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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,安閑
117/195

110話 贈

 城の中庭。晴れ渡った空の下で、ぱこん、と少しだけ間抜けな音が響く。

 定期的に繰り返される音の発生源はといえば。


「マスターは、とっても上手……」

「そういう君は……」


 コテツとソフィア。二人の手にはラケット。

 間にネットはないが、所詮お遊び程度の事だから問題はない。


「……いや、何も言うまい」


 羽を打つ音が間抜けなのは、コテツができるだけ優しく羽を打つからだ。

 本気で打つならば、ラインも何もない今、速度だけならそれなりのものがでるだろう。

 しかし、それでもコテツは優しく、山なりに、ソフィアの周りを狙って羽を打つ。

 そして、放った羽は。

 ぽす、と彼女の頭の上へ乗ったのだった。

 何度目の、彼女のミスだろうか。

 彼女は羽を見失ったらしく、羽を乗せたまま、彼女は小首を傾げた。

 それにあわせて、ぽろりと羽が地面へと落ちていく。


「……ん」


 彼女のバドミントンの腕は、壊滅的だった。

 というか、スポーツ全般の運動神経が死滅していた。

 日常的な動作ならともかく、競技になると途端にダメで、この体たらくだ。

 身体能力はある。エーポスとしてのそれは人間の中でも高い水準にあるのだが、それが上手く使えるのかどうかまでは別問題だった。

 彼女の風体は今、長く仄かに青い髪を下の方で二つに括っており、服はどこで手に入れたのか体操服にブルマと、見た目のやる気だけは十分なのだが。


「マスター……、優しく、してほしい」

「……全力で優しくしているつもりだ」


 できるだけ打ちやすいようにしてもこうして頭に乗せたり、ラケットがすっぽ抜けたり、普通に外したり、顔に当たったりだ。コテツは強い弾は打たないと心に決めた。

 そして、彼女の打つ羽はいつも大暴投だ。前方に飛べばいいほうで、たまに真後ろに放たれる。


「いく」


 その言葉とともに、たどたどしく振るわれるラケット。放たれた羽は、大暴投。

 それを追ってコテツが走る。身体能力に任せて遠い羽の元まで一足飛びに辿り着き、コテツはラケットを振るう。

 しかし、少々目測見誤った。所詮身体能力任せの素人である。無理なく打てる状況ならともかく、こういった少し難しい状況になると、打った先まで責任をもてない。

 ラケットに羽は当たり、打ち返すことには成功したのだが、今まで狙っていたソフィアの手を伸ばせば届く距離から外れてしまった。

 結果、ソフィアは少しだけ移動しないと打ち返せない状況なのだが。


「っ……!」


 彼女は、わたわたと手を動かしたと思った瞬間、思い切り前方へ転んだ。


「……大丈夫か」


 コテツは、ソフィアの元まで歩み寄り、手を差し出した。


「ん」


 彼女は鼻を打ちつけたらしく、摩りながらコテツの手を掴む。


「膝を擦りむいているな」


 コテツは、ソフィアを見て呟き、こういうことを予想してソフィアが持ってきた薬箱に手を伸ばした。


「消毒を行なう。じっとしていろ」

「そんなことしなくても、重傷ではない」

「感染症にならないよう努力しておくべきだ」


 コテツは取り合わずに、彼女の膝に消毒液をかけた脱脂綿を当てる。

 ソフィアがそれに、ぴくりと、少しだけ震えた。

 そして、コテツは消毒を終え、ガーゼをテープで貼り付ける。


「これでいい」

「……ありがとう」


 今しがた治療を終えた足を、ソフィアはまじまじと見つめている。

 少しの間、彼女は自らの膝を見つめていたが、やがて、視線はコテツへと移る。


「マスター」

「なんだ」

「つまらない?」

「どうしてだ?」

「私では、相手が務まらない」


 申し訳なさそうなソフィアに、コテツは言った。


「いや、これからもよろしく頼む」


 手に汗握る試合がしたいのではない。緊張感に包まれたいのではない。


「いいの?」

「構わん」


 ならば、誘ってくれた彼女とでも構わないし、誘ってくれた彼女とするべきだ。コテツとソフィアのコミュニケーションの形の一つはこれでいい。


「……大好き」


 不意に呟かれた言葉に、コテツは反応に困り果てる。


「……俺に応える言葉はないぞ。俺は、君に恋愛感情を抱いていない」

「困らせる、意図はないから。今はただ、素直に受け止めて」

「すまん」

「謝らないでほしい。大丈夫、今後五十年、六十年掛けて振り向かせる」


 コテツに恋愛するつもりはまだない。誰かに恋愛感情は抱いていないし、抱く兆候もない。

 だからコテツはNOを返す。だが、彼女等は諦めるつもりはないらしい。


「望みは薄いぞ。不可能かもしれん」

「構わない。五十年や六十年なんて、一瞬だから。だから、挑み続けることだけは、許してほしい」


 エーポスは、諦めが悪い。

 彼女の心を縛るような権利はコテツにはないし、そんな言葉は、コテツの胸の中をどれだけ探っても見当たらないだろう。


「許さないと言ったら」

「返答は、聞いていないから」

「そうか」


 仕方ないか、とコテツは諦観に身を任せた。

 らしくもない強引さに、コテツが折れる形となる。

 途切れる会話と、見詰め合う二人。

 と、そんな二人のもとに掛かる声。


「最近私お邪魔虫すぎません? おかしくないです? 私ほら、メインヒロインっぽくないですか? なのにお邪魔虫キャラ定着してません?」

「あざみか。どうした?」


 二人のもとに何とも言えない表情で現れたあざみは半眼で彼らを見つめた。


「どうした、じゃないですよ。そういう約束だったじゃあないですか」

「ふむ、もう時間か」


 実はここであざみがやってくるのは予定通りのことだった。

 元々、コテツを誘いに来た時点で、午後の途中までソフィアが、途中からあざみが、という予定が二人の間で決められていた。


「もう時間か、ってそんなに楽しかったですか、お姉さまとの時間はっ」


 一人で拗ねるあざみをコテツとソフィアは二人で見つめる。


「でもだめです。延長はなしですよー。ここからは私の時間です」

「ん、分かった。マスター、じゃあ、……また」


 ソフィアはぎゅっと、コテツの手を両手で包むように握り、別れを告げる。

 そして、手を放し踵を返すとぱたぱたと駆けていった。


「こっからは私のターンですよ。私のターン!」


 今度は、コテツはあざみに手を掴まれる。


「ささ、行きましょう」


 彼は手を引かれ、城の中へと向かっていった。













「あざみ」

「はいはいなんです!?」

「悪いが俺は」


 コテツの自室。

 椅子に座ったコテツの――。


「君の意図が掴めない」


 膝の上にあざみはいた。


「……? よく分かりませんね。何の問題があるんですか? この恋人スタイルに! この恋人スタイルに」


 彼女はコテツの膝の上に座りながら、本を開いている。


「膝の上に乗るのはさしおいても、何故、読書なんだ」

「さっきまで運動してたんで、こっちの方がいいかなぁ、なんて思っただけですよ。あ、夜の運動ならいいですよ、ばっちこいです」

「今は昼だ」

「ちぇ、ご主人様はいけずです」


 そう言ってあざみは口を尖らせるが、問いにはまったく答えていない。


「それで、何故、読書なんだ」

「んー、別に、読書じゃなくてもいいんですけどね。べったりくっついてまったりしたいだけですから。なんか今の状況アレじゃないです? 倦怠期のカップルみたいな」

「わからん」


 倦怠期にしては近すぎないか、というのはさておき。

 あざみは考えているようで何も考えていないようだ。


「まあ、いい。ところで君は、何を読んでいるんだ」

「バリバリの恋愛小説ですよ。ご主人様も読みましょう。わざわざ二人で読み難いにも関わらず一冊を読むって恋人っぽくないです?」

「知らん」


 にべもなく言い切って、コテツは黙り込む。

 あざみは気にした様子もなく、本を読む。

 そして、しばらくの時が経ち。


「面白いのか?」

「お、え? 興味出てきました?」

「いや、本そのものには無いが、君が面白く感じているかには興味がある」

「面白いですよ。コッテコテで。これから毎日、俺に味噌汁を作ってくれ! とか、俺と一緒の墓に入ってくれ、とか月が綺麗ですね、とか、いいですよね、言われてみてぇもんです」

「君と話していると異世界にいるのか不安になる」

「これでも日本文化がインプットされてますから」


 そう言って彼女はくるりと顔をコテツの方に向ける。


「言ってくれませんかねぇ、どこかのご主人様は」

「俺か」

「いえいえ、どなたとは言いませんよ?」


 たとえ口で否定しても、目は口ほどにものを言い、コテツにその言葉を要求していた。

 そして、無言で数十秒。


「……これから毎日」


 ぼそりと、コテツが呟く。

 あざみが目を輝かせた。


「おお!」

「俺の墓に入ってくれ」

「死ねと!? 違うんですよぉ! 一人で入りたくはないんですよぉー! そんな死んだことにして逃げるから代わりの死体やっといてくれ、みたいなのとは違うんですよぉ!」

「……冗談だ」

「真顔で言うから洒落にならないんですよー!」

「すまん」

「もう一回! もう一回お願いします、今度はちゃんと!」

「……ふむ」


 コテツは言う。

 あざみの目を見ながら、真っ直ぐに。


「……墓が綺麗ですね」

「墓から離れてくださいよぉ!!」


 そもそも、ここで本当に言ってしまうと状況が拗れそうなのであざみには悪いが一切言うつもりはない。

 下手に言えば、『言質取りましたからね!』と言ってくると考えられる程度にはコテツもあざみを理解して来た。


「そもそも君は、味噌汁が作れるのか」

「……さぁ、どうでしょう」


 露骨に目を逸らすあざみ。頬に垂れる汗。


「ぬぐぐ、そしたら、練習! 練習しますから! そしたら言ってくれますか!?」

「それとこれとは話が別だが」

「ぐぅう……、いけずさんですね!」


 ぽん、とあざみは本をテーブルの上に置いた。


「分かりました、いいでしょう。アプローチを変えますよ。ご主人様、欲しいものってありませんか?」

「……欲しいもの?」

「そうです。プレゼント作戦です。とりあえず騙されたと思って言ってみてください」

「いや、しかしアマルベルガから十分に給金は受け取っている。君が無理に施しをする必要はない」

「施しじゃないんですよぉ! プレゼントで、贈り物なんです! 厚意で好意なんだから受け取ってくださいよ!」


 どうやら言わないといけない空気らしいが、ぱっと思いつくことはなく、コテツは首を捻る。


「ふむ……。今ガンパウダーを切らしているが」

「……か、火薬ですか。弾丸用の。いきなりハードな」

「しかし、そういったものは信頼性の観点から、自分で選びたい」

「ですよねー」


 コストの観点から、弾丸は材料を購入して自作しているのだが、そういったものは素人が気軽に選べるものではない。

 特に素材の精度の悪いこの世界では火薬の種類一つで暴発、不発に繋がってくる。そういったものは自分で責任を持って選びたいものだ。


「他は、特にないな」

「えぇー? なんかひねり出してくださいよ」


 あざみは不満そうだがコテツに思いつくものはない。


「もうこの際、一般男性の欲しいものでも構いませんから」


 そうは言っても、だ。一般男性とはかけ離れたコテツであるし、一般男性との付き合いも多くはなかったコテツである。

「何故贈り物をしようというのかから既に分からんぞ」

「し、仕方ないじゃないですか」


 コテツの言葉に、何故かあざみは頬を赤くした。


「こんなの、初めてなんですからねぇ。アプローチの仕方もよく分かりませんし、男の人が何をすれば喜ぶかなんて考えたこともなかったんですから……、なんて言わせないでください恥ずかしい!」


 顔を真っ赤に、珍しく照れているあざみに新鮮な気分を感じながらコテツは彼女を見つめた。

 すると、目が合った彼女は、びくっと体を震わせて顔を真正面に戻し、俯いてしまう。

 コテツの側からは、耳まで赤いことだけが確認できる。


「……ふむ」


 どうやらふざけているように見えて彼女なりに真剣らしい。

 どうにか、コテツとしても真剣に応えてやりたいところなのだが、いい答えはないかと、彼は胸の裡を探る。

 そんな中、コテツより幾分常識的で、多少関わりのあった男を思い出した。

 同じエースであったが、エースの中でもかなり常識のあるほうであり、コテツにもコミュニケーションを取り、自らの事も幾分か語ってくれたできた人物である。


「そういえば。友人曰く、だが」


 その人物の名を。


「『裸にリボンを巻いて、私がプレゼント、ってされて喜ばない男はいない』だそうだ」


 尋十郎という。


「ぇ? ちょちょちょ、ちょ、たんまです。マジですか?」

「ああ、確かに言っていた」

「センスが古……、いえ、それはいいんですけども。マジですか……」


 しばし俯いていた彼女だが、不意に意を決したようにコテツの方に振り返る。


「よ、喜んでくれますかね、ご主人様! 嬉しいですか!? ご主人様が帰ってきたとき裸にリボンだけ巻いた私がいたら、ご主人様っ、どうします!?」


 コテツもまた、真剣に応える必要がある、とその情景を想像し。

 もしも、部屋の扉を開けた瞬間リボンだけを体に巻いたあざみが居て、プレゼントは自分だと言ってきたその時は。


「衛生兵を呼ぶ」

「ダメじゃないですかぁッ!! 完全にアウトじゃないですか!!」


 あざみ、突如立ち上がりテーブルを叩く。


「いや、だが、どう考えても俺か君のどちらかの頭がおかしくなったとしか思えん」

「ご主人様が言ったんじゃないですか!」

「少々一般男性と俺はずれているようだ」

「そもそもあの意見が一般男性から出てきたのかも疑問ですけどね」

「しかしだな。あざみ、君が贈与や賄賂の類を行なわなくても俺は君を嫌うことはないぞ」

「贈与や賄賂って……。プレゼントですよ、プレゼント、あるいは贈り物。そこ大事です」

「君がプレゼントや贈り物を行なわなくても俺は君を嫌うことはないぞ」


 そう、口にするとあざみは複雑そうな顔をする。


「それは嬉しいんですけどね。嫌われない以上に、好きになって欲しいんですよ。私は。現状維持じゃなくて前に進みたいんですけど。そのためなら正気を疑うような恥ずかしい真似だってしますよ」


 そして、ふと彼女は思いついたように手を叩いた。


「ああ、でもよく考えてみれば最初から、私はあなたのモノでしたね。あざみはあなたのエーポスですから」


 そう言って彼女は悪戯っぽく笑った。


「だから、もう私はあげられないんで、ご主人様には、私の胸の裡から湧き上がるもの、ぜんぶあげちゃいます。嬉しいですか?」


 その問いの返答に困るコテツに、被せるようにしてあざみは言う。


「答えなくてもいいですよ。分かってますからね、嬉しくはないって。いわゆるありがた迷惑ですね。いらないと思ったら捨てちゃって構いませんよ」


 丁度窓を背に、日の光を浴びて笑うあざみを――。


「でも。でも――、それがご主人様が要るのか要らないのか分かるその日まで、とっておいてくださいね」


 綺麗だと思った、その思いは。

 口にしたら調子に乗りそうなので、胸にしまっておくことにした。

厳選なる会議の結果、ジンジューローの話は後回しにします。

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