第37話 コスプレ
ミレディとの戦いの後遺症が消え、ようやく俺は自由に動けるようになった。
これでようやく気になっていたことを確かめられる。
ミレディとの戦いの時、俺には本来のブルームの声が聞こえた。
彼女は俺に自らのソウルライトに目を向けるよう助言してくれた。
彼女がいなければ俺はここに帰ってこれなかっただろう。
しかし、あの日以来俺の内から聞こえる声はすっかり聞こえなくなってしまった。
せっかくだから彼女とはもっと話したい。
この世界に来た時に、俺は一度ブルームの記憶を読み取っている。
その苦しみや葛藤、絶望と殺意を追体験した。
原作で明かされることのなかった彼女の様々な記憶。
その在り方を観測して、俺は彼女が『推し』になってしまったのだ。
だから、ブルームが死んでしまったと思った時はショックだった。
でも、今なら会話できるかもしれない。
本来のブルームと。絶望を抱えたまま死んで行ってしまった少女と。
どうすれば本来のブルームはもう一度出てきてくれるだろうか。
色々と考えて、俺はブルームを呼び出す儀式を試みることにした。
自室の鏡の前で、俺はうんうんと唸っていた。
「もう1人の私へ。……いや、違う、私じゃない。ブルームへ?」
鏡の中の自分にあれこれ話しかける。……冷静になるとかなり不審な行動だな。
「話をしよう。いや、して欲しい。……ちょっとお茶しない?」
うんともすんとも言わない。これでは俺の頭がおかしいみたいじゃないか。
……考え方を変えよう。
俺の予想では、本来のブルームは出てこれないのではなく出てこないだけだ。
彼女の性格はかなり捻くれていて厭世的だ。
俺と不要な会話をするのを嫌っている可能性が高い。
であれば、出てこざるを得ない状況を作ればいい。
俺は決死の覚悟で衣装棚を開く。
そこにあったのは、以前フレンに無理やり着せられたゴスロリ風のドレスだ。
これはまさに背水の陣。我が身を削っての攻勢と言えよう。
頬の熱を我慢して鏡の前に立つ。
俺の姿はいつかのゴスロリを着た『お人形さん』の格好になっていた。
「あ、あなたが出てこなければこの恥ずかしい格好を続ける……!」
俺の体とはすなわち彼女のもの。
であれば、この肉体が恥ずかしい目に遭うところを黙って見ていられないはずだ……!
「……」
ち、沈黙が痛い……。
これではただコスプレして鏡を見てる奴だ。
ブルームが出てくる気配はない。
しかし、勘違いでなければ俺の中に動揺したような気配があったような気がする。
ひょっとしたら、あともうひと押しなのではないだろうか。
まだ足りないというのか……恥ずかしさが……!
「……!」
試しに鏡に向かってピースサイン。
しかし顔は無表情なままなので逆にシュールだ。
俺の内に気配は特に感じられない。
「……こうなれば」
もはやなりふり構っていられない。
ここまでやって徒労だったとか、あまりにも耐え難い。
多分、大負けしたギャンブラーがさらに金をつぎ込む時はこんな心理なのだろう。
俺はフリフリのロングスカートの端をちょこんと持った。
そして端からゆっくりとめくりあげていく。ほっそりとした足首が見え、真っ白な太ももが見えていく。
鏡をじっと見てその様を観測していると、全身が暑くなって手が震えてくる。
そして太ももの上までスカートの端が上がっていき──
『ま、まって……』
俺の内から恥ずかし気な少女の声がした。
◇
『恥知らず。ありえない』
ご、ごめん……。
だいぶ怒っている声に俺は素直に謝った。
たしかに、冷静に思い返してみるとだいぶヤバい事してたな……。
「それで、さっそく確認したいんだけど。ブルームは……君は、まだ生きているの?」
『いいえ、生きていない。私は魂の残滓のようなもの』
気を取り直して会話を試みると、意外と素直に応じてくれた。
しかし、その返答はあまり穏やかなものではなかった。
「ということは、いつか消えてしまう……?」
『そう』
深刻な話をしている割に、ブルームの声は単調だった。
まるで自分の生死に興味がないようだ。
「ちなみに、こうやって話してると消滅が早まったりとかは……」
『しない』
話をするのが困難なわけではないようだ。
やはり俺と会話をする気がなかっただけらしい。
『……私と会話しても意味はない。私は亡霊のようなもの。今を生きる人に何の影響も与えない』
「でも、あなたは私を助けてくれた」
『……』
あの時、彼女に言われなければ気づけなかった。
己の、己自身の魂の輝きに。
「だから、お礼だけでも言いたかった」
『……そう』
彼女の返答はまるで他人事のようだった。
「ねえ、何かしたいこととかない?」
『…………え?』
俺の問いかけに、彼女は困惑したような声を上げた。
「行きたい場所があれば、私が代わりに行ってあげる。ストリートビューみたいなもの」
『スト……? 別に、ない。私にあるのは復讐だけ』
やっぱりそういう答えになるか。
一度彼女の記憶を読み取った俺にとっては予想できたことだ。
ブルームにとって己の人生は復讐に捧げられていた。
寝る間も惜しんでソウルライトの研鑽に励み、裏社会の情報通を当たり復讐相手を探し回っていた。
だから彼女はそれ以外のことを知らない。
でもそれは、当たり前の幸福を望まなかった、ということにはならない。
「私たちは、部分的に似ている。他人の当たり前の幸福を心のどこかで羨んでいた。復讐さえなければ、病気さえなければ、自分もああなれたかもしれないと思っている」
『…………』
ブルームは俺の言葉に返事をしなかった。
多分、これ以上何も言う気がないのだろう。
まあ、今日のおしゃべりはこれくらいかな。
少し彼女のデリケートな部分に触れ過ぎた。彼女にも思考を整理する時間が必要だろう。
……もっとも、彼女にどれだけの時間が残されているのか俺には知りようもないのだが。
「ふう……」
意識を自分の内面から外へと向ける。
目の前には鏡。相変わらず現実離れしたゴスロリ姿の俺。
……やはり似合っているかもしれない。
俺は鏡に向かって軽くポーズを取ってみる。
自分のうちから怒られるような気配がした。




