第48話 新たなるイレギュラー
「まったく、人を不愉快にさせるのもたいがいにして欲しいものじゃのう」
ヴァンガード教会において最高権力の象徴である大聖堂、その地下室。
そこ歩くミレディは、不機嫌そうに呟いた。
先日からロクな報告が上がってこない。
クリミナルによる誘拐作戦の失敗に始まり、帝国内部での相次ぐ失敗。
ただでさえ、『白霧の死』を取り逃がして以来ミレディの気持ちは落ち着かなかった。
不死身の吸血鬼として300年間暗躍し続けたミレディを殺し得る唯一の存在であるブルームのソウルライト。
ただでさえ脅威だったそれは、ミレディとの接敵を経てさらなる進化を遂げてしまった。
吸血鬼殺しとも言える陽光を操る力。
大きな懸念が生まれた今、彼女の計画には大きな狂いが生じている。
ミレディはつねに奇襲を警戒しなければならない立場になった。
迂闊に地下室から出れば殺されるかもしれない。
永い時を生きた彼女は、死の恐怖に人一倍敏感だった。
ミレディ自身が自由に行動するためにも、ブルームの排除は最優先課題となった。
「まったく、忌々しい従僕の失敗作は見るのも不快じゃのう」
彼女の目の前には何体もの人間の死体が転がっていた。
その死因は血液の拒絶反応によるショック死だ。
吸血鬼は自らの血を分け与えることにより眷属を作ることができる。
しかし、眷属として覚醒できる素質を持つ人間は少ない。
多くの場合は、吸血鬼の血を摂取した段階で拒否反応により死んでしまう。
ミレディは聖王国の孤児院やスラム街を中心に人を集め、眷属化の実験対象にしていた。
既に壊した人間は100を超える。
死体にはもう興味がない。
むしろ、失敗作を目にするのはミレディにとって不快極まりないものだった。
ミレディにとって人間は下等な生き物であり嫌悪の対象だ。
そんなものに血を分け与えること自体気に食わない。
ただ、あの死神を殺すためなら手段を選んではいられないだろう。
ただひたすらにブルームを殺すことのできる存在を作るために、ミレディは淡々と作業を進めていた。
◇
ヴァンガード教会、その暗部を司る部署は、現在混乱状態にあった。
帝国内に潜ませていたアジトが次々と検挙されている。
アジトは奴隷の売買だけでなく帝国の動向の監視という役割も持っていた。
それらが次々と潰されたことにより、情報収集にも影響が出ている。
それらの業務を統括していた男──『黒牧師トレイター』は状況の把握と対処が求められていた。
「トレイター様。ご報告致します。先日より続くアジトの襲撃について、大司教様よりご指示がありました」
「大司教様から……?」
トレイターは驚きを隠せなかった。
最高権力者たる大司教は国外の任務についてほとんど口を出すことがなかった。
それだけ事態が重く見られているということだろうか。トレイターはさらに憂鬱な気分を加速させる。
「それで、大司教様は何と?」
「はい。『援軍をよこす。至急対処するように』とのことです」
「援軍……?」
これまた初めて聞く指示だった。
トレイターは顎に手を当てて考える。
「先日の任務の失敗が重く見られている、か……?」
トレイターは今まで得た情報からそう推測した。
大司教自ら指揮を執り帝国内での『時戻し』誘拐作戦を実行したのはつい先日のことだ。
そしてこの任務は黒牧師クリミナルの捕縛という最悪の失敗で終わっている。
彼女の同僚であるトレイターとしては忌々しいことこの上ない。
おそらくクリミナルの尋問からアジトの情報が割れたのだろう。
数々の人間を拷問し殺してきたクリミナル自身があっさりと口を割るとはどういうことだ、とトレイターは憤慨したものだ。
栄光ある黒牧師の職を拝した以上、教会への忠義を全うするべきだ。
トレイターは本気でそう思っていた。
「それで、援軍というのは?」
「はい。……こちらへ」
伝令をしていた神官が部屋の外で待機していた人物に声をかける。
入ってきたのは、異常なまでに青白い顔をした少女だった。
金色の髪に、病的なまでに細い体付き。不健康な血色がなければ、それなりに容姿の整った少女だっただろう。
その瞳は、まるで周囲の人間が存在しないかのように無関心だった。
彼女は右手を胸にあてると恭しくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私は黒牧師第零位階、ジャベリンと申します」
「……は? 第零?」
聞いたことのない呼称に、トレイターは一瞬固まった。
しかしジャベリンの目は少しも揺らぐことはない。
「第零とはどういうことだ? それに、俺はジャベリンなどという黒牧師は聞いたことはないぞ」
「ええ。つい先日ミレディ様より直々に授かった称号です」
「大司教様から直々に……?」
トレイターは眉をひそめて不快感を露にした。
教会へと忠誠を誓い黒牧師という称号に誇りを持っているトレイターにとって、その言葉は激しい嫉妬を覚えさせるものだった。
トレイターは黒牧師として第四位階を授かっている。
しかし、それはトレイターにとって不満なものだった。
あの気に食わない女──クリミナルより自分が下など、納得できない。
そのように考えていた時に突然『第零』などという特別な称号を与えられた少女が現れた。
不愉快極まりない、というのがトレイターの率直な感想だった。
「ミレディ様から伝言がございました。『白霧の死』の相手は私に任せろとのことです」
「なに……?」
ふざけるな、というのが率直な感想だった。
これは教会の危機であると同時にトレイターが昇進するための貴重な機会なのだ。
それに、彼としても自分の仕事を何度も邪魔された恨みがある。
『白霧の死』とそれに連なる者どもは自分の手で殺さなければ気が済まないと思っていたところだ。
「貴様はいったいどんな権利があって俺に指図をしてるのだ?」
帝国内における指揮権はトレイターに委ねられている。
これは彼がかつて連邦を潰した功績が認められてのことだ。
ぽっと出の小娘にとやかく言われる筋合いはない。
「ミレディ様のご指示のままに」
ジャベリンが無関心に呟くと、身に纏う雰囲気が変わった。
彼女は凄まじい殺気を身に纏っていた。
言うことを聞かないのなら殺す。言外にそう告げているようだ。
その場に居合わせた伝令の男は思わず身震いした。
ジャベリンの身を貫かんばかりの殺気はその場にいるだけでも恐怖を覚えさせるものだった。
しかし、相対するトレイターもまた数々の修羅場を乗り越えて黒牧師まで上り詰めた実力者。
彼は腰に下げたレイピアを抜き放ち構えた。
「……ッ!」
トレイターがレイピアを構えて飛び出す。
それを見たジャベリンは前傾姿勢を取り──
その後、『白霧の死』の殺害任務は正式にジャベリンに委ねられることになった。
裏社会においては実力あるものが上。
トレイターはその事実を体に刻み込まれた。




