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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

関西夫夫

二十四時間後

作者: 篠義

「あんさん、あんさん。」


 呼びかけられて振り向いた俺の前には、けったいな小男が立っていた。小柄というレベルではない。小人というランクの小男で、シルクハットに燕尾服という、今時、どこ行ったら売ってるんじゃあ? という服装をしていた。


「ああ、ようやく通じたわ。まいどです。」


「ああ? 誰じゃ? おまえっっ。」


「いやあーそんな脅さんといてーなー。これでも、わし、神さんやねんで? 」


「貧乏神か? 俺とこ、貧乏やのに、まだ貧乏にしくさる気か? 」


「そんなご大層な神さんやあらへん。わし、死神っちゅーやつですわ。まあ、正式には死亡通知配達人というんやけどな。」


 と、笑いつつ言われたら、誰だって殴る。殴って逃げたほうがええと思うやろう。せやのに、するっと殴ろうとした拳は、そのおっさんを擦り抜けた。


・・・・え?・・・・・


「元気のええ子やなあ。まあ、話聞いてもらえへんやろうか? まあ、聞かへんでも、あんたの終わりは24時間後には来るんやけどな。・・・一応、説明するのが、わしの仕事やし。」


「俺? 」


 24時間後に終わりということは、死ぬということなんだろう。いやいや、俺、全然健康やし、どこも悪いとこはあらへんはずや。だが、そのおっさんが言うには、ポックリと死ぬというのだ。で、まあ、普通、死期なんてものは通知されるものではないらしいが、たまに、通知してもらえる場合があるのだという。


「まあ、あんさんの場合は、相手も特殊やし、相手と、どう終わるか、自分らで決めてもらいたいってことなんよ。」


「それは何か? ホモの夫夫っちゅーやつは、そういう特例がついとるわけか? 」


 さすがに、人間ではないおっさんなので、話半分でも信じる気になった。だから、どういうひとか、きっちり説明させることにした。


「そんなんやったら、わしら過労死するわ。そやないんよ。あんたとこの夫夫は、繋がり方が強いんでな。そういう場合、相手も引き摺られてしまうから、それで、そのまま引き摺って三途の川を手に手を取って渡るんか、それとも突き放して行くんか、そこいらを決めて欲しいってことなん。わかったやろか? 」


 つまり、俺が24時間後に死ぬ時に、相手を道連れにすることができるということらしい。


・・・・道連れて・・・・


 俺の旦那に包丁でも突き立てろ、とでも言うんかい? と、頬を歪めた。そんなことはできるわけがない。一緒に海へ飛び込むのもいやや。わざわざ寿命のあるやつを引き摺りこむなんて、やりたないし、だいたい、俺は、旦那に看取ってもらう約束をしている。絶対に一人にしないと、旦那は誓ったわけで、そうなると、残しとくほうが正解だ。


「放置っていうーんでもええやろか? 」


「まあ、よろしいで。なんかやりたいことあったら、とりあえずやっておくほうがええんやないかな? 」


「やりたいことなあ。・・・・別に、これといっては、あらへんな。」


 そう、別に、24時間でやりたいことなんて思い浮かばない。おかしなことをしたら、旦那が不審に思うだけやから、いつも通りでええんやと思った。おっさんは、「ほな、それでいきますで? 」 と、俺の前から姿を消した。


 いつも通りの一日というのは、いつも通りだ。明日が休みだから、エッチして、それから昼まで寝て、旦那にメシを食わせてもらって、だらだらとこたつで寝転ぶ。そろそろ、春らしく、窓の外は黄沙で霞んでいた。


「来週ぐらい桜が満開やろうな。造幣局でもしばきに行こか? 」


「せやなあ。」


 のんびりと、ふたりしてベランダから外を眺めて微笑んだ。来週、俺は、ここにいないんだろう。まあ、たぶん、旦那のことやから、約束したからと一人で造幣局まで行きよるんよ? ほんで、見えてるか? とか、呟くに違いない。想像したら、めっちゃ笑えた。


・・・・まあ、もし、その姿が見えるようやったら、『見えてるで。』 と、返事はしたるわ・・・


「笑うことあったか? 」


 怪訝そうに旦那はツッコミを入れる。


「いや、なんちゅーかな。おまえと二人で桜しばいてる姿を想像したら笑えるんよ。」


「意味わからんわ、俺の嫁。」


「すまんなあ。」


 お茶でも飲もうか? と、旦那が部屋に戻る。すると、目の前におっさんが現れて、腕の時計を指で示して、一と人差し指を立てた。


・・・・十分か・・・・・


 昨日、俺が会うたのが夕方やった。つまり、そろそろ24時間らしい。


「花月、桜餅食いたい。」


「おう、ええ案やな。コンビニまで走ってくるわ。」


 財布を手にして、旦那は外へ出て行った。これで準備は万端だ。しかし、この部屋の中で、ぽっくりと死ぬんか? と、思いつつ、ベランダの入り口に座り込んだ。暖かい小春日和の空は真っ青で、とても気持ちが良かった。


・・・・なんか、もったいないくらいにええ人生やんか・・・・・


 眩しい日差しを手を翳していたら、すとんと何かが自分から転がった。ふと、背後を見ると、自分が倒れている。その身体は、俺と切り離されてしまったらしく、俺が何をしようと動かない。死ぬというのは、こういうもんなんか、と、淡々と考えた。


・・・・なんや、あっけないな・・・・


 眠るような自分の姿を、しばらく眺めていたら、玄関が開いた。


「水都、ヨモギ餅もあったでーおまえ、こっちのほうがええやろ? 」


 そういう暢気な言葉が聞こえて、びっくりさせてごめんな、と、俺は、その声に謝った。


 きっと、おまえは、寝てるんと勘違いして俺を蹴るやろう。ほんで動かへん俺に驚いて、ほんど叫ぶんよ、なんて、わかりやすいんやろうな? おまえは。


 そんなことを考えていたら、廊下から旦那が足を踏み入れた瞬間に、俺は、もう触れられないという事実と、旦那の嘆く姿を楽しみにして、泣き笑いの顔になっていた。俺が死んで、それを悲しんでくれる旦那の姿に満足したら、迷わず成仏できると思っているのだ。それほどの愛情を注がれていたという事実が、俺には何よりの手向けだった。


 しかし、だ。どかっっという振動で、はっと目が開いた。


「おまえ、寝すぎじゃっっ。ええ加減に起きさらせ。」


「へ? 」


「あれえ? うちの嫁さんは、とうとうボケたんか? 」


「お? 」


「お? やないわ。もう昼過ぎやで。メシ食え、メシっっ。」


 ほらほら、と、起こされて、腕を掴まれて居間に連行された。そこには、昼飯と思しきドンブリモノが鎮座したこたつがある。


「まだ寝とぼけとるんか? 食わせたろか? 」


「・・・うん・・・・」


 もう、しゃーないなあーと旦那は笑いつつ、スプーンで俺にドンブリの中身を差し出してくれる。


・・・・なんちゅー夢見とるんよ? 俺・・・・・・


 もぎもぎと卵とごはんの混ざったものを咀嚼しつつ、うっすらと笑った。あんまりリアルで本気で信じたほどだった。


・・・・どっかで俺は、あんなこと願ってるんか? すごいな、俺の右脳・・・・・


 絶対に花月には告げられない。だが、きっと、いつか、その瞬間は来るのだろう。その時、俺は、同じ選択をするだろうか、それとも道連れにするのだろうか、そんなことを考えてベランダに目をやったら、やっぱり、小春日和の暖かい青空が、そこにあった。



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