106話 黒い猫に花束を
戦闘は終結した。
あの状況で戦闘を続行しようなどという者は誰一人いなかった。それだけのことだ。
ちなみに、最後に放ったのは加速魔粒子砲『フェイタルキャノン』というらしい。
前回戦闘した陸上戦艦ハウンドタイガーや、各国が一隻のみ保有する戦艦に搭載されているのが加速魔粒子砲だ。
本来は、魔力素に指向性を持たせ、前へと飛ばす武装なのだが、フェイタルキャノンは少し違う。
撃った砲撃が、周囲の魔力素を巻き込んで更に前進するのだ。それゆえに射程は果てしなく長大。
その調節のために終端指定の魔法陣を先に発生させ、そこに達した砲撃を、エーポスが機体をしまい込むように何もない異空間へと放り込む。
ある程度威力の調節も可能であり、その場合は終端指定をせずとも、巻き込む空気中の魔力素だけでは砲撃を保てずに自然と霧散する。
「ご主人様ー、急いで来たら全部終わってたんですけど」
シバラクを降りたコテツの下にやってきたのはエーポスの二人だった。
「っていうか、ご主人様顔色悪くないです? どこか怪我でもしたんですか……!?」
ほとんどコテツの顔に変化は出ていないのも関わらず、あざみはコテツの体調を看破した。
だが、治療そのものは済んでいる。問題ない、とコテツはあざみに呟く。
「血は止まっている。全てが終わった後に休めば問題ない」
「そうですか……? それにしても、ご主人様、怪我したんですか……」
「何故、すまなさそうにする」
顔を悲しげに歪ませるあざみに、コテツは問う。
代わりに答えたのはソフィアだった。
「マスターを、守れなかったから。やはりマスターと私はずっと一緒にいるべき」
そう言って彼女はぴったりとコテツの隣に寄り添う。
逆側の、あざみもだ。
「でも、ご主人様に怪我なんて何があったんですか?」
「中型の魔物と戦闘した。バルディッシュもなく、敵の魔術援護もあったため厄介だった」
「よく、倒せましたね……」
「身体強化を使わせてもらった」
「……え!? 魔術使えたんですか?」
「血達磨になれば使えるようだ」
一度使えればどうかと思ったが、もう既に魔術が使える気配もない。
やはり、十分な出血がなければ使えないようだ。
「血達磨って……。やっぱり、私達が側に居ないとダメですね! 私とお姉さまがいれば、ご主人様は最強です!!」
そして、あざみは言い難そうにしながら上目遣いでコテツを見上げる。
「だから、ですねぇ……、その。確かにシバラクも強いですけど、私達も……」
言わんとすることは分かった。それが杞憂であることも。
「分かっている。君達の事は頼りにしている。これからもよろしく頼むぞ」
その言葉に、あざみは喜色を浮かべる。
ソフィアもどことなく嬉しそうだ。
確かに、昔の愛機は今も頼りになる。しかしながら、アルトが使えないときのためのシバラクである、その考えを変えるつもりはない。
「はいっ」
「これからもずっと一緒、マスター」
そして、話もひと段落ついたところで、アルベールとシャルロッテがやってくる。
「お疲れ、ダンナ」
「ああ、君もな」
「……今回はロクなことできなかったけどね」
「何か、あったのか?」
妙に浮かない顔のアルベールにコテツは問う。
「まぁ、知り合いにちょっとね。大したことじゃないよ」
そう言って彼は笑った。
聞かれたくなさそうだったので、コテツは深く詮索はしなかった。
と、そこにシャルロッテが声を上げた。
「どうやら、終わったようだな。どうにか、今回の件は小競り合い程度で終わったようだ」
街の中そのものは、ほとんど平和なものだった。
幸いだったのは、わざわざ相手が事を外から始めてくれたことだ。
おかげで、こんなことがあったと知っているのは兵士と今回の件に加担した亜人くらいのものだ。
このまま、緘口令を敷いて、この事件はなかったことになる。
「しかし、何故奴らは街の外から攻めようと思ったのだろうか」
シャルロッテの呟きに、コテツは己の考察を述べる。
「考えられる理由は幾つかある。街の中にSHを運びこめなかったため、外の自分達のSHと合流させたかった、あるいは、街中の戦闘は重要人物の暗殺によって動いた者達に任せるつもりだったか。もしくは、データを取るためだろう。その全てが理由かもしれん」
有用なデータ、と敵の男は言った。
推測だが、亜人に武器を持たせ真っ向からSHと戦闘させた場合、どうなるのか、というデータだとコテツは考えている。
亜人はこの世界中に結構な数が居る。それらを兵士として活用できればどうなるか、その一端を見た。
「なるほどな。……だがしかし、私達の仕事はひとまずこれで終わりだな。後の事は明日到着するであろう彼らに任せるとしよう」
まあ、その通りだ。本来ならばコテツ達の役目は調査の前段階と言える。現状ですらかなり範囲外の事をしたと言えよう。
そして、捕縛と収容自体はこの街の領主が担当し、組織の構成員は既に全て牢に入れられている。
言ってしまえば、事ここに至ってコテツ達は用済みだった。
「では、明日には戻るか。アマルベルガにも詳しく報告をする必要があるだろう」
それ故に。
「そうですねぇ……。あ、あと帰りは私がシバラクの後ろ乗りますから」
「あざみ、ここは姉に譲るべき」
「えぇ、姉だから可愛い妹に譲ってくださいよ」
誰もコテツの言葉に異を唱えることはなかった。
事件の翌日。
「他に、何か知ってることは?」
「なにもないです」
シャロンは、直接領主に尋問を受けていた。
念のため、領主の両脇には護衛が控え、シャロンの左右にも兵士が控えていた。
捕縛され、手は縛られているが、しかし扱いそのものは丁重だ。
「なるほど。分かりました、それでは帰っても問題ないですよ」
シャロンは、知っていることは全て、包み隠さず領主へと吐きだした。
それにしたってろくな情報は握っていなかったというか、握らされなかったというべきか。
「こういうのもなんだけど……、いいの? ただで帰しちゃっても」
そのシャロンの言葉に、領主、ハンネマンは苦笑した。
「ええ。エトランジェ殿に粛清されたくはありませんのでね」
冗談めかした言葉に、シャロンもまた、苦笑で返す。
「ああ、それと。あなた達の移住に関してですが、軌道に乗るまでの支援を約束いたしましょう。家屋などに置いても。こちらも、エトランジェ殿の名に賭けて」
破ったら怖いエトランジェがやってくると思えば、約束を違えることはないだろう。
あれだけのことをやったコテツ・モチヅキの恐怖はあの場にいたものにとって絶大だ。
「元々、支援するつもりではあったのです。それを、信頼できない状況にまで追い込んだのも……」
「あの人たちのせい、だって?」
「まあ、それだけではないでしょうけどね。もとより、我々と亜人の間に信頼関係はなかった訳ですし」
とは言え街の治安の悪さが、移住は追放であると勘違いさせ、出たが最後なんの支援もなく、ろくな場所も提供されずに野垂れ死ぬと思わせたのは確かだ。
「今だって、信頼はないけどね。でも、コテツ君のことなら信じられるよ」
「コテツ君、ですか。随分と仲がいいのですね」
「えへ、そうかな」
笑って、シャロンは答える。
しかし、胸はずきりと痛んだ。裏切って、最終的に助けてもらった。そんな自分と彼の関係は、一体なんなのだろうかと。
「それはともかく。もう、よろしいですよ。ご協力に感謝を」
言われて、シャロンは席を立った。
彼女は二人の兵士と共に、退室する。
そして、屋敷を少し歩いて、外へ。
晴れた空が眩しかった。
「ふぅー」
溜息を一つ吐いて、彼女はまた歩き出す。
目的地に向かってふらふらと。
ここは通った、あそこは通らなかった、と。
思い出すのはコテツとの調査の日々。
(なんだかんだ言って、楽しかったなぁ……)
あんなに、街を動き回ったのは始めての経験だった。
楽しかった。人のためにわざわざ弁当を作ったり、何を考えたのかコテツが花を贈ってくれたり、なんだかんだと、楽しかったのだ。
そんなシャロンが立ち寄ったのは。
「いらっしゃい。ん、あんたは」
「はいはい。今日でお終いだからね」
「かしこまりましたっと。そいじゃ、荷物持ってきな」
先日まで泊まっていた宿。
色々戸惑うこともあったが、今となっては大分慣れた。
そんな宿のカウンターに座る宿の主に、シャロンは問う。
「ラルフって名前で泊まってる冒険者は? いる?」
早く会いたい。
そんな逸る気持ちを抑えて彼女は問うた。
ラルフ・ランケル。今回偽造されたギルドカードに書いてある名前である。要するに、コテツの偽名だ。
その名を問えば、シャロンの部屋の隣を紹介されるはずだ。
だがしかし。
「あ? あいつは今日の朝に出てったぜ」
「え?」
理解するのに少しだけ、時間が必要だった。
もう、コテツはこの街を発った。
「……え、うん、そっか。うん、そうだよね」
事実をもう一度心中で確認して。
落胆している自分がいることに気付く。ずんと思い何かが心に沈み込む。
コテツにとって、シャロンはもう、敵でも協力者でもない、ただの他人に過ぎなかったのだ。
そういうことなのだろう。
心が軋むのを押し隠して、彼女は笑う。
そして、そんな彼女に。
「ああ、そうだ。ちょいと待ちな、嬢ちゃん。ほらよ」
店主が、花束を差し出した。
「え、ナニコレ? おっちゃん、あたしに惚れた?」
「ねーよ。その冒険者からだ」
「え?」
「シャロン・アップルミントが来たら世話になったと伝えてくれ、とのことだ」
色取り取りの花束を抱きかかえて、また、理解するのに数秒を要した。
「そっか」
だが、感じたのは先ほどとは正反対の、温かい気持ち。
今度は心から笑って、大事そうに花束を抱えてシャロンは踵を返した。
「あ、おい。荷物持ってけよ」
「捨てといて!」
ドアのベルの音を置き去りに、上機嫌でシャロンは歩く。
「そうだよねぇ。もう、コテツ君にあたしをあげるって約束しちゃったもんね」
晴れた暖かな日差しが差し込む路地を、シャロンは軽やかに歩き続けた。
「返品は認めてないよ、コテツ君っ――」
「ワシらは早めに街を出たほうがいいじゃろうな」
「そうですね、申し訳ないですが」
「なぁに、謝ることではないじゃろ。むしろ、こっちこそ、うちの若いのが迷惑をお掛けした」
領主の館で、亜人街の長と領主が言葉を交わす。
「いえいえ。支援の準備はできておりますので、そちらの準備ができたらご連絡をお願いしますよ」
「世話になるのぉ。申し訳ない」
「いえ、それより、これからは少しずつ亜人の方との交流を広げて行こうと思います。今回の件と同じことが二度と起こらないようにするのが領主の役目ですので」
「願っても無いことじゃな。お願いする」
今回の件、もしも後少しでも亜人と人の信頼関係が違っていればこうはならなかった。
少なくとも、亜人は亜人と纏めて一括りにしなければ、治安を悪化させようと犯罪を犯す亜人達が余所者だということに気付けたはずだ。
そうであればもっと違う展開があったかもしれない。
「できることなら、最後にはうちの息子のようなことがなくなればいいのですがね」
「そうだのぉ……。そちらの息子さんにも、うちの孫にもよくない事件じゃった」
一瞬、しんみりしかけた空気に、ハンネマンは話題を変える。
「ああ、そうそう、そちらの若い方たちはどうですか?」
「落ち着いておるよ。エトランジェ殿のおかげじゃろ」
「それは何よりです」
「先代の件もあって、ワシらからすれば差別をしないエトランジェというものの存在は大きいもんじゃ」
言いながら、長は苦笑する。
「色々と、それ以外のものも見せられたようじゃがの。畏怖というか、なんというか……」
「はは、アレはあなたにも見せてあげたかった一幕でしたよ」
「まったく、血気盛んな若いのが、ここはエトランジェの顔を立てる、というか立てざるを得ない、という顔をするのを考えるに、凄かったんじゃろうなこちとら極端に人間不信になっていたというのに」
「それはお互いさまでしょう。うちの過激なのも、皆揃って大人しくなりました。大人しくしていないとエトランジェ殿がやってきますのでね」
そう言って、ひとしきり笑った後、ハンネマンはまるで今思い出したとでも言うように聞く。
「ああ、そうそう、お孫さんはご壮健ですか?」
問われて、長は投げやりに笑うことにした。
というよりは。
「わからんのぉ。いや、ほんとうに」
笑うしかないというか。
「元気にやっとるんじゃなかろうかね。いや、あの子も、人間嫌いで通っとったはずなんじゃがのぉ……」
「エトランジェ殿を追って、ですか。元気でいいではありませんか。彼女は強かですから、大丈夫でしょう」
「まぁのぉ。しかし、その日の内に、とは我が孫ながら、というか……」
本当に、笑うしかない、と長は諦め気味に苦笑したのだった。
「……ご主人様ー。なんか、後ろから凄い勢いで走ってくる猫耳の人が……」
「……何?」
「よし、逃げましょう、新たな恋敵の気配です」
「いや、待て」
「いやですよう。すたこらさっさなんですー!」
『いやー、追っかけて来てるねぇ、ダンナ。やっぱ言ったとおりだったろ? いい線行くって』
『まったく、お前という奴は。で、どうするんだ?』
「流石に置いて行く訳にも行くまい。……シートも、余っていることだしな」
先日は寝落ちしてました。
というわけで、今回の話も無事決着ということで。
次回から、またエピローグ追加分みたいなのと細かい話をやって、10に入ります。