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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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短編ホラー

おかえり

作者: 壱原 一
掲載日:2026/07/21

大学3年、金曜最終5コマ目の講義。


期末レポートさえ出せば単位をれる先生だからと大いに休みがちだったへいが、珍しくていの隣に座り、ねえこの後なんかある、何も無いならうち来てよとかぶり付きに笑って誘って来た。


丙と丁は他学部で、1年時、同じサークルだった。


当のサークルで先輩宅にて映画鑑賞をした時に、ホラー作品好きで意気投合した。その後サークルの雰囲気が合わず双方サークルを辞したものの、時折あそぶ仲が続いている。


丁が諾々(だくだく)と了承し、講義後、丙と丙宅へ着く。


築古1K6畳の有り触れたアパートの一室で、壁際のスイッチをぱちっと押し、部屋を白光で満たした後、丙は中央を指差して、あのさぁ此処ここにお化け居んのと丁を振り返って目笑もくしょうした。


丁は丙の指す方へ向き、お化けの如き大きさや模様の蛾とかが居るのかと探す。


いでまさかお化けが映る投影機なぞを置いたかと、部屋の端々をうかがいつつ丙に寄って指示先を覗き込む。


何も無い。


凡庸ぼんようで勝手知ったるいつもの丙の部屋だけがる。


間近の丙を見返して、なんも無いけどと丁が言う。


丙は得たりと笑みを深め、つい(・・)と室内へ進み入る。中央の少し横ら辺で軽やかに丁へ振り返り、とく御覧ごろうじろとばかりに胸を張りただいまぁと述べた。


すっと息を吸う音がして、おかえりぃ、と声が続く。


細くれた甲高い声が、白く光るシーリングライトのもと、得意気な丙の横ら辺の天井近い虚空から、丁の居る戸口側へ発される。


けだしシーリングライトにスピーカーが付いている事もあり得ようが、そう言う聞こえ方ではない。少し下で水平に生じていた。


そこそこ歳のいった人が、老いてゆるむ声帯をぎゅっと締め、喉奥を思い切り押し上げて、息んで絞り出したような奇声が、蛾より顕著な異物として突如あらわれて霧消した。


丁がやんわり浮足立ち、幾らか及び腰になる。


ほんの数歩先で向かい合う丙に、努力しておどけた声色で、え、吃驚びっくりした何いまのと投げる。


息遣いや音響が鮮やかで、それでいて位置が高く声が妙で、まるで見えない変な人が此処に居るかの様だったので、下手に刺激するのを避けて、無意識に声を潜めている。


丙は丁の動揺を見越した悦に入った訳知り顔で、愈々(いよいよ)肩をそびやかし片手を横の中央へ伸ばす。


すると、


ああーーー おかえりぃーーー


と言う一層上振(うわぶ)れした奇声と共に、到底とうていひとりでし得ない斜め上への残像を描き、虚空へ掻き消えて仕舞った。


後にはびくっと身をすくめ呆然とする丁が残る。


徐々に体の緊張をき、うっすら息を浅くして、恐る恐る部屋中を見回し丙?と小声で呼び掛ける。


*


丙は先頃お□が亡くなり少し調子を崩していた。


早くに没した親に代わり溺愛されていたそうで、葬式やら何やらこなすのが酷く億劫おっくうそうだった。


痩せ型で、肌や髪が荒れ気味で、ほんのりプールのにおいがする丙は、1年時、サークルの家飲みで麺つゆ麦茶を仕掛けられ、嘔吐と共に激昂しうとんじられサークルを去った。


鼻白む仕掛け人らと一応和解はしていたが、悪気は無かった仕掛け人らが意気をくじかれた気不味さを丙の所為せいの不快感として陰でくさすのに出会でくわして、分からなくもないけど合わないなと、追っ付け丁も離脱した。


そうして時折あそぶのを重ねて3年、お□が亡くなった先頃、丙は丙の部屋で丁とだらだらホラー映画を観ながら、ふとお□(・・)が亡くなったので暫し帰省する旨を丁に告げた。


丁がお悔やみを述べると、丙はとてもぼんやりして、お□は自分を愛していて、心底溺愛していた故に、いつでも元気で居て欲しくて悪い菌を中からも殺す為、薄めた台所用□を密かに常飲させていたと言った。


大学合格後に発覚し、一応和解はしていたが、お□宅から通学予定だったところ1人暮らしに変更したし、以降会って居なかった。


だから死んで呉れてほっとしたし、帰省が凄く面倒臭いと、学生課の待合席で待ち惚けでもしている風に放心のていで零していて、戻って来た時はすっきりした様子で、丁は安堵したものだが、何かにただいまと挨拶し、おかえりと掻き消えて仕舞った。


*


白々した光が照らす、特に面白味の無い部屋で、丁は数回丙を呼び、それで電池を使い切ったようにまた身を竦めて硬直した。


両手を握り合わせて背を丸め、浅い息を乱して小さく揺れ、やおら起き直って蟀谷こめかみを掻きつつ、振り返って部屋を出て行った。


玄関が開いて閉じる音がして、ぐに開いて閉じる音がする。


忙しない足音と共に、丁が室内へ舞い戻り、歩を進めながらただいまぁと中央に両手を突き出す。


おかえりぃーー


ああーーー ああーーー おかえりぃーーーぃい


汽笛の如く甲高い息急いきせき切った声が返る。


ぴんと張り詰めて揺らいでいる。


丁は顎を引きうつむいて、歯を食い縛り、目を閉じて踏み込み、虚空へ掻き消えて仕舞った。



終.

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