101話 味方は裏切り、敵は裏切らず。
「はっ……、はぁ……、はぁ……」
コテツの元から走り去ったシャロンは、路地の一角で肩で息をしていた。
(やっぱり、ダメだったなぁ……)
それでも。よかった、と思う自分がいる。
例え殺さなくても。殺せなくても。襲撃はする。
コテツは、止めに来るだろうか。
見逃してくれないだろうかなんて考えは自分ですぐに否定した。
あの人が、仕事をしないはずがない。
「その時は、仕方ないかなぁ……」
もしも会ってしまったら敵同士か。
その時はもう、容赦してくれないだろう。
今度こそ、フェアな敵同士だ。
その時は、撃てるだろうか。
「無理かなぁ……。襲撃のこと言っちゃったのは、早まったかも」
勢いで喋るものではない。せめてもの詫びと礼をと思ったが、若干の後悔を覚える。
もう、会わないことを祈るしかない。
コテツとアルベール、そして後一人協力者がいるようだが、こちらは若い亜人が四十人に、武器がある。止められるようなものではないだろう。
「もう、止められないんだよね」
ぽつりとこぼして、シャロンは歩く。
とりあえず亜人街に戻り、一晩過ごす。
そうしたら、襲撃だ。後戻りなど、しようもない。
決意を固めて、顔を上げるシャロン。そんな彼女の視界に、見覚えのある人物が現れた。
「首尾はどうだった。シャロン・アップルミント」
ゲイルだ。
彼女の、共犯者だ。
鬱屈する若い亜人達に武器を渡し、この計画の後押しをした人間。
決して信頼関係が結べるような相手ではないが、彼らの渡してきた武器を、襲撃の頼みにしているのは確かだった。
「ダメだったね。うん、隙なし。それでもって堅物だし、ダメダメだね」
その答えに、ゲイルは怒ることもなく、ただ頷いた。
「それより、武器の隠し場所は教えて貰えるかな?」
機密の維持のため、シャロンは武器の隠し場所を教えてもらっていない。
知っているのはシャロンの仲間達の中でも、警備に必要な最低限の人員だけだ。
だが、明日に作戦を控えた今、もうエトランジェの暗殺も失敗に終わったのだ。
教えてもらっても構わないだろうと思った。
だが、しかし。
「悪いが、教える必要があるとは、思えないな」
ゲイルは、ニタリといやらしい笑みを浮かべる。
これは、よくない笑みだ。
「……なんで?」
「君には、死んでもらうからな」
男が、懐から何かを取り出す。
銃だ。その銃はシャロンに向けられ。
「動くなよ。理由くらいは死ぬ前に聞きたくないか?」
意味が分からず固まっていたシャロンは、逃げ遅れた。
「色々とな、ぴたりと狙いが嵌って誰かに話したい気分なんだ。お前でいい、聞いていけ」
「裏切ったの?」
「いいや? 厳密には裏切ってないさ。少しこちらのエゴも混ぜさせてもらうだけで」
とても愉快げに語ってくるのに、銃口は一向にぶれてくれない。
「まず、エトランジェの暗殺だが、成功しようがしまいが、どちらでもよかった。寝ている間に暗殺に成功すれば儲け物、と言ったところか。元々、俺達事態は少人数だ。ついで、お前達は義のために立ち上がる亜人だからな。エトランジェ様を、あるいは罪もない冒険者を囲んで殺す、という手段は取れない。士気が下がったら大変だからな。精々、汚れ仕事も承知でやってくれる奴に暗殺を頼むくらいだ」
確かに皆人間は好きではないが、それでも自分達に正義があると思って立ち上がっている以上あまり汚い真似を強いることはできないのは事実だろう。
だから、外から来た冒険者という無関係な人物を囲んで殺すような覚悟はない。エトランジェと名乗られたら尚更にだ。
最悪、殺すか殺さないかで仲間割れすら起こすかもしれない。
「耳障りのいいことを言って乗せた者達だからな。汚い真似をしてでも勝ちを拾いに行こうというお前は貴重なタイプだったよ」
皆が正義を胸にと言っているからこそ、自分が、と思った部分はある。
「非常に好都合だった。まぁ、さっき言ったとおり、エトランジェの暗殺はとりあえず、というレベルだ。そんなことよりも、殺したかったのはシャロン・アップルミント、お前だったんだよ」
だがそれは、どうやら利用されていたらしい。
「ジジイ共が日和ってるせいでな、行動を起こしても思うように事が広がらん。そいつが問題だった。俺達が欲しいのは街をひっくり返すような騒動だ。必要なのは奴らにも止めようのない派手な起爆だった。その一つの単純な答えが両陣営の長を殺すことだ」
確かに、最も分かりやすいやり方だろう。
今、この街は治安の悪化によって住民達に不満が溜まっている。
そこに、そんな事件が合わされば、不満の爆発は必至となる。
「が、問題が一つあった。領主の方はどうにでもなるのだが、亜人の方の長が亜人街から出てこないことが、問題となった。人間はろくに入れない、上にウチの亜人を潜り込ませたとしても、亜人は耳がいいし、鼻も利く。目撃者なしで殺しを終えることは困難だ。飽くまで、亜人街の長を人間が殺した、という体で無いと意味がないしな」
しかしながら、実はこの方法、無理をして両陣営の長を殺す必要はない。
できれば、重要で有名な人物がいいというだけだ。
とにかく、人が亜人に、亜人が人に殺される。しかもそれが重要、有名な人物である。それが肝心なのであり、領主や長でも止められないような流れを作れればそれでいいのだ。
そう考えれば、シャロンがここで銃を向けられている意味が分かってくる。
「そこで、白羽の矢が立ったのが、お前だ。シャロン・アップルミント。おめでとう」
亜人街の外に出ていて、それなりに有名であることを満たす人物。それがシャロンだったわけだ。
「最悪、お前を呼び出して殺すことも考えていたが、呼び出して殺すと俺達に疑いが掛かる恐れがある。エトランジェに張り付いて暗殺という命令は、中々都合が良かった。この通り、外でお前に銃を向けていられる」
「私がコテツ君に捕まって王都に送られるとかは、考えなかったのかなー?」
せめてもの抵抗に、シャロンは粗を口にした。
だが、男の表情は愉悦に満ちたまま変わらない。
「その時は護送用の馬車に襲撃を掛けるまでだ。エトランジェ殿を相手にするよりかはずっと楽だろうよ」
いやはや、と男は笑いながら。
「ウチの亜人を使って、治安が悪くなるよう仕向けた甲斐があった」
「……は?」
その言葉は、シャロンにとって聞き流せないものだった。
数年前までは、別に仲は良くないまでも、なんとか共存できていたのだ。
それが、治安が悪化し、人間との間にどうしようもない亀裂が入ったからこそ、それで街を追われ、老人や子供が死ぬかもしれないと思ったからこそ、こんな馬鹿なことを考えたのだ。
それが、この男たちが仕組んだことだった。
「……なにソレ」
それが本当ならば、許せることではない。
「いい表情だ」
「そんなのッ!!」
銃を突きつけられている。そんなの、気にもならなかった。
この男達のせいだというのか。亜人というだけで、この街では買い物すらできないのは。街を歩いているだけで犯罪者のように見られるのは。
買い物ができなくて、ろくなものが食べさせられず、子供は痩せ細っている。
病気になっても薬は買えない。
それでも、武器を持ち、SHに乗り、魔術を使う人間達は恐ろしいから耐えてきた。
どうしようもなくなるまで、今までずっと耐えてきたのだ。
それが。
目の前の男のせいだというのか。
前に足が出る。
何を考えていたわけでもない、ただ手が出た、それだけのことだ。
引っ掻いて、引きずり倒して、殴り倒そうと思ったのだ。
だが、それは敵わなかった。
「本当に、良い表情だ」
容赦なく、弾丸が襲う。
「あぐ……ッ!」
当たったのは太股だ。あえて足を狙われたというべきか。
シャロンは太股を押さえて膝を突き蹲る。
「さて、ご苦労、シャロン。ゆっくり休むといい。生まれ変わった頃には、世界は変わっているだろうよ」
そして、今一度向けられる銃口。
立ち上がれずに、シャロンはただ、睨み付ける。
(悔しいなぁ……)
悔しくて、仕方がない。結局、全部踊らされてただけだというのかと。
全部この男の思い通りで終わるのかと。
ああ、引き金が引かれる。
(……こんなことなら、いっそコテツ君に殺して貰った方がましだったかもね)
銃声が響く。
しかしながら――。
痛みはなかった。
弾は、当たってもいなかった。
「――シャロン」
冷たい声。冷たい割に、温かい声。ここ数日で、聞きなれた声。
とくん、と心臓が高鳴った。
「目撃証言があって助かった。どうにか、間に合ったようだ」
横を見る。
そこに居るのは、硝煙を上げる銃を構えて立つ、コテツ・モチヅキに他ならない。
「もう……、あたしは、コテツ君の協力者じゃないんだけどなー……」
「君が殺されることで抗争が起きる。君を保護する必要がある」
男の銃を撃つことで、シャロンの殺害を阻止したコテツは、どこまでもいつも通りだった。
「……もう。もうちょっとくらい気の利いたこと言っても、ばちは当たらないんじゃないかなぁ、ってあたしは思うよ」
「ふむ、そうか」
「でも、ありがと。すごい、うれしい。あたし、裏切り者なのにね」
そう言って自虐的に笑うシャロンに、コテツは前に出ながら、その言葉を口にした。
「確かに君は協力者をやめた。しかし君は引き金を引かなかった。だから、まだ裏切っていない」
「んー、そっか……。うん、そうだね」
シャロンを背にコテツは、銃を構えたまま男と対峙する。
「聞きたいことは山ほどある。死にたくなければ、抵抗するな」
「随分と、タイミングがいいな。エトランジェ殿」
銃を弾き飛ばされた、男が呟く。
「だが、丁度いい。お前も殺す予定だ。ある意味来てくれて手間が省けた」
今日はもう一本出します。
正直自分も早くクライマックスまで駆け抜けたくて待ちきれません。