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異世界エース  作者: 兄二
09,空棘
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100話 不変

「流石に銃は止めれないよね?」


 机の上に銃が置いてあったのは僥倖だった。

 ナイフでは心許ないと思っていたところだ。


「シャロン」


 彼は、今一度シャロンの名を呼んだ。

 心臓が、どきりと嫌な音を立てた。胸が痛かった。

 できるなら、何も言って欲しくは、なかった。


「なに? 醜い本音なら、聞くよ」


 あるいは、口汚く罵ってくれればいいと思った。

 これまで掌を返して来た人間達のように、軽蔑の眼差しで見つめてくれればいいと、思ったのだ。


「マガジンは確認したか。安全装置は解除したか。弾丸は装填したか」


 いつもと、変わらぬ、冷たい声。


「引き金を引くならば、そこから君は俺の敵だ」


 あまりにいつも通り過ぎて、胸が軋んだ。


「……言ってよ。遂に本性を現したかこの亜人めって」


 差別。それが気に食わなくて、シャロンはこうしている。

 亜人というだけで何故、蔑まれるのか。何故、好きな人と結ばれないのか。何故、裏切られなければならないのか。

 何故、生命まで脅かされなければならないのか。

 人間なら、殺せると思っていた。蔑んだ目で見つめてくる人間なら、何人殺してでも目的を果たそうと思っていた。

 だがしかし。


「……言ってよ」


 真っ直ぐ見つめてくるこの人を。

 差別しないこの男を。差別されない、差別しない、自分の理想を。


「……遂に本性を現したか、この亜人め」


 撃てるのか。


「この売女、流石は汚らわしい亜人だ。消え失せろって言って、見下してよ。……お願いだから」


 その言葉を、眉一つ動かすことなく、コテツは復唱した。


「この売女、流石は汚らわしい亜人だ。消え失せろ」


 笑っているつもりだったのに、泣きそうだ。


「……演技、下手だね」


 それでも、笑おうと思った。


「そんなんじゃさ。――撃てないよ?」


 コテツが、銃を掴む。


「すまん」


 するりと、銃はシャロンの手を抜けていった。


「あのさ……、謝んないでよ。怒ってよ。どうしていいか、わかんないよ?」


 コテツは、どうしていいか、分からなさそうにシャロンを見つめる。


「……すまん」


 また、謝られてしまった。

 なんだか、らしいと思って、笑みがこぼれる。


「……うん」


 こうなることは、分かっていたのかもしれない。

 コテツ・モチヅキは差別をしてくれないから。

 差別を嫌い、差別をする人間を嫌っているはずなのに、差別しない人間を殺すことはきっと、どうしようもないほどの自己否定になるから。


「ごめんね。いっぱい迷惑掛けちゃったね」


 結局引き金は引けなかった。コテツの敵にも、協力者にもなれはしない。


「ごめんね、ありがとう。お詫びとお礼に、教えてあげる。明日、あたし達は領主の屋敷を襲撃するの」


 ただ、やるべきことは変わらない。最初から何も変わってはいなかった。

 エトランジェの暗殺など気の迷いだとわかっただけで、本当の芯にある目的は変わっていない。


「武器の隠し場所は本当に知らなかったよ。あと、信じてくれるかはわかんないけど。コテツ君といるのは、楽しかった」


 シャロンは踵を返す。


「じゃあね」


 そして、逃げるように走り出した。










 宿の一室に残されたコテツは、手に持つ銃の弾倉を抜き取り、机の上にあった弾を込めた。


(亜人街にある花に重点的に囲まれた場所を確保。武器がなくなれば諦めるか……?)


 そして、弾倉を再び銃に収め、歩き出す。

 シャロンを捕まえようとは、思わなかった。

 彼女からは最初から最後まで殺意も害意も感じ取ることができなかったからだ。

 そもそも、本気だったのであれば、使い方もよく分からない銃ではなく、ナイフに頼る。人とは、そういうものだ。

 そして、彼女は結局、引き金を引くこともなかった。

 そんな彼女を追って捕まえてどうする。コテツの目的はこの街の調査、そして今はこれから起こるであろう事件を防ぐことだ。一人の少女にこだわることではない。


(最悪の場合鎮圧のために戦うことになるか)


 せめて武器を押さえて規模を小さくとどめたい所だ。

 そう考えて、歩き出そうとしたときだ。

 コテツの前に、アマルベルガとの通信で使うような半透明の板が現れる。

 しかしそこに映っていたのはアマルベルガではなく、シャルロッテだった。

 一度しか使えないそれを使ったということは緊急の用件ということだろう。

 足を止め、コテツは聞く姿勢に入る。


「どうした」

『幾つか分かったことがある、聞いてほしい』

「ああ」


 頷き言葉を待つコテツに、シャルロッテが語りだす。


『まず、敵の目的だが、明日、領主の屋敷を襲撃し、一息にこの街を落とす作戦らしい。主な兵力は奴らの組織ではなくこの街の亜人たちだ』


 先ほど聞いたことと一致する内容。

 それ自体は、確認にしかならない情報だった。

 しかし、そしてもう一つ。


『更に、この街の治安の悪さも、奴らが仕組んだことだったらしい。捕まえた亜人が喋ってくれた。組織の命令で犯罪を働いたとな。そして、そういう空気を作れば後はこの街の一般の亜人も犯罪を犯し、人はそれを見て亜人を迫害する。あとは転がり落ちるだけだ』


 要するに、治安の悪さは組織の仕込み。それが雪だるま式に大きくなっていったのが現状というわけだ。


「……何?」


 だがそこで、何かが引っかかった。


『どうやら奴らは治安の悪さを仕組み、迫害をさせることで亜人たちの不満を高めることにしたらしい』


 電撃作戦で領主の屋敷を落とすのはいい。それは分かった。

 それに、亜人達に不満を溜めて自分達に協力させるという狙いもいいだろう。

 だが、治安の悪さが組織が現れたせいで自然とそうなったものではなく、組織が意図して悪化させたものだった。それが気になる。

 そんなことをする必要があったのだろうか。


「そもそも、不満を煽る必要はあったか?」

『どういうことだ、コテツ』

「武器を提供して唆すだけで十分だったのではないか? 血気盛んな若者だけを扇動するならばそれだけでも十分なはずだ。それともそうならないほど亜人は理性的なのか? 普段の差別は生易しいのか?」

『確かに……、そうかもしれんな』


 大量の武器を提供されるだけで、人は気が大きくなるし、使ってみたくなるものだ。

 若い人間なら尚更に、だ。


「それに、わざわざ亜人に事件を起こさせてそれを迫害させるという方法を取る必要はあったのか」

『たしかに、言われてみれば亜人側から事件を起こしてというのは回りくどく感じるな』


 亜人の不満を高めるだけなら、亜人を私刑にでもして、目に付く場所に転がしておけばいいのだ。

 勝手に街の人間の仕業だと思ってくれるはずだ。簡単に爆発寸前まで盛り上がる。


「本格的に治安が悪化すれば屋敷の警備が強化される。そうなるとまずいのではないか?」


 そもそもここまで治安が悪化するのに、年単位で時間をかけている。

 面倒で回りくどい割に、本来の目的の達成確率が下がるデメリットすらある。

 しかも、そんな面倒で回りくどいやり方までして、領主の屋敷を奇襲するだけ。

 言い知れぬ、腑に落ちない感覚がそこにはあった。


(考えろ。奴らは一体何をして来た? アンソレイエの式典の事件において事態をかき回して事件の拡大を狙ったような奴らだ。亜人達が領主の屋敷を奇襲して要求を飲ませる。その程度で終わるものか)


 その有志の亜人達と組織の目的、その二つが違う可能性を見落としてはならない。

 ここまで丁寧に人にも亜人にも不満を溜めるやり方をして、一体どうなる。


(奴らのせいでこの街は既に破裂寸前の風船のようだ)


 丁寧に不満を高められたこの街は、まるで丁寧に作られた爆弾だ。


(わざわざこの状況を狙ったのだとすれば)


 アンソレイエの件を思い浮かべ、コテツが出した答えは。


「……街にいる人と亜人の、全面抗争か」


 高めた不満を、一気に爆発させること。

 呟いた言葉に、シャルロッテが驚愕を顔に浮かべた。


『どういうことだ』

「奴らのアンソレイエでの目的は、戦争の火種を作り、最悪アンソレイエが地図から消える事態を作り出すことだった」

『今回の目的も、それに類すると?』

「年単位での仕込みだ。奴らが屋敷を襲撃する程度で終わるはずがない」


 そもそも、一部の若い亜人が襲撃に成功したとして、すぐに国の部隊が来て鎮圧されるのがオチだ。

 逸った若者が無謀な特攻を仕掛けてあえなく潰されただけの取るに足らない事件になってしまう。情報統制も敷かれて、この事件はなかったことになる。

 もしも可能な限りことを大きく、多くの人に影響を与える事件にするならば。

 全面抗争だ。街の全ての人と亜人が殺し合い、街が一つ火の海になる。街が一つなくなってしまえば完璧だ。

 ソムニウムの、歴史に残る。国でも隠しきれない事件となる。


「大きな衝撃になるぞ。何せ、俺が学んだ歴史の中で初の、亜人達の大規模な反攻だ」

『……っ、なるほど』


 その結果如何によっては、大きな変革をもたらす可能性があるだろう。

 亜人達によって人間が大勢死ぬ、それが問題なのだ。

 亜人達が自分達もと立ち上がるかもしれない。人が亜人達を恐れ、更なる迫害を行なうかもしれない。

 後者も後者で、迫害に不満が募り、亜人の反抗を招く。

 そうなればソムニウムは国内に大きな爆弾を抱えたも同然のこととなる。

 コテツにしてみれば、暴動の下地は十分にあると思うのだ。それが、国の保有するSHや、教育された人間にしか使えない高等な魔術を背景にした武力を背景にした恐怖で押さえつけられているだけで。

 後は、どこかで火が付けば、亜人達は止まらない。

 鎮圧できないとは言わない。国の総力を挙げればやがて収まるだろう。

 だがしかし、収まったときにどれほどの力が残っているか。


『なんとしても、この事件を小規模で終わらせる必要があるな』

「ああ、だが……」


 しかしながら、この件、最後の問題点が残っている。

 この街全体に作り上げられた空気。


(これをどうやって起爆する?)


 しかし、相手の組織にとって悪かったのは、亜人と人間、両方の長たる者が理性的だったことだろう。

 領主も、亜人街の長も、どちらも被害を抑えようとするだろう。

 これでは、敵の望むようなものは得られない。。

 どうすれば、止められない流れを作り出せるのか。

 コテツの知る知識、関わってきた戦争とテロリズム。

 そこから導き出される、こういう場合の定石はなんだ。

 真っ先に思い浮かんだのは。


「シャルロッテ、今領主はどこだ」


 重要人物の殺害だ。

 できるだけ鮮烈に、可能な限り無残に、殺しを行なうのだ。その中で一番やりやすいのが、重要人物の殺害だ。

 特に目立って、多くの人間に影響を及ぼせる。


『商人の話を聞きに、今は外に……、まさか――!』


 作戦決行の予定日は明日。だが、亜人達と目的が違う組織の人間に、そんな日取りは関係あるか。

 むしろ、明日の予定はダミーに過ぎないのかもしれないのだ。これでコテツ達が明日に備えようとすれば、相手の思惑通りだろう。


『通常の護衛だけでは心許ない……! すぐに向かう!』

「ああ、頼む。杞憂ならばいいが、もしも起こってしまっては、取り返しが付かん」


 通信が切れ、辺りが静寂を取り戻す。

 コテツもまた、動き出した。


(亜人街に向かい、長の護衛を行なう。殺させなければ、まだ目はある)


 扉を開き、コテツはそのまま廊下を早足で渡る。

 問題は、とコテツは亜人街に入ったときのことを思い出した。


(素直に入れてもらえるかどうか……、か)


 最悪、エトランジェの名を出して通るしかないだろう。

 と、そこでふと思うことがあった。


(敵はどうやって長を殺すつもりだ?)


 気付かれずに入るのは困難。そして。


『おっと、心配性の人もご安心、周りもみんな耳がいいから変なことあったら叫べばすぐ来てくれるから』


 シャロンの言葉を思い出す。

 人が亜人街に侵入して長を殺す。それは現実的に可能なのか。

 中にいる亜人の協力者を使ったとしても、誰にも目撃されず、人間の仕業に見せかけて殺すことは可能か。

 ほぼ不可能と言ってもいいと、コテツは思う。


(ならばどうする。おびき出す? それこそどうやって。だが、他に重要人物など……)


 気付いた。

 一人いる。

 都合よく、亜人街の外に今出ている、それなりの地位の亜人が。

 その人物は亜人街の長の孫という肩書きを持っていて、それなりに人望があり、今正に、一人、外にいる。


「シャロン――」


 走りながら、迷わずにコテツは自分の通信用魔具を捻って起動させる。


『ダンナ? どうした?』


 応答したアルベールにコテツは簡潔にやってほしいことだけを伝えた。


「亜人街に武器庫がある。ほぼ確定と見ていい。花に囲まれた建物が怪しい。最悪SHで乗り込め、確保しろ。それと、君の持っている通信機でエーポスの二人を呼んでくれ」

『マジか。了解……!』


 武器を押さえる、起爆剤となる人物の保護、どれでもいい。少しでも敵の思惑から外れさせる。


「亜人街の長についても注意しておいてくれ、狙われる可能性がある。俺は別の狙われている可能性の高い人物の元へ行く……!」

『おっけ、分かった。そっちも頑張って!』


 危急の用事と判断したアルベールはすぐさま応えてくれた。

 途絶える通信、コテツは走る速度を上げる。


(……彼女をそのまま行かせたのは失策だった。失態だな、これは)


 シャルロッテと話した時間を加えてもそう遠くへは行っていないはず。

 向かうとしたら、亜人街の方向が怪しいだろう。


いよいよ佳境に突入しました。凄く長かった感があります。


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