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第34話 クリミナル

「さて、これで準備は万端。後は明日の夕方の実行を待つのみ、かねえ」


 派手に神官服を改造した女、クリミナルはそう呟いた。

 その手元には配下からの報告書が握られている。


 彼女の配下は犯罪組織『堕落の黒蛇』。

 あらゆる犯罪に精通する彼らは、明日の作戦の為に準備を行っていた。


 その目的はリオ、ローラ、そしてブルームの3人を聖王国までおびき寄せることだ。

 大司教ミレディ直々に命じられた任務。


 水晶玉を通した通話で、ミレディはこのように語っていた。


「『白霧の死』はしばらく戦闘できないはずじゃ。今のうちに交戦し、聖王国までおびき出せ。国内まで来れば後はワシがどうにかしてやろう」

「おー、さすが大司教サマ。話が分かるねぇ。……ところでアンタ、右腕はどこにやったんだい?」

「──黙れ」


 水晶玉越しでも伝わってくる凄まじい怒気に、クリミナルは口を噤んだ。

 多くの修羅場を乗り越えてきたクリミナルですら、全身が冷えるような感覚を覚える。

 無くなった右腕については二度と言及するまい、とクリミナルは誓った。


 ミレディは不機嫌そうな様子で話を続ける。


「余計なことを言うな。貴様は任務に集中しろ。できなければ殺す」


 一方的に通話が切断される。

 クリミナルは小さくため息をついて天井を見つめた。


「怖い人だねぇ」



 ◇



 日が傾き、町並みがオレンジ色に染まる。


 帝都の大通りは夕方になると一気に人通りが多くなる。

 勤め先での勤務が終わった人々が帰路につき、商店なども賑わう。


 木を隠すなら森の中。

 人の数が多くなると、その中に紛れるのは容易になる。


 黒牧師『クリミナル』はそういったことを熟知したプロフェッショナルだ。

 彼女は人混みに紛れて目的地である宿をじっと観察していた。


「やっぱり、夕刻が一番の狙い目だねえ。この時間なら──ターゲットが必ず通る」


 大司教からの連絡により、『白霧の死』が現在戦闘不能状態であることは分かっている。

 これ以上の機会はないだろう。


 ターゲット──あの魔法使い、フレンを連れ去り他のターゲットを聖王国まで誘導する。


 フレンを真っ先に狙うのは、彼女が大司教の目的人物ではない為。

 つまり、最悪殺してしまっても構わないということだ。


 クリミナルの見立てでは、今回一番注意すべき失敗は対象を殺してしまうこと。

 ソウルライト持ちを無力化するのはそれなりに手がかかる。うっかり殺してしまうのが最大の懸念だ。


 多少手荒に扱っても問題ないフレンを誘拐し、他の仲間をおびき寄せる。

 最悪フレンを殺してしまっても、彼らは復讐の為自分を追ってくる可能性もある。


『時戻し』、『覚醒者』、『白霧の死』を聖王国までおびき出すなら、これが最適解だ。


「……来たな」


 フレンの姿を確認したクリミナルがニヤリと笑う。彼女が夕方に買い物から帰ってくるのは調査通り。

 気配を隠したまま、クリミナルはフレンへと近づく。


 彼女がこちらに気づく様子はない。チャンスだ。


 クリミナルは懐に隠していた毒付きの短刀を鞘から抜き、フレンの腹へと──


「──ッ!」


 ナイフが命中する直前、フレンが素早く後ろに下がった。

 間一髪、クリミナルの気配を感じ取ったらしい。


 クリミナルは舌打ちしながらも油断なくナイフを構える。

 フレンは警戒を続けたまま問いかける。


「どちら様でしょうか? 私に何のご用ですか?」

「ああ。怖い怖い大司教サマのお使いでねえ……人を攫ってこいってな」

「狙いは誰でしょうか」


 フレンの目がスッと細くなる。


「あ? ああー、なんて言ったっけ。なんか弱そうなガキと、その娼婦みてえな奴と、後は白髪のきしょいガキ」

「──へえ」


 露悪的な言葉にフレンが静かに怒りを露にする。

 彼女の周りを濃厚な魔力が漂い始めた。


「だから手始めに、お前から倒して撒き餌になってもらおうってわけだ」


 クリミナルはソウルライトに意識を集中させ、その力を発揮した。


 群衆の中から数人がこちらに近寄ってくる。その手にはナイフを持っている。

 彼らは全員目が虚ろで、明らかに正気ではない様子だ。


「……『洗脳』のソウルライトといったところでしょうか? 随分と趣味の悪い能力ですね」

「ご明察だよ、お上品なお嬢さん」


 クリミナルのソウルライト、『洗脳』は術にかかった数人を命令通りに動かす力だ。

 弱点はソウルライト持ちにはほとんど効果がないこと。


『洗脳』は相手の魂を弄り精神を犯す外法。

 対象の魂の輝きが強いと、『洗脳』の魔手は弾かれてしまう。


 だから、クリミナルがソウルライト持ちを手駒にする時には最初に相手の精神をへし折る。

 大切な人を殺してみせ、爪が剝ぎ、鞭を打ち、犯し、屈服させる。


 そうして手中に収めたソウルライト持ちを手駒として、次のターゲットを襲わせる。

『堕落の黒蛇』という巨大な犯罪組織は、そういったサイクルで戦力を拡大し続けていった。


「さあ、攻撃をはじめろ」


 先陣を切ったのはナイフを持った大柄の男だ。

 フレンの1.5倍近くある巨大な体躯から、刺突が繰り出される。


「『氷よ』」


 フレンが詠唱すると、すぐさま氷の矢が飛び出して男を吹き飛ばした。

 反応が早い。魔法の発動までほとんどタイムラグがない。


「チッ、報告書と違うな。愚鈍な小娘じゃないのかよ」


 想定以上の実力だ。

 しかし、クリミナルは未だ自分の勝利を疑っていない。

『洗脳』の利点は使い捨ての駒を複数用意できること。

 数で押し潰せばいいだけの話だ。


「行け! 全員まとめて突っ込め!」


 ナイフを持った男たちがじりじりとフレンへと近寄ってくる。

 おそらく、彼らは単なる被害者だ。

 クリミナルに洗脳され、都合の良い駒として扱われている一般人。


 フレンの頭にそんな考えがよぎる。

 一瞬、傷つけることを躊躇う。

 その隙に近づいてきた男がナイフを振るう。


 クリミナルは笑みを深め──


「──いいえ、これではいけませんね」


 次の瞬間、ナイフはフレンの目の前に立ち塞がった氷の壁に阻まれた。


「私はもう、守られるだけの私ではないのですから」


 フレンが手をかざすと、ナイフを持った男が勢い良く吹き飛ばされた。

 彼女は既に躊躇いを振り払っていた。


 清く正しくあらんとするフレンにとって、罪なき人に手を上げるのは心苦しいことだ。


 ──けれど、ここでフレンが傷つけばきっとブルームがまた自分を守ろうとしてしまう。

 それではダメなのだ。

 小さな体に大きな使命を背負った彼女に庇護されるだけの存在ではダメだ。


 あの日傷だらけで倒れているブルームを見つけた時に、フレンは誓ったのだ。

 守られるだけの私ではなく、彼女を守れる私になる、と。


「『アイスエイジ』」


 フレンの新たな魔法が発動した。

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