プロローグ,エース
始まりは、ふと突然に。
宇宙。
黒が支配するその空間にて、人型機動兵器が流星の如く駆けていた。
『望月少尉! 聞こえますか!? 目標まで後五百メートル!!』
コクピットの中に響く声を、男は黙殺した。
悪意ではなく、余裕の無さを以って返す。状況は、返事も出来ないほどには、切迫していた。
前方には起動寸前の敵、人型機動兵器。
そして、それを守るような、集中砲火の嵐の中を、機体は駆ける。
ただ、黙して、男は――、地球軍、望月 虎鉄は前へ向かって機体を走らせた。
前方にある、ソレは危険だ。
火星で建造された新兵器。時空間圧縮という新技術を用いて造られたその機体は無人機であり、一度起動すれば、誰も止められない、破壊を撒き散らす修羅と化す。
追い詰められた、火星軍の最後の一手。
それを止めるために、虎鉄はひたすらに、敵弾を避け、その機体へと肉薄する。
『ミサイル! アラート!!』
年若い通信士の男の声も、どこか遠い。
ただ、目前にミサイルが迫ってくるのが見える。
虎鉄は半ば無意識に操縦桿を左へ倒した。
それに反応して、大きく左に逸れる機体。
背後で、爆発が巻き起こる。
避けた。だが、それでは終わらない。
すぐさま、虎鉄は機体を上下左右へと激しく揺さぶる。
駆け抜けていく閃光。
もう、シールドは無い。避ける他の手段も無かった。
そう、もうシールドはないし、左腕もない。
ライフルも捨ててきた。ミサイルも、何もかも。ウェイトになるからだ。
防いだところで、倒したところで、焼け石に水。
だから、あるのは、手の中のレーザーブレード一本だけ。
それだけで、敵機五百の集中砲火を潜り抜け、最終兵器を破壊する。
それでも、虎鉄は呟いた。「なんと簡単な任務か」。
喉が渇いていた。まるで砂でも多量に飲み干したように、水分はどこかへと消えていた。
それでも機体は飛び続ける。
『目標との距離二百!!』
思えば、この通信士とも長い付き合いだ。
心のどこかで、声でも掛けたいと思ったが、声は出なかった。
だから、モニタの向こうに無理やりに笑みを作って返す。
そして。
『有効射程距離に入ります!!』
捉えた。
「……ぉ」
白い機体が、たった一本のブレードを構える。
「お」
枯れたように思えた喉から、雄叫びが漏れた。
「おおおおぉおおおおおおォッ!!」
その距離は。
奇跡の距離は。
――零に。
『目標、撃破!! やった! やりました、虎鉄さん!!』
どっしりとした機体の胸を、ブレードが貫いている。
通信士の声で、虎鉄は終わったのだということを実感した。
何か、言葉にしようと思ったが、やめる。
どうせ、声は出ないだろう。
そうして、虎鉄はシートに沈み込むように背を預けた。
終わった。
そう思って、大きくため息を吐く。
その時。
『エネルギー反応増大……っ!? 虎鉄さん!!』
「……、ぁあ」
機体の方でもそれは捉えていた。
目の前の機体の中でエネルギーが爆発しようとしている所を。
この最終兵器の圧縮された時空間が、元に戻ろうとしているのだ。
周囲にいた火星軍の機体は蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。
だが、虎鉄の機体は動かない。
動けなかったのだ。
機体のバーニアは焼け付いていて、腕や足も衝撃でろくすっぽ動かない。
そして、虎鉄自身も、疲労で指一つ動かない。
だから、虎鉄は枯れた喉を振り絞った。
「……じゃあな」
光の奔流に飲み込まれる。
それが、宇宙を駆けたエースの最後だった。
◆◆◆◆◆◆
『遅いぞコテツ!!』
「と、言われても……、な!」
広い荒野で、機械の巨人が剣で打ち合う。
まるで、騎士甲冑じみたデザインの、二人の巨人は、荒野を飛び跳ねては斬り合っていた。
「くっ」
――異世界へと呼び出され、望月虎鉄が、コテツ・モチヅキとなってから、一週間が経過していた。
この作品には、挿絵が入っています。
作者の画力はなんとも言えないレベルですし、イメージとの食い違いもあるかもしれません。
なので、苦手な方は挿絵をOFFにする方向でお願いします。