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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,安閑
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107話 手持無沙汰




「ふむ、どうするか」


 コテツ以外誰もいない自室の中で、コテツは途方に暮れていた。

 部屋の入口に立って、無表情で呟く姿はとても困っているようには見えないが、その実、かなり困り果てていた。

 その理由は、つい数分前の会話に端を発する。


『ねぇコテツ。あなた、前回の戦闘で実際の所は結構な重症を負ったそうじゃない』


 アマルベルガは、コテツに向かってそう言った。


『しばらく休んでていいわよ。大体二週間くらい』

『既に傷は治っている。問題ない』

『じゃあ命令。二週間休暇を取りなさい』

『……む』

『あなたに万が一でもなにかあったら困るのよ。だから、休暇。体は治ってても、体力まで戻ってるとは限らないでしょ?』


 体に違和感はない。今すぐにでも、幾らでも戦えるだろう。

 しかし、命令と言われては固辞するわけにもいかない。


『了解した』

『ああ、それと訓練とか、戦闘に関することは全部禁止ね』

『……なに?』

『当然でしょう。ちゃんと療養しなさい』

『だが、それでは』

『やることがないっていうなら、ダメよ。それに、休日を喜び、楽しむのっていうのもあるべき普通の人間という奴じゃない?』

『……なるほど、一理ある』

『ということで、休みなさい』


 その結果が、この手持ち無沙汰なのだ。

 何もやることがない。

 休日初日はなんとかなった。とりあえず本を読み、時間を潰した。

 だが、二日目はダメだ。コテツは読書嫌いではないが、勤勉な読書家でもないのだ。

 こういう時、時間を使うのが上手そうなエースの顔が思い浮かぶ。その男は常に録り溜めた映像作品が、だの積んでるゲームが、だとか、読んでない本が、と忙しそうだった。

 あそこまで行かずとも、少しはなんらかのことができればと思うのだが。

 ここで何か思いつかなければ、二週間の間植物のように部屋でじっとしていることになってしまう。

 だが、特になにも思いつかない。


(本来ならば今日は何をするはずだったか……。エリナとの訓練か)


 エリナには、訓練をしない旨を既に伝えてある。

 彼女も、代理の講師は見つからなかったし、ちょっと自主訓練をして自分も休むと言っていた。


(……待て、エリナか)


 それを思い出し、コテツはふと思いついた。

 今回の件で、エリナにとっても突然の休日になったはずだ。

 その休日を如何にして消化するのか、参考にすることはできないだろうか。

 思い立ったが吉日。判断は一瞬。

 即座に動き出したコテツはエリナの部屋へと向かった。

 あとは、部屋にいるかどうかが問題だったが、そんなものは杞憂で、ノックの音にさしたる間もなく答えは返ってきた。


「はい、誰ですかー」

「コテツ・モチヅキだ」


 名乗ると、エリナの方から扉が開かれる。


「どうしたですか? 訓練はお休みですよね?」

「訓練の件ではない」

「そうなのですか?」


 すると、不思議そうにエリナが首を捻る。

 来訪の理由が思いつかないのだろう。コテツは、用件を言うことにした。


「ああ。君がどうしているか、気になってな」

「ふぇっ!?」


 コテツの言葉に、エリナはびくりと肩を震わせて、顔を紅く染める。


「い、いきなりどうしたですか……?」

「君の休日に興味がある」

「私の休日に……!? それはつまり、その、でで、でーとのお誘い……」

「君が嫌でないならば教えてもらえないだろうか」


 エリナの髪が、まるで何か迷うように右へ左へと揺れる。

 そして。


「だ、大丈夫ですよ。――今日は、私も暇なのですっ!」

「……ふむ? そうなのか?」


 これは予想外だった、とコテツは心中に漏らした。

 この急な休日は、エリナにとっても暇だったとは。


「んぅ? はい、暇ですよ?」

「そうか」


 これには少し参ってしまう。名案だと思っていたのだが、こんな落とし穴があろうとは。


「それで、どこに行くですか?」


 エリナは、次は誰の下へ聞きに行くのか、と聞いてくる。

 聞くならアルベール辺りが良さそうだが、生憎仕事で城下を出ている。

 いや、しかしそもそも、エリナを諦める必要はないのではあるまいか。ふと、コテツは考える。

 別に今日が暇だからとて、常に休日が暇なはずはない。


「いや……。君の普段の休日はどうしているんだ?」

「なるほど。いつも私がやってることを二人で、ですか? コテツは意外とロマンチストなのですね」


 ふふ、とエリナが愛らしく笑う。


「そうなのか? いや、君がそう言うならそうなんだろう」


 よく分からないが、話の腰を折る必要は無いとコテツは判断した。

 つまり、とりあえず話を合わせておけという奴だ。


「そうですね。普段は……、本を読んだりしてるです」


 なるほど、無難な答えの一つだ。コテツもやった。


「あと、紅茶を淹れたりするです」

「紅茶か」

「こっちに来てからは自分で淹れるようになったです。最近は美味しく淹れられるようになったのですよ」

「そうか」

「茶葉を切らしていなければ今淹れるのですが……」

「問題ない。他になにかあるか?」

「そうですね……、後は、お店に行ったりですかね」

「店?」


 聞き返したコテツに、人差し指を立ててエリナは言った。


「城下に、美味しいケーキを出すお店があるのです」

「なるほど」


 とても"らしい"趣味だ。

 コテツが真似できるかと言われればできないのが問題点ではあるが、そんなことはエリナに言うべくもない。

 コテツは甘いものが苦手という訳ではないし、ある程度重く見ている。

 戦闘糧食(レーション)にだってチョコバーやパウンドケーキは付く。


(が、どう考えても、趣味の範疇ではない)


 甘味があると兵士の士気がとかいう段階の話で、どう考えてもケーキ屋に対する冒涜である。


「それで……、あの……」

「ん、ああ、すまない。参考になった。ありがとう」


 もじもじとこちらを伺うエリナに、コテツは言った。そして、退出することに決める。

 女性の部屋に無用な長居は禁物だろう。

 大人と子供であり、師弟の関係である以上エリナからは『出て行け』などとは言い出しにくいことであり、コテツが気遣って当然の事だ。


「邪魔をしたな」


 くるりと踵を返して、コテツは歩き出した。


「え? あ、あれ? あれぇえええ……?」


 エリナのそんな声を、置き去りに。

 恋する乙女と朴念仁の完璧なすれ違いであった。












 城の図書室。


「大体、事情は察した」


 次に相談に向かったのはソフィアだった。二人、向かい合って言葉を交わす。立ち話もなんだし、というような会話が二人の口から出てくることは無かったので、二人立ったままだ。

 ソフィアであれば間違いなく読書、という一言が返って来るのであろう、とはコテツも思ったが、知識のある人物になにかを訪ねればまた違ったアドバイスが聞けるかとも思ったのだ。


「マスターも分かってると思うけれど、私の趣味は読書」

「ああ」

「でも、マスターはそれ以外を求めている」

「そうだな」

「申し訳ないけれど、力にはなれないかもしれない」


 ソフィアは、どこと無くしょんぼりと、コテツを見つめていた。


「いや、気にする必要は無い。こちらこそ、すまない」

「いい。頼ってくれるのは、嬉しいから。ただ、私の知る他の趣味を紹介しようにも、マスターに合うものは分からないし、選択肢が、限られてくると思う」

「詳しく聞かせてくれ」

「例えば、マスターがスポーツをするのは、難しい」

「……なるほど」


 言われて、納得した。身体能力が、常人とフェアではない。

 となると、相手を探すのが難しくなる。多人数競技は特に厳しいだろう。


「一人でできる競技も、あまりお勧めできない」


 一人で、となると陸上競技とかだろうか。確かに記録を求める競技は鍛錬じみてしまう。そうすると今回の休養の趣旨からも外れてしまうこととなる。

 精々、今回の休養で許されるのは軽い運動といったところだろう。


(あるいは、準備が必要になるか)


 思い浮かんだのは、アカデミーから戻ったときに使った自転車だ。サイクリングをするには自転車を用意する必要がある。

 そういったものを取り扱う店を探すところから始める必要がある。

 そう、考え込むコテツに、ソフィアは言う。


「私と」

「む?」

「私とバドミントンでもする?」


 首を傾げて、彼女は提案した。


「存在するのか」

「エトランジェが持ち込んだ競技は結構ある。野球、サッカーあたりはそれなり。セパタクローとかは厳しい」

「そうか。だが、道具はあるのか?」

「すぐは無理、だけど、できるだけ早く用意する」

「いや、君にそこまでしてもらう必要は……」

「いい、大丈夫。それより問題なのは……」


 一瞬言葉を切って、言い難そうに、彼女は言った。


「私が運動、苦手なこと」

「……そうなのか?」


 意外な発言であった。エーポスは総じて身体能力が高い。

 が。


「身体能力が高いからって、上手くスポーツに活かせるとは限らない」


 ということらしい。


「いや、それこそ無理に付き合ってもらう必要は……」

「いい。私が、あなたとしたいから。だから、道具を用意したときは、付き合って欲しい」

「……そうか。その時は、そうしよう」


 軽く打ち合う程度なら、問題ないだろう。

 彼女がスポーツは苦手だというのなら、それはそれで丁度いいくらいだ。


「ん。それと……」


 そして、付け加えるように彼女は言う。


「私の趣味は読書だけじゃなくて、最近、一つ増えた」

「そうなのか?」

「最近、よく考え事をしている」


 じっと、コテツの目を見つめて、彼女はそれを口にした。


「四六時中、あなたの事ばかり、考えてる」

「……そうか」

「別に、だからどうという訳ではないけれど。知っておいて欲しかった」

「覚えておこう」


 そして、どちらともなく、黙り込んだ。

 そこに。


「はい、このらぶな空気をぶち壊します、あなたのあざみです」

「いたの?」

「いたのって最初から居たじゃないですかこんちくしょー!」

「それで、何か用か?」

「ご主人様まで冷たい!」

「それで、なんだ?」


 ずっと黙って立っていたあざみに、コテツは視線を向けた。


「……いやー、ほら、私ってアレじゃないですか。ご主人様が来るまで特定のパイロットも無しでしたから、つまり基本的に暇だったわけですよ。だからつまり、私に聞けばいいんじゃないかと」

「なるほど、では、君の過ごし方はどんなものだったんだ?」

「えっとですね、寝てました」

「……そうか」

「な、なんですかその顔! もういっそ殺してくださいよこんちくしょー!!」
















 ここに至って、コテツはあることに気が付いた。

 今まで聞いた彼女らとコテツは少々異なりすぎるのではないかと。

 男と女、大人と子供、と言ったように、まったく似通っていない彼女らに教えを乞うても、自分に適用するのは難しいのではないかと。

 特に、エリナのときは顕著だったように思う。

 逆に考えれば少しでも共通点のある人物に問えば、なにか掴めるかもしれない。


「私の休日、か」


 結果が、シャルロッテである。城の廊下を歩く彼女を捕まえて、コテツは今回幾度目かになる質問をした。

 仕事一筋、あまり友人も居ない、SHに乗ることを好む。

 考えてみれば、彼女こそがコテツに最も似通っている。


「ふーむ……、そうだな、仕事の無い日は、私は、そう……」


 似通っているのだが。


「――自主鍛錬だ!」


 割と駄目な所まで似通っていた。


「それ以外で頼む」

「……それ、以外? それ以外……?」


 考え込むシャルロッテ。いたたまれなさは、コテツでさえ感じ取れた。


「……すまなかった、忘れてくれ」

「ま、待て! 待つんだコテツ!! ある! もう一つある! 最近だが、友人と共に茶を飲みながら会話している!」

「友人……? それはシャルロッテ、君の想像上の人物ではないのか?」

「実在するっ! メイド長だ! 最近、割と話が合うと分かったんだ、本当だ! 信じてくれ……!」

「そうか」


 これ以上深く追求することは無いだろう。コテツは話を変える。


「それは分かった。他には何か無いのか? 流石にそれで一日を終えられるわけではないだろう」

「……」


 シャルロッテは黙る。

 長い長い沈黙。

 その末に。


「……鍛錬だ」

「すまん」


 謝るしかなかった。















「えっと……、今日はそのようなことをなさってたんですか?」

「ああ」


 結局、なんだかんだと夜になって、コテツは自室でリーゼロッテと会話していた。

 ランプが照らす室内で、コテツは座り、リーゼロッテは部屋の調度、花瓶などを整えながら。


「結局何も掴めなかったがな」


 色々聞いたが、そう上手くはいかないということか。コテツはぼんやりとそんなことを考える。

 しかし、そんなコテツを見て、リーゼロッテは苦笑していた。


「でも、それで結局、夜まで過ごせたんだから、いいんじゃないでしょうか?」

「そうか?」

「はい。結構、おやすみってそんなものだと思うんです。たまのおやすみだから有効に使わなきゃって思うんですけど、お布団が気持ちよくて結局寝過ごしちゃって、起きたらもう遅いから、今日はもういいかなー、なんて言って、結局あんまりなんにもしないで終わっちゃうのも、一つの過ごし方じゃないでしょうか」

「……一理あるかもしれん」


 休みだからと言って全員が全員ああしようこうしようと休みに望む訳ではないだろう。むしろ、肩の力を抜いて何の気なしに休日を過ごす人物も多いのではないだろうか。


「しかし、そういう君は休みはどうしているんだ?」

「私ですか? 私は、おやすみは部屋のお片づけをして、お散歩をして……、帰ってきて……、あと、いつもより念入りにお風呂に浸かってます」


 そこに買い物や外食などが入らないのは、彼女が亜人だからなのだろうか。

 コテツはそんなことを考えてしまう。


「髪も、尻尾も念入りにお手入れして、ですね」


 そう言って微笑んだ彼女に、コテツは真っ直ぐな視線を向けた。


「結局、己で見出すしかないということか」

「ですね。それとも、明日は、私と一緒にお散歩に行きましょうか?」

「ふむ、それもいいかもしれんな」


 こうして唐突に訪れた休日は、手持ち無沙汰で仕方ないが。


「私で良ければ、幾らでも付き合いますよ。お散歩でも、テーブルゲームでも、なんでもです」


 こうして、付き合ってくれる人間がいることは、コテツにとって望外の幸運だろう。


「ああ、頼む。何せ、休暇は二週間もあるんだからな」


生きてます。


二月終わりから働き始めて二ヶ月が過ぎました。

外仕事で10時間労働+残業+休日出勤で割と死にそうです。これが現代日本かぁ、という感じではありますけれど、所詮数ヶ月前までただの学生だった身なので、今の時代そんなもんと思いつつも、キツイものはキツかった。

書きたい欲求だけは溜まっているのですが、帰ってきて夕飯食べて入浴して書き始めて十数分で寝てしまうのでなんとも。

そんなこんなで毎日十時には寝落ちでダメな感じですけど、ちまちまとは書き進めています。

どうにか体が慣れてくれるまではフラフラ低空飛行でやります。




今回の話はこんな感じの導入で、療養からスタートです。三、四話やって新しい話に。


ちなみに、シャロンについてですが、流石にもうちょっと掘り下げられますが、再登場の余地が残った、という程度に捉えて置いてください。コテツが旅先で引っ掛けてきた女の子は大体サブくらいと考えてもらえると助かります。

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