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第38話 バツゲーム2

 俺の体調が悪い時は、フレンにかなり世話になった。

 ベッドまで水や食料を持ってきてくれたのは彼女だ。他にも色んな気を使ってもらった。


 本当に頭が上がらない。

 

 ……上がらないが、フレンの頼みと言えど聞けないこともある。

 

 「というわけで、ブルームさんは私と皆さんを心配させたのでバツゲームです」


 にっこりと笑いながら言うフレンに、俺はブルブルと首を横に振った。

 

 「バ、バツゲームは前にやった」

 「ダメです。今回の分です」


 ニコニコと笑う姿がなぜか恐ろしく見える。

 もはや反論すらできない。

 

 「も、もしかしてまたあの店に……?」

 

 ま、まずい……尊厳破壊の危機だ……『お人形さん』にされてしまう……!

 しかし、フレンは小さく首を横に振った。

 

 「いいえ、違います。今回のブルームさんは――メイドさんです」

「…………え?」


 全く理解できない言葉に、俺はしばらく固まった。

 

 

 

 

 「ふんふん……」

 

 上機嫌な様子でフレンは帝都の大通りを歩く。

 俺はまるで出荷される牛のようにその後ろからついていくのみだ。


 「ど、どこに連れていく気……?」

 「秘密です」


 こ、怖い。

 何が起こるのか分からないのが一番恐ろしい……。

 

 やがてフレンは目的の建物を見つけたらしくその中へと入っていく。

 そこは帝都の中心部から少し離れた場所にある店だった。

 

 周辺には酒場などが多いらしく、昼から開いているのはこの店くらいだ。

 何の店だ?

 

 「こんにちは、カリンさん。お約束通り連れてきました」

 「あ、フレンさんいらっしゃい! え、もしかしてその可愛い子が!?」

「ええ」

 

 フレンが知り合いらしき女の子と会話しているのを横目に内装を観察する。

 カフェのような見た目だろうか。

 

 中にいるのは、容姿の整った女の子ばかりだ。

 そして、彼女らはみな一様に可愛らしいメイド服を着ていた。


 「……?」

 

 意味不明な光景に一瞬思考が止まる。

 しかしフレンは馴染みのある光景らしく戸惑った様子はない。


 なんだこの、前世で言うメイド喫茶のような雰囲気は……!

 

「それではブルームさん、さっそく着替えてきましょうか。大丈夫です。仕立ては既に終えてくださっていますから」

「えっとフレン、私はいったい何を……」


 そう聞くと、フレンは楽しそうな笑みを一層深めた。


 「ブルームさんには今日一日、メイドさんとして働いてもらいます」

 


 ◇


 

 一切の抵抗は無駄だった……。

 疲れ果てた俺がよろよろと更衣室を出ると、すぐにキラキラと目を輝かせるフレンと視線が合った。

 

「ブ、ブルームさん、最高です。想像以上の出来ですね!」

 「クッ……こ、ころせ……!」

 

 俺がフレンから目を逸らして下を向くと、自分の身を包むメイド服が目に入った。

 本物のメイドというものはこの世界で何度か見たことがあるが、それよりも随分と華美な衣装だった。

 

 まず目につくのは膝程度までしかないミニスカートだ。

 ふんわりと広がった裾の下からはほっそりとした脚が伸びている。

 トップスは黒のブラウス。シンプルなデザインだが、胸元の大きなリボンが可愛らしさを引き立てる。

 頭にはメイドの定番とも言える白のカチューシャ。

 

 文句なく可愛い。

 可愛いが、屈辱である。

 俺は最後の抵抗を試みる。

 

「フ、フレン。本物のメイドを知る者として、この衣装はおかしいと思わない?」

「いいえ。服装は重要ではないのです。私が考えるに、メイドに最も大事なのは奉仕精神です。相手を喜ばせよう、満足させようとする気持ち。それに最適化された姿こそメイド服。つまりこの場において最適な服装とは今の可愛らしいブルームさんの姿なのです!」

 

 熱弁する彼女の目はずっとキラキラしていた。

 ああ、ダメだ。あれは何を言っても譲らない目だ。

 

 その様子を見ていたメイド店員さんが声をかけてくる。


 「ブルームさんは初めてだからホールをお願い。注文取って運ぶだけでいいから」

 「え? え?」

 

 有無を言わさぬ様子でメニューとマニュアルを渡される。

 軽いレクチャーをしてもらうと、あっという間に開店時間となってしまった。


 そこで俺はようやく事態を把握した。

 バツゲームってメイド喫茶の店員をしろってことか!?


 

 フレンは客側の席に座って悠々と紅茶を飲んでいた。

 流石は元貴族令嬢、様になっている。

 

 その他にもお客が入ってきて、ガヤガヤと店内が騒がしくなる。

 

 え、どうしよう……。

 前世では体が弱かったからアルバイトなんてしたことがない。

 仕事のやり方は教えてもらったが、いざ実践となると困惑してしまう。

 

 「あ、すいませーん」


 客が明らかに俺の方を向いて声をかけてきている。

 ……こうなればもはや逃げることは不可能か。

 

 俺は意を決して足早にテーブルへと歩み寄った。

 テーブルには2人連れの男性客が座っていた。

 マニュアル通りに会話を試みる。

 

 「――注文は?」

 「え、あ、えっと……」


 おい、さすがに愛想が悪すぎだろ!

 接客の場においても、ブルームの不愛想スキルは遺憾なく発揮されていた。

 

 男性客も戸惑った様子だ。

 すまん……。


 「オムライスを2つ」

 「……かしこまりました」

 

 注文を聞いて、キッチンへと伝える為にバックへ下がる。

 すると、先程の客の会話が聞こえてきた。

 

 「あのメイドさんなんか目が怖かったな……」

 「そうか? クールで可愛かったと思うけどな。ここのメイドさんはハキハキして明るい子ばかりだから逆に新鮮というか……」

 

 良かった。少なくとも店に文句を言われるようなことはないようだ。

 ブルームの容姿の良さに救われただろうか。


 厨房から料理を受け取って先程の席へと運ぶ。

 さっきの反省を活かして、なるべく愛想のよい態度を心掛ける。

 

 「お、お待たせしました。オムライス2つ、です」

 

 おっかなびっくりテーブルに皿を置く。

 多分表情は変わっていないが、口調を取り繕うことには成功した。

 2人の男性客は特に気分を害した様子もなく会釈し、食事を始めた。


 俺は安心に一息ついてバックへ下がろうとする。

 すると、待ってましたとばかりに声をかけられる。

 

「――店員さん、よろしいでしょうか?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、ニコニコとこちらを見るフレンの姿があった。

 俺は渋々彼女の席へと向かう。


 「このお仕事はどうですか?」

 「……恥ずかしい。もっと普通の服でやらせて欲しい」


 それなりの頻度で客の目がこちらを向いているのが分かる。

 こんなミニスカートをフリフリしていたら見られるのも当然だろう。


 「フフ、ですがお仕事自体はあまり抵抗がないようですね」

 「それは、まあ……」

 

 正直、新鮮な体験なので面白さを感じている自分がいる。

 

 体の弱かった前世では、アルバイトなんてできなかった。


 高校生にもなると同年代にはアルバイトをしている人も多かった気がする。

 ぼんやりと、それを羨ましく思った記憶がある。


 自分でお金を稼いで、それを使って遊んだりデートしたりする。

 そんな当たり前が羨ましかった。

 

 そんな物思いに耽る俺に、フレンは柔らかい口調で語りかける。

 

「お店のチョイスはともかく。私はブルームさんに荒事以外の仕事も知って欲しかったんですよ。あなたは色んなことを知っているけれど、こういった経験はないでしょう?」

 「……そうだね」

 

 こういう当たり前は、この世界に来てからも経験していなかった。

 力をつけて情報を得るためには冒険者として働くのが一番早かったからだ。

 ああ、そうやって言われると、バツゲームでこの仕事をやっているのも悪くない気がしてきた。


「……その、フレンにそうやって気遣ってもらって、嬉しい。ありがとう」

「フフッ、いえいえ。……それではブルームさん。オムライスを1つ。最後に愛情のトッピングを所望します」


 急にお茶目な顔をしたフレンに俺は首をかしげる。


 「愛情……トッピング……?」

 「あら、マニュアルにはなかったんですね? ……それでは、僭越ながら私からお伝えしましょうか」

 

 その後、俺はオムライスにケチャップでハートマークを書く未知の文化を経験した。

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