよなぁ)


 ジンジューローとアルメリアの縁はつい数時間ほど前からだ。

 護衛対象と冒険者の間柄ではあるが、こうまでなって彼女をどうこうする義理はない。

 だが、確かに義理はないのだが。


「依頼続行だ」

「……え?」


 ジンジューローの呟きにアルメリアが表情を驚きに染める。


「目標地点に到達するまで俺は護衛を続ける」

「ふーん? じゃ、このまま目的の街まで?」

「いや、逃げるぞ。野盗の大本もいるだろうし、最悪ここの領主にも目付けられてるだろうよ。尻尾巻いて逃げるに限るぜ」


 マリーヤの問いに、ジンジューローは首を横に振って答える。

 そして、目的の街へとは別の方向へと歩き出した。

 その背へと、アルメリアが躊躇いがちに声を掛ける。


「わ、私は……」


「有無は言わせねぇぞ。それと、依頼を達成するタイミングは俺が選ぶ。何年掛かるか保障はしねぇ」


 その言葉に、マリーヤ達は何か察したらしく、呆れたように彼女は言った。


「私達は次の街で抜けるわよ。さすがにね。まあ、機会があれば一緒のパーティにはなってもいいけど」

「ああ。そこまでは付き合わせねぇよ」

「……あんたは随分な物好きよね」

「サイフも時計も携帯も無し、完全に手ぶらで街歩いてると、不安にならねぇ?」

「携帯が何かはしらないけど。まあ、ちょっと分かるわ」

「今の俺はちと、手荷物が少なすぎてね。ここらであれこれ拾っておこうかなと」


 おどけて、ジンジューローは口にした。


「両手に華ってのも、乙なもんだろ?」


 異世界に住むというのは、意外と堪える。というのがジンジューローがこの世界で感じた一つ。

 これまでの常識も通用しない世界に一人ぽつりと。失うものもない。現実感がなくて、地に足の着かない浮遊感。


(エミールの坊主やターニャの嬢ちゃんのコテツ大好き組は考えもしねぇんだろうが……、俺も中々どうして、繊細だったってことか)


 心中で呟いて、ジンジューローは肩を竦めた。


「どうしてですか? ジンジューロー様……。お父様にも捨てられたような私を……」

「危険生物はいない。実は盗賊すら敵じゃない。なのに俺達みたいな腕利きの冒険者をお前の親父さんは雇った。その心は?」

「は?」


 突然の問いかけに、アルメリアは疑問符を浮かべた。

 確かに、不自然と言うべきだろう。道にほとんど脅威がないことは分かっていた。名目は、盗賊に対する護衛である。だが、実は最初から盗賊に引き渡すことが決まっていたのである。

 流石に、アルメリアだけで行かせるのは無用心が過ぎるかもしれないが、果たしてわざわざ最近名を上げ始めたジンジューローや、ベテランであるマリーヤ達をわざわざ指名する必要はあっただろうか。


「答えはそのまんま、親心だよ」


 野盗達は領主と繋がっているらしい。それをちらつかされては商会は逆らうことができない。アルメリアを引き渡すしか道はない。夜逃げしても領主が協力していれば、見つかって掴まるのが関の山。


「親、心……」


 だが、それでもと。願わくば、娘を守り、安全なところまで連れて逃げ去ってほしいと。









「お前の娘の受け取りに失敗した」


 その言葉を聞いた時、ランディは大笑いしながらどうだ、やってやったぞと叫びたい衝動に駆られた。


「そうなのかい? まさか……、魔物に襲われて……!?」

「テメェの雇った冒険者だよ!」

(そうか……、彼らはアルメリアを救ってくれたか……)


 打ち震える心を押し隠して、ランディは真剣な顔で連絡役の野盗を見つめた。


「……どうしてくれるんだ、これはよ」

「どうするも何も、僕はそのことに関しては何も知らないんだ」

「ほざいてんじゃねぇぞ、テメェが雇った冒険者だ、そう仕向けたんだろうがよ!」

「僕が世間一般で言う親馬鹿なのは、君も知っているだろう。いい冒険者を雇ったのは僕が親馬鹿だからだ。それに、彼らに依頼を伝えるところは、監視されていたはずだ」


 だからこそ、ランディは依頼の真の意図を伝えることは叶わなかった。

 彼らがアルメリアを守ろうとするかどうかは、賭けだったのだ。むしろ、逃げる可能性の方が高いだろう。

 しかし、ランディは賭けに勝った。高い意識を持ち、責任を持って依頼を遂行する冒険者を探したランディの目に狂いはなかった。


(彼らは最高だ!)

「……確かに、監視してた限り怪しい真似はなにもしてねぇ」

「ああ、僕も驚いてるところなんだ。普通逃げるだろう。それとも、そんなに少ない人数で待ち構えたのかい?」

「くっ……」


 ランディの問いに、野盗は言葉を詰まらせる。十分な数で行って撃退された、というのも、少ない数で行って負けたというのも間抜けすぎる。舐められないためにも口にするわけには行かないのだろう。

 そんな野盗を内心笑って、ランディは口を開いた。


「とにかく、これは僕にとっても予想外なんだ」

「ちっ……、まあ、女は手に入らなかったが、これからもよろしく頼もうじゃねぇの、ランディさんよ」


 その提案に、ランディは表向き笑顔を向ける。

 機嫌を損ねて商会が取り潰しになることはないだろうというのは分かっていた。

 ランディと商会にはまだ利用価値がある。女が手に入らなかったからと言って商会まで取り潰しては鬱憤が晴れるほかは損しかない。

 女も金蔓もなくなるよりは、片方だけでもあった方がいい。今後の上納金目当てで、ランディは生かされる。


「ああ、頼むよ。今後ともよろしく」


 白々しく、彼らは握手を交わす。


(戦うには、足りないものが多すぎた。富と、権力)


 だからこそ、娘を差し出すしかなかった。


(かき集めてやる。富も権力も戦力も。その時は……)


 ランディの心中には決意だけがあった。

 娘が安心して帰ってこれるように。


(容赦しない)










(これでいいんだろうがよ。護衛の勝手な判断だ、商会は関係ねぇ)


 アルメリアを大人しく引き渡して、これからもたまに盗賊に貢物をしながら商会は存続するか、逆らって、領主によって商会は取り潰しになり、そのカタにアルメリアが連れて行かれるか。


(夜逃げっつう手は……、ああ、そういや野盗が張ってるのか。監視くらいはいるだろうな)


 領主や盗賊達にとっても、商会にとっても前者の方がいいだろう。しかし、どう頑張っても割を食うのはアルメリアだ。


(人の親の、無責任な悪足掻き。ま、乗ってやるよ)


 それは賭けに等しい行為だったが、アルメリアがこうして無事な以上勝ちと言っていいのだろう。


「丁度街を出ようと思ってたところだから丁度いいっちゃ丁度いい。道すがら、ついでに、俺の機体を回収するぜ」


 ジンジューローの機体はこの世界のSHではなく、自らの世界のDFだ。あんまり突っ込んだことを聞かれると面倒だと考え、街の外に隠してある。

 今回はそれが幸を奏したと言っていいだろう。

 街に入る必要もなく、機体を回収できる。


「分かったらとっとと行くぜ」


 ちらりと、アルメリアを見れば、先ほどよりは表情が和らいでいた。


「優しいのね、ジンジューロー君は」


 そして、そこから少し視線をずらせば、イリアが微笑んでいた。

 そんなイリアに、白い歯を見せながらジンジューローは満面の笑みで答える。


「美少女は保護するに限る」

「……台無し」

なんか出来が微妙で出すか出さないか迷ってたというかこれを書いてる今でも迷ってるんですが、ここに来て出し惜しみは無しで行きます。はい。そしてもう一本投稿してクオリティのアレさを量で誤魔化そうとします。



九条寺 尋十郎


生まれる世界を間違えた感のある男。残念ながらこれは明治剣客浪漫譚でも、やたらと食事が美味しそうに描写される時代小説でもなく、普通のロボットものである。

武道に精通し、それに準じた操縦をするのだが、自らの体と、機体のギャップが足を引っ張っている。

強さとしてはエース最高峰組には一歩及ばず。上の中か上の下ライン。手足の長さなど尋十郎の体を完全再現できるSHかDFがあれば評価はもっと上。ただし、色々とムラっ気のあることの多いエース達の中でも特に安定した実力を持つ。強さではなく優秀さで見ればかなり上。

ぶっちゃけ機体に乗るより生身の方が得意。

祖父から手ほどきを受けた九条寺流刀術は極まりすぎてファンタジックな領域に達している。

本人としてはガチ殺人剣過ぎてあまり使いたくないらしく、基本的にアニメやらゲームやらの技を再現しようとしつつ舐めプで頑張ってみるが、最限度は六割か七割。

誰も見た事のないような変態剣術になって厄介だが、厄介なだけのオッサン。

本気になると、棒手裏剣やら拳やらまで繰り出して完全に殺しにかかる。いきなり大人気ない。

身体能力は総じてどれも極限に高い。死ぬほど速いオッサンが刀片手に高速で迫ってくる悪夢。

そんな彼だが未だに祖父には勝てないらしい。

生身の能力においてはエース中最強。完全に人間をやめた獣のような男である。


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