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第40話 幼馴染カプ論

 上品なタキシードに身を包んだ少年が、ソワソワとした様子で噴水の前に立っていた。

 明らか正装に慣れていない様子だ。

 新調したジャケットには皺1つなく、黒いスラックスはしっかりと折り目がついている。

 

 初々しい様子だが、フォーマルな服装からは気合が感じられる。

 

 「――リオ、お待たせ!」


 自らを呼ぶ声がして少年は振り返る。その瞬間、息が止まった。

 彼を呼んだ少女は、いつもとは全く違う装いをしていた。


 まず目に付いたのは、色鮮やかな薄緑色だ。

 シンプルなデザインのフレアドレスで、肩や首のあたりがレースになっている。

 彼女の健康的な首筋や二の腕が覗き、リオの心を揺さぶる。

 

 腰のあたりはキュッと引き締まっていて、いつも以上に女性らしいシルエットを強調している。

 

 ほっそりとした手首にはパールのネックレス。

 普段あまり装飾品をつけない彼女らしからぬ装いは、今日が特別な日であることを強く意識させる。

 

 それは、貴族令嬢にも決して見劣りしない可憐な少女だった。

 

 「リオ、どうしたの……?」


 リオがいつまで経っても黙ったままなので、ローラは不安げに問いかける。

 明るい様子を見せる彼女だが、内心は自分の装いが変に思われないか不安に思っていた。


 「な、なんでもない! ちょっと見とれてただけだから!」

 「へっ!? み、見とれてたって……」

 

 互いに顔を真っ赤にしてあたふたとする2人。

 

 

 ――てえてえ。

 

 俺はそんな2人を遠くから観察しながら悦に浸っていた。

 例のごとく『死神の眼』を活用して遠くからの観察である。

 最近は読唇術の練度も上がってきて、離れた場所からでも会話内容はほとんど把握できるようになった。これでオタ活も捗るというものだ。

 

 

 リオが顔を真っ赤にしながらもローラに腕を差し出した。

 エスコートの作法として教わったのだろう。

 

 ローラは恐る恐るそれを手に取り、2人は会場へと入って行った。

 


 受付で招待状を見せた2人は、スムーズにパーティ会場内へと入れたようだ。

 俺はロケーションを変えて茂みの中に潜みながらそれを観察する。

 

 美麗なシャンデリアに、豪奢な飾りつけ。

 煌びやかなパーティー会場は、見るものを威圧しているようですらあった。

 行き交う人々も皆上品な装いに身を包んでいる。

 

 「な、なんかすごいところに来ちゃったね……」

 「うん……」


 こういった煌びやかな世界に馴染みのない2人は気圧されているようだ。

 おいリオ、しっかりしろ! お前がエスコートするんだぞ!


 「ロ、ローラ。不安だったら、僕の手を掴んで」


 震える声でリオが言った。

 強がりだと分かるくらいに震える声。しかし彼の目はどこまでも真剣だった。

 

 それを聞いたローラは、しばらく目を真ん丸に見開いた後にカラカラと笑いだした。


 「――アハハッ、ありがとう、リオ!」


 ローラが上機嫌にギュッと手を握る。

 それに対してリオは不満げな顔をした。


 「ムッ、なんで笑ってるの?」

「アハハ、ごめんごめん。リオの気遣いが嬉しかっただけだよ」


 多分、ローラはリオが自分以上に緊張しているのを見てどこか吹っ切れたのだと思う。

 

 ローラ以上に緊張して、それでもローラを勇気づける為に気遣いを見せたリオ。

 その気遣いが嬉しかったというのは嘘ではないのだろう。

 リオは揶揄われたと思って少し不機嫌だが、ローラの方は随分とご機嫌だ。

 2人とも肩の力が抜けた。

 

 ……あー、いいな。無限に見ていられる。久しぶりに幼馴染カプの栄養素を摂取できたわ。

 推しカプの生存に感謝を。南無南無。

 

 

 会場内には既に何人もの貴族たちが着席していた。

 席は8割近くが埋まっているだろうか。

 彼らはグラスを片手に楽しそうに談笑している。


 2人もまた案内に従って席についた。

 すると、さっそく前菜が用意される。

 1口サイズに切ったパンの上にトマトとアボカドが載っている上品な料理だ。

 

 「リオ、これってもう食べていいのかな」

 「うん、みんな食べてるよ。僕も1つもらおうかな」

 

 2人で同じ料理を口にする。

 すると、ローラはすぐに目を真ん丸に開いた。


 「お、美味しい……! リオ、これ美味しいよ!」

 「うん……美味しいね……!」


 今回のパーティーの料理は公爵家の料理人が作ったもの。

 庶民としての生活を続けていた2人にとっては未知の美味だった。

 

 続けて出てくる料理もどんどんと食べていく。


 「あはは、リオ、なんか口についてるよ! とってあげる」

 「ロ、ローラ!?」

 

 ハンカチを取り出したローラが、リオの口元を拭う。

 急な接近に反応できなかったリオは、顔を赤くしつつもそれを受け入れた。

 

 「うん、できた」

 「ローラ、僕ももう子どもじゃないんだから、そういうのは恥ずかしいよ……」

 「えー、でも口にソース付けてるのは子どもだよー?」

 

 ローラはいつもとは違ういたずらっぽい笑みを浮かべた。

 普段とは違う装いも相まって、その様子はまるで別人のように大人びて見えた。


 その様子を見たリオの顔には、どこか焦りのような感情があった。

 きっと、いつの間にか大人っぽくなってしまった幼馴染に焦りを感じたのだろう。

 

 「ぼ、僕はいつまでも子どもじゃないよ……!」

 

 少し声を大きくして言ったリオが、真剣な瞳でローラのことを見つめる。

 

 ちょっとだけ揶揄っただけのつもりだったローラ。

 しかし予想外に真剣な瞳に見つめられて、戸惑ってしまう。

 

 その瞳は、リオを1人の男として意識させるには十分すぎるものだった。

 見つめられたローラの顔がどんどん赤くなっていく。

 

 「う、うん……」

 

 ローラは気恥ずかしさを隠すように料理に手をつける。

 しかしその耳が赤くなっていることまでは隠し切れない。

 リオもまた、直前までの自分の言動が恥ずかしくなり料理をゆっくりと食べだした。


 て、てえてえ……!

 お互いに赤面してる幼馴染カプはやはりいいものだ……!

 

 幼馴染という奴は互いに気安い関係な分、揶揄いなどのイベントが発生しやすい。

 そこからどれだけ尊い成分が抽出できるかどうかは幼馴染カプの魅力を決定づけると言っても過言ではない。

 今回の一件については推しカプ厨の俺からすれば……100点、かな。

 素晴らしい栄養素の配合だった。

 

 2人には末永く結婚しろという言葉を贈りたい。

 結婚式をする時には教えてくれ。

 こっそり覗きに行く。

 

 その後のパーティーはつつがなく進行した。

 主催である公爵夫妻が全体に挨拶した後、個々に話しかけていく。

 彼らを招待した張本人である公爵夫人は、ローラがこの場にいるのをひどく嬉しそうにしていた。

 

 俺がニマニマとその様子を眺めていると、隣の茂みからガサガサと音がした。

 

 「……?」

 

 まさか俺と同じ推しカプ厨の道を行く者か……!と思ったが、何やら様子がおかしい。

 姿を現した彼らは全身黒ずくめで、顔を半分ほど覆うマスクをしていた。

 なんて怪しい奴らだ。

 

 「ターゲットは?」

 「確認できました! 突入しますか?」

 「ああ、手筈通りだ」


 しばらくボーっと見つめて、ようやく事態に気づく。

 こいつら、公爵家のパーティーを邪魔するつもりか……!

 激しい憤りが俺の中で燃え上がる。

 

 「推しカプの邪魔は絶対に許さない」

 

 ゆっくりと『死神の大鎌』を手に取る。

 

 「なんだ!?」

 「だ、誰――」

 

 数秒もすれば沈黙が訪れる。

 俺は安堵のため息をつく。

 

 ふう、これで好きなだけ推しカプの観察ができるぜ。

 

 俺は互いの顔を見て笑い合っている2人の様子を見てニヤニヤする作業へと戻った。

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