9話 狐耳R&R
「……まったく、やってくれる」
山賊の討伐を依頼された夜。
自室で、コテツはベッドの上に転がっていた。
思わず、口から溜息も漏れ出る。
「大丈夫ですか? コテツさん」
そして、そんな淀んだようなベッドの隣には、心配そうにコテツを見つめるリーゼロッテが居た。
ちなみに、コテツの疲労の原因は簡単。
クラリッサとの訓練が、全ての原因だ。
「別に肉体的疲労は大したことはないのだが。精神的には少しな」
訓練自体はいい。最終的に夕方を過ぎるまで振り回され続けたが、体力には自信があるほうだったので、問題ない。
しかし、コテツを苦しめたのはクラリッサの嫌味攻撃である。
あまりに続く、とどまるところを知らない罵詈雑言は、容赦なく、じわじわとコテツを疲労させたのだった。
おかげさまで、やる気の一つも沸いてこない。
「なにか、して欲しいこととか……」
「特にないな」
言うと、リーゼロッテはしゅんと肩を落とす。
それに追従するように、耳と尻尾も垂れ下がった。
コテツは、それを見ようともせず、天井を見つめて思い馳せる。
(今回の訓練でラグの具合は随分と把握できた。しかし、機体の着地時のクセは……)
思い浮かべるのは今日の訓練のことだ。
行った操作。それに対する機体の反応。全てを思い出し、理想との差を浮かべていく。
それを蓄積し、もっともベターな操縦を探る。
そんな深い思考の海に、コテツはもぐりこんでいく。
のだが、そんな最中。
「む……?」
何故か、自分の手首が握られ、そして、何故かベッド脇に屈みこんだリーゼロッテの頭に自分の手が乗せられていることに気がついた。
思考から一気に覚めて、思わずそちらを見ると、唐突にひょっこりとベッドの縁からリーゼロッテが顔を出した。
「あ、あの。その、お姉ちゃんが言うには、えと。私に触ると、癒されるって、そんな感じのことを……」
戸惑うように、その狐耳がぴくり、ぴくりと震えている。
コテツは、思わず目を丸くしていた。
そんな中、リーゼロッテは続ける。
「ひ、膝の上に乗せて頭を撫でるのがベスト、だそうですっ」
そこまで来て、やっとコテツは苦笑で返した。
気遣われているのだ、と今更気が付く。
「その……、私じゃ貴方を、癒せませんか……?」
気が付いた頃には、その一生懸命さに申し訳なくなるほどだ。
「あー……、遠慮……、いや」
故に、そこまでしてもらうほどじゃない、遠慮しよう、とコテツは言いかけたのだが。
やめた。
また、失敗してしまったか、とばかりに耳が垂れそうになるのを見たからだ。
そして、彼は思い直すことにした。
(まあ、何事も経験か……)
気遣いや厚意を遠慮するのも美徳だが、やりすぎは無粋である。時にはそれに甘えることも肝要だ。
と、自分を誤魔化すように、コテツは頷いた。
「お言葉に甘えるとしよう」
「は、はいっ」
今度は緊張したようにピンと立つ尻尾と耳。
その緊張具合を見て、やっぱりやめたほうが良かっただろうか、とコテツの思考はあちらこちらとふらふらする。
だが、コテツが何事かを口にする前に、リーゼロッテは覚悟を決めたようだった。
「じゃ、じゃあ、失礼しますね」
ベッドの端に座りなおしたコテツの膝に、ゆっくりと腰を下ろすリーゼロッテ。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、その髪が、物理的にコテツの首元をくすぐった。
そして、くすぐったさも無くなった後、コテツは、しっかりとリーゼロッテ座ったのを確認して、聞く。
「それで、どうすればいいんだ?」
「え、っと、その、撫でてください……」
言われて、不器用にコテツは、リーゼロッテの頭の上に手を置いた。
ぴくん、と体全体で震えて、彼女は驚きを示す。
その反応に、コテツは一度手の動きを止めることにした。
「何か、まずかったか」
「だ、だいじょうぶです、はい」
「じゃあ、次はどうすればいい?」
「えっと、じゃあ、手、動かしてください……。髪を、梳いてみたりとか」
言われるがまま、コテツは手を動かす。
さらさらとした毛の質感は、人の髪の毛、と言うよりももっとふわふわとした気持ちのいい、まるで猫でも撫でているかのような手触りだ。
「こてつ、さん」
「なんだ」
「その、ちょっとくらい、癒されますか?」
「ふむ……」
「なんか、私の方が、癒されてる気がして、ごめんなさい。また、失敗ですね」
そんな言葉に、コテツは少し思案して、こんな答えを返した。
「いや……、そうでもない」
はたして、リーゼロッテをどれだけ撫でたか。
コテツの部屋に時計はない、というか、コテツはこの世界で時計を見たことがないわけだが、とにかく正確な時間はわからない。
が、それなりの時間が経ったため、緊張しっぱなしだったリーゼロッテもやっと、落ち着いて話が出来るようになっていた。
「すまないな」
「えっと、いきなりなんでしょう。謝られる心当たりがないんですが」
「こんなことまでさせて、だ」
撫でながら、唐突にコテツは呟いた。
リーゼロッテは、苦笑して返す。
「いいんですよ」
「そうか?」
「いいんです。私、あの時、コテツさんが生きて帰ってくる、って約束してくれて嬉しかったんです。だから、いいんです」
「そんなに、嬉しかったのか?」
「亜人の約束を守ってくれる人なんて、早々居ませんよ?」
「……そうか」
コテツには、耳と尻尾が狐の物であること以外に、リーゼロッテが普通と違うところを見出せない。
むしろ、かなり上等な人間にすら思える。
故に、リーゼロッテの受けているであろう差別を、どうにも実感できなかった。
「そういえば、コテツさん。クラリッサさんと訓練してたんですよね」
そして、その話は終わりだ、とでも言うようにリーゼロッテは話題を変更。
特に追求すべきではない、とコテツは判断し、普通に頷いた。
「ああ」
「それで、お疲れなんですよね?」
「そうだ。突っかかって来るのは、可愛いものだが」
天を仰いで、溜息を吐くコテツ。
対するリーゼロッテは、嗜めるようにコテツに言った。
「適当に、あしらってるからじゃあ、ないんですか?」
「む……」
「ダメですよ? 本気で相手してあげなきゃ」
「いや、しかし、別に手を抜いていると言うわけでもないのだが……」
言い募るコテツに、リーゼロッテは、振り向いて真面目そうに言う。
「なら、ちゃんと言葉で伝えないと」
「むう……」
「伝えようとしないと、何も伝わらないんですよ――?」
そう言って、彼女はにっこりと笑う。
なんとなく、がらんどうの心に、暖かいものが入り込んできたかのような感覚を、コテツは覚えた。
そして、やっぱり、彼女の方が人として上等だ、と苦笑する。
この世界に来て、初めてコテツに火種を与えたのが、彼女。
だからこそ、そんな彼女をコテツは。
「……言葉を尽くすのは得意ではないが」
なんとなくではあるのだが。
「――やるだけやろう」
裏切りたくないと思った。
すると、彼女は笑う。コテツを信じるように。
「はい。応援してます。大丈夫ですよ、コテツさんはすごい人ですから」
「そうか?」
「はい……! 私が保証します。驕らず、偏らず、ニュートラル。それって、すごいことです」
果たして、コテツがこのように人と触れ合うのはいつぶりだったろうか。
コテツ本人にはわからないが、どうにもリーゼロッテの笑顔だけは、眩しくて仕方が無かった。
「だから、色々諦めないでください。頑張らなくてもいいですから」
「……諦めない、か」
「はい。微力ながら私が、全力でお手伝いしますから」
言われて、少しだけ、空の心に火が灯る。
彼女が、コテツに親切な理由を、コテツが全てを窺い知ることはできない。
語ってくれた言葉の中にあったものの他にも、もっと多くの理由があるのだろう。
(いつか、聞くこともあるかもしれん)
だが、こうして献身的に向き合ってくれる彼女を見て。
不思議と、胸に灯った火種を消したいとは思わなかった。
「……ご主人様、疲れてます?」
「いや、そうでもない」
アインスの狭いコクピットに、あざみと二人乗りをしながらも、コテツは涼しい顔で機体を動かす。
昨日結局夕方を過ぎるまで訓練を続けていたコテツをあざみは気遣うが、彼は眉一つ動かさなかった。
『ちゃんと付いてきてますか?』
「問題ない」
コクピット内の響くのは、クラリッサの声だ。
コテツ、あざみ、シャルロッテ、クラリッサ。実際に移動しているのは三機。
「んー、でもアレですね。早めに予備の機体を用意してもらったほうがいいでしょうか。もしくは複座にこれを改造して貰うとか」
「そうかもしれんな。この世界の複座機がどんなものかは知らないが」
「ディステルガイストを見せてしまうと盗賊が警戒する、と言うのも分かりますけれど、操縦しにくくないですか?」
「こういった状況にも対応するのが優秀な軍人、と言えどもこの先恒常的にこうだと少々苛立つな」
「私としてはご褒美なんですけど」
あざみは、コテツに抱きつくように体を固定している。
「しかし、君は本当にディステルガイストを呼び出せるのか?」
「ええ。アルトの基本の機能ですよ」
こうして、アインスに乗っているのも、あざみが居れば即座にディステルガイストを呼び出せる、という機能があるからだ。
空間を渡って、機体を呼び出すことが、エーポスには可能らしい。
『さて、そろそろ中継の村に着くぞ。今日は一旦そこで休んで明日戦いに出る』
シャルロッテの声が響き、その仏頂面を遠くにある村の遠景へと向けた。
「ところで、この件の山賊とやら、一体どのような相手なんだ?」
『ふむ、コテツは山賊の相手は?』
「元の世界ではそのような相手ともやったはずだが、その経験が役に立つとは思えん」
『それもそうだな……。今回の山賊は、今見えている村から更に奥の山にいる。奴らは山道に陣取り、そこを通る者から物を奪い取る。山賊がSHを所有していた場合馬車であればまったく歯が立たん』
「だろうな」
『通常は通る側もSHの護衛をつけるが、それができない場合は通行止めも同じだ。厄介がすぎる』
「これを討伐すれば名誉としては十分、ということか」
『無論。ここは重要な街道だからな』
石畳で整備されているわけでは無いが、一面の草原に、一本描かれた土色の道はかなり広い。
『さあ、村に着いたぞ。話は既に付いてる』
そうして、三機の機械の巨人は、草原へと膝を付くのだった。
可愛いは正義だと思います。まあ、リーゼロッテを出した時点でこういうことしたかったのは火を見るより明らかだった気もしますが。
一章のほうは読み切り的な空気でできるだけすっきり終わるようにアクを少なめで行きましたが、続くとあってはとりあえずやりたいことやってきます。
しかし、これで私が狐耳萌えだということがばれてしまった様な気が……。
いえ、まあ、ケモ耳とかまるっと好きなんですけどね。
とりあえず、焦らずゆっくり一人一人前面に押し出して行けたらと思います。
どう考えてもメインキャラ全員並行に同時進行でプッシュとか無理ですし。技量的に。