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第62話 開戦の予感

 ギルにとって、先日の戦いは大きな意味を持つものだった。

 今までずっと追ってきた、連邦国滅亡の真相。そして、仲間の裏切りの真実を知った。


 それらを乗り越えたことによってギルの心は過去から解放された。

 けれど、彼の復讐は真の意味で終わってはいない。


 彼がずっと探していた復讐相手、フィルは結局のところ教会の歯車に過ぎなかった。

 彼は記憶を弄られ、教会の従順な聖職者に変えられていた。


 フィルを殺しただけで復讐は終わりではない。


 全ての元凶たる聖王国を、そしてその中心たる教会を打倒しなくては。

 彼が死んだ仲間に報いることができたと胸を張って言うことができるのは、その後だろう。


「……にしても、本当に大事になってきたな」


 かつて国をひっくり返そうとしていたギルとしても、見たこともない事態の大きさに冷や汗をかくほどだ。


 ギルたちの活躍によって教会の暗躍を突き止めた帝国は先日のアジト検挙の証拠を基に、聖王国の公的な糾弾を始めた。

 これは各国にかなり大きな影響を与えた。


 聖王国の影での悪行は他国も知るところだった。

 ただ、あまりに広大で強大な聖王国を相手にできるほど他国には余裕がなく、黙殺する他なかった。


 しかし、聖王国にも並ぶほどの大国である帝国が動くのであれば話は変わってくる。

 これ幸いとばかりに、諸国は帝国の後に続いて聖王国を非難した。


 諸国の非難に対して、聖王国は訴えの全てを『我が国を貶める為の虚偽』と断言。

 諸国を相手にしても尚引き下がらない姿勢を見せた。


 結果として、『戦争』と呼べるものが始まることになった。



 ◇



 帝国が聖王国との戦争を始めるという話は既に一般市民にまで伝わっている。

 その影響で、近頃の帝都はかなり騒がしくなっていた。


 巡回する騎士たちは物々しい雰囲気を纏うようになり、鍛冶屋を中心に一部の商人が忙しくなり始める。

 一部の住民は、帝都を離れることに決めたようだ。

 他国から出稼ぎに来ていた労働者たちが祖国へと帰っていく。


 逆に、帝都を訪れる人の姿もあった。

 帝都の一角には、市民たちに戦争への参加を呼びかけるデモ隊が集まっていた。


「今こそ、聖王国の闇を暴き立てる時だ!」

「兄弟の仇を取るんだ! 立ち上がれ!」


 帝国は正規軍である騎士とは別に志願兵の応募をしている。

 彼らもその一員だろう。


 志願兵の中で特に多いのは、聖王国に吸収された領地の出身者だ。

 ギルの故郷であるフレイ連邦国のように、聖王国の支配地になった結果故郷を追われた人間は多い。

 そういった背景から聖王国に恨みを持つ人間が集った結果、帝都は今までとは違う雰囲気に包まれていた。


「聖王国を焼け野原にするぞ! 俺たちの苦しみを味わわせてやる!」

「捕えた神官は奴隷にしてしまえばいい! 俺たちが搾取された分死ぬまで働かせるんだ!」


 強い語気で語る男たちは鬼気迫る表情をしている。

 怒声とでも言えるようなスピーチが響くと、同調者から野太い歓声が上がった。


 もし仮に彼らの前に聖王国民が現れれば、すぐにリンチが始まってしまうだろう。

 そう思わせるほどの激しい熱気だ。

 帝都の周辺のヴァンガード教会が軒並み閉鎖されるのも頷ける。



「なんか、怖い感じだね……」


 その様子を見ていたローラがポツリと呟いた。

 隣にいるリオはその声を聞くと、さりげなく彼女の前に立ち、守るように視線を遮った。


「みんな必死だからね」


 怯えるローラとは対照的に、リオの顔に動揺はない。


 平行世界の記憶を持つリオにとって、戦争の空気は慣れ親しんだものだ。

 ローラを取り戻すため、平行世界の彼は何度も戦争に身を投じてきた。


「たしかに、これは少し予想外でした……」


 ローラと同じように少し怯えた様子を見せるのはフレンだ。

 冒険者として活動する中でそれなりの修羅場を潜ってきた彼女だが、ここまで大規模な『戦争』に身を投じるのは初めてのことだ。


 少々気圧されているというのが正直なところだ。


「まあ、熱気に支配された人間ってのは思いもよらない行動力を発揮するもんだからな。落ち着かないなら、少し深呼吸してみたらいい」


 ギルの言葉を聞いたフレンは、その場で何度か深呼吸をする。

 すると、彼女はやや落ち着いたようだ。


「ありがとうございます。……ギルさんは、こういうことに慣れているんですね」

「まあな」


 素っ気なく返したギルは普段通りだ。

 彼は動揺を決して表に出さない。

 生死をかけた戦いの場は、ギルにとって何度も経験した場だ。

 戦場の熱狂の中でも冷静さを保つスキルを彼は身につけていた。


 一方、彼らの後ろをひっそりと歩くブルームは。


 あー、ギルフレてぇてぇなぁ……。


 周囲の空気に全く気づいていなかった。

 相変わらずどこか現実感のない態度で世界に向き合う彼女にとって、大事なのは世界情勢ではなく推しカプの様子だった。


 ぶっきらぼうに気を遣うギルからしか取れない栄養素がある。

 彼女は今この瞬間確信したのだ。




 そしておよそ2週間後、帝国は聖王国へ宣戦布告。

 大陸において最高クラスの力を持つ2国は、ついに戦争状態へと突入した。

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