93話 情けと容赦
今回、コテツがわりと容赦なく女の子に暴力を振るうシーンがあります。
どれくらいかと言うと、腹パンというか、肋骨を強打して圧し折る程度です。
苦手な方は後書きに軽く流れだけ書いておきますのでスクロールを一気に下まで飛ばしてください。
ざわついている、というのがコテツのこの街への印象だった。
別に、騒がしいわけではない、賑やかなわけでも、活気があるわけでもない。しかし、決して静かとも言えない。
コテツ達がそんなこの街に着いてから一晩が経っていた。
有力な情報は、まだ手に入っていない。
「……ふむ」
昼間の街を歩けば嫌にピリピリとした空気が出迎えてくれる。
和やかだったのは、我関せずの冒険者達くらいだ。
(武器を取引した相手を、どうやって見つけるか。保管されている武器を探すか、その痕跡でも見つかればいいが)
手っ取り早いのは保管してある武器を見つけ出すことだろう。
(それなりの量が取引されている。既にどこかに持ち出されていたら厄介だが……)
それをどのように使うかは大概知れている。武力か、それを背景にした脅迫だ。
しかし、その銃口を誰が誰に向けるのかが問題である。
例えば、領主が他の領に向けて、あるいはソムニウムという国に向けて。
なんにせよ、いいことにはならないことだけはわかっている。
「……む」
そうして、思考を重ねながら歩いていると、コテツはちょっとした人だかりを見つけた。
大通りから横道に逸れた辺りに、数人で何かを取り囲んでいる。
たまに、罵声のようなものも聞こえてきていた。
その人だかりへと、コテツは歩いていく。
「何をしているんだ?」
「あ? あんたは見ない顔だが……」
輪の中の一人が、コテツの声に振り向く。
「休憩のために立ち寄った冒険者だ」
「へぇ、そうかい。ま、それなら知らんのも無理ないか。躾だよ、躾、ほれ」
男が体をずらすことにより、輪の中心がコテツの視界に入る。
「ふむ……、なるほど」
そこに有ったのは、うずくまる亜人の子供の姿だ。
「こいつらはすぐ盗みを働くんでな。たまにこうしてやらなきゃな」
「そうか」
「さて、人も来ちまったし、今日はここまでにしておいてやるよ。盗みなんかするんじゃねーぞ」
男がそう言うと、自然と集まっていた数人が解散する流れになる。
場には、うずくまる亜人の子供だけが残った。
こういう流れになったのは運が良かったと言える。事を構える気もなければ、目立つつもりもない以上彼らを止める選択肢はなかった。
「大丈夫か」
「……ッ」
亜人の子供が立ち上がる。子供は、少年だった。耳や尻尾は犬のような印象を受ける。
血は滲んでいて殴られた痕もあったが、様子を見るに、骨折などはないらしい。
そして、立ち上がった少年は、コテツの顔を見るなりキッと睨み付け踵を返し、走り出す。
コテツはそれを視線で見送ることもせず、路地裏の方へと歩いていった。
「ふむ……」
先ほどのことも含めて、コテツは思考する。
(やはりまだこの街にいるか、あるいは去ってまだ日が経っていないか)
今現在も尚悪い街の治安を見れば、現在も原因が存在し悪化している最中か、原因が立ち去ったすぐなので良くなっていないのか。
とっくに立ち去ったのだが対応が悪くて長期間良くなっていないというのはないと思いたい。ここの領主はやり手という話なので対策くらいは打つはずだ。
(問題は、怪しい人間を見かけていないことだな)
そう簡単にそこかしこに居られても困るが、そういう人間の存在によって治安が悪化していったならばそれなりに目に触れなければ影響を及ぼすことはない。
裏通りに入ればと考えたが、それでも見かけることはない。
(空振りか)
もしかすると、もう既に移動した後かもしれない。
夜に再び来ることを決め、とりあえずはコテツは宿に戻ることにした。
「目標は、そろそろ寝たようだな」
ざわついた街ですら静かになるほどの夜中。
コテツ達の使っている宿屋をじっと見つめる影があった。
「馬鹿な奴らだ。彼らに決定的なものが見つかる理由はない」
そう呟いた男は、そのまま背後のもう一人へと振り返る。
「だが、彼らに居座られると邪魔なのは確かだ。そして千載一遇の好機でもある」
背後に居たのは黒装束の亜人だ。布で隠した顔よりも、そこから飛び出す動物の耳に視線が行く。
「SHに乗れば敵わない。生身対生身も中々通用しない」
「だから、寝てる間に暗殺?」
猫の耳をした亜人が呟いた。
「そうだ」
「上手く行くと思う?」
その問いに、男は自信満々に笑みを浮かべた。
「もしも万が一失敗したとしても、情報では目標は女には優しいらしい。心配は要らん、やって来い」
その言葉に応え、亜人は歩き出す。
音を出さぬように、しかし手慣れた様子で歩き、宿屋の扉の前に立つ。
慎重に扉を開け、内部に侵入。見取り図は既に見ている。
迷うことなく、二階の目標の部屋へ。
(落ちつけ、落ち着いて、あたし……)
部屋の前に立ち、深呼吸をする。
(音は立ててない、ばれてない。扉の向こうからは寝息が聞こえる。大丈夫)
そして、扉を開いた。
(寝てる。黒髪の方は……、居た)
二つあるベッドの内片方が目標だ。
両方殺せれば御の字と言えるが、優先目標はエトランジェ。
事前に聞いた外見に該当する方を見つけ、もう一度深呼吸。
そして、懐のナイフを出して握り締める。感触を確かめるように、もう一度、強く握る。
(殺る……っ!)
瞬間、音もなく彼女は飛び上がった。
手にはナイフ。直下には標的。
(貰った……!!)
ナイフはこのまま狙い違わず喉に突き立つだろう。
彼女は、目標の死を確信した。
その時だった。
標的の目が開く。
「……っ!」
息を呑んだのは相手ではない、自分だ。
即座に首を逸らす相手。ベッドに突き立つナイフ。
(外したっ!? 失敗した!?)
目標に覆いかぶさるような姿勢で、思わぬ失敗に彼女は焦る。
(まずっ――! いや、でも相手は女性に手荒な真似は……)
そして、相手はそんな彼女に冷静さを取り戻させる間は与えてはくれなかった。
「えぐっ!?」
最初に突き刺さったのは、抉るような拳。
軋んだような、嫌な音が鳴った。明らかに肋骨が何本か折れたかのような。
勝手に口から空気が漏れて、胃の中身をぶちまけそうになる。
「うえぇえっ……!? ごほっ、うぇっ!」
そしてそこに、更に蹴りが突き刺さる。
目標が横に転がる勢いのまま放った膝は彼女の横腹に突き刺さり、ベッドの上から宙に浮き、床へと背中を打ちつけた。
肋骨に響く。息ができない。その息苦しさから介抱されようともぞもぞと緩慢に動き、無様に這い蹲る。
「がっ、はっ……、ふ……、ぁ、はっ、はっ……、ぅぅ……」
呼吸すらままならない状況で、涙で滲む視界の中にもう一人の男が立っているのが見えた。
驚いた様子もなく、その男は自然体で立っていた。
「なっ……、で……、お……、て」
なんで起きているのか、とはほとんど言葉にならなかった。
「いやぁ、枕が変わると眠れない性質なんだよねぇ」
一対一で絶望的な状況で、相手がもう一人増えた。
「動くな。妙な動きをした瞬間、まず腕を折る」
「ひっ……」
そして、目標に腕を掴まれ、拘束される。
(に、逃げなきゃ……! 殺される!)
どうにか逃げようと、彼女は体を動かす。
「動くなと言ったはずだ」
べぎり、と腕から聞こえてきた。
声にならない悲鳴を上げる。いとも簡単に折られた。当然のように、あっさりと折られていた。
(もう、ダメ……。死ぬ、あたし、ここで)
頭に巻いた布を剥ぎ取りながら、目標が口を開いた。
「氏名と所属、階級を言え」
完全に心が折れた今、屈服するしかない。
「あたしは……」
言われるがままに全てを吐いてしまおうとしたその時。
「む……」
目標が身動ぎした。
それとほぼ同時に背後の窓が割られ、そして、目標の頭が先ほどまで存在していた空間を、火の弾丸が射抜いた。
避けられた結果、それは地面を穿ち、黒い焦げ目を作っている。
「狙撃か……!」
だが、そんなことよりも彼女にとって肝要だったのは、腕の拘束が狙撃によって一瞬緩んだことだ。
全ての力を総動員して、彼女は目標の手を振り払った。
(やった!)
だが、喜ぶのは後だ。すぐさま、背後の窓へ飛び込み、二階から自由落下。
軽やかに着地しても尚腕と肋骨に響くが、構ってはいられない。一歩でも遠くへ、とにかく彼女は走り続けた。
「っ、はぁ、はぁ……」
仲間の狙撃を警戒してか相手は追ってこないらしい。
しばらく走って、彼女は路地裏に座り込んだ。
安心すると、腕と肋骨が酷く痛んだ。
彼女は懐に手を伸ばし、小瓶を取り出す。
「んっ……」
小瓶の中身は彼女の一族に伝わる秘薬だった。貴重な品だが、性能は折り紙つきだ。飲み干すと、痛みが和らいでくる。
ある意味、骨を折られただけというのが救いだった。派手に斬られるよりは怪我の総面積は小さい上に、こうして直している最中に失血死する可能性がないため秘薬の効果が高い。
(どこが女には優しいの……!? 容赦なく殺しに来てた……!)
そして、折れた骨が秘薬の効果によって修復され始めた頃、彼女のいる路地に、彼女に指示を出した男がやってきた。
「先ほどの情報に付け加えないといけない項目があったようだ」
「……なに?」
「どうやら、敵には容赦がないらしい」
「少し、遅すぎない?」
危うくさっくりと殺されるところだったのだ。
なんの感慨もなく、あっさりと。
「助けてやったろう。我ながらいいアシストだったと思うがね」
「確かに、アレがなければ死んでたけど。もう一度というのは御免だよ?」
「そうだな。流石にもう一度やってみろというつもりはないさ。成功する可能性は薄いからな」
男はそう言ったが、エトランジェの殺害自体は諦めていないようだった。
「作戦を変えるぞ。お前はどうにか目標に接近しろ。敵には容赦がないなら味方、あるいは無害だと油断させて殺せ」
「……は?」
「そうだなぁ、偏見は薄いと聞くし、代々エトランジェもそういうのが多かった。なら、オトしてヤってる最中に刺してしまえ。女抱いてる最中まで、隙無しでいられるような男は早々いない」
その言葉に、彼女は一瞬固まった。
「既に顔が見られるんだけど」
「暗かったから詳しく顔は確認できていないはずだ」
半眼で、彼女は男を見つめる。
「あるいは必要とあらばうちを抜けたことにしろ。今後に必要のない情報ならば喋っても構わんさ」
「他に適任はいないの? あたしよりは他の人の方が……」
先ほどの事を思い出し、彼女は身震いする。
できれば、二度と関わりたくない相手だ。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
「むしろ、このタイミングで何も知らない亜人が話しかけてくるほうが異常だろうさ。それに、お前以外にやってくれそうな奴がいるか? 俺自体の手駒はむさくてな」
確かに、この状況下で亜人が人間に話しかけるわけがない。しかも、普通の亜人は目標がエトランジェであることを知らない。
それなら、この手痛い反撃で懲りたと言ったほうがマシかもしれない、とは彼女も少しだけ考えた。
「……死んだら化けて出るから」
「骨くらいは拾ってやるさ」
今回の流れ。
コテツ達が街に入ったことは既に組織に気付かれており、寝た頃に暗殺者を送り込んでみようという感じに。
そして、送られてきた暗殺者だったものの、刺そうとした瞬間目覚めたコテツに腹パンされてあえなく撃退。すでにどっちが悪人なんだか分からない。
寝てても駄目なら暗殺は諦めよう。じゃあ、ここからはハニートラップ作戦で。
暗殺から命からがら逃げ帰った猫耳亜人にコテツを篭絡させて殺そう、うん。
ということで次話へ。
暗殺者に優しいコテツという展開がどうしても思い浮かばなかった結果がこれですよ。