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異世界エース  作者: 兄二
09,空棘
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103話 火花


 幾つもの風の刃が、体を切り裂く。

 掠める爪が、肉を抉る。

 血まみれの体は、いい加減限界を訴えてきていた。


「コテツ君ッ! もうやめてよっ!! あたしなんて、置いて行ってよ!」


 それでも尚、動く体が、どうにか剣で爪を押し留め、ギリギリの水際で命を保つ。


「亜人だよ? 亜人なんだよ? 見捨てても、誰も何も言わないよ!?」


 随分と血が流れた。これ以上は意識も危ない。

 シャロンは、自分を置いて逃げろと言う。

 しかし。


「……すまない、興味がない」


 亜人だから、はコテツの前では理由にならない。

 命の危機も、理由にならない。


「ばかっ! 逃げてよ……!!」

「確かに、利口ではないな」


 馬鹿でなければもっと器用に生きている。


「もう、十分生きたろう、無敵のエース殿。十分に力を振るったろう、不死身のエース殿。不死身も無敵も妄想だ。そろそろ人として死ぬといい!!」

(我ながら、必死だな)


 心で、そう呟いた。

 血塗れで、今にも死ぬかもしれない。

 体は無事なところを探すほうが難しい。

 流れる血。傷口は熱いくせに、体の芯は冷え切っている。


「諦めろ! エースゥッ!」


 だが。

 諦め方なんて、忘れてしまった。


「無理だな」


 風の刃が、体を切り裂く。

 更に血が舞い、体の動きは鈍い。

 このまま行くと放っておいても死ぬかもしれない。

 だが、彼らはそんなつもりもない。殺しに掛かってくるだろう。

 このままでは反撃の手もない。ジリ貧と言える状況に、じわじわと押しつぶされるだけだ。


(……そろそろ、使えるだろうか)


 だが、それでも。それでも尚――。

 諦観はあっても、諦めなどというものはとうの昔に置いてきた。

 コテツは、思い浮かべる。

 身体強化の魔術。その術式。

 エリナの持っていた本で見た、その術式をコテツは思い浮かべ。

 思い浮かべた瞬間。





 ――思考が白く弾けた。





 白く白く染まる。まるで回路がショートしたように脳裏が熱く白くスパークする。

 思考がまっさらに塗りつぶされ、何かが脳裏で弾け、そして、それは発動した。


「……は? なんだ、それは……」


 コテツに魔術適性はない。その根本は、全く魔力を放出できないからだ。

 無理に引きずり出せば、体が崩壊する。

 だから、どんな魔術も使えない。

 本来であれば、思い浮かべるだけで身体強化の術式は成立するはずなのに、魔力を放出できない体は、それを認めない。

 だが、魔力とは生命力。血にも流れている。

 そして、血ならば。

 今正に、幾らでも溢れ出しているではないか。放出せずとも、今正に、体外に存在しているではないか。

 血塗れの体。それが、一時的に魔術の行使を可能とした。


「一体、なんだそれは……!」


 そこに居たのは、人とは思えないような何かだった。

 全身から溢れ出す血が、内側から漏れ出す圧力に耐え切れない。液体の姿を、保っていられない。

 そこには、紅い血霧を纏った一人の男が立っていた――。


「本当に、人間か……ッ!?」


 体が軽い。

 先ほどまでが嘘のようだ。


(……そろそろ、死ぬかもしれんな)


 代わりに、凄まじい勢いで何かが消費されていくのが分かる。

 今まで以上の勢いで、血が流れているのが分かる。流れた先から紅い霧となる。

 魔力とは生命力。死に掛けの時に生命力を消費すればどうなるか。


「……だが、どうやら賭けには勝ったようだ」


 何分も持ちそうにない。

 コテツは、一歩足を踏み出した。

 それは既に、爆発と呼ぶに相応しい。石畳を叩き、爆音が響き、抉れた地から破片が飛び散る。

 一歩で、一号と呼ばれた魔物のゼロ距離まで。

 魔物が、焦ったように爪を振るった。

 それを首を逸らし、避け、続くもう一撃を姿勢を低くして潜り抜ける。

 体が動く。思うがままに。体が、目に追いつく。

 コテツは、強く拳を握りこんだ。どうせロングソードは刃が通らない。

 強い踏み込みが、地面を抉る。


「行くぞ」


 そして、攻撃のため、前のめりになっていた魔物の顔面へと。

 コテツの拳が突き刺さる。

 そこに悲鳴はなかった。蛙が潰れた時のような声が、短く途切れただけだった。

 手には、骨を砕き割り、肉を潰す確かな感触が残った。まるで飴細工のように、いとも容易く潰した。

 ただ、吹き飛んでいく。四メートルの巨躯が。

 死んだ。誰が見てもそう確信できる一撃。

 それを証明するかのように、魔物は地面を三度跳ねた後、動かなくなった。

 それを確認し、コテツは今度は男の方を見る。


「馬鹿な……! ありえない!! 対人用に調整された中型の魔物だぞ。ろくな武器も、魔術の援護も無しで勝てるようなものじゃない……!」


 銃弾も通さぬ毛皮。亜人すら軽く凌駕する身体能力。

 そもそも、中型の魔物自体ができるならSHで相手するべきものだ。


「それを、一撃で……!?」


 腰を抜かしたような、尻餅をついたような体勢の男に、一歩ずつコテツは近寄る。


「ば、化け物……!!」


 この男には、聞きたいことが山ほどある。


「人間だ。俺など所詮人間に過ぎん」


 恐怖に慄き、魔術の行使もできないでいるその男。

 その男の胸倉を掴んで、コテツはそれを無理矢理立たせると。


「君がそう、言ったのだろう」


 死なない程度に加減した拳を、迷いなく叩き込んだ。
















 人が倒れ伏している。

 実に、十人もの人が倒れていた。

 その中心に立つのは、ハンネマン。事の中心。目標だ。

 近くに倒れ伏すのは護衛達だ。

 多少腕は立ったが、所詮人間に過ぎない。数はこちらの方が多かったし、奇襲で数人先に倒せたことも大きかった。

 こちらは、この街の素人とは違う。組織で戦闘技術を教え込まれた亜人なのだ。

 魔術適性のある亜人は比較的多くないため、魔術行使はできない面子だったが、剣術や連携を学び、戦うことを真剣に考えた亜人は強い。

 もともと、初期状態の身体能力に差があるのだ。それに技術が並べば、差は埋められないものとなる。

 最初から、とっておきの兵器を使えば一撃で済む、とも思うのだが、持ち込めた武器に余裕があるわけではない。

 この街にいる亜人達のために温存しておく必要があったし、そんなものがなくても自分達ならできるという自負もあった。

 だが、これはなんだ、

 ――何故、倒れた十人の内六人が、自分達亜人なのだ。

 最初はよかったはずだ。早くに四人を殺し、残り二人も時間の問題と言ったところだった。

 どこから狂ったかと言えば、この女が来てからだ。

 この女だ。この女が、瞬く間に六人を打ち倒していった。


「く、喰らえっ!」


 一人残った亜人のリーダーは切り札である銃を抜いた。

 本来ならばもっと早くに抜くべきだった。しかしながら、自負と矜持が邪魔をした。

 だが、今となってはそんなことを言っていられない。

 抜いた銃の引き金を引く。何度も何度も、弾が切れるまで。

 亜人に対しては余り大きくも無い反動を残して、弾丸が飛翔し。

 しかし。

 まるでとてつもなく頑丈なガラスに当たったかのように、言い知れぬ何かにヒビを入れて、弾丸が力尽きて地に落ちる。


「対策くらいは、してあるさ。私はか弱い人間だからな」


 どの口で、とは声にならなかった。

 障壁だ。魔術の知識は薄いが、そうだと判断した。

 薄いながらも、魔術に対抗するための知識は多少は教えを受けている。障壁の中には、飛来物の速度によって自動で展開されるものがあるらしい。

 断言できないが、多分それだ。だが、自動展開などという真似は、実に繊細で難しい技術ではなかったか。

 本職の魔術師がそれだけに集中して展開しておけるような。


「そもそも、それでどうして止められるんだ……!」


 しかし、こちらの銃は市販されているようなものとは違うのだ。

 組織製のリボルバーから放たれるのは、50口径の強装弾。所謂マグナム弾という奴だ。

 適当にそこらから鉄板を間に挟んだだけでは話にならず。

 本来、魔術師が咄嗟に発動させるような障壁で防げるようなものではない。


「いや、中々焦ったとも。後四枚まで抜かれたからな」


 つまり、複数枚の障壁で順に勢いを殺していったということか。


「信じられん……、速度検知の自動展開多重障壁だと……!?」


 剣も魔術も扱うような人間の技とは思えない。


「こうなれば……!」


 剣を抜いて彼は駆ける。

 これでも彼は熊の亜人だ。二メートルの体躯から剣を振り下ろせば人間相手など、一撃で捻り潰せる。

 手に持つのは、巨大なバスタードソードだ。身長と同じくらいある剣は、振り下ろせばそれだけで有象無象を叩き潰す。

 はずだったのだ。

 振り下ろす瞬間に、相手が、踏み込む。

 まるで像がぶれるような神速の踏み込みだった。足で音も立てない、洗練された動き。

 風を切る音が聞こえて、女は下からロングソードを振り払う。

 二メートルの巨体から振り下ろされるバスタードソードと、女の振るうロングソード。

 それが触れ合ったその瞬間。

 彼のバスタードソードは、上に跳ね上げられていた。

 甲高い音が当たりに響く。


「……何故っ!」


 跳ね上げられた勢いに逆らわず、そのまま一回転するようにして横薙ぎに一撃。


「どうしてッ!!」


 弾かれる。ただただ、甲高い音だけが残った。

 なんでもないことのように、女は言う。


「ただの、身体強化魔術に過ぎんさ」

「嘘を吐くな!」

「本当だ。動く一瞬、打ち合うその一瞬だけに全力で魔力を流し込んでいるだけだがな」


 聞いたことのない、身体強化の方法だった。

 本来は、体の耐久性の問題、感覚の変化による武術の精度低下、魔力消費の大きさにより忌避される身体強化魔術なのだ。

 それらの問題点を常時発動するのではなく、ほんの一瞬、要所要所で発動することにより小さく押さえているというのか。


「後は、相手の力が乗り切らない内に常に先んじて打ち込むことだな。膂力が乗り切った瞬間に本気で打ち合うと少々辛い」


 だからこそ、鍔迫り合いにならず、弾かれているのか。


「私より先に打ち込むといい。そうすれば、力負けもするさ」


 丁寧に説明してくれるが、どうしようもない。

 彼女より速く動けるか? 無理だ、無理に決まっている。

 もう一度縦に振るう。弾かれる。

 横に振るう。弾かれる。

 ならばと突きを放ち、瞬間、女の姿が掻き消えた。


「全く……、コテツが来て以来、私はろくな仕事をしていないような気がしてな。負けたり、特に役に立たなかったりだ」


 正直、王女騎士団団長とやらを、舐めていた。

 どうしようもなく、侮っていた。

 掻き消えたと思ったら眼前にいる。

 もう駄目だ、と彼は諦めてしまった。


「そろそろ、少しは格好いい所を見せなければな。数少ない友人に」


 そう言って冗談めかして彼女は苦笑した。

 一体なんなのだ。

 どうして、障壁と、一瞬一瞬の身体強化などというとんでもなく繊細な魔術行使を使いながらもそんなに余裕があるのか。


「不思議そうだな。まあ、最後は慣れに過ぎんさ。努力と継続。それだけだ――」


 衝撃と同時に、彼は意識を刈り取られたのだった。


「そろそろコテツに、生身で試合でもしてもらおうか。コテツに副団長の方が頼りになる、なんて言われる前にな」




















『なに……?』

「五年前と同じと思ってんじゃねーぞッ!」

『確かに、反応速度が上がっているな。お前にしては、格段の進歩だ、アルベール』


 押されているが、それでも一矢くらいは報いる。

 そんな意気込みで、アルベールは果敢に挑む。


『だが、私とて五年間掛けてなにも変わっていないという道理は、どこにもないだろう? アルベェエール!』


 瞬間、戦っていた相手の動きが変わった。

 魔術が襲い来る。雷が、穿たんと迫ってきている。

 それを避け、敵へと走る。

 手にはナイフ。懐に潜り込んだら、容赦なく突き立てる。

 そのつもりでの突貫。

 だが、そのタイミングが来る事はなかった。

 振るわれる長剣。それをナイフで受け止める。


「……くっ」

『どうしたアルベール!』


 更に連続で襲い掛かる長剣。

 アルベールは防戦一方となってしまう。

 これだ、いつもの負けパターンだ、と脳裏で何かが呟いた。

 襲い来る魔術の嵐に、アルベールは懐へと飛び込もうと突撃し、しかし剣で押し返され、仕留められる。

 押し返せない。怒涛の剣閃に、追いつけない。


「……くそっ!」


 これ以上は不味い。

 そう思ったとき、セルゲイはアルベールから距離を取った。


「あ?」


 面食らうアルベールに、セルゲイは癪に障る台詞を向ける。


『時間稼ぎは、もう十分のようだな』


 その呟きと同時に、街の門の方角で爆発が巻き起こった。


「なに!? 何で門側から!!」

『まずは外側から、だ。だから、少々気は早いが、伝えておいた。諸君の大好きな長の娘が殺された、もはや領主の屋敷を襲撃するくらいでは生温い。外にSHで待機している我々の部隊と合流し、鉄槌を下そう、と。若いのは事実確認をしようともしないから楽だ』


 散発的に巻き起こる爆発を尻目に、セルゲイは言葉を続ける。


『まぁ、今頃は本当に殺されているだろうがな。そうなれば、うちの所属の亜人が悲壮感たっぷりに死体を亜人街に届けるだけだ。ああ、なんて惨い真似をする。我々には皆さんのための武器があります。共に手を取り戦いましょう、と。人間側も同様だ。まあ、人間側は人数も武器もあるから死体を届けるだけだがな』

「お前っ、そんな真似をしたら……!」

『そう、血気に逸る阿呆どもではない、賢い日和見主義者も重い腰を上げざるを得まいよ。どいつもこいつも、心中ではお互いを消し飛ばしたいと思っているのだ。そう思うように、我々が調整した。後は亀裂を入れれば面白いように決壊するだろう。そうしたら、今度は内側から。完璧だな』


 そう言って、セルゲイの機体が背を向ける。


「おい、待てっ!」


 追おうとしたアルベールへ、セルゲイが笑いながら言った。


『お前の役目は私を追うことでいいのか? アルベール』

「……くっ」


 そうだ。セルゲイが足止めに過ぎないのなら、構っているだけ無駄であり、その分他の作戦が進んでしまう。


『まあ、今更どうすることもできないのだがな。誰がなにをしようと油を注ぐだけの結果だ。事態はそこまで進んでいる』


 事実だった。遅きに逸したのが致命傷。例えばこのままアルベールが亜人街に乗り込んでも、門側の守備隊と協力し、亜人たちを葬り去っても、亜人達の怒りが燃え上がるだけだ。


『彼らなら、素手でも人を殺すには十分だ。剣も魔術も使えない一般人相手なら特にな。武器は若い者達に十分行き渡っている。つまり、詰みだ、アルベール』


 そう言って去っていくセルゲイをアルベールは追わなかった。代わりに、考える。

 アルベール・ドニという男はどう動くべきか、だ。

 命令通りに亜人街に向かうかどうか。

 セルゲイが言う通り、もう亜人街に行って武器を押さえてもあまり意味がない。

 武器を押さえた所で、怒れる亜人達はもう止まらないだろう。


(もうダメなのか……!?)


 最悪、亜人達を皆殺しにする選択肢を、アルベールは考慮の中に入れた。

 守備隊と協力し、容赦なく叩き潰す。それもやむなしか。


『アル、聞こえるか?』


 歯を噛み締めたその時、通信が届いていた。


「……ダンナ!?」


 いつもと変わらない、今となっては誰よりも頼りになる男の声だ。


「ごめんダンナ! こっちは間に合わなかった!!」

『そのようだな。だが、こちらは、シャロン・アップルミントの保護に成功した。俺は門側を片付ける。君は守備隊の増援を足止めしろ』


 そのなんでもないように放たれた言葉は、この絶望的な状況下での唯一の吉報。


「マジか! 最高だぜダンナ!!」

『街の亜人の総力を上げた抗争になどさせん。止めるぞ、アル』

「おうよ!!」


アルの因縁は持ち越しで。


ちなみに、コテツの身体強化は、異世界エースを書き始めた当初からやりたいと思ってたネタの一つです。

さて、次回は遂にシバラクが。




コテツの身体強化魔術


HP赤で放てる奥義。ただし、HP赤で放つ上に、発動中は常にHPが減り続けるので、使わないのが吉。

使用条件は血達磨であることであり、正直常人なら死んでる勢いで血を流す必要がある。魔力の放出が一切できないコテツであるが、血達磨になることにより体外に出た血中魔力を使用して魔術の行使が可能となる。

エースの生命力からして、魔力量は保障され、体が耐え切れない問題点はエースの耐久力でスルー。

感覚が追いつかないというのは、機種転換訓練無しでも機体を乗り換えて使いこなす技術によって補完されるので、威力身体強化魔術としては異例の強さを誇る。

ただし、エースでもなければすぐ死ぬ。

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