八日目:文章作法編その6「敬体か常体かを統一し、正しい日本語を使いましょう」※問題文出題!
敬体・常体、正しい日本語。ほとんどの場合は守るべきもの。
今回、一万字を超えるほど長いので注意。また、最後には問題文を出題しております。
※8/16 9:30ごろ、問九と問十の内容を修正しました。問題の要点は変わっていません。……しかし、いくらなんでもあの内容は酷過ぎた……。修正した今も十分酷いけど。
【簡易人物紹介】
一彦:男、ツッコミ、解説。
双葉:女、腹黒、S、調教師、解説補助。
三波:女、後輩、天然ボケ、センス×、質問。
「前回は小説内の顔文字等の正否を学んだな。では、三波。今回は仮に『一般向け』として文章を校正して――」
「それなら徹夜でやってきたッス! おかげで眠いッスけど、頑張ったッスよー!」
「それは偉いですね、三波さん」
「徹夜でするほど時間かかったのかよ……というツッコミは無粋か。まあ、感心なことだと言っておこう」
「へへー、褒められたッス」
「えへへ、褒め――」
「さあ、三波。早速、書き直したものを見せてみろ」
「あ、あれ? フタバ先輩、落ち込んでるッスけど……」
「気にするな。同じボケを事前に封じるというのもツッコミの役割だ。どうせすぐに復活するだろ」
「カズ先輩がそう言うならいいッスけど……。そんで、書き直したのがこれッス」
【三波による修正版4・三波の小説】
私の名前は陽麗奈。15歳の女子高生! 血液型はAだけど、全然マジメでもないし整理整頓が得意でもない。むしろ、苦手なんだよねえー。この間なんか自分の部屋でケータイ失くしちゃって、「どこ?」って涙目で探し回ったほど、私の部屋は汚いの。
そんな私だけど実は好きな人がいるんです。隣のクラスにいる、名前は和樹君っていう男の子。きゃ、名前で呼んじゃった! 恥ずかしい!
え、告白しないのかって? ムリムリ! 「おはよう」も言ったことないんだから……。
〈了〉
「ふむ。大分らしくなったな」
「もう完璧ッスよね!」
「いや……まだ一か所だけ気になるところがある。まあ、わざとだと主張するならそれでもいいかもしれないようなところなんだが」
「えー? 一体どこッスか?」
「『そんな私だけど実は好きな人がいるんです。』という部分だ。より正確に言うなら、そこと他の部分に差があるということが好ましくない」
「……むうぅ~? 変なところなんてないような……」
「双葉は分かるな?」
「…………」
「……おい、双葉?」
「…………」
「いじけちゃってるッスよ」
「おいおい……。変なところで拗ねるなよ」
「…………」
「アタシ知~らない、ッス」
「む……。あー、双葉? 俺が悪かったから――いや、俺が悪いのか?」
「…………」
「ま、まあ、とにかく。謝るから、機嫌を直してはもらえないだろうか」
「…………」
「……三波、ヘルプミー」
「カズ先輩がアタシを頼る日が来ようとは、ッス。それにヘルプ早いッスよ。女性の扱いはダメダメッスねー、先輩は」
「こればっかりは反論できないが……」
「それでは、不肖、この三波めが女性の扱い方をお教えいたしましょうッス」
「微妙に不安だ……。頼る相手を間違えてないか、俺……?」
「なに言ってんスか! このアタシさえいれば、女性の一人や二人と言わず、百人ぐらい一気に落とせちゃう勢いッスよ!」
「そんなに落としてどうする。……まあ、ご教授願おう。一応」
「任せるッス! 拗ねちゃった女性をなだめるには、まず、女性の肩をそっと抱くッス」
「…………。うむ、まずは全部聞こうか。それで?」
「そして抱きしめたまま、耳元でこう囁くッス!」
「……なんて?」
「『愛してるよ』……きゃー、ッス!!」
「………………」
「これでイチコロッスよ!」
「いや、もう、どこからどうツッコんでいいやら……。とりあえず、そもそも前提条件がおかしいとだけ言っておこう」
「前提?」
「これ、明らかに恋人への対応だろうが!」
「……そんなことないッス! アタシにはばっちり効くッスよ!」
「いや、知らんし。お前がどうとかいうのも前提が違うから」
「フタバ先輩にもきっと効くッス!」
「それは勝手な推測だ。それに効いたら効いたで問題だろ……。イチコロにしてどうする」
「う……それもそうッス。……でもやれば絶対効くと思うけどね……」
「なにブツブツ言ってるんだ? まったく。…………おい、双葉」
「…………」
「こっちをちら見して様子を窺うぐらいなら、いい加減に機嫌を直せ。そして会話に参加しろ」
「……どうせ私なんて、めんどくせえ女とか思われてるんです」
「なんで軽く鬱状態になってんのお前!?」
「いいんです。ツッコミを返せばさらにボケ返すなんて、ただでさえ長い無駄話が無限ループ化してしまうようなことをやっていた私のせいなんです」
「いや、問題はボケ返すことじゃなくて、同じボケを繰り返すことと人をからかうことにあると思うのだが。あと、洗脳」
「ツッコミ側はもはやベテランの域のはず……。とすると、やはりボケ側に問題があるのでしょう」
「聞けよ。誰がツッコミのベテランだ」
「きっとマンネリ化してしまったんでしょうね。まるで倦怠期の夫婦のようです。夜の行為も随分とご無沙汰なのですね」
「誰が夫婦だ。そして夜の行為とか平然と言うな!」
「妻が泣き暮れている間、夫は可愛らしい年下の浮気相手と一夜を過ごしていることでしょう」
「――…………」
「妻はどんなに夫の気を惹こうと思っても、その行動は全て空回りを続けるのです」
「……………………はあぁぁー………………」
「……なんですか、その疲れたような溜息は」
「いや、馬鹿らしいと思ってな」
「馬鹿らしい、ですか。確かに、馬鹿らしいですね……」
「ああ、全く以て馬鹿馬鹿しい」
「…………」
「なぜなら、そもそも論点がおかしいからだ。その可愛らしい浮気相手は、その夫婦の家に招待してるんだよ」
「っ…………」
「当然ながら、そんな状況では妻を蔑ろになんてできるはずがない」
「…………」
「そして浮気相手は同時に妻の友人でもあるから、そちらも同時に相手をしなくてはならない」
「…………同時に相手というと、さんぴ――」
「マジで黙れ。それ以上言うな。……この喩はもうやめよう。変な気分になってくる。で、とにかくな? 俺は別に誰かを贔屓しているとかそういうことはしていないと断言できるし、まあ、既に二人とも俺にとっては切って離せない存在になっているわけで、お前はいつも通りにしていて構わない……って、なんか論点ずれてきたか。あー、とにかく、機嫌直せってことだ」
「……あなたらしくない、支離滅裂で滅茶苦茶な論法ですね。女性の扱い以前に、その不器用さをどうにかすべきでは?」
「自覚している。議題がはっきりしているものならば論理的になれるんだが、人の心はよくわからんからな」
「…………ふふっ」
「……なんだよ?」
「いえ。……仕方ありませんね。機嫌を直して差し上げます」
「……そうか。よくわからんが、いつになく偉そうだな、お前」
「いつも偉そうな一彦さんよりマシです」
「そーかい」
「ふふ……」
「ふん……」
「ああ、それと、お忘れかもしれませんが……」
「が?」
「私は、演技派ですよ?」
「――――――……どこからどこまでが演技なのかが判らんから、お前は性質が悪いって言ってんだよ……!」
「うふふふふふふ……」
「その邪悪な笑いはやめろっての。ったく……。ん、どうした三波?」
「……や、なんでもないッスよー」
「……そうか?」
「一彦さんはもっと色々な事に気を回すべき……というのは私達のワガママなのでしょうね……」
「だね……」
「二人してなにブツブツ言ってるんだ?」
「いえ」
「なんでもねーッス。それより、今日の講座もどきを始めるッス!」
「もどきとかお前が言わないでくれ」
「それで、今回の似非講座の議題はなんですか?」
「双葉まで言うな。今回は、敬体と常体についてだ」
「ケータイ電話と……ジョー・タイ? どこの国の人ッスか?」
「そんな微妙なボケはいらない」
「形態途上体……発展途上国の親戚みたいなものでしょうか」
「そんな無理矢理なボケもいらない」
「我儘ですね」
「ワガママッスね」
「……お前らが組むと碌なことにならんからやめてくれ」
「大丈夫です。私に被害は出ませんから」
「俺と三波には出るってことか!」
「そう聞こえましたか?」
「すっかり元通りなのはいいが、少しは黒い部分を隠せ、お前は」
「何を仰るんですか、私ほど清廉潔白な人間は他にいませんよ。ねえ?」
「…………」
「……見ろ、三波まで沈黙して目を逸らしたじゃないか」
「お二人とも意地悪です」
「お前が黒いのが悪い。で、話を戻そうか。敬体と常体とは、文章の末尾などが敬語かそうでないかということだ」
「所謂、『~です、~ます』調と『~だ、~である』調のことですね」
「あぁー、それなら聞いたことあるッス」
「小説は常体――『~だ、~である』調で書かれていることがほとんどだ。敬体――『~です、~ます』調は柔らかく、丁寧な印象を読み手に与えるが、冗長な文章になりやすい。スピード感がないから、緊迫感も出しにくい」
「敬体は主に絵本や手紙などで使われるものですからね。敬体で小説を書くのは、言ってしまえば上級者向けです。特にラノベは文章の軽快さを重視する傾向にあるので、それを敬体で表現するのは至難です」
「えー、じゃあ敬体はいらないんじゃないッスか?」
「普通の地の文ではな。ただし、物語中の手紙や人物の会話などでは敬体を使う場合がある。……丁度ここに実例がいるし」
「ふふ。そうですね」
「なるほどー。じゃあ、敬体だけで書かれてる小説はないんスか?」
「いや。数は少ないが、あるにはある。敬体文の特徴を活かしてその内容・テーマ・雰囲気を際立たせるような手法を取った小説だ」
「有名なので言うと、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』などがそうです。ただ、やはりライトノベルでは敬体で書かれたものは見掛けませんね」 (※もしかしたらあるかも? 情報求む)
「確かにそうッスねー」
「では、地の文で“敬体と常体は統一しなければならない”ということは聞いたことがないか?」
「統一……ッスか?」
「ああ。ずっと『~だ、~である』で終わっていた文体が、唐突に『~です、~ます』に変わったら不自然だし、読みにくい。小説としてはタブーの一つだな」
「そこで、三波さんの文章ですね。『そんな私だけど実は好きな人がいるんです。』とありますけれど、それ以外はフランクな口調なのに、そこだけ敬語というのはいかがなものかと」
「うーん、言われてみればそうかもしれないッスけど……。でも、なんてゆうか、改まった感じみたいなのを出したかったんスけど」
「……なるほどな。緊張や覚悟のようなものを表したかったわけか。確かに悪くないかもしれん。一人称視点なので、地の文を主人公のモノローグ(独白・語り)とするならば、その言葉のブレは表現としてはありだろう」
「おぉー、珍しく改変前に褒められたッス」
「褒めたとは言い難いが。それにお前、敬体と常体を統一しなければならないことを知らなかったんだろ。知りながらもわざとそう表現したのならともかく、これは単なる偶然の産物じゃないか? ……実はその理由も後付けだとか言わんだろうな?」
「ち、違うッスよ、ケガのこーみょーってヤツッスよー」
「三波さん、その慣用句、使い方としては合っていますが、偶然であると認めていることでもありますよ」
「あ、あれ?」
「日本語は正しく使えよ……」
「それならば、一彦さん。ついでに正しい日本語についても話しませんか?」
「正しい日本語ッスか?」
「ふむ。確かにネット小説なんかを見ると、こいつら本当に日本人か、と疑いたくなるようなものがちらほらと散見されるな」
「由々しき事態ですね」
「小学生からやり直せ、ってヤツッスねー」
「…………」
「…………」
「な、なんッスか?」
「いや……」
「なんでもございません」
「え、でも……」
「別にお前もそうだと言ってるわけじゃない。日本語自体はきちんとできていたからな。予備軍のような気がしないでもないが」
「たとえ最初は小学生以下の文章だった人でもきちんと学習すればまともな文章になることが証明されたので、今は日本語ができていない人でも学習する意欲があるならば問題はありません」
「今、さらりとひどいことを言われた気がするッスけど」
「気のせいだ」「気のせいでしょう」
「……そッスか……」
「で、そんな日本語崩壊予備軍のお前にいくつか間違えやすい日本語を教えてやろうということだ」
「はあ……そりゃどうもッス」
「ちなみに、『言語に正誤などない』やら『言葉は生き物』云々の議論はするつもりはないからな。ここでは、より一般的・本来的・辞書に載っているような意味を『正しい』として話す」
「ええっと……?」
「意味がわからないならスルーしてくださいね。一先ずは、これから提示するものが正しい日本語だと思って下さい」
「うッス」
「最近はテレビでも『正しい日本語』について取り沙汰にされているからな。聞いたことがあるのも多いだろうが、とりあえず聞いておけ」
「まずは、慣用句の間違いが筆頭ですね。以前もどこかで例を出しましたが、『的を射る』と『当を得る』を混同してしまい、『的を得る』としてしまう場合が非常に多いです。『押しも押されぬ』という誤用もありますね。これは『押しも押されもせぬ』が正答です」
「意味の取り違えで有名なのは、『情けは人のためならず』とかだな。他人に情けをかけると巡り巡って自分のためになる、という意味が正しい。積極的に人を助けろという格言だな」
「『姑息』『確信犯』なども間違った使われ方が多いので注意してください。『姑息』は一時凌ぎという意味、『確信犯』は政治的な信念などを基に自分の行為を正当なものと確信して行われる犯罪のことです」
「とは言え、その二つはもはや、誤用の方が正当な意味と化してきている感があるから別に構わないかもしれないが。そろそろ辞書に『姑息』=卑怯なこと、『確信犯』=(間違っていると)分かっていながらする行為、と載ってもおかしくはないと思う」
「へ? 間違ってるのに辞書に載るッスか……?」
「言葉というのは移り変わるものだからな。国民の大半が誤用の方を普通に使うようになったら、そちらが正しくなる。さっき言った『言葉は生き物』とはこのことだ。……っと、話すとキリがないから、正誤判断についての議論はここまでだ」
「初めに話し始めたのは一彦さんでしょうに」
「いや、どうも世間に『間違ってるもんは間違ってる』と強硬・強要する輩が増えてきているからな。俺もその仲間と思われるのが嫌で、つい……」
「予想どおりですけどね。こうして徒然と話しているとまた話が逸れるでしょうから、一覧に纏めておきました」
「用意いいッスね……」
「見難いかもしれませんが、ご了承ください。また、ここに示したものはほんの一例です」
【誤用例】 {正用:誤用}
A.〔う〕〔お〕、〔ず〕〔づ〕など、発音が同じもの ; 狼{おおかみ:おうかみ}、いつも通り{どおり:どうり}、近づく{ちかづく:ちかずく}、気付く{きづく:きずく}、築く{きずく:きづく}傷付く{きずつく:きづつく}、基づく{もとづく:もとずく}
B.漢字の読み間違い ; 一応{いちおう:いちよう}、全員{ぜんいん:ぜいいん(ぜえいん)}、原因{げんいん:げいいん}、雰囲気{ふんいき:ふいんき}
C.助詞〔を〕、〔は〕の間違い ; {気をつける:きおつける}、{~せざるを得ない:~せざるおえない}、『~ではないですか?』の省略形{~では? : ~でわ?}、{こんにちは:こんにちわ}(『今日はお日柄もよく~』という挨拶が省略されたものであるため)
D.ら抜き言葉 ; {見られる:見れる}、{来られる:来れる}、{受けられる:受けれる}、{起きられる:起きれる}、{食べられる:食べれる}、{出られる・出れる}、{着られる:着れる}
E.い抜き言葉 ; {~している:~してる}
F.ややこしい言葉や訛り ; {何気なく:何気に}、{うろ覚え:うる覚え}
G.意味の取り違え ; 徐に・徐ら{落ち着いて(ゆっくりと行動するさま):突然に(がむしゃらに)}、役不足{力量と役が釣り合っていないこと(もっと上の役の方が相応しいということ):力量不足}、耳障り{喧しく思うこと(例・彼の演奏は耳障りで気分が悪い):耳で受ける感覚(悪例・彼の演奏は耳障りが心地よい)(耳当たりや耳触りと混同している?)}
H.重言(意味が重なっている言葉) ; 頭が頭痛で痛い、夜の夜景の景色、今の現状、一番最初に・先ず最初に(最初=一番初め)、過半数を超えて(過半数=半分を超えていること)、はっきりと断言(断言=はっきりと言いきること)、違和感を感じる(違和を感じる・違和感を覚える、とすべき。倦怠感、無力感、好感なども同様)
I.その他 ; 肯定文での『全然』(本来は『全然~ない』のように後ろに否定語が来る)、文頭での『なので』(接続詞ではない。『~なので……である』のように使う。文頭に来るのは『だから』)、一文に一つしかない『たり』『とか』(『~したり……だったり』『aとかbとか』のように、二つ以上の言葉やものを並べて使う)
〈了〉
「う~ん、こうして見ると、今まで結構間違ってたかもしれないッス……あ、間違っていたかもしれないッス?」
「いや、お前の場合は『~ッス』口調ですでに崩れきっているから何の問題もない」
「確かにそうですね」
「…………」
「ま、三波のように、D、E、Fについては、現代の若者などが発した言葉なら別に構わないと思う。特に『い抜き言葉』は多いな。ただし、地の文ではやはり使うべきではないと思う」
「それ以外のものでも、これらは滑稽な印象や平易な口調を表すために、わざと使われる場合は多いですね」
「それに、この基準は絶対のものではなく、たとえば『ら抜き言葉』は実は太宰治なんかも小説内で使っている……っと、また話が逸れるところだった」
「批判や反論が来たときのための予防線を張っておくのは、一彦さんの悪い癖ですよ」
「……せんぱい、かたりはじめるとながくなるッスからねぇー………………」
「む……気をつけよう。さて、そんな中でも明らかに駄目なのはA、B、Cだな」
「さすがにこれを間違うのは日本人としてどうかと思いますね」
「……」
「大概は漢字変換の段階で築く……いえ、気付くでしょうけどね」
「だから、何を言い直したのかと」
「…………」
「このように発音では分からないので、AやCのような間違いが起こるわけです」
「しかし言っちゃ悪いが、Cのような間違いは、馬鹿としか思えん」
「………………」
「確かに、正誤の議論の余地なく、これは間違いとしか言いようがありませんからね」
「うむ。小学一、二年生あたりの国語の教科書を読むべきだな」
「……………………」
「……で、三波。さっきから俯いて黙りこくってどうした」
「と、言いつつ、なぜ黙っているかを見抜いている一彦さんはドSですね」
「お前にだけは言われたくない。……まあ、あれだ、三波。誰にでも間違いはあるんだ。その間違いはこれから直していけばいい」
「…………………………」
「かず先輩、優しいっす。あたし、惚れちゃいそうっす」
「声真似するな。三波よ、こいつみたいに人間性が間違っているやつより遥かマシだぞ、お前は」
「………………………………」
「……三波?」
「三波さん?」
「……………――…………………ぐぅ~……すぴぃー…………――」
「寝とる――――――!?」
「これは今までにない、予想外のオチですね。まさに寝落ち」
「いやいや、いつもならこのまま終わる流れだが、今回はまだ終わらんから。おい、起きろ、三波!」
「ぅにゅ? うぅう~?」
「寝ぼけてるみなみタン萌え~」
「黙れ。そしてとっとと起きろ」
「――……ぁれ? どうして先輩があたしの部屋にいるの?」
「みなみ、昨晩のことを忘れたのかい? あんなに激しく求めあったというのに!」
「俺の声真似をするならもっと俺が言いそうな発言をしろ。んで、三波は起きたか?」
「……? あ、あ~、ここで寝ちゃってたんスね、アタシ」
「まったく、反応が妙に鈍いと思ったら……。勉強するのはいいが、徹夜して講座中に寝たら何の意味もないだろう」
「ういッス、気おつけるッス」
「はい、気『を』つけて下さいね」
「……? なんかよく分からんが……」
「いつもどうりにするのが一番ってことッスね」
「はい、いつもど『お』りがいいでしょうね」
「……。何かがおかしかったような……」
「そんなことより、一彦さん。これで文章作法はだいたい教えたと思うのですけども、どうしましょうか」
「そうだな……。よし、課題を出そう」
「はへ? 課題ッスか……?」
「ああ、そうだ。――――逃げるな、三波」
「逃げちゃダメですよ、三波さん」
「は、放せッス!」
「今まで習ったことを踏まえた問題を出題する。あと、説明しきれていないことの補足も含めよう。俺は少しやることがあるから、双葉、問題作成を任せてもいいか?」
「はい。了解いたしました。……ふふ」
「……くれぐれもネタに走らないように。で、三波はその問題を解き、次回に提出しろ」
「…………」
「起きろ」
「痛いッス!」
「寝たふりなんかするからだ」
「ううぅぅ~……マジで課題なんてやるッスか?」
「マジでやるっすよ。期間は長めに取ってやるから、徹夜はしてくるなよ。途中で寝たら何の意味もない」
「うぃーッス……」
「ちなみに課題をして来なかった場合……」
「場合……?」
「双葉によるお仕置きが待っている」
「――――い、いやッスうううぅぅぅぅ! それだけは勘弁ッス!!」
「……え、いや、冗談で言っただけなんだが、なぜそこまで嫌がる? ……双葉、お前三波に何をした……?」
「うふふ……」
「…………まあ、いい。問題文を制作しなくてはならんが、とりあえず第八回講座的なものはこれで終わりとする」
「はい、お疲れ様でした」
「いやッスー! 針は、針はだめ――――」「針!?」「うふふ」
閉幕。
◇◆◇
【問題(双葉作成)】
小説における文章の決まり・文法に従い、問一から問十について文章に間違っている部分があればそれを正しく直せ。ただし、『縦書き』原稿での一般的な決まりに従うこと。
※例として、このように解答すること。
[例題]
和彦は牢獄の中で何をするでもなく過ごしtていたしかしそれにもいい下限に飽きてきていた
[例題の解答例(1)]
和彦は牢獄の中で何をするでもなく過ごしていた。しかし、それにもいい加減に飽きてきていた。
[例題の解答例(2)] (内容が同じであるならば、文章や描写を多少は変えても良い)
牢獄の中で、和彦は何をするでもなく過ごしていたのだが、そんな生活にはもはや飽き飽きしていた。
[問一]
今日は8月22日、和彦の二十五歳の誕生日だった。和彦はこのとき、牢獄の中でとある計画を実行に写そうとしていた。計画を細部まで思い出すために一週間前のことを回送する。
[問二]
和彦がこの鉄格子の牢屋に入れられてから数日―おそらくは四五日―は経っただろうか、その間、誰も彼の元へ訊ねて来る者はいなかった。
[問三]
和彦は牢獄からの脱走を考え始めてた。脱獄するにはどうすればいいのか、計画を周到に練ります。
[問四]
まず考えたのは、古典的な手法。ずばり、食事時に持って来られるスプーンを使った脱走手段だ。即ち、スプーンで壁や床を掘り進めるというものである。
[問五]
和彦は、囚われている牢屋の中の壁を観察して見る。どうやらコンクリート製のようだ。床も同様。しかも、汚れがほとんど目立たないことから考えて、建造されてから間もなさそうである。これをスプーン一本で掘り進めるなど、苦行どころではなく、たぶん絶対に無理だろう。そんなことを考えていると、牢の入口の方から誰かの足音が聞こえてきた。その人物は和彦の牢の前で足を止めると、声をかけてきた。
[問六]
「おい。ここから出たいか。」
『そいつ』は、低いような高いような、中性的な声でそう告げた。
……こいつは、なにお言ってるんだ?馬鹿馬鹿しい。
和彦は訝しみながらも、目の前の『そいつ』をじっと見つめる。
『そいつ』の外見は……………黒。闇そのものから産まれ落ちたかのように黒いロングコート、光を決して通さないサングラス、夜に紛れる漆黒の髪。極みつけに、コートから微かにはみ出ている肌の色すらも、墨を塗りつけたかのように真っ黒だった。
年齢も性別も判別できない『そいつ』に和彦が下した感想は、不気味だということのみだ。
[問七]
「どうなんだ」
再び、『そいつ』は問うてくる。
「そりゃ、出たいに決まっている」
和彦が投げやりに答えると、『そいつ』はにやりと口元を歪め、さらに質問をしてきた。
「出て、何をする? 雪辱を果たすか? お前をこんな目に遭わせた奴に、同じ様な経験を味わわせてやるか?」
[問八]
「…………」
和彦は相槌を打つことができなかった。
それは目前にいる『そいつ』の言葉を否定できなかったから――――ではない。それ以前の問題として、和彦は自分の心がわからなかったのだ。ここを出て、何をしたいのかが。出たところで、ここでしているのと同じく、暇を持て余すだけなのではないか、とも思う。
それを見た『そいつ』は、「まあ、いい」と続けた。
「出たいというなら、出してやろう。これを持っておけ」
そう言って、黒い名詞のようなものを差し出す『そいつ』。
受け取るか否か、一瞬迷った和彦だったが、『そいつ』はそれを鉄格子の中に投げ入れてきた。床を滑ってきたその黒い物体を、和彦は反射的に手に取る。そのカードのようなものは表面はつるつると滑らかだったが、裏面は砂を撒き散らしたかのようにざらついていた。
「これは――――」一体、と続けようとした和彦は、思わず口を噤んだ。
そこにはもう、『そいつ』はいなかった。
[問九]
しばらく男のいたところを見つめていた和彦。しかし、男が消えてから一瞬後には頭を切り替え、脱出手段を考え始めた。
[問十]
文字通り、持っている手札は一枚。何に、どう使うのかはわからないが、『そいつ』の言を信じるならば、これが脱出の役に立つのだろう。
和彦の直感は、これがワイルドカードであることを指し示していた。これはきっと、希望の光となるに違いない。
和彦の大脱走劇はこれから始まったのだった。
――――完。
“ほとんどの場合は守るべきもの”=“敬体と常体の統一”と “正しい日本語の使用”でした。余談ですが、『的を得る』が語源的にも誤用ではないとする説もあったりして、言語というのはやはり複雑怪奇なものなのでしょう。『なので』、あまりこう『ゆ』うことを強く主張すべきではないのかも『しれないです』ね、下手をすると見事に反論されて恥を掻くことになっ『たり』しますから。
双葉が出題した問題ですが、よろしければ皆さまも練習か余興とでも思って解いてみてください。チラシの裏にでも書いて。万一、私に見てもらいたいという人がいるならば……感想欄が問題文回答で埋まるのはまずいので、メール(作者のマイページにアドレスが書かれています)やメッセージ、あるいは活動報告の方へどうぞ。正解かどうかだけではなく個人的な見解・コメントも添えて返信いたします。たぶん。 ※どれか一問だけの解答でも構いません。また、次回の解答編を投稿した後でも受け付けます。いつでも気軽にどうぞ※
……あ、あと、問題文後半の内容の酷さには目を瞑ってやって下さい……。
次回は補足・復習編、今回の問題の解答例あり。