97話 推察
「いーよなぁ、ダンナは女の子といちゃいちゃしながらさぁ、うん」
「では明日は君と組んでもらおう」
「いえ、いいです、はい。その子と一緒にいると敵に狙われる確率が上がる上に後ろから刺されるかもとか、そもそもよく連れて歩けるよねぇ。実際どーよ」
「随分と聞き分けがいいのは気になるな。命を狙われていると知れば動揺してもおかしくはないと思うが」
「なぁるほどねー。逆に、こっちはなんもなかったなぁ。トラブルには巻き込まれなかったし。かと言ってなぁ、別にこれと言った話が聞けたわけでもなく、なぁ」
ベッドに座るアルベールに、コテツは備え付けの椅子に座って背を向けていた。
コテツの視界に映る窓の向こうは暗く、夜も更けてきたころを知らせている。
「俺が地味なんかねぇ……。それともダンナが目立ちすぎなのか」
「さてな。しかし、敵の目的だが……」
「アレだよなぁ、手がかりが少ないったらねぇや」
現状においてこれと言った方策はない。ただ、闇雲に探し回るだけだ。
「ただ、執拗にダンナのこと狙ってくるよね」
「そうだな」
「やっぱり、ここで何かやらかす気っぽいよなぁ……。いやはや、帰りたいねぇ」
敵はこの街で何かをする、というのが今の二人の共通見解である。
取引のために使っただけならば足早に立ち去ればよい。
確かに、コテツの事は今後を思うと邪魔で、殺せるチャンスならば殺してしまいたいのかもしれないが、些かこだわりすぎのように思える。
とすれば、ここで何かを実行しようとして、それにさしあたり邪魔になりそうなものを排除していると考えた方が良さそうだ。
「帰るわけにも行くまい。俺達を殺して準備が万全の状況で事を起こそうと言うのならば」
「帰ったらそこで始めちゃうかもってか?」
「グレーならば手が出せなかったが、黒だと既にアマルベルガには報告している。じきに応援が来るだろう。それまでは動けん」
確証のない所に正式に部隊を送り込むことは今のアマルベルガの一存では不可能である。強硬に行なって見つかればいいが、見つからなかったら各方面へ弱みを作るだけになってしまうためだ。
だからこその、信頼できる限定的人数での調査だ。しかしながら、今は大義名分がある。実際エトランジェが襲撃されている以上、空振りであったとしても大きな問題にはならない。
しかしながら、到着には数日掛かるだろう。アマルベルガは急を要すると判断したらしいが、それでも人選、編成、移動の時間は掛かる。
「ダンナんとこの嬢ちゃんたちは呼ぶかい?」
アルベールが言うが、コテツは今の所エーポスを呼ぶつもりはなかった。
近くの村に待機している二人は、呼べば一日か二日もあれば来るだろう。しかし、それでもだ。
「戦力としては頼もしいが相手を刺激するのは避けたい」
「現状を維持して後から来る応援に確実に引き継ぐってーのが、ベストか」
アルベールが呟き、コテツはそれに何も言わないことで肯定としながら、これまでの情報を吟味する。
そんな情報の中で、ふと気が付いたことがあり、コテツは呟いた。
「しかし、ふむ……」
「どした?」
「この街にいる相手の構成員は意外と少ないのかもしれんな」
「あー、うん? なるほど」
今まで相手した人数の少なさである。
シャロンに着いていって懸念したのは倉庫に入った瞬間大量の敵に囲まれることだった。
そう、数十人の亜人に囲まれれば危ないかも知れないと思っていた。だからアルにSHで待機してもらっていたのだ。しかしながら、待ち伏せはなく、今日の襲撃もたった三人。
最初に深夜の暗殺という手段を選んだことからして、相手はなんらかの理由で大量の人員を動員できないものと考えられる。
「あるいは本題に入る前に派手な真似を控えたいのか、多くの人員が本題に掛かりきりで回せないのか」
「そもそも沢山いりゃ、もうちっと楽に見つかってるよなぁ……」
「やはり、今回も取り逃してしまったのは痛いな。失敗だった」
「いやはや、参るねぇ。やっぱキーパーソンはあのお嬢ちゃんかなぁ。ある意味、唯一の敵との繋がりだしなぁ」
「ああ、そこでだが、彼女が隣の部屋に宿泊することになった」
今日決まった内容を、コテツが口にすると、アルベールは目を丸くした。
「は? なに言ってんのダンナ。一つ屋根の下なの?」
「隣の部屋だぞ」
「いや、でも、マジ?」
「ああ。今回の襲撃に対し、対策を取る必要があるだろう。彼女の監視も兼ねるが」
「なるほどねぇ」
「その彼女に付いてだが、君の方から何か思うことはあるか?」
そう言いながらコテツが振り向くと、アルベールはにやりと笑った。
「もうダンナ、オトしちまえよ。惚れさせて、何でも聞いてください、はぁとって言わせりゃ勝ちだろ」
「俺にそういった真似は」
「無理だって言ったら世界の男達を代弁して全力で腹パンするよ?」
「困難だ」
「そうかねぇ、俺は、意外といい線行くんじゃないかと思ってるよ。あの子、亜人だからねぇ」
亜人だからなんなのか、コテツは推測することも出来ない。
「一応、どうすればいいか聞いておくが」
「花でも贈るとか? 基本に忠実に」
言われてふと、今日赴いた場所を彩る花を思い出す。
(花、ふむ、そういえば、あの一角は至る所に花が植えてあったな)
彼女は花に囲まれ生活し、花を愛でる感性があるらしい。
「なるほど」
「え、マジ。マジでやんの?」
夕方、日も落ちかけた頃。
ハンネマンの屋敷に、シャルロッテは呼び出されていた。
「幾らか商人から話を聞くことが出来ました」
「本当か。聞かせてくれ」
応接間に通され、柔らかなソファの上に座り、シャルロッテは向かいに座るハンネマンを真剣に見据えた。
「武器の販売を仲介した商人がいます。正確には販売とは言えないようですが」
呟きながら、ハンネマンは紙を一枚シャルロッテへと手渡した。
取引の内容らしい。
「幾つかの商人を介してバウムガルデン元伯爵の元に武器を流し、そこから更にこの街の当該組織に届けている模様です」
わざわざバウムガルデンを通さないといけなかったということは、相手組織の本拠はソムニウム国内ではないということか。
流石に国外から直接武器の持ち込みは厳しいだろうから、その為にバウムガルデン元伯爵を頼ったといったところか。
「そして、上手く追跡が出来ないよう数人の商人を介しているようです。そして最後直接取引を行なった商人はこの領から既に離れたようで」
「なるほど、やってくれる」
「現在は聴取を続けております。それと、街の監視の強化もこれまで以上に。それと、亜人街の長とも連携を取っています。こちらは、あなたのお仲間のおかげです」
「そうか、ありがたい。しかし、コテツもやっているようだな」
言っていた通り、亜人側への接触に成功したらしい。
この分では、敵が見つかるのは時間の問題かもしれない。
「後は、網にかかれば、というところでしょうかね」
「ああ。そうなりそうだな。協力に感謝する」
「礼を言わねばならぬのはこちらですよ。ここは私の街ですから。あなた方のおかげで、掃除ができそうだ」
笑顔のハンネマンに、シャルロッテもまた笑顔で返し、そして、彼女は立ち上がる。
「では、失礼する。なにかあったらまた頼む」
「はい、お気を付けて」
シャルロッテは立ち上がると、歩き出し、侍女達に見送られながら、屋敷を後にした。
すると、とっくに日は暮れていて、辺りは暗く、人も居らず妙な雰囲気を演出している。
そんな闇を切り裂くように颯爽とシャルロッテは歩く。銀の髪が月明かりに照らされていた。
彼女の目的地である宿はここから程なくしてある。
騎士団長、という立場で来ているため、それなりの宿だ。
冒険者用の安宿を使っているコテツ達には悪いと思うが、仕事と割り切ってもらうしかない。
「コテツも、無茶をしなければいいが」
そう、呟いて不意に彼女は足を止めた。
「……誰だ?」
感じたのは気配。足音、息遣い。
腐っても王女騎士団長。たとえ気配を殺そうとしていても、気付けなければいけない。場合によっては不意打ちの暗殺からだって王女を守らないといけないのだから。
「気付かれたか……。だが、仕事はさせてもらう」
後方に現れたのは数人の亜人だった。顔を隠してはいるが、特徴の一つである聴覚を殺さないために、耳だけはしっかりと巻かれた布の隙間から見えていた。
「亜人……? しかし、追いはぎにしては……」
この街の治安の悪さはシャルロッテも知っている。
これまでにも、標的は自分他人様々だが、ひったくり三回、万引き四回、スリ六回と、異常な数に遭遇済みだ。
「問答無用か……ッ!」
すぐさま飛び掛ってくる巨躯の亜人。振り下ろされる長剣に、シャルロッテもまたロングソードを引き抜いて応じた。
真上から振り下ろされた剣を、己の剣を寝かせて受ける。
「ぬ……」
受けた剣ごと押しつぶそうとする亜人。
(熊系か。しかも、素人ではない?)
力比べは望ましくない。他の敵もまた、横から背後からと迫ってきている。
「ふんっ」
シャルロッテは足捌きと共に剣先を下げた。
滑るように振り下ろされる相手の剣を擦り抜けるようにシャルロッテは前に出る。
そして、その勢いのまま、シャルロッテは剣の柄を亜人の腹へと叩き付けた。
「ぐっ……! ぬぅ……、う」
脾腹を突かれ、男が倒れる。
そして、そのまま包囲を抜けるかのように男の横を通り抜け、すぐに背後を振り向く。そして、敵を見据えながら更に後ろに跳び。
軍服の腰にある筒状のものを取り、それに付属しているピンを引き抜く。
投擲、それと同時にシャルロッテは背後を向いて耳を塞ぎ地に伏せる。
それとほぼ時を同じくして閃光と爆音が響き渡った。
「ぬぉ、ぐおぉ……!?」
閃光音響手榴弾。王家に製法が伝わるとあるエトランジェが開発した非殺傷兵器。
そのエトランジェ曰く、素人の見よう見まねであるため本来より威力は低く、人間と、基本的に回復力の高い魔物相手にはちょっとした目眩しにしかならないのだが、その音と光は、目と耳が良い亜人には特に有効である。
目を抑えのたうつ亜人たちを、シャルロッテは立ち上がりながら見据えた。
「こちらは人間なのでな。小細工くらいはするさ」
そうして、そのままシャルロッテは亜人達を捕縛していった。