表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,安閑
115/195

108話 チェック



「休暇の調子はどう?」


 手持ち無沙汰で仕方ないコテツとは対照的に、アマルベルガは忙しそうだ。

 そんな中でも、合間を縫っては気にしてくれる彼女は随分な世話焼きと言える。

 そんな彼女の執務室に、コテツは居た。


「問題ない」

「あらそう、意外ね。あなたのことだから暇を持て余しているかと思ったんだけれど」


 本当に意外そうにアマルベルガは目を丸くした。


「暇なのは確かだが、幸い、俺は人間関係に恵まれている。今日はリーゼロッテとボードゲームに興じる予定だ」

「そうなの? それはいいことだわ」


 書類に目を戻しながら、彼女は言い、そして思い出したように続ける。


「ああ、でも一方的に負けて落ち込まないように注意してね? 彼女、割と強いわよ」

「そうなのか?」

「自称、学の無い亜人だけど、本当に自称でタダの謙遜よ。エトランジェの専属になるって決まった時に、メイド長に大体のことは叩き込まれてるわ」

「ふむ、そうか」


 優雅な貴族の卓上遊戯の相手も、メイドの仕事ということか。

 そして、上手く負けるにも、技量は必要なのだろう。強すぎず、弱すぎず誇りを傷付けない程度に程よく相手をして負けるにはそれなりの腕が必要だろう。


「まあ、エトランジェの専属なんて私のゴリ押しもあるけど、能力もなきゃ幾らなんでもどうしようもないってことね」


 確かに、風当たりは強いようだが、それでも専属として認められているのはそういうことなのだろう。


「問題はあの子、いつでも一生懸命だからあんまりそういうのの接待は得意じゃないのよね……。手加減してる時と本気の時は両極端よ。まあ、あなたは負けたからって腹を立てたりはしないでしょうけど」


 どちらかと言えば、手加減されて勝つ方が気分的に微妙だろう。コテツは頷く。


「というわけで、あの子とのボードゲームは気を付けなさい。って事でこの話題は終わりね、次の話題だけど」


 不自然なまでにすっぱりと話題を変えるアマルベルガ。

 彼女の忙しさが分かる話題の変え方だった。


「あなたが拾ってきた黒猫さんだけど」

「シャロンか」

「ええ。あの子の処理はこっちに任せてもらっていいのよね?」

「構わないが……」

「ええ、分かってるわよ。悪いようにはしないつもり。あの子の希望でもあるし、城で働いてもらうわ。まあでも、亜人である以上、彼女も覚悟してるみたいだけど、風当たりは優しくないわ」

「……そうか」

「守ってあげたいなら、首輪でもしてあげなさいな」


 エトランジェのお気に入り、と周知すればエトランジェの不興を買う覚悟でどうこうしようという人間は少なくなるだろう。

 陰湿な行為はなくならないかもしれないが、エトランジェに睨まれたくない人間なら絶対に度を越えることはない。


「考えておく」

「そ。まあ、頑張りなさい」

「ああ。それで、話は終わりか?」

「ええ、そうね。戻っていいわよ」

「ああ、では、失礼する」


 そう言って、コテツは執務室を辞した。

 ここから、コテツの休日が始まる。














「えっと……、詰みです」


 しかして、コテツの休日は敗北の辛酸に満ち満ちていた。


「俺の負けか」


 今日、十二回目の負けであった。

 ボードゲームはチェスに将棋、リバーシ。コテツにも馴染みのあるものだ。

 当然、エトランジェが広めたものである、が。

 コテツは気軽にサクサクと負けを重ねている。

 テーブルの向こうのリーゼロッテは困ったように、申し訳なさそうに苦笑していた。


「その……、はい」


 別にリーゼロッテが極端に、希代の戦略家のように強いというわけではないだろう。

 言ってしまえばコテツが弱いのである。

 エースだからといって、チェスや将棋に強い訳ではない。コテツは戦略家ではないのだ。

 身体能力でゴリ押しできないともあれば尚更に勝率は落ちる。かといって手加減されて勝つというのもおかしい話だ。

 結果として負けが込んでいるが、コテツは苛立つでもなく、ボードゲームに興じていた。


「君が気を遣う理由はない。俺が弱かったまでの話だ」


 そう言って、コテツはチェスの盤面を見つめ黙り込んだ。

 彼我の条件はほぼ同じ。だというのに何故こうも違うのか。

 戦力の多くを失った自軍と、幾らか手駒を失いながらも、それなりの戦力を残す相手。


「決して弱くはないと思います。特に、盤上で駒同士の戦いが始まってからは巧いと思います。ほとんど、反射的にやってますよね?」

「ふむ……」

「ただ、本格的に始まる前の準備段階が……」

「なるほど」


 つまるところ、対処するのは割と得意なのだ。

 相手の狙いを読んで、相手の最も望まない場所に駒を置く。そこは、コテツ・モチヅキの天性の勘と言ってもいいだろう。

 ただしそこまでだ。序盤の下準備はお粗末そのものであり、更に言えば、コテツのその上手い対応というのも所詮その場凌ぎに過ぎないのだ。結果として、いつしか追い詰められ、負けることとなる。


「先ほどから付き合ってもらって悪いな。少し休憩としよう」

「いえ、私はコテツさんの専属メイドですから」


 そう言って微笑むリーゼロッテを見ながらコテツは立ち上がった。


「お茶をお入れしましょうか?」

「いや、いい。それよりも、少し出る。一時間ほどで戻ってくる」

「分かりました。気をつけてください」


 そのまま扉を開けて廊下へと出て、コテツは歩き出す。

 そして、そのまま向かったのは、城の図書室であった。

 侵入した図書室に、珍しくソフィアは居ない。


「何か、お探しですか?」

「いや、大したものではない。自分で探す」


 これから行なう自分の用件に人を付き合わせるのは悪いと思い、コテツは入口にいた司書の申し出を断り、奥へと入って行った。


「さて……」


 ざっと本棚を見渡して、考え込む。流石に王城の、というだけあってそれなりの蔵書量だ。

 目的の本を探すには骨が折れそうだ。しかしながら、人を付き合わせるには些か微妙な用件なのだ。


「あれ? れれ? コテツ君?」


 そんなコテツに、声を掛ける女性が一人。


「む……、君は」


 コテツの事を君付けで呼ぶ人間はそうは居ない。

 振り向いた先に居たのは、長い黒髪を後ろで纏めたシャロン・アップルミントであった。


「どうしました、ご主人様? なんちゃって。こんにちは、あなたのシャロン・アップルミントです」


 いつでも楽しげな雰囲気はそのままの、いつもの彼女であるが、しかし、いつもと違って彼女は侍女の服を纏っていた。


「その格好は……」

「びっくりした? 見ての通り、メイドになっちゃいました!」


 そう言って彼女はその場でくるりと一回転。スカートがふわりと持ち上がって、再び重力に引かれて降りる。


「役職は、エトランジェ専属……、のお手伝いの……、見習いだってさ!」

「……何?」


 執務室で、アマルベルガがいやらしく笑った気がした。


『あなたが拾ってきたんだから、あなたが責任持ちなさい』


 という所だろう。無論、やぶさかではない。

 おいそれと動くと政治的に影響が出るため、判断はアマルベルガに委ねたが、彼女が何もしなかった場合は元よりコテツのエトランジェの権限でどうにかするつもりだったのだ。

 流石に、エトランジェ専属の手伝いの見習いなどという役職ではなく、城内での何らかの役職、それが不可能な場合は、城下での就職の世話をし、定期的に様子を見る位の考えだったが。

 しかしながら、アマルベルガがわざわざこんな珍妙な役職に就けたということは、お墨付きが出たということだろう。

 お膳立てはしてやるから、あとは自分で上手くやれ、と。


「で、なにしてるの?」

「本を探している」

「うん、だよね。手伝おうか?」


 問われ、コテツは断ることにした。


「いや、必要ない。極めて個人的な用事だからな。さしたる用件でもない」


 本当に、こんなことに他人を付き合わせるのは心苦しいのである、が。


「……そんな。エトランジェ専属のお手伝いの見習いであるあたしがエトランジェ様に仕事を断られるなんて……。明日から路頭に迷っちゃうわ!」


 わざとらしく地面に倒れこみ、手を着くシャロン。


「……ふむ、それで?」


 コテツは、そんなシャロンを冷たく見下ろした。


「うわ冷たい。って事で、手伝わせてよ。エトランジェ専属以下同文につき省略なんだから、コテツ君のお手伝いがあたしの仕事なの」

「わかった。仕方あるまい」


 確かに、その役職である以上は、コテツが何かの手伝いを断ったら仕事にならないだろう。


「だが、しかし君も何か用があってここに来たのではないのか?」

「あー……、えー、うん。あったよ、でも、終わったから問題ないって……」


 突如言い難そうにするシャロン。


「……本当だよ?」


 じっと見つめているとそんな台詞まで出てきた。

 もうそれは語るに落ちているような気もするのだが。

 更にじっと見つめるコテツに、シャロンは繕うように言葉を続ける。


「本当だってば! お勉強に使った本を戻しに来ただけだよ?」


 それでも尚、じっと見続けていると。

 遂にシャロンは白状した。


「ぬぅ……。そーですよー。戻ったらまだ勉強が残ってるんですよー。メイド長が怖いんですよー。でもほら、コテツ君のお手伝いが本来の職務だから許してもらえるかなーって」

「……そうか」

「お願い、コテツ君。手伝わせて?」


 首を傾げて、上目遣いで頼んでくるシャロンに、まあいいか、とコテツは判断を下した。

 目的の本を探すのが骨なのは事実だ。本を探して、見つけるまで、と決めてそれをコテツは許可する。


「いいだろう。ただし、見つかるまでだぞ」

「ほんと? やった」


 小さく握り拳を作るシャロンを尻目に、コテツは本を探し始める。


「で、何の本探してるの?」

「ボードゲームの指南書だ」

「へ? なんでまた」


 コテツは、眉一つ動かさずに、言う。


「負けが込んでいる」

「んん? つまり、ボードゲームで負けてるから、本でも読んでってこと?」

「付け焼刃なのは自覚しているが、ないよりはマシだろう」


 そんなコテツを、シャロンは覗き込む。

 そして、にやりと笑った。


「ふーん? 勝ちたいんだ。負けず嫌いだね、コテツ君」


 更に、つんつんと、楽しげにコテツの頬を突いてくる。


「それともあれかな? 真面目だから、手が抜けないのかな? もしくは、両方?」


 答えないコテツ。

 そんなコテツへと、シャロンはいとおしげに笑った。


「あたし、コテツ君のそういう可愛いトコ、好きだよ」


 コテツの手を握って、彼女は言う。


「そうか」

「釣れないお返事だねぇ。まあ、いいけどさ。今の所は」


 コテツには、先ほど示した彼女の好意がどういうものなのか分からない。

 そして、彼女もまた、深く追求しようとはしなかった。


「で、ボードゲームの指南書ねぇ。とりあえずチェスでいい?」

「ああ」


 頷くと、ぱっとシャロンはコテツから離れて本棚を探し始める。

 コテツも、それに続いて本棚に視線を走らせた。


「んー、ところで、誰とやってんの? あの騎士さん? アル?」

「いや、ふむ……、一応君の上司に当たるのか?」

「あ、専属の人? まだまだあたし勉強中だからさ、顔合わせしてないんだよねぇ」

「そうなのか。リーゼロッテという、君と同じ亜人なんだが」


 そう口にしたその時、シャロンは振り向き、そして驚いた顔で固まっていた。


「リーゼロッテ……、っていう亜人……?」

「ふむ、どうかしたのか?」


 誤魔化すように、彼女は笑う。


「いやー、んふふ、まさかねぇ、いやはは」


 コテツは、心中で首を傾げながら、呟いた。


「……知り合いか?」












 本が見つかるまで、という予定だったのだが。

 意外な事実に、シャロンの同行は続いた。


「いや、ね? あたしさ、昔王都で暮らしてたことあるんだよねぇ」

「そうなのか」

「そう。ほら、風当たり強くてさ。前の相手と一緒にちょっとこっちでね。王都は亜人差別はまだマシって言うし」


 前の相手。要するにシャロンと恋仲だったという貴族だろう。


「駆け落ちのようなものか」

「それほどのものじゃないけどね。過激な人が怖くて逃げてきたって感じかな。家でも帽子かぶって耳は隠してたなぁ。結局、見つかって一年経つか経たないかで連れ戻されちゃったけど」


 そして、その後はコテツの知る通りなのだろう。

 しかし、今回それ自体は本題ではない。


「で、その時にさぁ。リーゼロッテって子、拾って、一緒に暮らしてたんだよねぇ……」

「なるほど、そうか」

「いや、でもさ、ほら。リーゼロッテなんて名前珍しくもないしねぇ」


 そんな言葉を背に、コテツは自室の扉を開ける。


「あ、コテツさん、お帰りなさい」


 それを笑顔で、リーゼロッテが出迎え。

 そして、リーゼロッテとシャロンが、互いを見て、固まった。


「……お姉ちゃん!?」

「リーゼロッテ……!」


 やはり知り合いだったか、とコテツはその二人を眺める。

 リーゼロッテは、姉と呼ぶ人物がいると言っていた。

 母親が死に、一人となって森を出て王都へとやってきた。そんな彼女を拾ったのが、シャロンなのだろう。

 しかし、そんなシャロンも追っ手に見つかり連れ戻され、また一人になってしまったリーゼロッテを拾い上げたのがアマルベルガであり、現在に至る、と言ったところか。


「うあー……、元気してた? 恨んでる?」

「え……? どうしてですか?」


 申し訳なさそうにするシャロンを、リーゼロッテは戸惑いながら見つめる。


「いや、だってさ。結果的に、あたし、リーゼロッテの事置いてっちゃったからさ。あの後、苦労したんじゃないの?」


 シャロンにとっても不本意な事態ではあっただろう。

 しかし、置いていかれた方としては思うところもあるかもしれない。

 シャロンはそう考え、リーゼロッテに申し訳なく思っているようだ。


「確かに、色々ありましたけど……。でも、恨んでませんよ。お姉ちゃん」


 だが、そんなものは杞憂に過ぎなかった。

 リーゼロッテはにっこりと笑って、シャロンとの再会を喜んでいた。


「なんの関係もなかった私を拾ってくれただけでも、十分過ぎます。それに私は……、今、幸せですから」


 そう言って、照れた様に、はにかむように笑みの姿を変えると、シャロンもまた、笑みを浮かべた。


「男に恵まれたからかなー?」

「お、お姉ちゃん……!」

「まあ、でも良かった。元気にやってるみたいでさ」

「お姉ちゃんのおかげですよ。あの時、拾ってくれたから」

「あたしは大したことしてないって。うんうん、立派に育ってくれてよかった」


 そう言ってひとしきり二人が笑いあった後、再会に口を挟むのも野暮かと思っていたコテツが声を掛けた。


「再会は済んだようだな、シャロン。では、メイド長の元に戻るといい」


 言うと、シャロンは露骨に嫌そうな顔をした。


「えぇ……、お願いコテツ君、もうちょっとだけ……!」

「断る」


 元より本が見つかるまでの予定だったのだ。

 それを、リーゼロッテと知り合いのようだったからここまで連れて来た。それだけでも、時間は延長されている。

 これ以上はメイド長にも悪いだろう。


「行かないというのであれば、連行させてもらうが」

「うぇあ、行きますよ、行けばいいんでしょー? 退散しますよー」


 シャロンは渋々といった調子で口にして、そして、コテツへと向き直る。


「じゃあ、最後にお願い。コテツ君に応援して欲しいなっ」


 腰元で手を組んで、少しだけ前かがみになって、上目遣いで彼女は言う。


「健闘を祈る」

「ん、がんばる」


 そうして、シャロンは駆け出した。


「じゃね、コテツ君、リーゼロッテ! また今度!」


 がちゃり、と扉が閉まり、シャロンの姿は見えなくなる。

 部屋には、コテツとリーゼロッテだけが残った。

 そして、二人顔を見合わせた後、リーゼロッテが笑った。


「相変わらずで、安心しました」

「そうか」

「相変わらず、楽しくて、忙しい人です」

「そうだな」


 素直にコテツは同意した。

 シャロンが消えた途端唐突に静かになった室内に、奇妙な沈黙がわだかまる。


「えっと……、どうしましょうか?」


 苦笑しながら、リーゼロッテは問う。


「続き、しますか?」


 続き、つまりボードゲームの続きである。

 しかしながら、コテツはシャロンの唐突な出現により、指南書を読むことに失敗していた。


「いや、今日はやめておこう」


 勝ち目の無い戦いに身を投じるのは、やめることにする。


「では、どうしますか?」


 その問いに、コテツは言った。


「散歩にでも行くとしよう」













 夕暮れの街を二人で歩く。

 なにを買う訳でもない。どこかの店に入る訳でもない。

 ただ、人々の喧騒の中を歩くだけだ。

 理由は、コテツにも察することができた。

 リーゼロッテが、亜人だからだ。

 例え、シャロンの街よりは風当たりは弱くても、人間の店が亜人に優しい道理はない。

 買うことはできても、気軽に冷やかしに行けるかと問えば、微妙な辺りだろう。


「君は、森に戻りたいと思ったことはないのか?」


 コテツは問う。

 思ったのだ。シャロンたちを見ていて。

 生きるのならば、森の方がずっと過ごしやすいのではないかと。

 確かに、不便はあるだろう。だが、亜人の身体能力があれば、森で暮らすのに困難はない。

 果たして、街で暮らすメリットと、迫害と差別のデメリットは釣りあうのか。

 純粋な興味だった。それでも尚、王都で過ごす彼女はなにを思っているのか。


「森に、ですか……?」


 彼女はそう呟いて首を傾げた。


「ああ。シャロンの故郷の亜人達は、人との関係の初期化を狙って新天地で生活をすることにした。君は、そういったことは思わないのか?」

「……確かに、森でひっそり生活した方が、楽かもしれませんね」


 少しだけ俯いて、彼女は言った。

 きっとそうだろう。シャロンたちほどではないにせよ、差別され、蔑まれ、無視され。

 逃げ出したいと思ったのは、一度ではないだろう、と今の彼女を見てコテツは思う。

 だが、彼女は笑って顔を上げた。


「でも、ですね。好かれてなくても、嫌われてても、それでも」


 彼女にとっては、今更な質問だったのだろう。

 何度も悩んで、とっくに答えは出ていたのだ。


「一人は、寂しいですから」


 まるで、一枚の風景画のように、美しい笑顔だった。

 強がることもなく、恥じ入ることもなく、彼女はそう、言い切った。


「……そうだな」


 少なくとも、コテツは、彼女を否定する言葉を持たなかった。


「もう、私にはアマルベルガ様も、シャルロッテ騎士団長も、クラリッサ副団長も、メイド長もいらっしゃいますから」


 やはり、今更な問いだったようだ。


「それに今は、あざみさん、エリナさん、アルベールさん、ソフィアさん、フリードさん、それに、お姉ちゃんもいます」


 きっと、それはコテツも同じだ。ソムニウムにいれば面倒事は絶えそうにない。

 どこかに逃げて、ひっそりと暮らせば、楽に生きられるだろう。

 だがコテツがそれを選ばないように。リーゼロッテもそうあるだけだ。


「あなたが来てからですよ、コテツさん」

「そうか。……そうだな」


 彼女がそう望むなら、そうあればいいと思う。

 それきり、黙り込んで、二人は歩いた。

 しばし、無言の時を過ごす。

 ただただ、城下は穏やかだった。


「そろそろ戻るか」

「もう、いいんですか? もしかして、つまらなかったでしょうか……」


 消沈するリーゼロッテ。その狐耳も元気なく、倒れている。


「いや、十分楽しんだ。だが、今日全てを堪能する必要はないと判断した」


 コテツらしく、彼は否定する。


「この先いつでも、何度でも来ることができるのだからな」


 彼女が、コテツの専属メイドである限り、いつでも、何度でも。


「君を引き連れて、な」


 どちらかが道を決定的に違えるまで、いつまでも。


「はい。いつでもお供しますよ、コテツさん」


 エトランジェと専属メイドは、きっと、そういうものなのだ。



皆様本当にお久しぶりです。とりあえず、ある分放流します。

今日から晩に推敲が終わり次第出していくので、よければお付き合いください。

次回はクラリッサメインです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ