第9話 再開
ハンターの首を跳ね飛ばした俺は、肩に入った力を抜いて小さく息を吐いた。
ハンターも無事に倒せた。
さっさと退散するに限るだろう。
霧を止めて、鎌を消す。
しかし、そんな俺を呼び止める声があった。
「あ、あの!」
原作主人公、リオグレンの声だ。
あまり接触するつもりはなかったが……。
俺は彼の方に向き直る。
顔を合わせると、彼にちょっと視線を逸らされる。
……なぜ?
「助けてくれてありがとう……ございました。その、君はどこかの組織の人?」
「……いいえ特には。強いて言えば冒険者」
相変わらず、俺のこの口は必要最低限のことしか言えない。
ハンター相手には結構饒舌だったんだけどな。
「何か用? 特になければ私は帰る」
「い、いや。用があるってわけじゃないんだけど……」
リオは何か言いたげだ。
私は黙って続きの言葉を待つ。
「その、どうすればあなたみたいに強くなれますか?」
「……え?」
予想外の言葉に、思わず聞き返してしまった。
「その、助けてもらった上にこんなことを聞いてしまって申し訳ないけど……でも、僕は今、誰も仲間を護れなかったんです。僕についてきてくれる優しい人たちも、大切な幼馴染も、誰1人として。だから、あなたのように強くなって、皆を護れるようになりたいって思ったんです! だから、その……」
「――あなたに必要なのは私に教えを乞うことじゃない」
彼の言葉を聞いて、俺は言い放った。
……いや、できればもう少し優しく言いたかったんだけど……。
「私に聞かないで、自分の魂にもっと向き合って。あなたの原点は? あなたは何を為したくてソウルライトを得たの? 強くなるのはあなたの本当にやりたいこと?」
まあ、俺がこんなことを言えるのはカンニングみたいなものだが。
けれど、彼のソウルライトは身体能力の強化程度で収まるものじゃないことは確かだ。
それは彼の本質ではない。
リオグレンの魂の輝きはその程度ではない。
「……」
「まあ、簡単にできることじゃない。私の言葉はゆっくり考えればいい」
そう言って、俺は今度こそこの場を去ろうとした。
「――ブルームさん。待ってください」
しかし、再び俺を呼び止める声があった。
振り返ると、そこにはフレンの姿があった。
彼女は澄んだ瞳で俺を見つめている。
「久しぶり、ですね」
「……」
俺がフレンの元を去ってから数年が経っただろうか。
近くで見ると、やはり彼女はあの時よりさらに美しくなっていた。
「またあの時みたいに、霧のようにどこかに消えてしまうのですか?」
彼女の瞳は、少し潤んでいるように見えた。
俺は思わず動揺してしまう。
「目的を達成したから次の場所に向かうだけ」
「またそうやって言葉足らず……あなたの悪いところですよ」
「ご、ごめん……」
言葉足らずであることに異論はないので素直に謝る。
……いや違うんだ。
俺はもっと話したいんだけど、この体だと本当に必要最低限しか喋れなくて……。
まずいな。フレンの涙の溜まった目を見ていると、平常心ではいられない。
「あなたのように己の目標に突き進んでいる方が他人にいつまで構っていられないのも分かります。……ですが。ですがせめて、今は少しだけ、ここにいてくださいませんか?」
「…………」
……己の目標?
何のことだろうか。推しカプ観察のことか?
いや、流石にそれをフレンに話した覚えはないな。
ダメだ、本当に分からない……。
そんな風に俺が戸惑っていると、フレンの目に浮かぶ涙が増えてきてしまった。
俺は慌てて口を動かす。
「わ、分かった。少しの間ここにいる」
「本当ですか!?」
パアッとフレンが笑顔になった。
眩しい……推しの笑顔が眩しい……。
でもその笑顔は俺じゃなく仲間に向けて欲しい。
カプ厨的にはギルと仲良くしているところを見せて欲しいのだ。
……まあ、フレンに頼まれては仕方ないだろう。
こうして、俺は当初の予定とは異なり推しと行動を共にすることになった。
◇
再会の瞬間、フレン・クラエルの胸にあったのは大きな感動だった。
「う……」
倒れていたフレンが目覚めると、視界いっぱいに真っ白の霧が広がっていた。
見る者を不安な気持ちにさせるような、不気味な霧だ。
けれど、フレンはそれを知っている。それを操る人を知っている。
あの日あの時、フレンを救ってくれた霧だ。
「ぶ、ブルームさん……?」
震える足でなんとか立ち上がり、気配のする方へとよろよろと歩き出す。
「フ、フレンちゃん、ダメだよまだ歩いちゃ! 毒が全然抜けきってないでしょ!?」
おそらく、私の治癒をしてくれたのだろう。
後ろからローラさんの声がする。
たしかに体は異常に重いし頭がボーッとする。
けれど、行かなくては。
行かなくては、あの人はまた霧のように消えてしまう。
「ローラさん、心配はありがたいですが、私は大丈夫です」
「全然大丈夫じゃない顔だって! ……もうっ、ギル君もフレンちゃんも、怪我人なんだから大人しくしていて欲しいけどなっ!」
プンプンと怒りながらも、ローラさんは肩を貸してくれた。
霧の向こうで戦っている音がする。
やがてその音がなくなると、白い霧はまるで幻のように消えていった。
「ッ……!」
その先にいたのは、フレンが会いたいと望んでいた人だった。
触れれば壊れてしまいそうなまでに華奢な体。無気力にも見える無表情。
何も知らなかったフレンを導いてくれた彼女。
「――ブルームさん」
その名前を呟く。それだけで涙が零れてしまいそうだった。
もう二度と会えないかもしれないと思った。
彼女はどこかであっさりと死んでしまいそうな危うさがあったからだ。
もちろん、その強さを疑ったことはない。
けれど、常にどこかでこと切れてしまいそうな危うさが彼女には常にあった。
「――ブルームさん。待ってください」
その場を去ろうとしたブルームを、フレンは内心焦りながら呼び止めた。
彼女の顔がこちらを向く。
「久しぶり、ですね」
「……」
別れてから数年が経つはずなのに、彼女はそのままだった。
小さな背丈は変わらず、髪の長さすら一緒だ。
まるで彼女だけ時間が止まってしまったみたいだ。
「またあの時みたいに、霧のようにどこかに消えてしまうのですか?」
「目的を達成したから次の場所に向かうだけ」
「またそうやって言葉足らず……あなたの悪いところですよ」
「ご、ごめん……」
他人を突き放したような物言いもそのまま。
けれど、冷たい言葉とは裏腹にその心は存外温かいことはよく知っている。
「あなたのように己の目標に突き進んでいる方が他人にいつまでも構っていられないのも分かります。……ですが。ですがせめて、今は少しだけ、ここにいてくださいませんか?」
「……」
彼女が何のために生きているのかは知っている。
家族の仇を殺す為だ。
かつて、ブルームは言っていた。
フレンと同じように、家族を何者かに殺された、と。
殺人に特化したソウルライトを持つのは、復讐の為だろう。
そして、その力が一切衰えていないということは、彼女の復讐の炎は未だに燃え滾っている。
「……」
長い間沈黙するブルームの目をじっと見つめて、フレンは想いを伝えようとする。
せめて今だけは、復讐を忘れ、身を休めてくれないか。
そんなフレンの思いが伝わったのか、やがてブルームは諦めたようにため息をついた。
「わ、分かった。少しの間ここにいる」
「本当ですか!?」
もう一度、ブルームと一緒にいたい。
そんなフレンの願いが叶ったのだ。
はしたなく喜んでしまったのも、無理もないことだっただろう。




