94話 リバース
(多分、出会い頭が勝負だよねぇ……)
宿の前で、眉間に皺を寄せながら、亜人の少女は考えていた。
今は、暗殺用の黒装束を脱ぎ、町娘が着るワンピースに身を包み、長い黒髪をポニーテールにしていた。
ここで待っていれば、やがて目標は現れるだろう。
しかし、下手を打てば出会い頭に捕縛されて王都に送還などもあり得る。
「……今更、引くわけにも」
思い出されるのは昨日の痛みだ。二度も三度も味わいたくはない。
だが、目的のために必要なことだ。しばらく待つと、無常にも扉は開く。
扉の音に、猫の耳がぴくりと反応し、彼女は顔を上げた。
そして。
「あ、あのっ」
「……む」
目標と目が合った。
そして、それと同時に即座に目標は前に進み出た。間違いない、ばれている、顔は見られていた。
そのまま掴んでまた腕を圧し折るのか。
「ま、待って! 止まってくださいにゃ!」
何より、そして心より先に彼女は目標へと制止の言葉を投げかけていた。
「敵意はないから、話を聞いて欲しいにゃ!」
「……ふむ」
目標が、動きを止め、停止する。
とりあえずは、第一段階は成功と言えよう。思ったより理性的で助かった。
「えっと、ここには先日のことを謝罪に来たんだけど……」
「謝罪?」
「そう。昨日のアレでもう懲りましたニャ。幾ら金払いが良くても死にたくないですにゃ」
そう口にした彼女を、目標がじっと見つめる。
射抜かれるような視線に緊張して、聞かれていないのに、勝手に舌が回り始める。
「あ、あたしは下っ端で、しかも亜人だから抜けても入っても気にも留めないみたいで……」
どうにか怪しまれないようにと取り繕うが、視線が痛くて、言い訳を続けざるを得ない。
「もっ、元々、あたしはこの街で雇われた傭兵みたいなものだから……」
と、そこでやっと、目標が口を開いた。
「この街で雇われた?」
「う、うん、そう。雇われ冒険者みたいなもので、今亜人は皆生活が厳しいから」
別に組織に目的があって従っていたのではなく、金欲しさに雇われていて付き合いきれないから止めた、という方向に彼女は話を纏めることにした。
「何をしていたんだ」
「えっと、見張りと、案内と、その他雑務ですニャ」
実際、亜人で更に猫系である彼女自身耳はかなりいいため、人の接近に気付きやすい。見張りや、人に会わないように街を移動するにも適する。
「……では、武器の保管場所に心当たりはあるか?」
「取引の見張りはしたけど……、運ぶ所は見せてもらえなかったから」
それ自体は、本当に知らない。むしろ、重要な情報は何も知らないと言っていいだろう。
なにより、このように扱われるのだから、重要な情報など知らせないほうが機密保持にはいい。
「他に雇われた人材はいるのか?」
「ちょっとわからないですニャ。いるんじゃないかと思うけど、一緒に仕事したことはないから」
「では、君の所属する組織名、組織の最高責任者の名前を教えて貰えるか」
「ライン・イレーサーってよく言ってます、にゃ」
「正式名称かは不明か」
「うん。あと、最高責任者は知らない。です、ニャ。あたしと関係があったのは指示を出してたゲイル・マーシャルっという人で……」
最高責任者の名前は本当に知らない。共犯者の男に付いては、信用させるためにこれくらいは握らせておけと許可された情報だ。
「なるほど」
言葉が切られ、再び穴が空くほど見つめられる。生きた心地がしない。
「君は何故、俺に接触を図った?」
「それは、事情を説明しておかないと出会い頭にいきなり物騒なことになっちゃいそうだし。それに、後であいつらが言ってたんだけどあなたは、エトランジェ様なん、ですよニャ?」
「ふむ……、ああ、そうだ」
亜人差別をしない人間が多いエトランジェ。更に先代のこともあり、亜人からのエトランジェに対する印象は良い。
そして、目の前のエトランジェも亜人の従者を連れているという噂もあって、亜人の注目の的だ。
それは周知の事実であり、後から知って謝罪に来る理由としては十分なものだ。
「だから、ちゃんとお詫びがしたくて」
「そうか、わかった。謝罪を受け取ろう」
それはあまりにも即答であっさりしていた。
ただし、それだけで終わるわけにはいかないのだ。もっと目標に接近し、信頼された上で油断を誘わなければならない。
「あ、ま、待って! それと、お詫びにあなたの手伝いをしたいんですニャっ」
「どういう意味だ?」
「この街にには詳しいし、向こうにも末端とはいえ所属していたので、なにか役には立てると思うニャ」
「この街で亜人を連れて歩いていると問題が起きそうだが」
「必要ないときは一緒にいないし、それに、冒険者なら亜人を連れていても大丈夫。いい顔はされないけど」
「なるほど、そうか。では好きにしてくれ」
目標の答えは、再びあまりにあっさりとしていた。
それこそ、彼女の方が戸惑うほどに。
「えっ、い、いいの?」
これでも一晩売り込みと大丈夫な理由を考えてきていたのだ。
だというのに、こうも簡単に暗殺しにきた女を受け入れるものなのか。
「ああ、好きにしろ」
思わず混乱した。
歩き始める目標を慌てて追いかける。そして、それから表情を見られるとまずいと思って、目標の前を早足で歩く。
「そんな簡単に決めちゃっても、本当に、いいの、かなぁ……」
本来逆の立場なはずだ。罠を疑うべきは向こうのはずなのに、こちらが罠を疑っている。
取ってつけたような敬語はもう見る影もない。
「じ、尋問とか、拷問とかも、覚悟はしてたけど……」
対する標的は同時もせずに淡々と言う。
「民間人であろうが、敵であろうが変わりない。民間人を手荒に扱うわけにはいかんし、降伏した捕虜の虐待もするつもりはない」
学のない彼女にはよく理解できないが、とにかく拷問の類はする気がないらしい。
「つまり結果は変わらん。他に取れる行動はエトランジェの殺害未遂で王都に送還するくらいだが、悠長にやっている暇があるかもわからんし、亜人を使いたいこともある」
「……その、寝首を掻かれる心配とかは?」
何を考えているのか、一切わからない。
だが、真顔でとんでもないことをする人間だというのは、わかっている。
本当に何を考えているのかわからなくて、足場がはっきりしない、地雷原で踊っているような錯覚に陥る。
これなら疑って掛かってくれた方が気が楽だっただろう。
だから、聞いてしまった。どの程度信用されているのか聞きたかったのだ。無意味であっても。
しかし。
ごり、と後頭部に何か硬いものを押し付けられる感触で彼女は更に混乱した。
「……え?」
「作戦行動中の兵士だというのであれば、緊急時の措置ということで手荒く聞き出すことを躊躇う必要がなくて楽なのだが」
これは、間違いなくアレだ。
指先一つで、人の頭に穴を空けるアレなのだ。
「どうする?」
「そっ、そっ、そんなわけないじゃないですかぁっ! ……ごほん、そんな訳にゃいじゃニャいですか! 心配になっただけですから! こんな簡単に信用されていいのかなぁ、って!」
「そうか。では、知っているだろうがコテツ・モチヅキだ。短い付き合いになるだろうがよろしく頼む」
「あたしは、シャロン・アップルミント、です、ニャ。これから、よろしくお願いしますにゃあ」
明らかに、前途多難な任務に、彼女は途方にくれるのだった。
(……もうやだ)
「えっと、シャロンです、にゃ。よろしくお願いします、ニャ」
「……ダンナー、そこの微妙に語尾が不自然な彼女は明らかに昨日のアレだよな」
「ああ、そうだ」
コテツが頷くと、アルベールが手招きし、コテツはそれに従いアルに至近距離まで近づいた。
「内緒話ならあたしは耳を塞いでますにゃぁ」
そう言って両手で耳を押さえるシャロンを余所に、声を潜めてアルベールは言う。
「いいの?」
「亜人がいると都合がいいこともある。そして、向こうから何か関係を持とうとしてくるならばそれは好都合と言えるだろう」
「ダンナを餌に釣り、ねぇ? 餌にしては高級品じゃない? まあ、確かに当たりがいるのは確定だけどねぇ」
暗殺があったことにより、むしろ色々とはっきりして助かったと言えるだろう。
敵はまだこの街にいるし、コテツをエトランジェと知って仕掛けてきた以上それが一体誰かも知れたようなものだ。
「でも、彼女自身はなにも知らないのかい?」
「彼女の情報をどこまで信用できる?」
言うと、アルベールは顎に手を当てて呟く、
「うーん、確かに」
「暗殺に送られる人間がどこまで情報を握っているかどうかもわからん」
重要な情報を握った人間をこんな所に簡単に送ってくるような馬鹿がいるわけもない。
そして、そんな人間がもし組織を抜けるとして、簡単に相手は逃がしてくれるだろうか。コテツの常識では、絶対に始末している。
となれば、どちらにせよろくな情報を握っていないことが予測された。
「だが、利用価値はある」
泳がせておく。そして、ただの味方であれば、それはそれで構わない。亜人が一緒にいなければやり難いこともある。
「なるほど。ま、どっちでもいいってことか」
軽い声で、アルベールは言った。
その通りで、何もないなら亜人側の協力者でいい。まだ敵と繋がっているなら、逆に引っ張り出すのに役に立つかもしれない。
避けるべきは、せっかくの目の前に転がってきたヒントから切り離されることだ。
「そういうことだ。彼女は、敵味方、お互いにとっての繋がりになるかもしれん」
「なるほどねぇ。とりあえず泳がせておく、と。じゃあ、今日はどうするんだい?」
「ふむ、もういいぞ」
話が変わったので、コテツはシャロンに目を向ける。
視線に気付いたシャロンが首を傾げながら耳に当てていた手を下ろした。
「君はこれから取引が行なわれた場所に案内してくれ」
アルベールに目配せしながら、コテツは言う。
「わかりましたにゃあ」
「おっけ、じゃあ俺は昨日行ってない方を見て回るかな」
アルベールが頷き、ふらりと立ち去る。
それを見送ってコテツは歩き出した。
「では、案内を頼む」
「はい、にゃ」
街を歩き出すシャロンの後を追うように、コテツも歩き出した。
斜め前のシャロンに、怪しいところはない。
素直に後ろに付いて、シャロンと歩く。自然と、歩みは路地裏の方へと向かっていった。
「今代のエトランジェ様は、亜人をどう思う? にゃ?」
「コテツで構わない。しかし、亜人か」
「そう、にゃ。好きとか嫌いとか、差別に対してとか、あるんじゃニャいですか?」
「特にないな」
「……えっとぉ。亜人の従者を連れてらっしゃるんですよね」
「ああ」
「その当たりについて、にゃにか」
「正直、ない。差別に関しては、面倒だとは思う。たまにこうして大っぴらに連れ歩けないことがあるからな」
「……それだけ?」
「ああ」
「身体能力の違いとかは……」
「撃てば死ぬ。人と変わらん」
何故こんなことを聞かれているのか、そして、微妙にシャロンが困ったような顔をしているのを斜め後ろから見てコテツは内心で首を傾げた。
身体能力の差を消すための技術の進歩だろう。足の速さは車の前では無意味になり、腕力は重機の前に意味はなく、生身の個人の武勇は銃の前に一掃された。
それがコテツの世界が歩んできた道だ。
「撃っても斬っても潰しても燃やしても即座に回復するというのであれば脅威だが」
「……それは吸血鬼でも無理です、にゃあ」
そう言ってから、シャロンは気を取り直したように明るい声を上げた。
「ま、まあ! 今代のエトランジェは差別をしない立派な方でよかった、にゃあ」
「無理に誉めなくていい。誇るべき思想がないだけだ。先代とは違う」
そう言うと、会話が止まる。
そして、無言のそのまま、目的地へと二人は辿り着いた。
「ここだにゃ。ここで取引が」
路地裏をしばらく行ったところにある倉庫だった。
その扉を、コテツが睨み付ける。
(さて、罠かもしれん)
最悪、中に入った瞬間取り囲まれているかもしれない。
そういう覚悟を決め、コテツは扉を開いた。
「……む」
が、中には誰もいなかった。
倉庫の中には何も無く、隠れるような場所もない。
(罠ではない、のか?)
警戒は怠らないが、本当に何もないのだ。
わざわざアルベールに目配せまでして、機体に乗って待機してもらったが、無駄になったかもしれない。
ただ、罠ではないようだが、手がかりもなさそうだった。
中に入って、ちゃんと床まで確認するものの、嗅覚にほんの少しの火薬の臭いを感じるだけで、本当に何もないのだ。
「火薬の臭いだけはするな。他に、手がかりになりそうなものはない、か」
床までじっと見つめてみても何が浮かび上がる訳でもない。
「出るか。どうやら、ここに手がかりは無さそうだ」
そう言って、外に出る。
だが、外に何か待ち受けているということもなく、問題なく路地から出ることに成功した。
(罠ではなかったか)
少なくとも今回は杞憂にすぎなかったらしい。
「ふむ……、とりあえず一度宿屋に戻っていて貰えるか?」
「えっと……?」
「用を済ませたらすぐに戻る。それとも、君では部屋に入れないか?」
冒険者用の宿だからそういった問題は少ないと思っていたのだが、亜人であるために宿屋の人間が差別して入れようとしない可能性は有るかもしれない。
「あ、それは大丈夫、です、にゃ」
「ならば頼む」
ぱたぱたと駆けて行くシャロンを余所に、コテツは歩みを続ける。
その方向は、街の入口、SHを預けた格納庫だった。
数分歩いて辿り着いた格納庫、シャルフスマラクトの前にコテツが立つと、中からアルベールが下りてきた。
「もういいの? ダンナ」
「罠ではなかったが、手がかりもなかったな」
見ていない場所を見て回ると言っていたアルベールだが、実際は違う。
口には出さなかったが、SHのコクピットで待機してもらっていた。
もしも罠だった場合、即座にアルベールに通信を送り、動いてもらうつもりだった。
通信手段は、出向く際に支給された道具がある。
「目配せだけだったが、すぐに気付いてもらえたようで助かった」
「俺だって怪しいたぁ思ってるからな。流石の俺も、女の子だからってホイホイ信用しないって。んでも、虎の子使わなくてよかったね」
「そうだな」
棒状の道具で、金属製。幾つかラインが入っていて、上部を捻ることで登録済みの相手に通信を送ることができる。
問題点は、魔力で動く所謂魔具というべきものなのだが、一度しか使えないことだ。
エトランジェと王族を繋ぐ魔術を応用したものらしく、通信距離や映像も送れるため非常に性能はいいのだが、膨大な魔力を使用する。魔力を補充すれば再使用可能となるのだが、必要な魔力量が多すぎて、余り現実的とは言えない。
要するに、性能はいいが概ね使い捨てと言って差し支えないものだ。特に魔術に適性のないコテツとアルベールでは一度使えば本当におしまいだ。
無線機があればと思うが、どうもその辺りの技術は発展していない。銃なんかもそうだが、この世界は魔術に頼れる部分は魔術に頼ってしまおうとする節がある。
「で、彼女本人は?」
「一度宿に戻ってもらっている」
「ふーん? じゃあ、俺はこのまま言ったとおり昨日行ってないとこ探してみるわ」
「了解。こちらは……、しばらく彼女の様子を見る。それが終われば、彼女を使って亜人と接触してみよう」
「亜人と……? ああ、なるほどねぇ。彼女を繋ぎに使いたいからあの怪しいお手伝いを許可したわけか」
「そういうことだ。味方であろうと、味方の振りであろうと、味方である限りは活用させてもらう」
「おっけ、じゃ、そっちも気をつけて」
シバラク
当機は、地球だけでなく火星の技術も使って建造されたものである。
戦争末期の当時、攻め込まれる側だった火星に限界を感じた者や、破れかぶれになっていく政府に不安を覚えた者達が大規模な亡命を行なった。
火星の技術や宇宙でしか取れない資源が欲しかった地球はそれを受け入れようとする。
だが、火星はその移民船団を暴走させ、地球に落下させようという史上最悪の作戦に出た。百万人を越える犠牲者を生み出した、火星最大の汚点である。
その中の数少ない生き残りの一人が、シバラクの開発に携わった技術者であった。
火星の最終兵器の開発にも関わっていた彼は、最終兵器に対抗する機能を始め、様々な技術を注ぎ込み、執念の末に当機を完成させた。
その当機が、移民船団を撃墜した男の手に渡ったのはあまりに皮肉と言えるだろう。