六日目:文章作法編その4「読みにくい字にはルビを振るッス」
ルビ(振り仮名)。
『可能な限り』守った方がよいことです。
【簡易人物紹介】
一彦:男、ツッコミ、解説。
双葉:女、腹黒、S、調教師?、解説補助。
三波:女、後輩、天然ボケ、質問。
「突然だが、質問だ」
A、向日葵。B、紫陽花。C、蒲公英。D、仙人掌。E、山茶花。
「これらは日本人なら誰でも知っている植物の名前だが……三波、全部読めるか?」
「…………」
「……完全に固まってしまっていますね。比較的簡単な方なのですけど。漢字クイズや雑学クイズ番組なんかでは割と頻繁に出題されていますよね」
「そうだな。これぐらいは読めてほしいが……ま、仕方がない。そんな三波にも読めるようにしてやろう」
A、向日葵。B、紫陽花。C、蒲公英。D、仙人掌。E、山茶花。
「お、おおー、ヒマワリってこんな漢字で書くんスねー」
「このように漢字などの読み方を、横書きなら上に、縦書きなら右に書き示すことを“ルビ(振り仮名)を振る”と言います。あ、携帯電話で見た場合は機種や設定によって、上ではなく括弧()内にルビが表示されることがありますね」
「ルビー? 宝石ッスか?」
「語源の語源はその通りかも……と、余談はいいとして、本題はこれだ」
陽麗奈
「……? これも植物の名前ッスか?」
「…………」
「…………」
「な、なんッスか!? 二人してその哀れむような目は!?」
「当然だろうが……」
「はい、さすがに……。三波さん。これ、あなたが書いた漢字ですよ」
「へ? …………あ、あ~、アタシの小説の……」
「お前、自分で書いた小説の主人公の名前忘れるなよ……」
「え、えへへ」
「照れるみなみタン萌え~」
「もうそれは飽きた。で、『陽麗奈』ってなんて読むんだ? ヨウ・レイナ? 中国辺りの人か?」
「ミナミ・レナ……ッス」
「…………」
「……あの、三波さんが自分の名前をもじったのは分かったのですが……『陽』書いて、ミナミと読めるんですか……?」
「『ミナミ』で変換したら『陽』があったッスよ?」
「みなみ……『陽』、と。確かに変換されたが……」
「実在する苗字かは分かりかねますが、少なくとも一般的な苗字ではありませんね」
「ああ。三波、そういう名前を小説で登場させる場合はどうするのが正しいと思う?」
「えーっと……」
「話の流れで分かれ」
「あっ、ルビーを振るんスね」
「正解だが、ルビな。で、このワケの分からん名前は当然として、初登場の人名には須くルビを振るべきだ。『山田太郎』みたいに読みが明らかな名前はその限りではないが、少しでも別の読み方ができそうな場合には絶対にルビをつけた方が良い」
「たとえばこんな感じですね」
【双葉によるルビの例】
利彦君、待ってー! 待たないと……人気のない市場で買った銃を改造した、この超電磁砲でその頭蓋骨をブチ抜いて脳漿をぶちまけちゃうぞっ!
〈了〉
「一番初めの例文の和彦といい前々回の一比古といい、かずひこを量産するのをやめろ! しかもきゅんってなんだ、きゅんって! そして銃をどう改造したらレールガンなんぞできんだよ!」
「さあ? 科学的なことはあまり詳しくないもので」
「はあ……。まあいい。内容はともかく、ルビ振りの例文としては申し分ないからな」
「どういうことッスか?」
「説明が前後してしまいましたね。まず、ルビを振らなければならない場合は大きく分けて四つあります」
「まず、“固有名詞”全般。具体的には人名・地名、固有名詞とは違うがオリジナルの造語も今回はこの分類とする」
「こゆーめーし、ッスか」
「『利彦』とだけ書いていたら、普通は『としひこ』と読んでしまいますからね。オリジナル造語の例としては、『鋼殻のレギオス』の『鋼殻』や『灼眼のシャナ』の『灼眼』などがそれにあたります」
「で、次に“複数の読みがある漢字”。双葉の例で言うところの、『人気』『市場』がそうだな」
「ああー、そう言えば『にんき』と『しじょう』とも読めるッスねー」
「ただ、この例だとルビがなくても大抵の人は、『ひとけ』のない『いちば』と読むと思いますけどね」
「念のため、だな。そして、所謂“難読漢字”にもできるだけルビを振った方が良い。この例では『脳漿』……微妙にグロいな、おい」
「のーしょーをぶちまける、ってどういう意味ッスか」
「うふふ……」
「……どうしても気になるならあとで辞書で調べておけ、俺は責任を取らないが。で、最後に、一般的にはそうは読まないが、筆者が“こう読んでほしい”というときに振る場合だ」
「『超電磁砲』と書いて『レールガン』と読む。厨二っぽいですね」
「お前が書いたんだろうが……」
「ちゅうに、ってなんスか?」
「所謂ネットスラングで……いや、気にしなくていい。ちなみに、口に出して言いたかないが、『君』を『きゅん』などとアホらしい読み方をさせているのも、筆者がそう読んでほしい場合だな」
「カズお兄ぃたん、きゅんきゅん」
「だからお前は何キャラだ……!」
「きゅんきゅん……それにはどういう意味があるッスか?」
「ふたばはねぇ、カズお兄ぃたんを見るとぉ、胸がきゅんきゅんしちゃうのぉ。という意味なのぉ。これをするとぉ、お兄ぃたん、よろこぶのぉ」
「…………」
「アホなことは教えんでいい。別に喜ばんし。そしてキャラを戻せ、ウザい」
「萌えましたか」
「全然、全く、これっぽっちも。腹黒って判明してるヤツにやられても、うすら寒いだけだろ」
「……カズ先輩……」
「なんだ、みな――――……なにやら急に嫌な予感をひしひしと感じてきたのだが、帰っていいだろうか」
「逃がしません。さあ、三波さん、思う存分にやっちゃってください」
「ちょ、離せ……!」
「カズ先輩……」
「早まるな、三波……!」
「どうぞ、三波さん」
「…………………………か、かず兄ぃちゃん、きゅんきゅん……」
「………………っ!?」
「…………こ、これは、なんとも……」
「……え、えーと、変だったスか……?」
「い、いや、変、というか……」
「萌えなどという言葉を遥かに超越した別次元の存在を凌駕する新種のミュータントを一睨みで駆逐する勢いのエイリアンを一撫でで終焉へと至らせるアンドロイドを一目で屈服させるような代物でした」
「みゅーたん……? あんど……?」
「お前が動揺するとは珍しい」
「あなたこそ、顔が赤いままですよ」
「うーん……?」
「根が純粋無垢なのを知ってるだけに、なにも言葉が出ないほど、なんというか……」
「真っ赤な顔プラス上目遣いが途轍もない相乗効果を生むことを、身をもって実感いたしました」
「さっきから二人の言ってることがよく分からないッス……恥ずかしいッスけどもう一回やっていいッスか?」
「やめろ」
「やめてください」
「え……そんなに気に食わなかったっすか……」
「い、いや、そうじゃなくてだな……」
「ええ、そういう意味ではなく、むしろ逆と言いますか……」
「うぅー、わけ分かんないッス! 二人だけの話でずるいッスよー!」
「あー、いや、だから、な?」
「……ええと……とりあえず、次の話に進んではいかがでしょう」
「そうだなそれがいい、そうしよう」
「むむー、いまいち納得できないッスけど……」
「納得しておけ、頼むから。で、ルビの必要性も納得できたか?」
「んー…………登場人物の名前の読み方ってルビは本当にいるッスかね?」
「と言うと?」
「アタシの『陽』みたいに読めない字はともかく、ある程度読めそうな字なら、別にどう読んでくれても構わないと思うッスけど……」
「いいや、それは少し認識が甘いと言わざるを得ない。名前の読みや発音は結構重要だぞ」
「そうッスかねー?」
「たとえば…………『エイナ』という名前があったとしよう」
「あ、アタシの知り合いにいるッス」
「別にそんなことは聞いていない……いや、まあ、丁度良いか。では、その名前を初めて聞いたとき、その名前にどんな印象を受けた?」
「えーと、なんか外国人っぽくてかっこいいなー、とか、もしかしたらハーフかな、とか……」
「よし。では、『ヒデナ』という名前はどうだ?」
「ひで……? んー、なんてゆうか……野暮ったい? って言ったらその人に失礼ッスけど……」
「そうか。で、実は今の名前はどちらもこういう漢字で書ける」
英奈
「おおっ?」
「同じ漢字なのに、発音の違いでお前が受けた印象が変わった。これがどういうことか分かるか?」
「読み方で、その人物の第一印象みたいなのが決まるってことッスか?」
「端的に言えばその通り。読み方ひとつでその人に対するイメージが変わるんだ。読み方が重要だということが分かっただろう?」
「ルビがなければ書き手の意図しない印象を与えてしまうかもしれませんからね」
「ま、その認識がありながら、あえてルビを振らずに名前をボカすというならば、それもいいかもしれんが」
「でもルビ付けた方が良さそうッスねー」
「名前関連と言えば、蛇足だがもう一つついでに。読み方ではなく、名前そのものにも、それだけで多くの情報を含む。たとえば…………たとえば……」
「たとえば、欧米の人なのか、ロシアの人なのか、イスラム系の人なのか、中国人なのか、日本人なのか。男なのか女なのか、それともどちらか分からないのか。何をもじってつけられたのか、名付け親が込めた想いはどんなものか。ぱっと思い付くだけでもこれだけのことが推測できますね」
「…………ということだ」
「ふへぇ……」
「だからまあ、人物の名前も適当ではなく、よーく考えてつけるといい。……そういうのが苦手な人がいるのは分かっているが」
「ですね。登場人物に、覚えやすいからって適当に番号を名前に入れるなどという安直な付け方をする人もいますからね」
「そうなんッスか。それはなんてゆうか、自分のつくった人物に対する愛が感じられないッスねー」
「…………」
「あら。どうなさいました、一彦さん?」
「……いや、別に。で、名前のことはいいとして、三波は今回のルビの話は理解できたか?」
「ういッス、完璧ッス!」
「よし。ということで三波、今から自分の小説にルビを振るように」
「って言われても、ルビの振り方が分かんないッスよ」
「ルビの振り方は……お前が小説を投稿したサイトは『小説家になろう』だったな? それなら、新規文書作成の画面の、文章入力する場所の下に分かりやすい説明があるはずだからそれを見てやってみろ。ああ、それと、前回教えた部分もまだ訂正していなかったから、そっちもまとめてやっておけ」
「ほいッスー」
「……で、三波の作業中に説明すると、『小説家になろう』でのルビを振る方法だが、これはルビ対応のエディタでも同じ方法が取れる場合がある。一応ここでも説明しておこう」 (※エディタ:簡単に言えば文書作成ソフト。秀丸やVertical Editorなど。ちなみにメモ帳は一番簡易的なエディタである。詳しくは目次からYYY日目へどうぞ)
「ルビを振りたい言葉の先頭に縦線〔|〕を置き、ルビを振りたい言葉の後ろに二重山括弧〔《》〕を置きます。その二重山括弧〔《》〕の中に、読み方を入れると完成です」
「エディタや執筆ソフトによっては、ルビを振りたい言葉をドラッグして選択し、右クリック等で『ルビを振る』を選んでする場合もある。ちなみに、ウィンドウズOSなら必ず入っているオフィスワードはこのタイプだ」
「また、ルビに対応していないエディタもありますから、ご注意を」
「各エディタの特徴についてはいつか説明することになるだろう、きっと」 (※YYY日目へどうぞ)
「――――終わったッス! って、二人とも誰に話してたッスか?」
「いや、なぜか義務感に駆られて……」
「四角い窓を覗いている神様にです」
「……?」
「気にするな。さて、完成したものを見せてみろ」
「ほーいッス」
【三波による修正版3・三波の小説】
私の名前は陽麗奈。15歳、女子高生! 血液型はAだけど、全然マジメでもないし整理整頓が得意でもない。むしろ、苦手なんだよねえー。この間なんか自分の部屋でケータイ失くしちゃって、「どこ?」って涙目になりながら探し回ったほど、私の部屋汚い(>_<)
そんな私だけど実は好きな人がいるんです。隣のクラスの、名前は和樹君。きゃ、名前で呼んじゃった///
え、告白しないのかって? ムリムリ! 「おはよう」も言ったことないんだから……。
〈了〉
「教えたことだけは相変わらずきちんとできているな。しかし……まあ、予想できたことだが……」
「顔文字、ですね」
「なんッスか?」
「いや……まあ、それは次回としよう。今回はここまで」
「では例によって、今回の授業の纏めを言って下さい、三波さん」
「えーっと、“読者が読めそうにない言葉にはルビを振る”……ってところッスかねー?」
「ん、いいんじゃないか。……今回はボケはないのか」
「『胸きゅん事件』で既にお腹一杯ですからよろしいでしょう」
「なんッスか、その事件?」
「さあな。第六回目の講座はここまで!」
「では第七回でお会い致しましょう、さようなら」
「む~、今回は色々とハブられてた気がするッス……」
閉幕。
“『可能な限り』守った方がよいこと”=“読者が読めそうにない言葉にはルビを振る”ことです。作者としては面倒なだけでしょうけれど、読者としては読めない字が出ることにストレスを感じるものです。せめて初出の人名ぐらいにはルビを振りましょう。ちなみにこの作品は全年齢(と言っても最低でも中学生ぐらいが対象な気がしますが)を銘打っているので、過剰なくらいルビを振っています。それでも読めない字はコピペして検索でもしてください。
補足:文学賞などの公募に応募する際のルビについて。審査する人は『文字を読むエキスパート』達ですので、今回の話で登場したような少し難しい程度の漢字なら問題なく読めるはずなのでルビは要らないでしょう。ただし、難読以外の三つ――見慣れない人名・状況的に読み方の候補が複数あるもの・特殊な読み方や筆者がそう読ませたいもの(“虚無の領域”=“ヴォイドスフィア”など)――はその限りではありません。初登場時のみでいいので、ちゃんとルビを振りましょう。※より詳しくは「ラノベ新人賞について」(十八日目ぐらい?)のところで解説しますが、下記の参考サイト様へ赴いた方が早いし分かりやすいかもしれません。
(参考:執筆支援室 「振り仮名について」の項 URL; http://homepage3.nifty.com/sou1ya/guide/index.html )
次回も文章作法編、顔文字その他についてです。