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第52話 啓示

「チッ……!」


 振り下ろした短剣が空を切り、ギルは舌打ちをする。

 フィル──黒牧師トレイターは、細剣を片手に持ち素早い身のこなしでギルの攻撃を回避していた。


 今ここで戦っているのはギルのみだ。

 リオが大怪我を負った為、ローラはその治療。

 そして、無防備になる2人を守るためにフレンにはそちらについてもらった。


 先程までの悪辣な戦法を鑑みると、まだ伏兵がいてもおかしくない。

 今まで何があってもローラを守ってきたリオが動けない今、2人を無防備にはさせられなかった。


 ただ、フィルと2人きりになれたのは、ギルにとって幸運だったとも言えよう。

 彼と会話する時間を作ることができる。


 フィルの冷たい瞳がギルを捉える。

 やはりギルを見ても何の感慨も浮かんでいないようだった。

 憎しみも罪悪感も親しさも、何も感じない無関心。


 その瞳を見たギルは、この戦闘の前に交わした会話を改めて思い出した。



 ◇



「──ギル。クリミナルのソウルライトについて、覚えている?」


 ブルームが突然ギルに話しかけてきたのは、この戦いが始まる直前だった。

 ギルは内心驚きながらも振り返る。

 相変わらず気配なく近づいて来るブルームは心臓に悪い。

 そのまま心臓をグサりと刺されそうだ。


 とは言え、彼女が話したいことはなんとなく分かった。


「クリミナルのソウルライトは『洗脳』。対象の心を操り思い通りに動かす力だろ」

「そう」


 ブルームは僅かばかり間を置いて話を続けた。


「──それなら、もし仮にクリミナルが連邦の政変に関わっていたなら。あなたの仲間の裏切りは、彼女の力で行われたことだと思わない?」

「……」


 それはギルも考えたことのある可能性だった。

 献身的にレジスタンスとしての活動を行っていたフィルが突然豹変した理由は今までずっと分からなかった。

 けれど、クリミナルの『洗脳』を受けた、フィルが操られていたと考えると全て納得がいく。


 ただ、ブルームが今そんなことを突然言ってきた理由については全く分からない。


「それで、お前は何を言いたいんだ?」


 ギルがぶっきらぼうに返すと、ブルームは珍しくうろたえているように見えた。

 いつも冷徹にこちらを見つめる瞳がゆらゆらと揺れている。


「……だから、あなたが罪の意識を持つ必要はない」


 しばらく理解が追い付かなくて、ギルは固まってしまった。


 つまり、ブルームはこう言いたいのか。

 フィルが裏切ったのはソウルライトによるものだから、ギルがフィルを信用してしまったことを気に病む必要はない、と。


「……ははっ」


 思わず笑いが出てしまう。

 そんなギルに対して、ブルームは怪訝な目を向けた。


「……?」

「いや、悪い。まさかお前からそんな優しい言葉が聞けるとは思っていなかったからな。少し驚いたというか……ありがとよ」


 お礼の言葉を聞いたブルームは、さらに眉をひそめてギルの顔を見つめた。

 まるで彼が偽物ではないかと疑っているようだ。


「てっきり怒ると思った」

「まさか。お前の不器用すぎる気遣いは嫌いじゃないぞ」


 ブルームの想像では、ギルは自分に気を遣われたら気を損ねると思っていた。

 彼は自分のやり方について部外者にとやかく言われることを嫌う。


 ブルームにとって想定外だったのは、彼が思っていた以上に彼女に仲間意識を覚えていたことだった。


「そうかもな。まあ、たとえそうだったとしても、俺のやるべきことに代わりはないが……覚えておくよ」



 ◇



 ギルは剣を交えているフィルの顔を改めて見る。

 数年ぶりに見た彼の顔は、随分と印象が変わっていた。

 頬に肉が付き、目の下のクマがなくなっている。

 その顔は、ギルの大嫌いな神官によく似ていた。


 そしてその他人を見るような目は、全くの別人になったようだった。


 ──全て『洗脳』の影響と考えれば辻褄が合う。


「なあお前。昔の記憶はあるか?」


 ギルが問いかけると、フィルは怪訝そうに眉をひそめた。


「過去? いいや、ないも同然だな。──私にとって、『啓示』を受ける前の私など、私ではない」


 突然、彼はまるで神の偉業を語るような口調で語り出す。

 それは何かに熱狂している人間の、狂っている人間の様子によく似ていた。


「啓示?」

「ある日、私の元に主が舞い降りたのだ」


 その瞳は既に目の前のギルを捉えていなかった。

 虚空を眺める目は、ここに存在しない神を見据えているようだ。


「主は私に示してくださった。この世界の残酷さと苦しみの根源を。そして私は理解したのだ。──この世が苦しみに溢れているのは、主を信じぬ愚か者が世界に溢れているからだ」


 彼の口調に熱が乗る。


「主の世界の為に、私は仕事を全うする。主の威光を知らぬ者たちに啓蒙を与えるのだ」

「……それは、連邦国を裏切った時も同じことを考えていたのか?」


 絞り出すように言ったギルの言葉に、フィルはカラカラと笑った。


「連邦……ああ、あの品のない蛮国か! 勿論だとも! サルに主の威光を示すのは神官の務めだ!」

「……ああ、そうか」


 ああ、分かってしまえば簡単なことだった。

 ギルは今にも溢れてしまいそうな感情を抑えながら思考を巡らす。


 多分、遥か昔にかけられた『洗脳』はもう既に解けている。

 ただ、その時に刷り込まれた記憶と価値観は未だに彼の中に存在し続けた。


 神に会った。

 そんな偽りの記憶を植え付けられた彼は熱烈な信徒となった。


 神を盲信する彼は、もはや完全に別人だ。



 コレに過去との繋がりを求めるのは馬鹿げたことだった。


 かつての友誼とか、フィルの行動の深い理由とか、そんなのはどうだって良かったんだ。

 深く考えていたのがバカみたいだ。


 このクソ野郎を殺す。それだけで十分だった。


「行くぞ、俺の半身」


 準備は既に整った。

 分身体と入れ替わり戦闘を任せていたギルの本体がフィルの背後から迫る。


 2方向からの挟撃により敵を確実に仕留める。

 ギルのいつものやり口だ。


「ッ!」


 正面を向いたまま分身体を迎撃しようとしたフィルは──振り向きと同時にギルの本体を細剣で貫いた。


「ガッ……!?」


 ギルが驚愕と共に倒れ込む。

 分身は本体とまったく同じ見た目を持っている。

 一撃目で本体を見抜かれることなど、今まで一度もなかった。


「──私の中で主が囁いたのです。お前のような卑怯者がどのような戦法を取るのか」


 半ば別人となったフィルだが、記憶だけはどこかで持っていたのだろう。

 ギルのソウルライトを、戦術を覚えていた。


「ハッ、何でも神サマのお蔭にできる奴は人生が楽そうでいいな」


 悪態をつきつつも、腹を抑えて立ち上がる。

 途端に全身を貫いた激痛に、ギルは引き攣った笑いを浮かべた。

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