105話 暫
『――俺が皆殺しにしてやろう』
ぞくり、と背筋が震えた。
脅しではない。必要ならばただ淡々とやる、と思える言葉が鼓膜を震わせた。
そして、その白と黒の機体が踏み込んだ。
それは、まるで神仙のような軽妙、そして玄妙。
見えていた、あんな巨体が動くのを見逃すはずがない。
だが、見えなかった。誰もが、一瞬反応できなかった。
余りにも当然のように、まるで、最初から距離などなかったかのように、その機体は兵士と組織のSHの間に立っていた。
(SHが動いた足音すら……!?)
刹那、ゆるりと銀の軌跡が煌いた。鞘から、剣が抜き放たれ、ふらりふらりと軌道を描く。
やはり、誰も動けなかった。速くない。ゆるりと、あるいはぬるりと、緩やかな動きであるのに、あまりにもそれがまるで当然のように振るわれるせいで、何も反応できなかった。
機体がずれる。上半身が、腕が、足が。二機の機体が地に落ちる。
そして、柔で来たかと思えば、次は剛。
神速の踏み込み。地を踏み砕くような力強い踏鳴。
両手で握った反りのある片刃の剣が、大上段から振り下ろされる。
SHは驚き、体を反らすことしかできなかった。
火花を散らし、鉄がまるで紙のように裂かれていく。
18メートルもあって、しかし、鉄の体は剣を止められない。
一刀両断。
体の中心から少し右にずれて、両断された機体が倒れ。
「撃て、撃てーッ!!」
それを見ていた彼は、自分達の優位性を確かめるように砲撃を開始した。
同じように、仲間達も受け取った武器を放つ。シャロンがあの中に居ることなど誰もが忘れていた。
だが。
エトランジェの機体はそこを動かない。
ただ、剣を鞘にしまい――。
――抜き放つ。
見えない。
「速……っ!?」
彼らの放った榴弾を、剣で切った。
そのはずだ。
だが、剣を鞘に収め、抜き放ちつつ切るという動作が見えない。
刹那に何回抜き放ち切ったのか、誰も見えなかった。
その動揺を、蹴散らすように、味方のSHから声が発された。
『落ちつけ! 皆殺しと言いながら奴はお前達を殺していないし、コクピットも狙っていない! つまりハッタリだ!! 砲撃を続けろ!!』
その言葉に、全く同意できない、と言うわけではなかった、だから、周囲の亜人達も鈍った手で砲撃を行なった。
無論、それは何の効果も成さない。しかし。
『一瞬の隙! そこに捻じ込むッ!!』
その砲撃の次の瞬間、協力者のSHが躍り出る。黒一色で塗装された重装の機体が大上段にブレードを振り上げる。
確かに、砲撃に対応しながら襲い来るSHの対処をするのは至難だろう。
『……君達に容赦する理由は元からないな。捕虜も二、三人で十分だ』
『あ……』
空気が漏れ出るように声が出ていた。
振り上げた刃は振り下ろされることはない。
その胸に、当然のように刃が深々と突き刺さっているのだから。
動きの始端が見えない。ただ、終端だけが事実として残る。まるで、最初からそこに在ったかのように、理解する前にすべては終わっている。
抜かれる刃。力なく崩れ落ちる機体。
「ハッタリ? 殺していない? ……なんの冗談だよ」
思わず言葉が漏れでて、無意識に彼は砲口を下ろしていた。
とっくに、この場全ての生殺与奪は握られていたのだ。いつだって殺せる。何度だって殺せる。
自分達は、わざわざ殺さないでいてもらっているのだ。
手加減までしてもらって、調子に乗ったりすれば。どうなるかは、今正に証明してくれた。
必要と判断されれば今度こそ容赦してもらえないだろう。
今も彼の機体は、新たなSHを標的にしている。
踏み込みと同時に斬撃。真横への薙ぎ払い。並んでいた敵機が切り飛ばされる。
一機、二機、三機。火花を散らして滑る刃が紙屑のように鉄を切り裂く。
四機目の半ばで、刃が止まる。
四機同時に戦闘不能、だが、それを見計らっていたもう一機がエトランジェへの機体へと敢然と立ち向かった。
『そこだっ!!』
剣は今、振りぬかれ、機体の半ばまでを切り裂いた所で止まっていて、今ならば剣は使えない。
そういうつもりで突撃したのだろう。
しかし。
『甘い』
声と共に轟音が響いた。
動いたのは左腕。徐に、剣から左手を離すと、腰溜めに拳を放ったのだ。
正確には、箱状の巨大な特殊な腕でだ。
腹部の装甲がひしゃげ、機体が倒れていく。
それを見届けもせず、白黒の機体が動く。
次の相手は守備隊三機。全員がほぼ同時に剣を手に襲い掛かる。
しかし、それをまず深く踏み込んで一機目の斬撃を回避。
そして、くるりと振り向いて、二機目の縦の剣閃を、横に剣を振り抜いて弾き返す。
最後の三機目は、振り下ろす前に腕を斬り飛ばして対処。
更に、斬り飛ばした腕が地面に落ちるよりも早く、今一度白黒の機体は振り向き、その勢いのまま、剣を振るって一機目の両足を切断。
足を失い落ちていく機体を尻目に、二機目に剣を振った勢いを殺さず回転気味に足払い。最初に剣を弾かれた時に体勢を崩し、ついぞ立ち直れなかったその機体はいとも簡単に大きく揺らぎ、その瞬間、刃が腹を貫いていた。
制御系を一発で貫かれ、機能停止。
しかしその時、三機目は片腕を斬り飛ばされた衝撃から何とか立ち直っていた。
『う、うおぉおおおおおおおッ!』
そこから放たれるのは渾身の反撃。これでもかと言うくらい魂を篭めた拳の一撃。
その一撃は顔面に向かって放たれ、白黒の機体は大きく仰け反るようにしてそれを回避した。
初めて、あの機体が怯んだ。そのように、目には見えた。
「ああ……!」
だが、違う。大きく仰け反ったのは回避動作などではない。
攻撃の、予備動作だ。
それは突きだった。何もかもを貫き壊すような一撃だった。直撃した頭部はまるで弾けるようになくなった。
今度は、守備隊の機体が大きく仰け反る。そのまま体勢を崩し、後ろへと倒れこむ。
だが、地に着くより先に剣が振るわれる。
腕を、足を、胴を。振るわれた剣が閃く度に、全ては容易に切り裂かれていく。
そして、それが地面に着いたとき、そこにはコクピットブロックしか残されてはいなかった。
ただただ、それは悠然と立つ。
『……もういいか? これが最終通告だ。俺は亜人も人も差別しない』
勝てるかもしれないだとか、やっと巡ってきた人間へ復讐する機会だとか。
そういった熱は簡単に失われた。
目の前の機体に乗る男が奪っていったのだ。
『どちらも区別なく斬り捨てる』
先ほどまでの戦いがデモンストレーションに過ぎない。
そう知って尚、動ける者など、どこにもいなかった。
昔の相棒はすこぶる調子がよかった。
たとえ弱体化されようと尚、この相棒は良好なレスポンスを寄越してくる。
「……左腕は想定以上に頑丈で、出力が高いな」
そう、ひとりごちる。
格闘に使った左腕は傷すら見当たらない。
思わぬ誤算は嬉しいものだった。
「コテツ君って……、すごく強いんだね」
「これしか知らないからな」
今となっては戦場に動く者は居ない。
ただ、コテツのシバラクを見つめ、立ち尽くしている。
そんな中で、動いたのはたったの一機。
シバラクから遠くにある組織のSHが、シバラクに背を向け、逃げ出そうとしていた。
コテツは、それを追うように機体を動かす。
『今回もやってくれたな、エトランジェ。お前のせいで今回も駄目そうだ。だが、有用なデータは取れた。持ち帰らせてもらうぞ!』
「逃がすと思うか」
『逃げるさ!!』
動き出す機体を追って、シバラクがブースターを吹かせる。
速度を上げて、シバラクが敵を追った。その間に、組織のSH達が入り込む。
足止めに放たれる炎や雷の槍。
それを、上下左右に機体を振って避ける。
「んぐぐ……」
「大丈夫か?」
後ろで苦しげな声を上げるシャロンを気遣い、コテツは問う。
他の機体と比べ、少し速い程度の速度でしかなかったが、シャロンは怪我も負っている。そんな中でこれ以上の複雑なは危険だろうか、とコテツは操縦を調節する。
しかし、背後でシャロンは笑った。
「んぐっ、跳んだり跳ねたりは猫の専売特許! だからっ、だいじょーぶ! あたしのことは、気にしないでっ」
「……すまん。できるだけ早く片を付ける……!」
足止めをするように立ちふさがる敵機達。
相手が剣を振っていようが槍を突いて来ようが関係ない。
シバラクの姿がブレる。
そして、次の瞬間には背後へとすれ違い、後には鉄の残骸だけが残る。
(追いつくのは、厳しいか……!?)
逃がしたくはない。既に半分の目的は潰しただろう。
しかし、残り半分とて成功させてやる義理はない。
「近接武器しかないのが災いしたか……」
だが、いかにさせたくなくとも、届かないものは届かない。
どうすることもできないのか。
強く、操縦桿を握り締める。
その時だった――。
「ぐ……!?」
視界が、赤く染まる。
激しい頭痛が、コテツを襲う。
思わず頭を抱え込むほどの激痛。
機体が勝手に地に足を着け、立ち止まった。
「コテツ君!? どうしたの!?」
コテツは、この感覚を知っている。
「ぐ、お、ぉ……!」
思考制御の逆流現象だ。
『WARNING 不正なアクセスが行なわれています。WARNING』
コテツは脳に焼けた鉄の棒を突きこまれ、かき回されるような激痛の中、逆流現象の原因を探る。
「コテツ君!? だいじょーぶっ!? コテツ君!!」
――左腕だ。
『左腕を、強制的に排除します。……エラー、排除できません。左腕を、強制的に排除します。……エラー、排除できません』
逆流しているのは左腕の情報。人体には付いていない左腕として以外の機能。
きっと、ずっと感じていた思考制御部分の違和感はこれが原因だったのだ。
左腕の機能を開放するための情報流入。それが今こうして一息に流れ込んだのは、今がその時であるからか。
『……インストール。フェイタルキャノン』
痛みが引く。
突き動かされるように、コテツは連動型操縦桿を握る左手を前へと突き出した。
『アンカーセット』
腕の下部から、白い鉄製の杭が表れ、地面へと突き立つ。
そして、腕の装甲が展開し、巨大な砲身が露出する――。
「……終端指定。エネルギー、充填」
終端指定の言葉と共に、逃げ去る敵機の前方に、直径にして悠にSH二機分はある魔法陣が現れた。
『なんだこれは……!!』
蒼く輝く魔法陣が、煌々と待ち受ける。
それを目掛けて、コテツは――。
「――発射」
操縦桿のトリガーを引いた。
――白く。
ただただ白く、光が視界を染め上げる。
SHの全長を悠に超える光条が、あまりにも太い光の帯が。
あっさりと、逃げようとした敵機を包み込み、出現していた魔法陣の中へと消えていった。
誰もが呆然と、そしてゆっくりと、武器を下ろしていた。
「……あんなのと戦うのは御免だ」
誰かが呟いた。
誰も何も言わないが、誰もが同じ思いだった。
人間は信用ならない、信頼できない。
だがしかし、この戦場に横たわる恐怖だけは。
たった一機のSHとたった一人の人間から発された恐怖だけは確かだった。
もう、あのSHからの言葉は無い。
ただ悠然と、そこに立ち続けるだけだ。
だが、その姿はこの戦場で何より雄弁だ。
その姿が、ここから一歩でも前に出たら殺すと、高らかに語っていた。
誰ともなく、武器を置く。
守備隊が、SHのコクピットハッチを開けて、降りていく。
この戦場において、人間は信用ならない。
だが、あそこに立つ、アレだけは。
やると言えば必ずやると、確信できた。
遂にシバラクが稼動。凄く楽しかったです。
シバラク改
エトランジェ、コテツ・モチヅキの下へと甦った、昔の相棒。
その強さは下方修正を受けた今も尚健在。
現状の武装は、刀と左手の特殊機能しかないが、今後は装備も増えるだろう。
左腕は、過剰なまでの頑丈さと出力を持ち、格闘戦にも耐えうることが発覚したが、そればかりではなかった。
左腕に搭載されているのはフェイタルキャノンと呼ばれる、加速魔粒子砲である。
加速魔粒子砲とは、魔力素に指向性をつけて押し出すことで破壊力を生む兵器である。この機体の他には、各国が一隻だけ保有する戦艦や、コテツが前回戦った陸上戦艦ハウンドタイガーにも搭載されている。
ただ、フェイタルキャノンは他の加速魔粒子砲と違う。
本来はただチャージした魔力素を放つだけの加速魔粒子砲であるが、フェイタルキャノンの場合、一度放てば、空気中の魔力素も巻き込んで前へと前進する。
そのため、射程は正に長大。魔力素が空気中にある限りどこまでも前進していく。
また、そのために終端指定をし、エーポス達が機体を異空間にしまうように、フェイタルキャノンはその砲撃を何もない異空間へと放り込む。
イメージイラスト
入ってる文章はシバラクじゃなくて弁天小僧なのですが。